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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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【魔法世界の城 東の塔・3】


「おらおら退けんかぁい隊長のお通りじゃあ!!」
 威勢の良い声に躊躇ったが最後。
 特殊環境での戦闘に慣れたセレンフィリティの支援を受け、自由に動けるカガチが二振りの刀を突き、薙いでゆく様に、魔法世界の闇の魔法使い達は翻弄され、太刀打ち出来ない。
 更にこの契約者の集団の中で刃物を使う契約者は彼一人では無い為、彼等を強襲する闇の魔法使い達は必然未知の武器と相対する事になる。
 契約者側は種類が違うとはいえ『魔法』と、その能力を行使する為の『魔法の杖』という武器を理解している。何度か手を合わせているというのが殆どだろう。一方の闇の魔法使い達は“契約者達はこう戦うのだ”と伝聞で知っていただけだ。
 そしていざ鋭い切っ先を向けられた時の恐怖というのは、頭で考えて想像するのとは実際全く異なっていた。
 真っ白になるという表現か、真っ黒に塗りつぶされるという表現か。いずれにせよまともに思考出来る状態ではなくなると、次に思い浮かぶのは死にたく無いという本能だけである。
 背中を向けるか立ち向かうか、どちらかを選び取った後の行動は単純だった。

 ヴァルデマールの粛正という別の恐怖がある手前、前者を選ぶ闇の魔法使いは珍しい。これにはスノゥやサリアが対処した。遠距離から攻撃系のスキルを当てるのだ。
 向こうの事情を考えれば、折を見て戻って来たところを襲われる可能性しか無い為、逃亡させてやる事は出来ないとアレクは言うが、残念ながらその通りだった。(取り逃がして戻って来た敵に対しては、更に後列の真が対処していた。)
 スノゥたちの攻撃に当たり、闇の魔法使いが攻撃や防御の能力を殆ど失ったところで、ミリアの二つ名の能力で、杖を『もふもふ』に変えてしまうというのが、一連の流れだ。
「うぅっ、我ながらどうしてこんな二つ名迷わずOKしちゃったのかしら……
 いや、もふもふいっぱいは嬉しいけど」
 もふもふの二つ名は常時発動しない為、ミリアは機晶魔剣・雪華哭女を敵の杖に何度かぶつけながらそうぼやく。魔法戦を得意とする自分が、何故今こんな事をしているのか、何故あの時アレクの提案を受け入れてしまったのかと自問するが、足下に落ちたもふもふ、そして彼女が進む道を埋め尽くして行くもふもふを思えば、これもこれで良いかしらと思ってしまうのだ。
 まんざらでもない気持ちを見抜いて、アレクが振り返り
「流石はもふリストを越えたもふリストだな」と持ち上げてくるので、ミリアの鼻は良く分からない方向へ向かって高くなっていった。
「まぁ……もふもふの楽園を作り上げる為にも、まずは目の前の相手から……よねっ」
 そんな言葉を耳に入れ、スノゥは
「ミリアちゃんはぁ〜……ある意味いつも通りですねぇ〜」といっそ感心したように言っている。

 一方戦う方を敵が選び取った場合、相手になったのはカガチである。
 グラキエスやセレンフィリティ達がこの場では温存しようと考えているように、この後に強敵が彼等を待っている事は確実だ。
 カガチはそれまでに矢面に立ち、皆の盾になろうと考えて居た。
 闇の魔法使い達は当然魔法を使う。(東の塔を行く彼等は知らない事だが)ハルカ達を殺そうと動く魔法使い達とは違い、王たるヴァルデマールの勅命を受けた此方の殺す為の戦いになれた闇の魔法使い達は“戦いの前に名乗りを上げる”という魔法世界のマナーを破ってでも勝利を掴みにくる。
 それでも杖を構え魔法を発動させるという時間は必要らしい。だからその前に踏み込んで斬り伏せてしまえば問題無く勝てる。此方には葵のフラワシのサポートもあるのだ。
 勝負は一太刀目、一瞬がものを言う。
 冷気を纏わせた抜刀術を連続で使用すれば消耗は激しいが、それでもカガチは戦い続けた。仲間達も彼の思いを受け、必要な時以外は無駄に手出しをしない。カガチの横に立って皆を守るなぎこの好意を素直に受けた。
 そんな戦いが何度目か続いた時だ。
「私、多分カガチと一緒に生きていきたいんだと思う。
 なのでこれが終ったら結婚してください」
 どさくさまぎれ。そんな言葉が何より正しい状況で、なぎこがぽろりと漏らすように言ったそれに、皆は口をあんぐり開けたまま戻らない。
 何より驚いたのは申し込まれたカガチで、
(イヤではないけどなぎさんまだ子供だし結婚とかそれ以前の段階だし)と、大人げなく、男らしくも無い程に動揺しきっていた。
「子供じゃだめかな? 大人になればいいかな?」
 尚も続けるなぎこに、どのような心境の変化があったのかは分からない。ただ以前、過去の感情と記憶を思い起こさせる歌が空京に響いた時、それに飲まれたなぎこを見ていたアレクには、なんとなく経過が理解出来た。
 そして彼は思ったのだ、友人の幸福は素直に祝福すべきだと。振り返れば真も笑顔だ。
「おめでとう」
 肩を叩かれカガチが過剰なくらいに驚くと、真とアレクの微笑みの隣にマリー・ロビンの、つまり葵の笑顔が広がる。
「や、あの……」
 カガチが皆まで言うより早く。瘴気を祓う為歌っていたマリー・ロビンは、一旦歌をやめ、徐に胸の前で両手を組んで、妙にかしこまって歌い出した。
「ぱかぱぱーん♪」と何処かで聞いたリズムは、メンデルスゾーンの結婚行進曲だ。
「わあ!」と翠とサリアが歓声を上げ、唯斗が率先して拍手した。
「おめでとう、結婚はいいわよ」と、セレンフィリティがセレアナの肩を抱きながら幸せの見本を見せつける。
 主のグラキエスが素直に喜ぶので、アウレウスも嵐のような拍手を贈り、その隣では咲耶が意図有げな瞳でハデスを見上げ「素敵ですね、兄さん」とこれまた意味ありげに言葉を投げつける。
 ところでこれは戦闘中の話だ。
 がら空きになった敵がどうして攻撃してこなかったかというと、このタイミングでやってきたトーヴァが活躍していたからに他ならない。
「何、どしたの。皆楽しそうな顔しちゃって」 

