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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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リアクション

 
 案内するといっても、一人いれば先導は出来る。スペースに怪我人を運ぶ途中だったケイラを先頭に、エースは後ろに下がってラスにこっそり話しかけた。気になっていることがあったからだ。
「ピノは巻き込まれてないという話だったけど、何か関係でもあるのか? そうだとしても、冷静さは保っていた方が良いよ。今後の事を考えても……」
 そこで一度、言葉を切る。去年、突然彼等の下にやってきた少女――フィアレフト・キャッツ・デルライド(ふぃあれふと・きゃっつでるらいど)の顔が脳裏に浮かぶ。
 何かが起こるから、彼女はここに来て。
 何かが起こるのは、遠い未来のことじゃない。
「その方が、有事にも彼女を護りやすいだろう?」
 それで、何を言わんとしているかを察したらしい。彼はどこか嫌そうに、渋面を作った。
「……解ってるよ。一応は」
「解っているのなら、可能な限り万全な対応で臨むべきだぞ」
「解ってるって。でも……」
 頭ではそう思っているし、そもそもラスは、周りが言うほど頭に血が上りやすい質だとも思っていない。だが、感情を抑えられなくなる――抑える気も無くなる時があるのは確かであり。
「その時は、お前が止めてくれるんだろ?」
 過去の事を思い出して、ラスは言う。ケイラが立ち止まったのは、その時だった。
「治療所が襲われてるよ。危険は少なそうだけど、遠回りした方が安全は安全だよね」
 明らかに矛盾した発言をしつつ、ケイラは道を迂回し始めた。

 そしてそれは、矛盾ではなく現況そのものを現した言葉だった。
(可愛い……)
(憎らしいのに可愛い……)
(癒し……)
 避難者達が、束の間恐怖と苦痛を忘れている。治療スペース間を歩き回っているキャットシーも勿論なのだが、この場合の“可愛い”“癒し”とは他ならぬ変異兎の事である。
 先の防衛戦の跡がそのままに残るフロアには、二度と動かない兎の体も放置されたままになっている。漂う血臭は相変わらず強く、心温まる要素など何処にもない。
 その、筈なのだが。
『…………………………』
 びくびくびく。
 ぶるぶるぶる。
 体毛を紫と赤に染め、更に誰かの血液で紅を上塗りした兎達は、足を突っ張らせて震えていた。鋭利な爪が、床に食い込んでいる。逃げることも忘れて身を縮め、助けを求めるように目を潤ませている様は、最早、色の違うただの兎だ。恐ろしさが全く無い。
 恐ろしいのは――
「……………………」
 適者生存を使い、無言のままににこにこと笑顔を浮かべているドルイドのシーラだった。朗らかに笑っているのに実は全く笑っていない。そんな彼女の内側から溢れる迫力は、普通の人だったら即失神しそうなレベルだった。
 諒は、シーラの眼光が届かない位置に立っていながらも兎同様にびくびくしていた。兎が動き出した時に備えているものの、逃げ腰だ。兎の感じている恐怖が手に取るように分かってしまい、後から来た兎がブレーキをかける度にびくっと身を震わせている。
(……あっ!)
