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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第19章 アルバイトの理由

 空京の道を行きながら、遠野 歌菜(とおの・かな)は少し前に月崎 羽純(つきざき・はすみ)からプレゼントを貰った時のことを思い出していた。それだけで胸いっぱいの幸せを感じるような、本当に嬉しいひと時だった。ここはひとつ、6月の結婚記念日にはサプライズプレゼントを用意して彼にとびきりの感謝を伝えたい。
 それまでにコツコツとバイトをして、しっかりお小遣いを貯めるのだ。
 しかし、バレたらサプライズも何もない――ということで、空いた時間に日雇いアルバイトをしていることは羽純には秘密だ。
(絶対に隠し通さないと!)
 そう思いつつ、本日のバイト先であるコンビニに向かう。接客関係のバイトをする時は、羽純が客として来るかもとちょっとドキドキするのだが、今日はいつもより余裕がある。空京には他に沢山コンビニがあるし、羽純に出会う可能性は殆どない。
 ――筈である。
「よーし、がんばるぞ♪ 店長さん、よろしくお願いしますっ!」
 意気込みも新たに、歌菜は裏から店に入ると緑を基調にした制服に着替えた。名札をつけてレジカウンターに行くと、そこに知った顔を見つけて彼女は驚く。
「ファーシーさん!」
「え? ……あれっ、歌菜さん!」
 レジ前に立つ客がカウンターを離れたところで、振り返ったファーシーは笑顔になった。帰っていった客に向けていたにこにことした笑みが更に明るくなる。
「わぁ〜奇遇ですね! 今日は一緒にバイト、頑張りましょう♪」
「うん! そっか。今日来るアルバイトって歌菜さんだったのね」
 わたしは週1回、このチェーン店のヘルプをしてるの。とファーシーは言った。
「あっ! じゃあバイトの先輩ですね! 私、コンビニって初めてなんです」
 友人と一緒の方が楽しいし、仕事仲間として心強い。お互い嬉しそうに笑い合う中で、歌菜は思う。
(ファーシーさんに、色々教えて貰っちゃおう!)

 ――その頃、歌菜が裏からコンビニに入ったことを見届けた羽純は、その前のガードレールに軽く体を預けていた。店から目を離さず、どこか悶々とした気分で考える。
(……どうしてバイト? 俺に何も言わないという事は、俺に隠したい事が?)
 歌菜はこっそりと行動しているつもりのようだが、羽純には彼女の行動が丸分かりだった。隠れてアルバイトをするなど、気にするなという方が無理な話だ。
 気になって仕方なくてついてきて、後を追ってみれば何か分かるかもと思ったが今のところは特に怪しい素振りはない。まあ、バイトに来ているだけなのだから当然なのだが。
「……店に入ってみるか」

「えーと……レジの使い方はこんな感じ。あとは、元気よく、明るく接客するのがポイントかな」
「元気よく、明るく接客ですねっ!」
 ビニール袋への商品の入れ方や、タバコの売り方、ホットスナックの注文が来た時にどうするかなどを簡単に教わり、最後にレジの使い方を教わった歌菜は、店奥側のカウンターに1人で立った。自動ドアが開く時に鳴る入店音が聞こえ、出入口に笑顔を向ける。
「いらっしゃいませ! ……!!!」
 そしてこれ以上無いくらいに驚いて、歌菜はレジの下に慌てて隠れた。
(なっ、何でどーして、羽純くんが来るんですか〜ッ!?)
 空京には他に沢山コンビニがあるし彼に出会う可能性は殆どない――
 筈だったのだが。――『筈』だったらしい。
「あ、羽純さん。……どうしたの?」
 突然しゃがみこみ、カウンターになるべくぴったりと身を寄せる歌菜に、ファーシーは普通に話しかけてくる。き、気付かれるっ、とそれだけで慌てた歌菜は、ファーシーの制服の裾を摘んで涙目で見上げた。
「ふぁ、ファーシーさん……!」
 超小声で言う歌菜に、彼女は「?」という表情で僅かに身を傾けた。超小声を届かせるにはまだ少し距離があるが、歌菜は必死の思いでお願いする。
「私、彼に見つかりたくないんです……! 後生です! どうか、匿ってください! よろしくお願いしますっ」
「…………?」
 きょとんとした顔のまま、ファーシーは店内を歩く羽純と歌菜を順に見る。「彼に?」と再度確認するような目を向けられてうんうんと頷く。相変わらず不思議そうにしていたが、ファーシーはやがてこくん、と了承の意を示した。片方のレジに休止中の札を置いて、軽く片目を閉じる。「まかせといて!」という意味だろう。多分。
(羽純くん、どうしてよりによって、ここに来たのーッ?)
 身を縮めた歌菜は、冷や汗ダラダラに心の中でそう叫んだ。

