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パラ実分校種もみ&若葉合同クリスマスパーティ!

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パラ実分校種もみ&若葉合同クリスマスパーティ!

リアクション

「お茶どうぞ!」
 戻ってきたネージュが、1人でぼーっとしていたリンの前に、ティーカップを置いていった。
 良い香りがリンの鼻に届き、リンの顔にふわっと笑みが浮かんだ。
「ありがと、いただきます」
 お礼を言うと、リンはカップを口に運んで、一口飲んだ。
「……チョコレートケーキと合いそうな味」
 そして、女の子達の席に入り込んでいる彼――ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)に目を向ける。
 彼は何事もなかったかのように、普通通り活動していた。
(ホントにちいさい時からいろいろ背負ってきてるんだなー)
 楽しそうに過ごしている今の姿は、本当の姿だろうか?
 何かの任務中の仮の姿の可能性もあるわけで。
(生まれた家がそんなだったら、あたしもやっぱりがんじがらめになっちゃうかな。
 まあ、一度死んで全部忘れてるあたしの場合、しがらみとかなんにも無さ過ぎるんだけど)
 くすっとリンは笑みを浮かべた。
 彼を呪いとしがらみから開放するにはどうしたらいいのだろうとリンは考える。
(もー婿養子に出してしまえばいいのかなあ)
 ゼスタがアレナを求めているのは、それを狙っているとも言える。自分の家から離れ、相手の伴侶として生きたいという気持ち。
 しかし、リンの脳裏に浮かぶのは、優子とゼスタのウエディングな姿だった。
(うーん? なんか違うかなー)
 ゼスタが席を立ち、ホールのケーキがおかれているテーブルへと向かっていく。
 リンも席を立って、彼に後ろから近づいて。
「ぜすたん、げんきー!?」
 えいっと、後ろからタックルのように飛びつくと。
 彼は少し、リンにしか気づかれないほど僅かに、よろめいた。
(あ、やっぱり無理してる。完全回復した姿を装ってるんだね……)
 生死を彷徨い、体に相当負担がかかる事をしたのだから、元気であるわけがなかった。
「……元気に決まってんだろ。リンチャンは?」
 にっこり、ゼスタがリンに笑みを向けてきた。
 でもちょっと、気まずそうにも見えた。
「元気だよ。みゆうにお説教されたけどね。ぜすたんも総長さんにお説教されたりした?」
「ん? あー、神楽崎とは顔を合せないようにしてるから、まだ何も」
「でも『お叱り』の電話やメール届いてるんだ?」
 リンのその言葉に、ゼスタは苦笑しながら頷いた。
「パートナーに愛されてるね」
 と、リンは笑う。
「そんなんじゃねーよ。俺のせいでまともに動けなかったみたいだから、迷惑かけるなボケと怒られてるだけ」
「よしよし」
 力なさ気に笑うゼスタに、リンは手を伸ばして、彼の頭を撫でた。
「はははは……なんかさ、リンってガキなのに、おかーさんみたいなところあるよな」
 ゼスタは笑いながら、ベンチを指差した。
 2人でそっちに行こうぜという意味らしい。
「ぜすたんより、あたしの方が超おねーさんだからね、ぜすたんの分もとってあげるよー」
 リンは小さくカットされたケーキを3種類2個ずつ皿に乗せると、ゼスタと共に隅のベンチに向かった。
 その木製のベンチには、背もたれがあった。
「ふーぅ」
 自分の膝の上に皿を置くと、リンは背もたれに背を預けた。
 ゼスタだけではなくて、リンも本調子ではなかった。
「それから、あたしからのプレゼント。好きなのどうぞ」
 リンは皿の上に、持ってきたお菓子を並べて、ゼスタに差し出した。
「勿論全部」
 ゼスタは当然のように皿ごと受け取って自分の膝の上に置いた。
「ぜすたんよくばり! でもずっとお菓子食べられなかったから、飢えてるんだよね」
 笑いながらリンは更にハート型のお菓子を取り出すと、一度自分の心臓の上に置いてから、ゼスタに直接手渡した。
「さんきゅ。俺からのプレゼントはこれ」
 ゼスタはポケットから取り出したチケットをリンに渡した。
「おおー! 高級ホテルのディナーチケットだ。ぜすたんの名前入りだね」
「そ。本人しか使えないんで、俺と一緒じゃないと行けないんだぜ。クリスマスは予約とれなかったら、来年に入ってから行こうな」
「うん。楽しみにしてるね」
 リンが笑みを浮かべて言うと、ゼスタは淡い笑みを浮かべ。
 それから、椅子に背を預けて息をついた。
 2人は言葉少なく、ケーキやリンが持ってきたお菓子を食べながら、パーティを楽しむ人たちを見ていた。 
(体の疲れもあるけれど、こころの疲れも……あるよね)
 リンは緊迫した状況下で、ゼスタと過ごした日々を思い浮かべる。
 痛かったんだろうな、苦しかったんだろうなと、考えているうちに。
 ……いつの間にか、リンは目を閉じていた。
 ふらっとリンの身体が揺れて、肩がゼスタの腕に当たった。
「ね……ぜすた、ん。あたしより……先に、死んじゃ……ダメだよ」
「……リン?」
 ゼスタは驚いたような声を上げて、リンを見る。
 彼女はゼスタの肩にもたれながら、すやすやと寝息を立てていた。
「……」
 ゼスタは腕をリンの身体に回して引き寄せた。
「俺は死なない。おまえも、死なない……」
 リンの頭に頬を当てて。
 目を閉じて、寝言のように言った。

