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冬空のルミナス

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冬空のルミナス

リアクション


●カウントダウン・フィーバー

 ところかわってここは空京の中央あたり、広場をすっぽりと覆うほどの巨大なテントが組まれ、中には舞台が設置されている。
 外は凄まじく寒いがテント内の熱気たるや真夏に匹敵するほどのものがあった。
 ステージを照らすはまばゆいライト、赤に緑に青、黄色。
 客席には二千を超える観客がいるが、すべての視線は、ステージでスポットライトを浴びるただ一人に向けられていた。
 革命的アイドル 魔女っ子あすにゃん、ことアスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)に!
 この日は『あすにゃん』のカウントダウンライブなのだ。いま、主役のアスカはステージ背後に用意された大スクリーンを見上げている。
 表示された文字は『10』! 観客も一体になってその数字を読み上げる。
 そして、
「9」
「8」
「7」
「6」
「5」
「4」
「3」
「2」
「1」
「0 HAPPY NEW YEAR!!!!」

 最後の『HAPPY NEW YEAR!!!!』は即興の歌となった。ステージで光の爆発が立て続けに起こり、大歓声がこれをさらに盛り上げる。
 アスカの美声を中心とした伸びやかなシンガロングが終わると、バックの演奏もタイトに締めくくられた。
「みんなー、盛り上がってるー?」
 スタンドマイクを手にして、ステージ前方にアスカは進み出た。
 轟音のような反響が客席から返ってきた。
「ふーっ、アスカ盛り上げるじゃない!」
 ステージ袖で喝采しているのは藤林 エリス(ふじばやし・えりす)だ。
「同志アスカ、タイミングもすべて完璧です。彼女はまさに天性のアイドルですね」
 マルクス著 『共産党宣言』(まるくすちょ・きょうさんとうせんげん)もエリスとともにうなずいている。彼女の胸には感無量の想いが去来していることであろう。なぜなら彼女はこれまで、ずっと裏方としてアスカのアイドル活動を支えてきたのだから。今日も司会などに活躍していた。
 喝采は終わらない。客席にライトが灯った。エリスは満員の会場を眺め、しきりとうなずく。
「なんか理想的なお客さんの入りよねー」
 たしかに、エリスの言う通りだろう。席を埋めるのは応援グッズに身を固めたいかにも独身っぽい男が中心だが、決して男性ファンだけではない、かなりの数の女性ファンも含まれていた。カップルの姿もある。アスカの活動が、マニアックな一部にとどまらぬ幅広い支持を集めている証拠といえよう。
 エリスの視線に気づいたのか、客席その最前列からアイリ・ファンブロウ(あいり・ふぁんぶろう)が手を振るのが見えた。なお、アイリのマスターこと遠藤寿子が不在なのは、年末の同人イベントに参加し、現在その帰路にあるからである。
 あの場所は招待者席、関係者だけがつくことのできるスペシャルな場所だ。もちろんエリスがアイリを招待したのだ。ついさっき、カウントダウンに入る直前まで、エリス自身もアイリの隣で、アスカのライブを鑑賞し声を上げていた。
 それがステージ袖に移動したのにはちゃんと理由がある。
 ――次の曲が終わったら……。
 エリスは手に汗をかいているのに気がついた。さっと深呼吸する。
 次の曲が終わったら、エリスはスペシャルゲストとしてステージに導かれることになっているのだ。そこでアスカとともに、一曲デュエットすることになっている。
 まあ、緊張していても仕方がない。衣装は変身一発で魔法少女のものに変更できるから、準備といえば落ち着くことくらいだ。
 ステージではアスカが曲の紹介をしている。
「次の曲はちょっぴり切ない悲恋の歌だよ」
 そう言って唱いだした、そのとき、
「え? なにあれ!?」
 共産党宣言こときょーちゃんが声を上げた。
 今日のステージ段取りはすべて、頭にしっかりと入っているきょーちゃんだ。あんな演出がないことは熟知している。
 会場に、ピンク色したゴム状の怪物が降ってくるという演出はない!
「げ! なにあれ!?」
 ぼとっ、ぼとっと落ちてくる怪物は一匹ではなかった。複数、口々に「リアジュウ」がどうのこうのと叫んでいるようだが、バックバンドの演奏にかき消されてその悲痛な声は聞こえない。しかし次々着地するや、怪物たちは客席目がけて動き始めた。
「どうやら招かれざる客のようですね……しかも、客席を狙っている!」
 このままではライブはぶちこわしだ。不安そうな視線を向けてくるアスカに『同志アスカ、あなたはそのままステージを続けて下さい!』というメッセージをボードに書いて送ると、きょーちゃんは駆けだしていた。
「同志エリス、魔法少女に変身してこの危険を排除しましょう! 同志アイリにも協力を求めて下さい!」
 言い残すと手に魔法のタクトを握り、きょーちゃんは誓いの言葉を上げていた。
「万国の労働者団結せよ! 我々は鉄鎖の他に失う物は何もない!」
 輝け! 赤い理想! 粉砕せよブルジョワ……じゃなくてゴム怪物! 彼女は今、魔法少女ミラクル☆きょーちゃんへと姿を変えていた。フリルのいっぱいついたコスチュームはプロレタリアートの戦闘服、階級闘争のための戦装束だ!
「アイリ、変身よ! あたしたちであの怪物撃退するわよ!」
 ステージ前まで駆けつけアイリに鋭く叫ぶと、エリスもまた、戦う魔法少女へと変貌を遂げる!
 真の革命戦士だけが所有するを認められるというレッドフラッグロッドを掲げこれを八の字に振り回すと、まばゆい光が溢れバンクシーンと呼ばれる夢色空間を生み出した。
「愛と正義と平等の名の下に! 革命的魔法少女レッドスター☆えりりん!」
 エリスを包むすべての服は消滅し、肢体を包むはぴったりしたボディースーツのごとき光だけとなる。だがそれは刹那、たちまち光は虹色のレオタードとなり、その上に赤い魔法少女コスチュームが蒸着した。
 以心伝心アイリもまた、魔法少女アウストラリスへと変身している。
「あくまで演出の一環として、華麗にあの怪物を排除するのよ!」
「オッケー! ステージを邪魔しないようにしなくっちゃね」
 アウストラリスはウインクをしてみせた。それを目の当たりにしてドキっとえりりんの胸は高鳴るが、
 ――待って待って、なにどきどきしてるのよ!? アイリは友達、ただの仲のよい友達、そりゃ、バレンタインには友チョコ交換したりもしたけど……、別に変な意味じゃ……って! あーもうそんな場合じゃないってば!
 渦巻く思考をむりやり押さえ込んで、彼女はその武器、まじかる☆くらぶを構えたのである。
 レッドスター☆えりりん、ミラクル☆きょーちゃん、そしてアウストラリス、三人はそろいぶみして、アスカの前を遮らないように、かつ客席を護るようにしてゴム怪物との戦闘を開始した。
 もちろん大観衆にとっては演出にしか見えない。熱気はいやおうなく高まる。
 瞬時とまっどったアスカだが、彼女もプロフェッショナルのアイドルだ。声を乱さず、観客の視線を一斉に浴びて唄った……悲しみの歌を!
 
