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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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一会→十会 —雌雄分かつ時—

リアクション



【葦原島】


 全ての戦いが終わって一時間後、ミシャグジの洞窟にも救援隊がやってきた。ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)カタルだ。
「大丈夫でありんすか!?」
 ハイナは別件で忙しく、洞窟の道案内として最適のカタルは里帰りをしていたという。
「私がいれば……」
 申し訳なさそうにしているカタルに、
「タイミングが合わなかったんだから、仕方がないさ」
と、ダリルは言った。
 平太(武蔵)が落ちた後、救いに行こうとするニケを押し留めたのは彼だった。任せるという言葉を、最も体力の残る自分宛てと受け取ったダリルは、まず由紀也と暮流を探しに行こうとした。だが階段は崩れ、洞窟の影響で飛行も出来ず、それは叶わなかった。
 辛うじて声が聞こえたので生きていることは確認できた。救援が来るまでその場にいるよう指示した。
 最下層で平太(武蔵)とファラの確認をしたかったが、瘴気が立ち上ってくるのが肌で感じられた。ファラは生きている。にも関わらず、登ってこないということは、拘束が続いているのだろう。それが解ければ平太(武蔵)の命もないと知り、ニケは懸命に意識を保ち続けた。
「ハイナ様!」
 ハイナの姿を認めるなり、沙耶は立ち上がろうとした。だが疲労困憊の肉体は、言うことを聞かない。
「そのまま」
 ハイナは沙耶の手を取り、微笑んだ。それだけで沙耶は天にも昇る心地だった。――由紀也と暮流のことは綺麗さっぱり忘れていた。
 無論、二人のパートナーは、すぐに病院へと運ばれ、沙耶も後を追った。
 ダリルは、ルカルカには付き添わなかった。一番体力のある自分が、最後まで残る義務があると思っていた。
 ニケは、平太の無事を確かめるまではと言い張った。拘束している【縒(よ)りそう者】のこともあるため、ダリルと共に最下層へ向かうことになった。
 ファラにしがみ付くよう抱き着いたまま、平太(武蔵)はそこにいた。意識を失って尚、力は緩められていない。
「……後は、お任せください」
「お前らあ! お前ら! お前ら!!」
 先程までの寡黙な雰囲気が嘘のように、ファラは縛られたまま、思いつく限りの罵詈雑言をカタルたちに浴びせた。そうして藻掻いている間、彼女の口から出る言葉は、別の種類のものに変わって行く。
「ピオ、待ってて、今行く! こんな塵共片付けて、直ぐにあなたのところへ行くわ! ああ、私の可愛いピオ! ピオ! 役に立ったら何をしてくれる? 私あなたのその小さな足に口付けて、そうして、そうしてこの世界の、汚い土ぼこりを、この舌で拭って、うふ、うふふふピオ、甘い! 甘いわあ!!」
 現実逃避なのか本当に分からなくなってしまったのか、いずれにせよピオが同じように拘束されたとは夢にも思っていないのだろうファラに、カタルはにっこりと笑みを浮かべ――ぞっとするような、と後にダリルは語った――、片目を覆う布を外した。
 生命エネルギーを「眼」に吸い取られたファラは大人しくなった。カタルは息をつき、「これで大丈夫でしょう」と言うと、平太(武蔵)の手を引き剥がそうとした。しかし、渾身の力でしがみついた腕はなかなか解けず、結局、ハイナとダリルの手でようやく二人は離れ離れになった。
 ファラはエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が引き取ることになり、近々、護送される予定だ。
 そして平太は、瘴気と全身打撲で長期の入院を余儀なくされた。戻ってきたベルナデットは何日も付き添い、食事やトイレのときですら離れようとしなかったため、周囲の人間が大変だったという。
 武蔵に対しては相当怒っていたが、当の相手は平太の中で眠ったままだった。これについて、不確かながらと医者は言った。
「患者の痛みやあらゆるダメージを引き受けたのでしょう。彼は、肉体の損傷の割りに、ほとんど痛みを感じていませんでしたからね。後遺症も心配ありません。ただ――」
 それにより、奈落人の武蔵が表に出てくることは、当分ないのではないか、と医者は付け加えた。
 これで彼の不幸は終わったのだろうか、とニケは思った。しばらく病室の二人を見つめ、やがて踵を返してその場を去った。今度こそ、自分のパートナーを救うために。