○     ○     ○


「ヒャッハー! お嬢ちゃん、俺とあっちのカップル席行こうぜ〜!」
「連れがいるので」
 陽気に近づいてきたモヒカンに、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は素っ気なくそう言って、オレンジケーキを口に運ぶ。
「美味しい。パティシエでも来てるのかしら」
 ネージュが作ったそのケーキは、程よく甘酸っぱく、スポンジもしっとりオレンジの味と香りが染み込んでいて、とっても美味しかった。
「おねーちゃん、あっちで俺とヒャッハーしようぜ!」
「連れがいるので」
 また近づいてきた別のモヒカンにも素っ気なく言って流し、マリエッタはケーキや料理を1人で食べていた。
 連れ――一緒に訪れていた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、所属している教導団から呼び出されヒラニプラに帰ってしまっており、戻ってくることはなさそうだった。
 親しくはない人と、会話する気分にはなれなかった。
 笑顔で躱す余裕もなかった。
 秋の学園祭で見てしまったこと。してしまったこと、彼女と彼女の恋人のことが……頭にこびりついていて。
 マリエッタは元気を取り戻せていなかった。
 だけれど、美味しいスイーツを食べているうちに、少しは心が軽くなってきた。
「さて、次は何を食べてみようかな。それともツリーでも……」
 豪華、というより面白く飾りつけられているツリーを近くで見て見ようかと、目を向けたマリエッタは――見てしまった。
 会いたくない人を。見たくはなかった人達を……。

 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と共に、パーティに訪れていた。
「女の子の席はあっちだぜぇ!」
 若葉分校の男子が、セレンフィリティとセレアナの背を押してきた。
「っと、あっちね。わかったわ。セレアナに触らないでちょうだい」
 手を払い落として、セレンフィリティはセレアナの手を引いて、女性が集まっている席の方へと歩いて行った。
 ただ、手を繋ぎあって、楽しそうに……とはいかなかった。
 学園祭の時のことが、どうしても気にかかってしまい。
 セレアナの顔を、まっすぐに見れなくなってしまっていた。
(2人で過ごせるクリスマスなのに……)
 学園祭の時、劇で『桃雪姫』を演じていたセレアナに、突如乱入をしてきた青い髪の少女が、激しくキスをした。
 ただならぬ状況に、完全にあっけに取られ、セレンフィリティはその場で何も出来ず。その後も、何も聞くことができずにいた。
(あの子は何者? セレアナとはどんな関係……)
 でも、あの少女の態度から解っていることもあった。
 彼女はセレアナの事が好きなのだ。彼女の想いは痛い程セレンフィリティにも伝わってきた。
 自分との関係で苦しんでいるときに、行きずりの関係を持ってしまったのかもしれない。
 そんな風にも思っていたが、もしそうだったとしても、セレアナを責めるつもりはなかった。許すつもりだった。自分の無神経さがセレアナを追いやったのだから。
(結果として、セレアナとあの子を苦しめて傷付けたのね、あたしは。……責める資格なんてありはしないわ)
 女性ばかり集まるテーブルの近くで、セレンフィリティはそっとため息をつきつつ、セレアナの手を離した。
 その隣で、セレアナも深く悩み――恐れていた。
(あの子との関係に……セレンは気付いてる?)
 青い髪のあの子――マリエッタと関係を持ったのは、2年前のクリスマスの夜。
 独りでいることに耐えられず、偶然目の前に入り込んできた彼女と、行きずりの関係を持ってしまった。
(私はあの子のことを苦しめ傷つけてしまった)
 そのことに、セレアナは酷く罪悪感を感じていた。
(いつまでも逃げてばかりはいられないのはわかるけれど……全てをセレンに打ち上げたら……)
 どんな反応をするだろうか?
 怖くて、怖くて、言いだす事が出来ずにいた。
 苦しくなり、セレアナは立ち上がる。
「ケーキもらってくるわね。席とっておいて」
 セレアナはそうセレンフィリティに言うと、ケーキを貰いに料理が置かれているテーブルへと向かって行った。
 セレンフィリティは返事をしなかった。
 物思いに耽っていた彼女はセレアナが離れたことに気付いていなかった。

