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第2章 古代の大地

 異空間への探索に志願した契約者達は、ヴァイシャリー家の庭園に集められていた。
 探索に必要な道具、非常食に飲み物、小型の乗り物などをそれぞれ用意していた。
「帰りのテレポートを行える人も魔力の増幅を任せられる人もいますので、行きは無理のない範囲で全員私が連れて行きます」
 女装したシスト・ヴァイシャリー……システィ・タルベルトはそう言うと、皆に輪になって手を繋ぐように指示を出した。
「どうぞよろしくお願いいたします」
 百合園女学院生徒会執行部、通称『白百合団』の団長である風見瑠奈(かざみ・るな)が皆とシスティに頭を下げる。
 システィの左手をテレポート使いが握り、右手は魔力増幅を行うアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)が握った。その隣に優子、瑠奈、そして契約者達が続いて行く。
 それから、今回は錦織百合子(にしきおり・ゆりこ)も一緒だった。パートナー通話でのヴァイシャリー家への連絡を担当するとのことだ。
「気を付けて。システィさんも、皆さんも無理はしないように」
 ミケーレ・ヴァイシャリーや、行方不明者の親近者が見守る中、契約者達は異空間へと飛んだのだった。

 夕焼け時のように赤く、熱い世界だったその地は、今は安定していてヴァイシャリーよりも少し暖かい程度の温度だった。
「愛菜ちゃんはどこですか!」
 到着してすぐ、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が辺りを見回す。
 ヴァーナーは、守ろうとした幼子、愛菜の事を思いだしていた。
「……あちらです」
 医者九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が、ヴァーナーを案内する。
 そこに、服に包まれた幼子の姿が在った。
「愛菜ちゃん……」
 ヴァーナーは座り込んで手を伸ばして。その子が数か月一緒に過ごした友達であることを、冷たく固くなっていることを、確認した。
「ボクは愛菜ちゃんにいろんな世界を知ってもらって、笑顔になって欲しかったんです」
 だから、ヴァーナーは愛菜を連れてきた。
 愛菜と一緒じゃなければ、あの閉ざされた建物から出るつもりはなかった。
 でも、もう何もしてあげられない。
 謝っても、なにも彼女には届かない――。
「失礼しますね」
 ローズが、水やタオル、医療道具を持って近づいて。
 愛菜の身体を拭いて、状態を整える。
 彼女の顔には傷はなかった。時間もそこまで経っていないせいで、状態も酷くはなかった。
「はい」
「ありがと……です」
 愛菜の体を綺麗にして、ローズは再びヴァーナーに任せる。
「……ママは、愛菜ちゃんのママはどこに居るですか?」
 大切に愛菜を抱きかかえながら、ヴァーナーは優子の元に向かった。
「今も、キミが捕らえられていた施設の中にいる」
「どうしてるですか?」
「……」
 愛菜のママはもう生きてはいない。ヴァーナーはそれを理解していたが、ロイヤルガードの隊長の優子や、白百合団からは何も聞いていなかった。
「一緒に連れて帰って、やすらかに眠れるようにするです……」
「だが、今はあの施設の中に入ることができない」
「どうしてですか? 場所がわからないですか……?」
「場所は判明しているが、行けないんだ。すまない」
 愛菜は部屋間の移動は出来たが、外に出る事は出来なかった。
 それと同じ理由で、外から中にも入ることが出来ないのだと、ヴァーナーは理解した。
「ボクは、愛菜ちゃんが大好きだった、ママの元に連れて行ってあげることさえ出来ない、です」
 自分の無力さに、ヴァーナーは深く沈み込む。
(愛菜ちゃんを連れて帰って……それから、ボクたち白百合団が愛菜ちゃんにした事を……お話……)
 小さな愛菜の身体がとても重く感じられて、ヴァーナーはその場に座り込んで、帰還の時間を待った。

 瑠奈は一旦荷物を置き、ヴァーナーを気にかけながら、地図と周囲、気温や状況を確認している。
「風見さん、その後はどうでしょう? お変わりはありませんか?」
 ローズが瑠奈に近づいて尋ねた。
「はい。その節は大変お世話になりました。身体はもうなんともありません」
「後遺症とかありませんか?」
「はい、あ……少し困ってることはあるのですが、病気や怪我ではないので」
 言って、瑠奈はちらりと優子の側にいる人物を見た。
