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【第三幕:ユグドラシル巡回】






 こちらは、息も白い早朝の世界樹ユグドラシルの麓。
 遥か雲の上へとそびえる大樹の、そのまだ痛々しい傷の残る樹皮を眺める一同に、整列した十名の騎士がガシャンと鎧を鳴らしながら姿勢を正して注目を集めた。
 その中心へ立ったキリアナ・マクシモーヴァが契約者達に向かって頭を下げた。
「ほな、ユグドラシルの内部をご案内いたします。今回は観光やのうて交換留学言うことですから、第三龍騎士団の警備順路の一部を案内させていただきますね」
「流石に時間と機密の都合上、全てを案内することは出来ないが、互いに有意義な時間となることを期待する」
 後を引き取った第三龍騎士団長アーグラの言葉に、通常業務として前を歩く騎士団員と、その後についてガイドを務めるキリアナの先導によって進んだのは、ユグドラシルの外周だ。
 帝都に及ばないまでも、賑わう直轄地を眺め下ろしながら、上空警備中の他の騎士たちからの歓迎飛行をみつつ、ぐるりと半周して側門のひとつを潜り、帝都ユグドラシルを通って通路の中に入った。
 邪悪な世界樹アールキングとの戦いの折に通ったのとは違う通路だが、その雰囲気から、同じ程重要な場所だと分かる。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)カル・カルカー(かる・かるかー)、そしてタマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)は素直に感心深げに眺めているが、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の方は落ち着かなげに軽く眉を寄せた。
「流石にここは機密に関わる部分じゃないのか?」
 ダリルが問うのに「そうだな」とアーグラはさらりと答えた。
「理解を求めるなら、こちらから懐を開かねば」
「流石に大国の騎士団長ともなると、度量が違うね」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)がアーグラへと笑って見せたが、一方でその視線をちらりと横にやり、見学者に混じった辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)ファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)に意味深に目を細めた。
「ただ、その好意を悪用しようとする人間も少なからずいるんじゃないかな?」
 含む物言いにファンドラは僅かに眉根を寄せたが、刹那はどこ吹く風と言った様子だ。その言葉の意味は察しているだろうに、アーグラも「些細なことだ」と態度は変わらなかった。
「確かにこの通路も、我が国の機密のひとつではあるが、弱点ではない」
「でもこの通路、門から帝都まで抜けてますよね」
 あえて明言はしなかったが、例えばユグドラシルに攻め込もうとするなら絶好ではないか、と含めるカルに、アーグラは壁であり樹皮である側面を軽く撫でて笑った。
「だからこそ、我々第三龍騎士団が警備している」
 その言葉に応じるように、前を歩いていた騎士たちが一斉に槍の先を掲げた。ガシャンと鎧の鳴る音が見事に重なる。
「心配されずとも、そう易々と此処までの侵入を許しはせん」
 声に険のないところを見るに、単純に質問に応じただけのようで、カルは頭を下げると質問を変えた。
「警備は巡回だけなんですか」
「基本的にはそうだ。管轄で言うなら、我々の主たる役目は帝都の守護だからな」
 何をおいても先ず侵入を阻むべし。樹の内で剣を交えるは恥である。
 そんな心構えは、前を行く騎士たちからも感じられる。先日の事件は、彼等のそんな思いを強くさせたのだろう。シャンバラ国軍とはまた違う空気に、カルは気圧されかけて息を呑んだ。
「この通路はアールキングの影響は出ていないのですか」
 そんな中、口を開いたのは、熱心に通路を観察しているファンドラだ。
「ここは元々さほど被害の無かった通路だからな。それに樹隷たちのメンテナンスも行き届いている」
 アーグラの答えに、なるほど、と答えてファンドラは視線を再び通路……正確にはユグドラシルの内部である壁を、カルと同じように手で触り、目を凝らしながらも、友好国として一緒に戦う事になるなら、相手の事を理解しておくことは要なことだ、と考えてであるカルとでは、その目的は真逆に近い。が、それはおくびにも出さず、ファンドラは質問を続ける。
「では、あの大穴は」
「流石にそれは、まだ塞がってはいない」
 答えるアーグラは複雑な顔だ。
「大陸最強の世界樹とは言っても、身の内から食い破られたのだ。力に翳りは見えないが、そう直ぐに完治はしない」
「その、メンテナンスをしていると言う樹隷達はどこでしょう」
 そう横から問いを口に出したのはエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)だ。メンテナンスと言うのなら、通路で通り縋ることもあるのではないか、と期待していたのだが、アーグラは申し訳無さそうに「この通路で、会うことはないだろう」と首を振った。
「樹隷は不可侵の民だ。お互いに鉢合わせにならないようにしている」
「そうですか……」
 居合わせようと、決して触れず、話しかけず、無かったものとして扱う。だが、それを徹底するのも狭い通路では難しいこともあるため、お互いのためと言うこともあって、巡回は綿密に組まれているそうだ。その回答に残念そうな表情を浮かべるエドゥアルトに、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は気遣わしげにその顔を見やった。エドゥアルトは、自身の過去から、樹隷たちに密かな関心があったのだ。
「残念だけど、しょうがないさ」
 かつみが慰めようとした、その時だ。
「……興味がある?」
 ひそりと声をかけたのはセルウスだ。突然話題をふられて戸惑いはしたものの、エドゥアルトは素直に「ええ」と頷いた。
「不可侵の民……というのが、どういう存在なのか、気になります」
 そして同時に、現在の樹隷たちの扱いも、気になる所だ。樹隷であるセルウスが皇帝となったことで、彼らはどういう扱いになったのか、あるいは何も変わらないのか。考えるだに興味が深くなったからこそ、ここまで来たのだ。その熱意が表れていたのか、エドゥアルトの目をじっと見ていたセルウスは、にやり、と悪戯を思いついた子供のような顔をして笑った。
「じゃあ、一緒に来る?」
 その言葉にエドゥアルトが瞬いていると、いつの間にか傍に来ていたルカルカが、セルウスと同じような笑みを浮かべると、ダリルから一応咎める様子の肘鉄をものともせず、声を潜めた。
「お忍びは楽しいわよねー?」
 ルカルカの意味深な言葉に、意味を悟ったのだろう。エドゥアルトとかつみが驚いて顔を見合わせた。
「いいんですか?」
「どうせ行くつもりだったんだ。同行者が増えるぐらい、どうってことないだろう」
 答えたのはドミトリエだ。その隣で頷く、彼らについていくつもり満々の天音の視線に、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、ドミトリエと顔を見合わせると「止めても無駄だろうな」と揃って溜息をついた。
「じゃ、そっとだよ、そーっと」
 そうして、口元に指を当てたセルウスは、目線だけで行きたがっているのを悟ったのか、タマーラの小さな手を引くと、そっとその足を緩め始めた。

 そうして、セルウス達が段々後ろに下がっていくのを視界に捉えて、苦笑しながら「キリアナ」とアーグラは短く言った。どうせこうなるだろうと、ある程度予想はしていたのだろう。とはいっても、彼らだけで行かせるわけには当然、いかない。アーグラの意図を察したキリアナがそっと歩幅を落としてセルウス達との距離を詰めると、案の定、通路が大きく曲がったところで、セルウス達の姿は無くなったのだった。