「……セレン」
「ん?」
 名前を呼ばれて、セレンフィリティは隣に顔を向けた。
 さっきまでセレアナがいたその場所にいたのは、彼女ではなく――短い青髪の少女、マリエッタだった。
 驚いて、セレンフィリティは目を見開く。
 マリエッタは、そんなセレンフィリティの腕をとった。
「話があるの」
 そして、種もみの塔の方へとセレンフィリティを連れて行く。
 あの時と同様。セレンフィリティは驚くばかりで、何の意思も示せないまま、マリエッタに連れられて、種もみの塔の裏まで歩いた。
「あたしは、マリエッタ・シュヴァール……。セレアナさんとは、公園で出会いました」
 パーティ会場が見えない場所で、マリエッタはそう自己紹介をした。
 そのまま、沈黙が続いた。
「な……」
 何があったの? どんな話をしたの? あなたは何故あたしの名前を知ってるの?
 聞きたいことはあるのだけれど、セレンフィリティは混乱してしまい、言葉が出てこなかった。
 しばらくして、マリエッタの方からあの日のことを話し始めた。
 公園で、セレアナと出会い、セレンフィリティを求めていた彼女と、行きずりの関係を持ったこと。
 だけれど彼女は、セレンフィリティのことしか見ていないということ、を。
 途切れ途切れ、一連のことを話した後。
 マリエッタは、涙を一粒、落とした。
「セレンさん、あなたはセレアナさんのことを見つめている? 見つめられたら、見つめ返してる?」
 セレンフィリティを見るマリエッタの目から、また一粒、一粒――涙があふれていく。
「……いつも愛している人から見つめてもらえている人って……それが当たり前であるかのように錯覚してるけど……いつまでも自分だけ見つめてもらえるなんて思って、自分からは見つめ返さないでいたら……いつか、とりかえしのつかないことになるのよ!」
 マリエッタの激しい感情を受けて、セレンフィリティは何も言えなかった。
「……あなたはセレアナさんのこと、本当に、本当に見つめているの? その視線を受け止めているの?」
 声を詰まらせて、マリエッタは言葉を続ける。
「お願いだから……目をそらさないで……」
 苦しそうに泣くマリエッタに、セレンフィリティはどう声をかけたらいいのか、わからなかった。
 今、謝っても、感謝をしても。
 多分、彼女は更に苦しむだろうから。
「……セレアナのところに、戻るわね」
 ただ、そうとだけ言って、セレンフィリティはセレアナの元に帰っていった。
 そして不安気に待っていたセレアナの目をまっすぐ見詰めて。
「出来たての料理貰いに行ってたの。もうすぐ持ってきてくれるって」
 そう言うとセレアナの腕を引いて、近くのテーブルに並んで腰かけた。
「さ、今日は楽しみましょう。……積もる話は、あとで、ね」
 心は激しく乱れ、頭の中はごちゃごちゃだったけれど、精一杯の笑みを、セレンフィリティはセレアナに向けた。
 マリエッタは、見ているだろうか――。