 その中で、ケイラ達に案内されるラスの姿を見つけて諒はぱっと目を輝かせた。だが、彼等は諒の正面ではなく、脇から治療スペースに入っていく。向かう先はファーシーと、彼女に処置のやり方を教えている大地の所だった。
「こうしてから最後に布を巻けば……ほら」
「本当! きれいに出来るのね」
「薬がしっかりと傷に染み込むから早く治りますよ。次は、ファーシーさんがやってみてください」
 二人が処置しているのは、意識に余裕のある軽傷者達だった。手当てが終わって「ありがとうございます」と慌てたように離れていく一人の一方、別の一人が「……えっ!!」と声を上げる。
「うん。えーと、まずはこれを使って……」
「え、あ、あの……う、うわっ」
 ファーシーがいざ処置を始めると、大地に救いを求める目を向けていたその一人――実験台はつい悲鳴を上げる。びくびくする当人の様子は気にせずに、彼女は躊躇のなく手当てを進めていく。
「……ん? ファーシーさん、少し力が……」
「そんなやり方したら、軽傷が重傷になるぞ」
 手順は正しくとも、加減を全く知らないファーシーに、大地は訂正しようと口を開く。ほぼ同時、無事に治療スペースに入ったラスがツッコミを入れた。
「え? ……あ! 生きてたのね。って……その人! すごい怪我じゃない!」
「? ああ……一応、血は止まってる筈だけどな……。こびりついてるだけで」
 生きてたのねと言う微妙に失礼な言葉を残しただけで、ファーシーの関心は完全にモブ男に移ってしまった。ラスが彼を背から降ろすと、立ち上がった彼女は慌てた様子で傷口を点検する。そこに、玄白が補足を入れた。背負った怪我人を降ろしながらの説明の為か、モブ男の傷が点検の度に開いていることには気付かない。
「ですが、皮膚は裂けたままですし、残念ですがお顔もまだ酷い状態です。メジャーヒールで随分と良くはなりましたが、薬等は使っていませんからここできちんと治療を施さないと」
「うん、そうよね。治療しなきゃ。あ、でも、包帯がもう……」
 しばらく前から、物資はほぼ底をついている。薬局に行く前、エースが服などを包帯代わりに、陳列用ポールなどは折れた骨の添え木にするように口添えしたが、特に、包帯代わりに使える服はもう限界が近かった。後は、どこかの女神のようにロングスカートを破くしかない。
「それなら、今持ってきたから大丈夫だよ」
 それを聞いて、エースが物資の入ったダンボールを床に置いた。
「彼もそうだが、他にも治療が必要な怪我人が多いようだね。彼は……」
「いや、こっちの応急処置は終わっている」
「あ、レンさん、それ俺が言おうと思ってたんですよ! レオカディアさんがやってくれたんです」
 メシエが近付いてきて、玄白の降ろした一人と、真衣兎が座らせている一人、そしてケイラが連れてきた怪我人を見てからレンの後ろに目を向ける。強制的に背から下ろされたルークは、改めてレオカディアに礼を言った。
「ありがとうございます」
「いえ、わたくしはできることをしただけですわ」
「それにしても、ファーシーさんと無事に合流出来て良かったわね。これで、やっと地下二階から逃げられるわ」
「……逃げる?」
 ファーシーは、心持明るく言った真衣兎をきょとんと見上げる。その彼女に、ラスは他に選択肢はない、とばかりにはっきりと言った。
「ああ、さっさと逃げるぞ。好き好んで長居するような場所じゃねーだろ」
「…………。嫌よ! わたしはここに残るわ」
 ぽかんとしていたファーシーは、思考が追いつくと途端に強く反駁した。「え」と驚く真衣兎の隣で、ラスはやっぱりな、と呟いた。ある程度、予測していたことだ。
「……残った結果、首が飛ぶ可能性だってあるんだぞ?」
 正しく言えば、胸部が破壊されて機晶石が壊れる可能性――だ。兎達の顎の力と、床を抉る爪の力を考えると完全に有り得ない事ではない。
「だって、苦しんでいる人を置いていくなんて出来ないわ。ここに居ると、思い出しちゃうのよ。あの時の事……デパートで、剣の花嫁の皆が、攻撃された時の事……」
「…………!」
 思わぬ言葉に、ラスは顔を強張らせた。『剣の花嫁』の事件。彼自身が、舞台となったデパートに居た時間はごく僅かだ。だが、それは彼にとってもピノにとっても、簡単に忘れられる事件ではない。
 実際にデパートがどうなっていたかは、伝聞でしか知らないが。それを除いても。
「何だか似てるの……。全然違うのに、症状も状況も違うのに……。歩けなくなった人達を見た時、1階で戦いを見た時、わたし、すごいショックだったわ……。それに、無力だとも思った。皆を元に戻すためにバズーカを使ったのはわたしだけど、それは……わたしでも出来ること、だったからで……」
