リアクション
* * * * * 【魔法世界・某所】 ああ、困ったわ困ったわ。 インニェイェルド、あなたときたら、 あの世界の人間が気に入ってしまったのね 意識が沈んで行く。 騒々しく、下品で、欲望を剥き出し、全く愚かで、 瑞々しく、生き生きとした 寂しいの 寂しいの ねえインニェイェルド、あなたならきっと、あの世界を――そしてこの世界を助けたいと思うのね だから私は、 自分と同じように気が強く、自分と同じように行動的で、自分と同じ能力を持ち、自分よりも少しだけ優しい、 彼女が自分の為に死んだのなら、自分は、彼女が為したかったことを為して、そして、 マデリエネは目を開けた。身体の下にもふもふの柔らかな感覚を覚える。 「……?」 瞬いて、周囲を見渡す。 「ヴァルデマール様……?」 確か自分は、ヴァルデマールの粛清を受けるところではなかったか。 自分を囲む契約者達に、マデリエネは戸惑う。彼等の表情は、一体どうしたことだろう。 アッシュが一歩、進み出た。 「全て、終わったよ。……力を貸してくれてありがとうな」 「え?」 エリシアに封じられていた魔石から解放されて、身を起こしながらマデリエネは、アッシュの言葉に首を傾げる。 アッシュが差しのべた手を無意識に取ろうとして、はっと我に返って手を引っ込め、自ら立ち上がった。 「もう何の心配もありません、マデリエネさん! ヴァルデマールは倒れました。この世界も、本来の姿を取り戻すんです!」 姫星が、感極まった様子で言う。 「……ヴァルデマール様、が……」 呆然とその言葉を聞き、マデリエネは瞬いた。 その言葉は俄かには信じられず、しかし確実にマデリエネの中に浸透した。 それが真実だと、彼女には解った。――終わったのだ。 「これで、私達、マデリエネさんと友達になれますね」 「とっ?」 ぽかん、とマデリエネは姫星を見る。その横で、アッシュも頷いた。 「よろしく」 微笑んで、手を差し出すアッシュに、つられて手を出しかけて、はっ! とマデリエネは両手を背中に回す。 「べ、別に別に、私はあなた達の為にしたわけではないわ! か、感謝なんて全然してないし!」 「……………………」 握手の手を浮かせたまま、アッシュが、ふ、と吹き出した。 説得力の全く無い表情とテンプレートそのままなセリフに、周囲からも漏れたくすくす笑いが、和やかに広がって行く。 マデリエネは説得力の全くない表情のまま、そんなアッシュ達からぷいと顔を逸らし、何処かを見た。 ああインニェイェルド、あなたなら―― 「さて、行くか!」 くるりと背を向けたアッシュに、感傷に浸っていたマデリエネが、そして契約者もまた目を丸くする。 「行くって…………何処へですか?」 南の塔の仲間の契約者と共にプラヴダに救助されていた豊美ちゃんがちょこんと首を傾げたのに、アッシュは快活に笑った。 「決まってんだろ、俺様たちのパラミタへ! だよ!!」 「え? いいんですか、この魔法世界はアッシュさんの故郷なんじゃ……」 豊美ちゃんが困ったように言うのに、アレクは声を被せた。 「良いんだよな」 念を押され、アッシュが笑顔で頷くと、アレクは部隊に撤兵を指示しさっさとゲートを通り帰って行く。プラヴダの軍人達、そして何人かの契約者が続くのをぼんやりと見ていたフィッツは、はっと何かを思い出してアッシュへ向き直った。 「というかアッシュ君、君その喋り方……」 「【炎を操るもの】、選ばれし運命の子供アッシュ・グロックは、さっきの戦いで役目を終えた。 今此処に居んのは、イルミンスールの灰撒きアッシュだ!」 どんっと拳で胸を叩いて、アッシュは皆に笑いかける。それを受けて俯いたマデリエネは、考え込んだまま言葉に出す。 「魔法世界に残ればあなたは富も栄誉も……いいえ、王の座だって!」 弾かれたように上がった顔に、アッシュは首を横に振る。 「だからだよ。魔法世界にもうヴァルデマールや俺様みたいな存在は必要無い。 これからこの世界は、皆で力を合わせて新しい世界を築いて行くんだぜ!」 ちょっとしたダサさが愛嬌で、元のアッシュだった。マデリエネの肩を軽く叩いて、アッシュは踵を返し契約者達の殿に続いた。 「…………さようなら」 そう静かに、誰にも聞こえぬ程小さく生まれ故郷へ別れを告げ、第三の故郷パラミタへ向かって、アッシュ・グロックは走り出した。 |
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