 彼女の血を吸った男――ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)を。
「そうですか、無理はしないでくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「皆さんもその後は大丈夫でしたか?」
 ローズは、脱出時に怪我をしていた人達を見回した。
「ん? オレならピンピンしてるぜェ。この通りだ、ヒャッハー!」
 吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が自分の胸をドカッと叩いてみせた。
「それは良かったです。あと……一緒にいました、重体でした女性の方はお知り合いでしょうか」
「知ってるっていうか……」
 元気に振る舞っていた竜司の表情が曇った。
「風見さんはあの方のこと、ご存知ですか?」
「……はい、友達です。何か?」
 重体だった女性とは、今はエリュシオン帝国第七龍騎士団に所属している、御堂晴海のことだ。
「いえ、内臓の損傷が激しいようでしたので、その後の生活に支障をきたしていないか心配なのです。あの場で見放すという選択肢はありませんでしたが……それによって生きる事が楽しくなくなってしまったらどうしようかと……」
 暗い顔をするローズに、瑠奈は僅かな微笑をみせた。
「子宮を摘出したそうです。現在はリハビリ中のようだけど、仕事復帰に向けて頑張ってるそうよ」
「そうですか、あの……いえ、なんでもありません」
 ご結婚は? と聞きかけたが、それを聞いてもどうすることも出来ない。
 彼女はまだ20歳前後のようだった、一つ、大きな夢を失ってしまったかもしれない。
「医療に従事している以上、必ずぶつかる葛藤なのですが……もしその方とお話しする機会があれば、私が出来る限りの協力をすると伝えて頂けませんか?」
「大丈夫です。彼女は前向きに生きてるわ」
 ローズを安心させようと、瑠奈は笑顔で言った。
「あの人は……多分」
 話を聞いていた小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が視線を落とす。
「自業自得とは言いたくないわよね」
 美羽に誘われて訪れたモニカ・フレッディが言った。
 晴海はかつて、スパイとして百合園女学院の白百合団に所属していた。
 美羽やモニカも参加した、離宮の調査の際、当時白百合団の副団長として、皆を指揮していた優子に、晴海は銃を向けたことがあった。本意ではなかったようだけれど。
 今は、エリュシオン帝国の第七龍騎士団の団長のパートナー……そして婚約者として、彼を支え、国と世界に尽くしていると聞いていた。
(オレが隙を与えなければあいつは……)
 竜司も視線を落して考え込んでいた。
 晴海が負傷した場所。あの地下要塞が今どうなっているのか、竜司は知らなかった。
(オレの優子が言うには、要塞には誰も入れないらしいなァ……)
 結局、この事件が何だったのか、竜司にはイマイチ理解も出来ていない。
 最初はただ、鍾乳洞の様子を見に行っただけだった。
 いつの間にか大きな事件に巻き込まれて、状況を飲み込めないまま、晴海が攻撃される様を見た。
 その後の報告も竜司の耳には届いておらず、要塞の中にいた人達がどうなったのかも知らなかった。
 そう、事件のことは理解できていない。分かっているのことは――女に、怪我をさせた、ということ。
 晴海とは面識もなく、竜司のせいではなかったのだが、責任を感じていた。
 戦闘が出来る状態ではなかった、だから会話で何とかしようとした。それが甘かった。
(悔いても起こった事は覆せないが、イケメンとして情けないぜ……)
 ため息をついた後、竜司は友達だという瑠奈に目を向ける。
「リハビリ中ってことは、こっちには来てないのか?」
「はい。入院してるそうよ。どこの病院かは、私も知らないわ」
「そうか、早くよくなるといいな」
「うん。心配してくれてありがとう」
 そう微笑む瑠奈に、竜司は目を伏せて首を左右に振った。
 晴海に会って謝罪をしたい気持ちもあったが、それは自分が楽になるための自己満足でしかない気もした。
「さ、調査を開始しましょう」
 瑠奈がパンパンと手を打った。
「まずは、あの休憩所の確保に行こう」
 レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)の後ろから顔を出した。
「シャンバラの時間の流れに近づいてるみたいだから、長丁場の調査になりそうだよね。あそこなら、食糧や水分の補給が出来るし、調査拠点の一つになるかな」
 1秒が4分ほどだった頃なら、2週間はあっという間だっただろうけれど。