『今年も もう終わるんだね
 また君に 想い 伝えられぬまま

 繰り返す 年の瀬
 イルミネーションに背を向けて

 歩き出すよ
 振袖の恋人達 横目に見ながら

 引くおみくじの 恋愛運

 あぁ神様 元日くらい
 いい夢見させてよ…』


 古来、歌は天へのささげものであった。数多くの歌が、物理法則を超えて奇蹟を起こしてきたものだ。
 これもまた、歌が招いた奇蹟だというのか!?
「リ……リアジュウ……シクシク」
「カナシイヨウ……」
 歌が届いたゴム怪物から順番に、覇気をなくしてしぼみはじめたではないか。
「ゴム怪物たち、同志アスカの悲しみの歌に反応して動きが鈍っているような……?」
 最初にそれに気づいたのはきょーちゃんだ。一方えりりんは、
「リアジュウ、バクハーツ!」
 と、まだ歌が届いていない怪物と死闘を演じていた。
「このっ! 性別もないようなゴムの分際で、なにがリア充爆発よ! せっかくのお楽しみな人々の邪魔すんじゃないわよ!」
 思わず声に出てしまった叫びに慌てて、
「しっ、私情なんか入ってないわよっ!」
 と自己フォローを入れてしまう。だがすぐに怪物はしおしおになり、えりりんは古代シャンバラ式杖術を炸裂させてこれを倒した。
 倒された怪物はすべて、泡のようになって消えてしまう。
 そのときちょうど、曲が一旦ブレイクになった。さっと三人の魔法少女にスポットライトが当たる。
 えりりん、ここで機転をきかせてポーズ!
「街の平和は、愛の使者、戦う魔法少女におまかせよ☆」
 彼女の声に合わせて、きょーちゃんとアウストラリスもポーズを決めた。
 拍手喝采。
 曲が再開されるや、三人はさっとステージ袖に戻るのであった。
 まあ成功……であろう。
 しかしここで戦いは終わりではない! 歌が終わると、
「次の曲はみんなで魔法少女のマジカルステージだよ♪」
 アスカが三人を手招きしたのだった。
「え……あ! 忘れてた!」
 ようやく一段落して息をついていたエリスは弾かれたように立ち上がった。
 ――さっきの混乱で……つぎ唄う曲の歌詞……忘れちゃった!
 さあどうする! どうなる!? レッドスター☆えりりん!
 といったところで時間となった。残念ながらここで会場からお別れである!