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【2024】ヴァイシャリーの夜の華

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【2024】ヴァイシャリーの夜の華

リアクション

「到着、場所取り完了! ……場所取りしてんの俺らだけかよ!」
 葦原明倫館のスーペースに飛び込んだアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、誰もいないスペースで、1人ツッコミ。
 葦原明倫館からヴァイシャリーは遠いため、学友はあまり訪れていないらしい……ということにしておく。
「ふふっ、大漁ですね」
 荷物番をしていたセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)がアキラに笑みを向ける。
「ヴァイシャリーの飯は超美味いからな、沢山仕入れてきたぜ〜♪」
 道中で買った弁当やお菓子、百合園の校門側の屋台で買った軽食や駄菓子、そして屋上で配られているお菓子をも自ら配っている人のもとに突撃してゲットしてきた。
「屋上のテントにはこんなものもあったんだ!」
 セレスティアに見せたのは、チョコレートのついた果物だった。
 祥子がアキラのような花より団子種族向けに、チョコフォンデュセットを用意し、テントに並べてくれていたのだ。
 祥子と百合園の生徒による、手作りのフライドポテトやポテトチップスも無償で提供されていたため、テントには長蛇の列ができている。
「今晩の食事はこれで良いよ〜」
 アキラはその大量の収穫物を、自分達のスペースへと広げると、まるで露店のような状態になった。
 食べ物の真ん中に座って、満足げに踏ん反り、目の前のものから抱え込んで食べ始める。
「うおお、まさかこんなところで揚げたてぽてちが食えるとは〜。チョコもすげーおいしー。うーまーいーぞー」
「ふふっ……私もお菓子持ってきたんですよ。どうぞ」
 セレスティアは鞄の中から取出した焼き菓子を、アキラに渡し、更に屋台と間違えて近づいてきた人達にも配っていく。
「そういえば、ルーシェさんはどうしました?」
「もぐもぐもぐ、ぐぐぐもぐ、もももぐぐぐぐ〜」
「?」
 食べ物を頬張りながらのアキラの言葉は、何を言っているのかわからなかった。
 セレスティアは辺りを見回して、明かりのついているテントに目を向けた。
 一緒に訪れたルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)は、アキラと共に主催の桜井静香のところに挨拶に行っていたはずだ。
(桜井静香さんと、何か話してるようですね)
 特に親しいわけではないはずだけれどと、不思議に思いながらも、セレスティアはそれ以上アキラに訊ねたりはしなかった。
「もももぐ、もーぐもぐもぐもぐー」
 ……むしろ聞いても無駄だと思った。

 パン、パーン、パパパン

 ルシェイメアがアキラ達のところに戻ってきたのは、花火が始まってからだった。
「ふう〜ん、まんぞく〜」
 その頃にはアキラはスペースに大の字に横になり、満足そうな顔でうとうと居眠りをしていた。
 花火なんてそっちのけ、完全に花より団子、というか花を観る前にアキラの花火大会は大満足で終了……。
「こりゃ!」
「あたっ」
 お守役でもある、ルシェイメアに小突かれ、いや殴打されて、アキラは目を覚ます。
「お目覚めですか、はい、どうぞ」
 セレスティアが天使のように微笑んで、アキラとルシェイメアに紙コップに注いだスポーツドリンクを差し出した。
「ありがと。……あ、花火始まってたんだ。綺麗だ……」
 空に咲いた花を緩い笑顔で、アキラは眺めた。
「綺麗ですね」
 百合園生からもらったパックや袋に、食べきれなかったものを詰めながら、セレスティアも花火を観賞していた。
「あ、よろしければどうぞ」
 セレスティアは自作の焼き菓子を、ルシェイメアに差し出した。
「いただこう。アキラが残したもので、腐りそうなものがあるのなら、それもいただこうか」
「では、こちらのお好み焼き、如何でしょう」
「うむ」
 ルシェイメアはお好み焼きと、焼き菓子を受け取り、ドリンクを飲みながら花火を観ていく。
「……桜井校長とは良い話が出来ましたか?」
 合間に、そっとセレスティアが尋ねると、ルシェイメアは「どうだかな」と曖昧な笑みを浮かべた。
 ルシェイメアは以前、ラズィーヤと静香についての話をしたことがあった。
 その時の、ラズィーヤの答えを、先ほど、静香に伝えたのだ。
「なんか、静香校長元気とか覇気がない感じだったよなー。ま、理由はわかるけど」
 花火を観ながら、アキラが呟いた。
「パートナーと別れねばならぬ時が来たら……」
 ルシェイメアはそう呟いて、ふとアキラを見た。
「ん? なんだ〜?」
 視線に気づいて、アキラはルシェイメアに顔を向けた。
 生クリームやら、ケチャップやら、ソースに食べかすを沢山つけた顔を見て、ルシェイメアはうーんと眉間に皺を寄せた。
「食べたりないのなら、もっと食っていいぞ! けど俺の夜食の分は残しておいてくれよな〜」
 にへら〜と笑う彼を見て、ルシェイメアは大きなため息をついた。


