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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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一会→十会 —雌雄分かつ時—

リアクション

【帝国・3】


 同じ頃、エリュシオン帝国ではいまだ戦闘は継続されていた。

 先頭で奮闘を続ける美羽に、防衛を続ける歌菜と羽純、そして誰よりフレンディスの援護のために、ジブリールの命のうねりが連戦に続く連戦の傷を癒し、ベルクの走らせる雷の隙間を縫って飛ぶ黒鷲霊・フレスベルグがその嘴を広げて群れを蹂躙する。そうしてカバーしあうことで人数の少なさを補ってはいたが、気力も体力も永遠に続くものではない。流石に疲労の浮かび始める契約者の顔にポチの助の顔が焦りを浮かべ始めた。
「鈍くさはまだですか? 全くこれだから鈍くさのままなのですよ」
 言葉こそ、武器が届かないことへ苛立っているようだが、続けて「別に心配はしてませんけどね!」などと口走っているあたり、本心のところは違うのだろう。それよりも、今は足元のツライッツの事がポチの助にとっては心配の種だった。彼がサポートをしているナージャも同じくその表情にいくらか焦りが滲んでいる。
「……パターンA、迂回…………リンク正常を維持、ジャミング発生、迂回……」
 ツライッツの口から、マイクを通したような機械的な音が漏れる。どうやら、戦場を包み込んでいる『喚ぶ』声がジャマーのよう魔法石への干渉へ影響しているため、ツライッツの負担がじわじわと深くなりつつあるのだ。機材で演算処理などの補助は出来ても、肝心の接続点はツライッツにしか担えないのだ。
「不味いな……このままだと、ツライッツの神経回路の方が、制圧完了までもたない」
 ナージャの呟きにヨシェアの顔色が変わり、ハインリヒが動こうとした、その時だ。
 上空で大きな羽ばたき音がしたかと思うと、そのままゴウッと重たげな空気の音と共に、巨大な翼を持った飛龍が一気に降下してきた。葦原から帰還した、龍騎士だ。休み無しの全速力で滑空してきた龍がそのまま崩れ落ちるようにべしゃりっと地面へ不時着すると、その背中から転げ落ちるようにして降りた龍騎士は、預かった武器を大事そうに抱えたままエカテリーナの乗る工房搭載型のイコンの前へと跪いた。が、ねぎらいの言葉をかけようとしたエカテリーナは、思わずといった様子で画面の中で首を傾げた。
『……途中で襲撃にでもあったのだぜ?』
 というのも、その龍騎士は何かの格闘の後のように、髪も鎧も乱れているし、頬は腫れて鼻血の痕まである。よく見れば腕に見えるのは引っかき傷だろうか。単騎で葦原、エリュシオン間の移送を任されるだけあって、騎士団内では名の知られた男をここまでボロボロにするとは、と周囲がざわめいたが「いや、それが……」と騎士は言いづらそうに口を開いた。
「お恥ずかしながら……ベルナデット嬢が、随分と暴れられまして……」
 騎士は、女性相手へ紳士的に手を差し伸べたつもりだったし、実際その通りだった。だが何と言っても、タイミングが悪かったのだ。唐突に見知らぬ場所に放り出されたと思ったら、平太の姿は消えていて、慌てて戻ろうとしても戻れない、となればベルナデットの取り乱しようは目に浮かぶようである。平太を探さなきゃ、と突然飛び出そうとするのを龍騎士が慌てて止めようとすれば手にした剣を投げ捨て、慌ててそれを拾っていれば龍を奪わんと手綱を引いた。主人以外を乗せない気性の荒い龍が、暴れやしないかとやきもきしながら何とか宥めようとしたが、怒れるベルナデットは離せの行かせろの一点張りで、伸びる手を叩き落とし、庇おうとする横っ面を張ったおし、よもや女性に手を上げるわけもいかない騎士が右往左往しているうちに、最後には手当たり次第に引っ掻き回したので「後でうちの腕利きに平太殿を助けに行かせますから!」と涙目ながらに説得して、龍を飛ばしてきたのである。
『OH……』
 ぐったりと身体を地面に投げ出す龍の頭を撫でながら、同じだけぐったりした様子の騎士のその報告に、エカテリーナが何とも言えない声を漏らし、気を取り直して『お待たせしたのだぜ』とハインリヒへ通信を投げる。
 駆け寄ってきたハインリヒは騎士とドラゴンの悲惨な状態を見て、こみ上げた笑いを“相手は帝国の騎士だ”と、なんとか留めた。
「有り難う御座います」
 笑みを浮かべたのは一瞬で、渡された剣に指先をかけた途端にハインリヒの顔は別のものに変わる。果たして初めて持った武器を扱えるのだろうかと騎士は考えたが、冷静に感覚を捉えようとする様を見れば、杞憂だと分かった。
 そうしてハインリヒはその場から文字通り飛去った。と、中空で閃いた途端、折目正しい軍服が別のものへ変わった。彼が降り立った丁度隣に居る歌菜のそれと、似たジャンルの……つまり魔法少女もとい少年もとい青年のコスチュームである。
「やる気満々ですね♪」
 歌菜が笑顔で言うのに、ハインリヒは遠い目をしたまま剣を見下ろした。
「…………この武器さ、魔力かなんか使うんだろ、この方が効率が良いのは確かなんだよ。不本意だけど」
「使えそうか?」
「正直全然分からないし自信も無い」
 ハインリヒが鞘から剣を抜き取ると、歌菜と羽純と三人それをじっと見つめる。
「デカいな……!」
 と、羽純が感嘆してしまったように、それは彼等がよく見慣れたアレクの全長四尺五寸(約1.3メートル)の刀よりも更に長く見えた。日本でいえば長巻に似た、槍や矛のように使える剣だ。
「Zweihaender(ツヴァイヘンダー)……
 綺麗だ、流石アレクの刀匠だね」
「はい、キラキラです!」
 歌菜が表現したのは剣の事なのか、それを手慣らしに振っているハインリヒの事なのか。羽純が後者と取ってムッとした表情を見せたのに、遠目にそれを見ていたベルクが吹き出している。
「とりあえず覚えがあるヤツで良かった」
 にこっとハインリヒが仲間に笑顔を向けた時、ピオの命じる声が風に乗った。と、試してみようかとハインリヒの顔が言うと、彼は逸足、浮遊するピオに向かって動き出した。
 踏みしめた足が地面を蹴るのに、巨大な亜人が止めようと立ちはだかるが、ジブリールのスネークウィップが、亜人の爪がハインリヒに辿り着く前に攻撃を弾く。
 それを一瞥していたハインリヒの背後から、ペルーンの銃弾がピオの頬を掠めるようにした。
「ヒッ!」
 思わず息を飲んだピオが前を見ると、ハインリヒが真っ直ぐ此方へ向かってくるのが見える。
[ストライク]
 ハインリヒの攻撃許可を聞いて、ピオが予想だにしていなかった場所からプラヴダの攻撃が飛んでくる。慌てたピオは風の魔法を防壁と変え亜人達を喚んだ。
「オレを守れ!!」
 