 他の誰かでも、出来た事だ。
 助けてくれ、と言われたから。自分にも出来ることがある。そう言ってもらえたから。
 そうして、最後を託してもらったから、彼女は剣の花嫁達を救えたのだ。
「今は、こうして脚も動くし、あの時よりも色んなことが出来るの。それなのに、逃げるなんて……」
「でも、お前は……」
「大丈夫でありますよ、ファーシー様!」
 もう人の親であり、一人だけの体じゃない。そう続けようとした時、歴戦の回復術を駆使してモブ男に処置を行っていた――満月の指導で少しはマシになったのだろうか――スカサハがこちらを向いた。ファーシーのすぐ前に急ぎ来て、彼女の手を取る。
「あの時だって、みんなの力を合わせて解決したではありませんか! 今回もきっと大丈夫でありますよ!」
 その強い眼差しを、ファーシーは瞬きも忘れて見詰め返した。ぎゅっと握られた手から、スカサハの熱が伝わってくる。包まれた両手だけではなく、知らずに緊張し、冷えていた身体も温まっていくようだ。
 ――そうだ。あの時、ファーシーが最後の引き金を引くことが出来たのは、皆ががんばって原因を探し、犯人である二人を見つけたからだ。
 だからこそ、剣の花嫁達を救う方法も判明した。
 この事件も、きっと――
「うん……うん、そうよね。皆で力を合わせれば……全員無事に帰れるわよね……!」
「解決するまではここに居た方が安全だと思いますよ。結界を張りましたから、また移動するよりもリスクは少ないと思いますし」
 新たに増えた者達も含め、数人の怪我人にリカバリをかけていたセラがそこで声を掛けてきた。真衣兎が振り返り、彼女に聞く。
「結界?」
「ええ。幾つかのポイントに展開してあります」
 セラが視線で示す先では、シーラの圧力範囲を避けた兎達が治療スペースに飛び掛っていた。だが、その度に不可視の空間が盾のように光り、兎を阻む。
「おおー!」
「攻撃力はありませんから、壁に体当りをしたのと同じ位しかダメージは与えられませんけど」
 セラの言う通り、兎達は跳ね返されても勢いを衰えさせることなく結界にぶつかり続けている。壁に体当り、というのも結構――いやかなり痛いと思うのだが、彼(?)等はめげなかった。この分だと、自滅するのも近いかもしれない。兎の立場になって考えると、決して歓迎すべき撃退方法ではないだろうが。
「無闇に動くより、ここに留まっていた方が良さそうですわね」
「……そうね。何もしないっていうのも何だし、私も何か手伝うわ」
 最初に逃げ出す宣言をしたからか、レオカディアに横からジト目を向けられた真衣兎は少々焦りながらそう言った。
「それにしても、大勢居るわねー。……まあ、兎の数やフロアの広さを考えれば無理もないか」
 周りを見回して負傷者や避難者の数の多さを改めて確認し、彼女はファーシーの元実験台だった軽傷者の手当てを終え、別の怪我人の処置を始めていた大地に聞いた。
「誰から手当てした方がいいとか、そういうのある?」
「そうですね……応急処置の経験はどのくらいありますか?」
「私、ただのバーテンダーだから」
「あ、わたくしはヒールが出来ますわ。知識も少々……」
「分かりました。では、こちらに来てください」
 真衣兎とレオカディアの言葉を聞いて、大地は二人をそれぞれ別の負傷者の所へ連れていった。その様子を流し見していたラスは、続けてリカバリをかけているセラを見下ろす。この食わせ者が、一抜けを選ばずに人命救助を選んだということには何となく違和感がある。自分に負けず劣らずの利己主義者な気がしていたが。
「へー……協力してるのか」
「面倒事は、巻き込まれたら解決に手を貸すのが一番手っ取り早そうだったので。知らない誰かのために動くのも本当は面倒ですけ れ ど」
 面倒から抜けるために面倒を請け負うという矛盾さ、本末転倒さは自覚しているのかセラは語尾を強調させる。また新しく兎達が攻めてきたのか、フロア側の空気が膨らんだ圧力と共にびくっと震える。何気なくそちらを見遣ると、縋るような瞳をした諒と目が合った。明らかに、助けを求められている気がする。まだ『よわい』。
(……がんばれ)
 声には出さずに口の動きだけで無慈悲にそう伝えると、諒は「!」とびっくりして何だか泣きそうな表情になった。仕方なく、二人に近付いてシーラに言う。
「失禁させない程度にしとけよ。血の匂いに他の匂いまでプラスされんのはごめんだからな」