 合流した彼女が持って来た情報によると、ハルカ達は今のところ皆無事らしい。
「保護されるより楽しいもの見つけちゃったみたいで、皆そっちに夢中よ」
「やっぱりな」
 支援する孤児院子供のシェリーの安否を聞くと、彼女がその先頭に立っているのだと聞かされ、アレクは内心苦笑する。破名は前後不覚に陥る勢いで心配しているというのに。
「親の心子知らずだ――」
「お、流石パーパだ。重みが違うね」
 実は親子どころではないくらいに年下をからかって、トーヴァは皆へ向き直り笑顔を見せる。セイントは人々を導く力を持つという。彼女が現れただけで、皆は背中を押し上げ心が奮い立たされるように沸き立った感情を覚えた。
「全力で頼むわ!」
 唯斗に「おう!」とノリ良く答えると、トーヴァは彼が前へ突き出した刀の隣に、自分の剣を重ねる。
 闇の軍勢の追撃は終わらない。新たに現れた魔法使い達を前に、二人は足を蹴り出した。
 彼女の周囲で踊る紅蓮の聖獣が、光の羽根が反射して、ヴァルキリーの長い赤紫の髪が真っ赤に燃え上がるように舞い散った。


 さて。かつて契約者の前で君臨する者が見せたような目眩まし等を利用した特殊な移動魔法の類いを使えるのは本当にごく一部だったようで、いきなり目の前に現れる敵は居ない。
 闇の魔法使い達はヴァルデマールの元へ行かせまいとするのを目的としてい為、人間の壁、と言うような行動ばかりとった。ヴァルデマールが掌握した人の心を何とも思わずに、実は物と扱っているのが良く分かる。
 前を行くカガチらの丁度反対側を担当する真は、後方から敵が簡単に追い掛けてこられないよう、城の備品を武器を投擲したり、引倒して進んだ。
 備品――と一口に言ってもパラミタの平均的な学生である彼等が普段触れている家や学校とは違う。目立って使えるのはスタチューや灯の魔法が使われているらしいシャンデリアなど豪華な美術品ばかりで少々心が痛んだ。
 兄タロウが天井からつり下げられていたシャンデリアの鎖を破壊してきたところで、がしゃんと派手床に散らばっていく様を背中ごしに音で感じ、自然と目元が歪む。
「うるさかった?」
 基本的に自分で移動する気は無いらしい兄タロウが勝手にこの戦いの定位置に決めたらしい真の肩に戻ってくると、皆の顔を見て小首を傾げた。
「うるさいっつーか勿体無ぇわな。あんなたっかそーなもん壊しちまって。
 知らねぇぞ? 後で家主に請求されても」
 唯斗が冗談ぽく言うと、兄タロウはガラス玉の様に大きな目をぱちぱちとしぱたかせ、急にくすぐられたかのようにケラケラ笑い出した。廊下を抜けるようにボーイソプラノが響く。
「バッカだなーユイト! 
 ホンモノのおかねもちは、かいものするときにネダンみないし、ちっちゃいことはきにしないんだぞ! アレクもハインツもいじわるなイタズラじゃなかったら、なにしたっておこんないもん。だからヴァルデマールってやつもおこんないよ。
 だってわるいヤツだけど、このせかいのえらいひとなんでしょ?」 
 本物は気にしない。では偽物はどうなのか。そこで話は振り出しに戻るのだ。
 彼等は思い出す、恐らく本物側なアレクがヴァルデマールを『成金趣味』と評価した事を。
「めちゃめちゃ怒ってたりしてね……」
 真が推測したその答えは、その後直ぐに分かった。
 彼はその名の通り、真実を見抜く二つ名を持っている。
 つまり――。