 * * * * * 



【魔法世界・某所】


 ああ、困ったわ困ったわ。
 インニェイェルド、あなたときたら、
 あの世界の人間が気に入ってしまったのね


 意識が沈んで行く。
 騒々しく、下品で、欲望を剥き出し、全く愚かで、

 瑞々しく、生き生きとした


 寂しいの
 寂しいの
 ねえインニェイェルド、あなたならきっと、あの世界を――そしてこの世界を助けたいと思うのね
 だから私は、


 自分と同じように気が強く、自分と同じように行動的で、自分と同じ能力を持ち、自分よりも少しだけ優しい、
 彼女が自分の為に死んだのなら、自分は、彼女が為したかったことを為して、そして、


 マデリエネは目を開けた。身体の下にもふもふの柔らかな感覚を覚える。
「……?」
 瞬いて、周囲を見渡す。
「ヴァルデマール様……?」
 確か自分は、ヴァルデマールの粛清を受けるところではなかったか。
 自分を囲む契約者達に、マデリエネは戸惑う。彼等の表情は、一体どうしたことだろう。
 アッシュが一歩、進み出た。
「全て、終わったよ。……力を貸してくれてありがとうな」
「え?」
 エリシアに封じられていた魔石から解放されて、身を起こしながらマデリエネは、アッシュの言葉に首を傾げる。
 アッシュが差しのべた手を無意識に取ろうとして、はっと我に返って手を引っ込め、自ら立ち上がった。
「もう何の心配もありません、マデリエネさん!
 ヴァルデマールは倒れました。この世界も、本来の姿を取り戻すんです!」
 姫星が、感極まった様子で言う。
「……ヴァルデマール様、が……」
 呆然とその言葉を聞き、マデリエネは瞬いた。
 その言葉は俄かには信じられず、しかし確実にマデリエネの中に浸透した。
 それが真実だと、彼女には解った。――終わったのだ。
「これで、私達、マデリエネさんと友達になれますね」
「とっ?」
 ぽかん、とマデリエネは姫星を見る。その横で、アッシュも頷いた。
「よろしく」
 微笑んで、手を差し出すアッシュに、つられて手を出しかけて、はっ! とマデリエネは両手を背中に回す。
「べ、別に別に、私はあなた達の為にしたわけではないわ!
 か、感謝なんて全然してないし!」
「……………………」
 握手の手を浮かせたまま、アッシュが、ふ、と吹き出した。
 説得力の全く無い表情とテンプレートそのままなセリフに、周囲からも漏れたくすくす笑いが、和やかに広がって行く。
 マデリエネは説得力の全くない表情のまま、そんなアッシュ達からぷいと顔を逸らし、何処かを見た。
 ああインニェイェルド、あなたなら――

「さて、行くか!」

 くるりと背を向けたアッシュに、感傷に浸っていたマデリエネが、そして契約者もまた目を丸くする。
「行くって…………何処へですか?」
 南の塔の仲間の契約者と共にプラヴダに救助されていた豊美ちゃんがちょこんと首を傾げたのに、アッシュは快活に笑った。
「決まってんだろ、俺様たちのパラミタへ! だよ!!」
「え? いいんですか、この魔法世界はアッシュさんの故郷なんじゃ……」
 豊美ちゃんが困ったように言うのに、アレクは声を被せた。
「良いんだよな」
 念を押され、アッシュが笑顔で頷くと、アレクは部隊に撤兵を指示しさっさとゲートを通り帰って行く。プラヴダの軍人達、そして何人かの契約者が続くのをぼんやりと見ていたフィッツは、はっと何かを思い出してアッシュへ向き直った。
「というかアッシュ君、君その喋り方……」
「【炎を操るもの】、選ばれし運命の子供アッシュ・グロックは、さっきの戦いで役目を終えた。
 今此処に居んのは、イルミンスールの灰撒きアッシュだ!」
 どんっと拳で胸を叩いて、アッシュは皆に笑いかける。それを受けて俯いたマデリエネは、考え込んだまま言葉に出す。
「魔法世界に残ればあなたは富も栄誉も……いいえ、王の座だって!」
 弾かれたように上がった顔に、アッシュは首を横に振る。
「だからだよ。魔法世界にもうヴァルデマールや俺様みたいな存在は必要無い。
 これからこの世界は、皆で力を合わせて新しい世界を築いて行くんだぜ!」
 ちょっとしたダサさが愛嬌で、元のアッシュだった。マデリエネの肩を軽く叩いて、アッシュは踵を返し契約者達の殿に続いた。

「…………さようなら」

 そう静かに、誰にも聞こえぬ程小さく生まれ故郷へ別れを告げ、第三の故郷パラミタへ向かって、アッシュ・グロックは走り出した。