 今はシャンバラとの時間の流れの差は随分と縮まっているらしい。
「レオーナさん、無茶はしないでくださいね。わたくしが護りますから!」
 自分の発言のせいで、レオーナ達を危険な目に遭わせてしまったと、イングリットは自責の念に駆られていた。
 今回は一緒に訪れた彼女達を、自分の身を盾にしてでも守るつもりだった。
「大丈夫、もう危険はないと思うから……。でも、今回は案内しつつ、イングリットちゃんの後ろで大人しく守られてるね。ただあまり暑くなくて皆厚着なのが……いや、なんでもないわ!」
 薄着になったイングリットのナイスバディを拝みたいとか、そんな邪念はない。断じてない。
 レオーナは今回はとっても真面目に、自分を助けてくれた皆の役に立とうと訪れていた。
「橘美咲やレオーナ・ニムラヴスは、このような場所に飛び込んだのですね、感服します」
 式神を用いて、異空間を視ていたエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)も今回は一緒に訪れていた。
「それと、わたくしのイコプラを運んでくれたことも感謝の念に堪えませんわ」
 エリシアがイングリットに言うと、イングリットは強く頷いた。
「今は普通にしていられますが、ダークレッドホールを通過する際には酷い苦しみを伴ったでしょうし、この場の環境も劣悪だったと聞いていますから……本当に、皆様には申し訳ないことをしました」
 エリシアは辺りを見回して、目的の場所――脱出ポッドを見つけ出し、近づいた。
 彼女のイコプラはこの中に置かれていた。
「お疲れさま」
 優しく声をかけて、壊れかけているイコプラを抱き上げた。
 労うように頭をぽんぽんと叩いて見つめたあと。大切にリュックサックの中にしまった。
「生身で飛び込んだ方は特にきつかったと思いますぅ。イングリットさんも飛び込んでいたら……一体どうなっていたんでしょうねぇ」
 佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)がイングリットにくすっと笑みを見せた。
「……同じく救助を待つことしか、出来なかったかもしれません」
「敵に突っ込んでいって、被害が増えていたり〜?」
 ルーシェリアが悪戯気に言うと、イングリットは頭を下げた。
「す、すみません。その可能性が高かったかもしれません」
 申し訳なさそうにイングリットは謝罪する。
「いえいえ、皆無事で良かったですぅ」
 言って、ルーシェリアはレオーナに目を向けた。彼女は休憩所に向かうために、エアバイクを用意していた。
「私は当時、救助にいっぱいいっぱいでここのこと良く分かってないですし、まずは、その休憩所に案内してほしいですぅ」
 ルーシェリアは、今回はサンタの箒を持って訪れていた。エリシアを後ろに乗せてあげることにする。
「やり残したことばかり……。でも、具体的に何をすればいいのかは、良く分からないのよね。考えがまとまってないというか」
 マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)は、ちらりと優子の側にいるゼスタに目を向けた。
 彼に聞いてみたいことも、ある。
 だけれどその前に、今ここで出来ることをすべきだと思うし、それによって答えや結果が見えてくるような気もした。
「皆、地図持ってる? 通信は出来ないから調査をした場所に各々書き込みを入れていくのが良いかな」
「そうね。私が預かってまとめていくわ」
 マリカに瑠奈がそう答えた。
 瑠奈のパートナーのサーラ・マルデーラや、副団長のティリア・イリアーノ、その他訪れた者のパートナーの多くが百合園で待機しており、パートナー通話で連絡を取り合えるようにしてあった。
 また、この地に残っているイコンのスピーカーや、ヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)が持ち込んだ装輪装甲通信車で無線による連絡もある程度可能であった。
「ボクもまずは、休憩所に行くよ。光条兵器使いや、ロボットたちから情報が得られると思うし」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が地図を確認しつつ言う。
「マリカさん、乗せてくれるかな?」
「うん、行こう」
 マリカが持ち込んだ小型飛空艇にレキは乗せてもらう。
「ネルソン班長。そちらの指揮はお任せします」
「はい、お任せください!」
 団長の風見瑠奈が見守る中、イングリットと、百合園生、そしてエリシアは兵器たちの休憩所へと向かって行ったのだった。