 だが、亜人達が動く事は無かった。
 本来ならば響く筈の音が、まるで断ち切られたかのような奇妙な感覚に、ピオは表情を歪める。目を見開いてみると、此方に迫ってきていたハインリヒが、ぴたりと動きを止めていた。
 何かを斬り上げた姿勢のまま。
「出来た!」
 ハインリヒは子供の様に無邪気に笑っているが、その美しい顔を見ているピオはぞくっと這い寄る何かを感じる。ヤバい。と、本能が危機を悟った。瞬間懐から杖を出しハインリヒへ向け、喚ぶ声を響かせようと口を開くが…… 
「ッあ――」
 音が消える。今度こそ確実に、ピオは自分の魔法が、あの剣に寄って斬られている事に気がついた。何度かけても、言葉を変えても、ハインリヒが剣を振る度に風を斬る音に掻き消され、全てが静寂の中へ消えていく。
(なんだよあれ! 魔法? それとも契約者が使うスキルってやつ? どうしてオレの声が響かない、誰も喚ぶ事が出来無い!!?)
「ファラ!!」 
 断末魔のような喚ぶ声は、ハインリヒの歌声が重なる剣先に奪われた。
「こないね」
 歌が止むとハインリヒはピオの叫びに『応え』、最早用事は済んだとでもいうように堂々と背中を向け去って行く。
「ま、待て!!」
 呼び止められてゆっくりこちらを向いた顔は、小首を傾げ、皮肉げな笑顔でこう言った。
「フラレちゃったんじゃない?」
 ピオは、完全に言葉を失った。
 口を開いても、何も出て来ない。混乱と怒りに支配され、頭が考える事を拒否している。
 大気中から完全にピオの魔力が消えた瞬間「今だよ!」とナージャがポチの助を振り返った。
「はい、任せてください博士! いきますよ、ツラたん!」
「……たん?」
 上から聞こえる、アレクが冗談のように呼ぶ自らの渾名に一瞬反応してしまったツライッツとトリグラフに、ポチの助の機晶開放によるエネルギーが満ちた。
「――全パターン迂回をキャンセル。第二、第三防壁、侵食開始」
 自身の出力限界が引き上げられたのを感じて、ツライッツは魔法石へ向けてその全てを集約させる。目には見えないが、ナージャとポチの助の端末には、恐ろしい勢いで魔法石を侵食していくデータが映し出されている。魔法力を機晶エネルギーとして換算し直し、逆に機晶エネルギーを魔法力と同調させて、魔法石を同じ機晶石と見立てることで分析し、その構造を書き換えて支配下へと置く――はたからはさっぱり判らない仕組みと戦いを、相手の所謂頭脳と精神を、無理やりに侵して強引に組み伏せることで勝利したツライッツが、その口の端を僅かに上げたように、ハインリヒには見えた。
「防壁解除、自動反撃システム停止――制圧完了。攻撃できます!」
『了解。総軍構え! 沿岸防衛システム起動。長距離迎撃砲、発射準備』
 応じて、エカテリーナの指先が手元の端末を音楽でも奏でるように撫でると、とても魔法文明の大家であるエリュシオンとは思えない、近代的な長距離砲の砲門が、都市の地面からせり上がってその照準を魔法石へ合わせた。それに伴って、待機していた龍騎士達が一斉に構えを直して突撃の体制を取り、【貫くもの】の力を持つコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、カプセルによって巨大化してその槍先を魔法石へ向けて構える。
「こっちも、行けるよ!」