(歌菜は……レジの下へ隠れたか。それも、割と丸見え……)
 しかし、しゃがむ歌菜をばっちり目撃していた羽純は、カウンター向こうで焦った様子を見せている彼女に内心で突っ込みを入れる。
 だが、これで確信した。
(俺の為にバイトをしてるって所か)
 先程まで歌菜と何かやりとりしていたファーシーを見ると、彼女は人好きのする笑みを返してきた。いつも通りに見えるが、無駄にやる気に満ちているようにも見える。勿論、仕事以外の方面でのやる気だ。
(……歌菜をよろしく頼む)
 テレパシーでそう伝えると、彼女は分かりやすくびっくりした顔になった。
「え、えっと……」
 カウンター下と羽純を忙しく見比べるファーシーに苦笑を返し、コンビニを出る。終わる頃まで何をしていようか、と思いながら。

 羽純が出て行って10秒程が経過したところで、歌菜はぴょこんとカウンターから顔を出した。慌てた様子のファーシーが少し気になったけれど。
「な、何とかやり過ごせました……! ファーシーさん、ありがとうございます!」
 何はともあれほっとしてお礼を言い、自腹で缶コーヒーを1本買う。
「これ、プレゼントです! 本当に助かりました!」
「う、うん。ありがとう……えっと、でもね、歌菜さん……」
 缶コーヒーを受け取ったファーシーは、戸惑いまくり、という顔で言いづらそうに歌菜に言った。
「バレてたみたいよ? 羽純さんに」
「えっ、ええっ!?」

              ⇔

「はぁ、羽純くんに何て言おう。でも……」
 少し気がそぞろになったりもしたけれど、大きなミスもなく無事にアルバイトを終え、コンビニを出る。その途端、店の前で待つ羽純に気付いて歌菜はびっくり仰天した。
「歌菜」
「ふええええ!?」
 頭が真っ白になって動けないでいる歌菜に、羽純は一歩二歩と近付いてくる。
「何でバイトなんかしてるんだ? それも、俺に内緒で」
「そ、それは……言えませんっ」
 バイトの間も色々言い訳を考えたけど、結局何も思いつかなかった。嘘は吐けないし、正直に言ったらサプライズがバレてしまう。
 俯いて、叱られるかもとぷるぷる震える歌菜の肩に、そっと羽純の手が乗った。顔を上げると、真面目な表情の彼と目が合う。
「……言えないなら、これ以上理由は聞かない」
「は、羽純くん……」
「けど、黙って居なくなるのは止めてくれ。……心配になるから」
 切なげともいえる真摯な瞳に、歌菜は何も言えなくなる。だが、その後彼がそっと笑うと、ぐるぐると混乱していた気持ちが収まってくる。
「うん、うん、ごめんね……でも、バイトはもう少しだけ続けたいの。あと、数ヶ月だけ……」
「……分かった。あと数ヶ月だな」
 プレゼントが買える、お小遣いが貯まるまで。
 喜んでもらえるかな。もらいたいな。
 そう思いながら、歌菜は羽純と一緒に歩き出した。