「大丈夫ですよ〜。きちんと加減はしていますから〜」
 彼女の視線の先でびくびく震える兎達は、敵ながら気の毒に思える程だった。これでも加減をしているらしい。
「諒ちゃん、後をお願いします〜」
「は、はいっ!」
 援護(?)に来た兎達も軒並みびびらせ、シーラは諒に仕上げを頼む。適者生存の空気はそのままにお願いされたそれは実質命令のようなものであり、諒は一際びくっとしてから兎達にヒプノシスをかけた。全身に無駄な力を込めて恐怖に耐えていた兎達は、しかし眠気には耐え切れずにぱたぱたと夢の世界へ旅立っていく。前にいる兎に後ろの兎が乗っかるようにして眠りに落ち、その後ろの兎がまた……という様は、さながら逆ドミノである。兎達を眠らせていく諒の表情からは、『まだつよくなりそう』な気配が感じられる。
 目に見える兎をそうして全て眠らせたところで、シーラはラスに向き直った。
「心配してたんですよ? 連絡ができないと聞いたので」
「あ、ああ……」
 上目遣いで、少し窘めるように言う彼女についたじろぐ。その心配の量は、一応電話を掛けたファーシーと同程度のものだったのだが、物は言いようというか、無自覚だからこその攻撃力がそこにはある。
「あ、あの、今日はピノちゃんはどうしたんですか? お家に居る、とか……?」
「…………」
 こちらは無限大に心配している、という感じの諒の様子を、ラスはしばし無言で観察していた。それからふと閃いて、“あの時”の痛ましさを思い出しながら真実を語る。
「あいつとはもう、連絡出来ないんだよな……」
「えっ!? そ、それってどういう……」
「携帯が壊れて」
 携帯がお亡くなりになったのは、実に痛ましい出来事だった。
 ――本当に、物は言いようである。
「あ、そこの……。……とにかくそこの! 手伝いなさい!!」
 その時、『そこの』呼ばわりされたにも関わらず自分の事だとピンと来たラスは『そこの』呼ばわりした本人、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)の声がした方をちらと見遣った。ラスの名前を思い出せなかったノートは、十五羽程の兎に追いかけられながら、時に振り返り足から何かを発射して兎の数を減らしながらこちらへと着実に走ってきている。
「! なに引き連れて来てんだよ……!」
 やっと落ち着いたと思ったところでの新たな兎の襲来に、ラスはそうツッコまずにはいられなかった。そんなことはお構いなしに二十羽程度の――この数行で五羽増えた――兎を連れてやってくる。どどどどど、とかいう擬音が聞こえてきそうな勢いである。
「って……、ここは救護所ですの!?」
 近付く中で気付いたのだろう。治療スペースを前に目を見開いたノートは、急ブレーキをかけて迫る兎達と慌てて向き合う。
「であれば、ここで食い止めないといけませんわね」
 真剣な眼差しで兎を見据える。だが、相手は既に一人で防ぎ切るのには難しい数に膨れ上がっていた。
「市民を護るは貴族の義務、ノブレスオブリージュですわよ。協力しなさい!」
「……いや、俺は貴族じゃねーし」
「貴族でなくても協力しなさい! この兎達が市民に襲い掛かったら酷いことになりますわよ!」
 また足から何か発射して兎を倒しながら、ノートは叫ぶ。
「……いや、多分それも大丈夫だし」
「……? 戦えないなら市民をここに避難誘導してきなさい! それぐらいは出来るでしょう!?」
「何の為にここまで来たと思ってんだ。逃げる為だぞ?」
 そんな危険な事を誰がやるか、という意味合いを言外から感じ取り、彼女はついに兎から目を離した。ラスに詰め寄り、至近距離から問い質す。
「どうしてそんなに落ち着いて……。……!?」
 シーラが兎をまとめてびびらせ、諒が兎をまとめて眠らせたのはその時だった。
「……………………」
 すやすやと眠る兎達を見てぽかんとした表情を浮かべるノートに、ラスは聞く。
「何で居るんだ?」
「……え? デパ地下でバレンタインのチョコを買おうと来ただけなのですけど」
「あら、気になる方でも〜?」
「自分用ですわ」
『……………………』
 もしや望に、それとも他の女子に? と妄想を膨らませかけたシーラに即答が返ってくる。何となく、いたわしげな空気が流れる中、ノートはその空気の意味を解っているのか否か「デパ地下と言えば、食品街でしょう!?」と口調を強めて宣言する。
 そして、最後に眠った兎達――の前に残る倒された兎達を見て、彼女は言った。
「最近のデパ地下では、兎肉も扱ってるのですわね」