 画面越しに頷いたエカテリーナ――ご丁寧に、どこかの軍服を着た画像に変更されている――の手が、魔法石へ向けて振り下ろされた。
『第一射、放て!』
 瞬間、全ての砲門から機晶レーザーが放たれ、貫く力を強化されたコハクの槍から迸った光の刃がそれに纏わり、ドンッという空気を震わせる衝撃音と共に、魔法石へ激突した。
「な――ッ!?」
 本来なら、受けた攻撃をそのまま跳ね返すはずの魔法石が、僅かに貫かれて亀裂が走ったのに、ピオは驚愕の声を上げた。損傷そのものは小さい、が、煙を上げる魔法石は今や「アイギスの盾」の機能を完全に失っていた。そして。
『突撃――!!』
 攻撃が効く、という事実を確認した龍騎士が、エカテリーナの号令を受けて一斉に飛び出した。シャンバラの教導団のように軍隊らしい人数ではないが、一騎一騎が神である龍騎士だ。編隊を組んだ龍たちがそれぞれの槍に剣に全力を込めて、魔法石へと襲い掛かっていくと、一撃一撃のたびに轟音が海上へ響いた。ピオも風魔法で応じたが、今度は彼の方こそが多勢に無勢だ。だというのに、龍騎士達はまるでピオのことなどどうでも良いといった様子で魔法石への攻撃を続ける。これが終わればそちらなど直ぐに片付く、とその態度が語っているのに、ピオの苛立ちは最高潮へ達した。
「クソ、クソ、クソ……ッ!! ファラ! あの女!! 何してるんだッ!?」
 叫んだが、反応があるはずが無い。本来であれば、直接的な攻撃を担うはずの自らの武器であるファラが来ない。
 そこへピオは可能性を与えられたのだ。
 ファラ・ダエイは既に敵の手に落ちているかもしれない。死んでいるかもしれない。
 そして最悪の可能性として一番に心を揺さぶったのは「フラレた」というものだ。
 苛立ちと、自らのを支えるものが今、何も無い、という無自覚の不安が募らせる焦燥感に、命令を乗せた『喚ぶ』声を手当たり次第に撒き散らしたが、その度にハインリヒの振るう剣がそれを断ち切ってしまう。
「クソ……畜生……っ」
 追い詰められたピオには残る手段は一つしかない。どうやったのかは判らないが、契約者達の中心にいるツライッツたち――彼らが魔法石を無効化したのであれば、彼らを倒せば魔法石は再びその絶対の防御を示すはずだ。最悪でも魔法石を守れなければ、待っているのは、自分を支配する主からの粛清である。
 その恐怖に圧されるように、君臨する者と呼ばれるピオの本領、その強大な魔力によって大気が一気にその周囲に収束し、突発的な嵐が戦場を支配した。それは更にピオの両手へと圧縮されて、小さな竜巻のようなものがその腕を包んだ。
「全部、まとめて!! 吹き飛ばしてやる……ッ!!」
 怒号というより、子供の癇癪のような声が叫び、その竜巻が、ツライッツたちへ向けて放たれようとした、その時だ。
 銃へと変じた美羽と魔穂香の魔法の箒が、同時に火を噴いてそれを打ち消すと、ピオの両肩を貫いたのだ。味わったことの無い痛みに、叫び声すら上げられずに上空でのたうつ身体に、魔力の輪がかけられた。
 羽純の放った瞬刻の輪だ。しまった、とピオが思った時にはもう遅い。歌菜の旋律の抱擁がその身体を包み込むのと同時、いくつもの槍の先端が、がその身体へ向けられていた。
「―――ッ!!」
 それが龍騎士の槍だと気付いて慌てて振り仰いだピオはそのまま凍りつく。
 その視線の先では、魔法石が無残に崩れ落ち、海中へと沈んで行く所だった――……。