「優子さん」
 来賓としてテントの下にいた神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)のもとに、赤い着物を纏った崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が近づいた。
「また険しい顔しちゃって……何のために来たのかしら」
 亜璃珠の顔を見ると、優子は軽く苦笑のような笑みを浮かべて。
「わからない。ただ、来なきゃ行けない気がして」
 彼女はロイヤルガードの隊員達に連れられて、飛空艇で直接屋上に訪れたらしい。
「体、大丈夫? ちょっと気持ちの面は弱ってるみたいだけど」
「大丈夫だ。普通の地球人程度のことはもう出来る」
「そう。それじゃ、特等席にご案内するわ」
 亜璃珠は優子に手を差し出した。
 優子は亜璃珠の手を掴んで立ち上がり、彼女に誘われて百合園のスペースに用意されたソファー席へと向かった。
「ラズィーヤさんのこと、堪えてる? それとも、実はアレナの事を根に持ってたり?」
「離宮でのことは忘れてはいないが、根に持つようなことはない。
 ただ、情けなくてな、自分が」
 優子としばらく離れていたため、亜璃珠はニュース以上のことを知らない。
 彼女がどんな仕事をし、何を感じてきたか……学生だったころのように、知ることはできなくもあり、知ろうともしていなかった。
 今、社会人として2人は別の道を歩んでいるから。
「相当疲れてるみたいね」
「そんなことはない」
「いいのよ、無理しなくて。そういうのを癒すための催しなんだから、今日はゆっくり、ね」
 亜璃珠自身も社会人となって、仕事でストレスを感じることも多くなった。
 学生としても白百合団員としても、年長者だったのに、社会人としてはぴかぴかの1年生だから。
 ……彼女にはぴかぴかという表現よりも、艶々な1年生といった表現の方が合っているかもしれない。
「亜璃珠も、疲れてるんじゃないか? 元気が足りないように見える」
「そんなことないわよ。大人になったのよ」
 言いながら、亜璃珠は缶ビールを取り出して、ひとつ優子に手渡した。
「花火にグラス、ってあんまり風情じゃないと思わない?」
「……かもな」
 軽く笑みを浮かべて、優子は亜璃珠と一緒に、缶を片手に花火を観賞する。

 パパン、パン、パパパン

 光の花が咲いて、消えて。

 パンパン、パン、パーパパン

 咲いて消えて、咲いて消えて――。
 歓声があがったり、声が響いたりする中。
 2人は静かに空を眺めていた。

 パンッ

 ひときわ大きな、黄色の光の花が咲いた時。
 亜璃珠は淡い光を浴びた、優子の横顔を覗き込んだ。
 花火の光のせいだろうか。アルコールを飲んだからだろうか。
 それとも……自分の隣にいるから、だろうか。
 優子の顔は、先ほどまでとは違い、無防備な顔に見えた。
「……手、握ってもいい?」
 亜璃珠がそう尋ねると、優子は少し驚いた顔をして。
 次の瞬間、彼女の方から亜璃珠の手に手を重ねてきた。
「肩、借りてもいいかしら?」
 手を握りながら亜璃珠が尋ねると、くすっと笑みを浮かべて優子は「いいよ」と答えた。
「じゃあキスはだめ?」
 亜璃珠のその問いに、優子の顔が怪訝そうな顔に変わっていく。
「……どうした?」
「どうもしてないわよ。なんだかこういうのが、恋しいというか……」
 亜璃珠が顔を近づけても、優子は避けなかった。
 だけれど、キスをする瞬間に、ちょっと顔をずらしたため、亜璃珠の唇は優子の頬に押し当てられた。
 そのまま亜璃珠は優子の耳に口を近づけて。
「……着物の中に虫が入っちゃったみたいなんだけど」
 取ってほしいと、繋いだ優子の手を自分の身体に近づける。
「更衣室行くか?」
「ううん。……この後は、私の部屋で……」
「亜璃珠、何を考えてる」
 ぽんと、優子の手が亜璃珠の頭に乗せられた。
「いくら鈍感で朴念仁なあなたでも、わかるでしょう」
 花火があがり、大きな音が鳴る。
 空には目を向けずに、2人は互いの顔を見つめ合っていた。
「……だから、私は……」
「今年の夏もだめだったらどうなのよ」
 亜璃珠は不満気な上目使いで優子を見る。
「優子さんの旬の季節っていつなの?」
「旬の季節って……夏だとは思うけど」
「だったら、今しかないでしょ。もうすぐ夏も終わるし。
 このままじゃ若気の至りとも言えなくなるのよ?」
「若気の至りで、間違いは起こしたくない。遊びでも間違いでもないと真剣に思える時がきたら、な」
「それっていつ?」
「だから、役所に婚姻届を提出した後。同じ紙に名前をサインした相手とだけ」
 優子の変わらぬ答えに、亜璃珠は悩ましげに大きく息をはいた。
「ま、いいんだけどね。一緒にいたかったって言うのが第一の目的だし……」
 小さくつぶやいて、空を見上げる。
 空には、赤い美しい花が咲いていた。
「滅入ってる時に、そう言うこというな。流されそうになる」
 優子のそんな呟きが聞こえた気がして、亜璃珠は彼女に目を向けた。
「綺麗だな。ラズィーヤさんも観れているといいんだが」
 優子は、いつもの凛とした表情で空を見上げていた。
「そうね」
 亜璃珠は優子の腕に腕をからませて、共に空を見上げる。