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【2024】ヴァイシャリーの夜の華

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【2024】ヴァイシャリーの夜の華

リアクション

 パラ実スペースでは、花火に歓声を上げながら流しそうめんを楽しむ面々がいた。
 酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が用意したもので、女装パラ実生や種もみ生、若葉分校生が集まっている。
 美由子は、ペット達にもそうめんを取り分けながら、女装パラ実生について考えていた。
 どうしてそんな結論に達したかはわからないが、これを見た他校生はどう思うだろうか。
 と、そこに流しそうめんの装置を設置していた時に、会場設営のついでにと手伝ってくれた御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が通りかかった。
 美由子はさっそく彼女を捕まえて印象を聞いてみた。
 唐突な質問に舞花は一瞬きょとんとしたが、
「似合うかどうかという意味ではないんですよね。そうですね……パラ実生の方は発想が予測できなくて……でも、それでこそという見方もありますね。中には眉をひそめる人もいるかもしれませんが、どうやらここの皆さんはおおらかなようですよ」
 と、周囲を見渡して微笑んだ。
「なるほど……ありがとう。いきなり呼び止めてごめんね。そうめん食べる?」
「ありがとうございます」
 二人は他愛ないおしゃべりをしながら花火を見て、流しそうめんを追った。
 そこからそれほど離れていない席では、酒杜 陽一(さかもり・よういち)高根沢 理子(たかねざわ・りこ)が寄り添って花火を見上げていた。
 賑やかな美由子達とは反対に、二人の空気は穏やかだ。
 連続して打ち上げられた色とりどりの花火を眺めながら、陽一は思い出したように言った。
「そういえば、地球にいた時には打ち上げ花火を見たことはなかったな」
「そうなの? 何してたの?」
 意外だ、と言いたげな目で理子は陽一を見つめる。
「何してたかなあ……。でも、今はここで理子さんと花火を見てる。それだけで充分だよ」
「そんな嬉しいこと言ってくれて……うっかり煉獄斬やっちゃうわよ」
「それ、うっかりじゃないでしょう。理子さん、酔ってる?」
 陽一が理子の顔を覗き込むと、その近さに慌てた理子がドーンと陽一を突き飛ばした。
「よ、酔ってないわよ! だいたい、お酒は飲んでないし。もう、変なこと言ってないで花火見よう!」
「いや、変なこと言ったのは理子さん……」
「いいの! おとなしく花火を見るの! ほら、行儀良く座って!」
「は、はい……」
 バシンと背中を叩かれ、背筋を伸ばす陽一。
 二人はしばらくそうして花火の光に照らされていた。
 再び話しかけたのも陽一だった。
「昔は、自分がこうなるなんて想像もできなかったな」
「それはあたしも一緒ね。家どころか地球を飛び出すなんてね。でも後悔したことはないわ」
「俺も。毎日が目まぐるしくてそれどころじゃなかったよ」
「これからもきっと、いろいろあるわよ。できれば全部見ていきたいわね。もちろん、ついて来てくれるわよね?」
「仰せのままに」
 陽一が大げさに礼をすると、理子は笑いながら彼に寄りかかった。
「リタイアなんてさせないんだから」
「しないよ。……ああ、そういえば。この前の夏祭りで倒れたところを介抱してくれたそうで。ありがとう」
「あはは、あれね。寝顔を堪能させてもらったわ。あ、落書きしちゃおうなんて考えなかったわよ、安心して」
「その一言が不安を煽るってわかってる?」
 理子の悪戯っぽい笑顔は、わかっていて言っていると物語っている。
 まったくもう、とこぼしつつも陽一は嫌な気など少しもしていない。
 むしろ楽しんでいる。
 だから、つられて笑っていた。
 ふと、通りかかったチョウコを呼び止めて、花火を背に理子と二人で写真を撮ってもらった。
「にわかカメラマンにしちゃなかなかだろ」
 と、自画自賛するチョウコ。
「チョウコさんのも撮る?」
「ありがと。でもあたしはいいよ」
 またな、と言ってチョウコは去っていった。
 彼女を見送った直後、特大の花火があがった。


 女装してこの場に来た男子は、パラ実男子だけではなかった。
「夏の思い出にアゾートさんと花火を見よう」
 と、アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)を誘った風馬 弾(ふうま・だん)に、ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)が囁いたのだ。
「百合園女学院に男性が侵入したら、すり潰されて宦官にされてしまいますわ……」
 弾は宦官が何なのか知らなかったが、危険そうなことは感じ取った。
 けれど、百合園の屋上から眺めるヴァイシャリー湖の花火大会は魅力的だ。
 悩んでいるとノエルが浴衣を広げて言った。
「簡単なことです。女装して行けばいいのですよ。私に任せてください」
 素直な弾は、疑うことなくそれを受け入れた。
 涼しげな柄の浴衣に薄く化粧を施せば──かわいい女の子の出来上がりだ。
 ノエルはその出来栄えに自画自賛した。
 そして弾も、実際百合園の正門前まで行き女装したパラ実生男子達を見て、これでよかったのだと改めて納得した。
 なのに、待ち合わせをしていたアゾートの表情は微妙だった。
「僕……変かな」
「変て言うか……何でそんな格好を……趣味?」
「ち、違うよ! 決してこんな趣味があるわけじゃないんだ、じゃなくて、ないの! 男が百合園に入る危険性を、ノエルから教えられて仕方なくなんだ……わ」
「そ、そうなの……? でも」
 と、アゾートが控えめに視線を移したほうを弾も見てみれば、普通の男性の格好で校内に入る男性達がいた。
 弾の視線は、ついっとノエルへ。
「目の錯覚ですわ」
 ノエルは一点の曇りもない笑顔で言い切った。
 何となくこの話題はこれ以上続けてはいけない気がした弾は、おとなしく校内へ入ることにした。
 何故ノエルがまだついて来るのか疑問に思いながら。
 百合園生の案内のおかげで屋上へは迷うことなく着くことができた。
 途中で飲み物やお菓子類も手に入れて。
 アゾートを真ん中に、右側に弾、左側にノエルが座った。
 そして始まった花火大会に、始めのうち三人は会話もなくただ次々に打ち上げられる花火に見入っていた。
「花火、綺麗だね」
 どんなに花火の音が鳴り響いても、弾はアゾートの声を聞き逃さなかった。
 何より、左手にアゾートの手のぬくもりを感じてしまっては。
「夜景もとてもキラキラしてて、星の中にいるみたい」
 アゾートのうっとりとした呟きに、弾は手を握り返すことで応えた。
 いつしか弾は女装していることを忘れた。どうでもよくなったと言うか。
(アゾートさんが隣にいてくれる。それがすべてだ)
 ちらりと隣のアゾートを見ると、花火の色に染まりとても幻想的だった。
 その横顔に見惚れた弾の口から、素直な気持ちがこぼれた。
「花火も夜景も、とっても綺麗。……もちろん、アゾートさんにはかなわない……」
 言いかけたところでアゾートと目が合ってしまい、弾は言葉の最後を飲み込む。
(僕、今なにを言おうとしてた!? で、でも、ここで詰まったらダメだっ)
 弾は精一杯の笑顔で言った。
「アゾートさんが一番綺麗だよ」
「あ……えっと……」
 花火の明かりだけでもわかるくらい、アゾートの頬が赤い。
 恥ずかしそうに目を伏せたアゾートが、そっと弾の胸に頬を寄せる。
 大切な人の体温が伝わり、弾はそれだけで胸がはねた。
 ゆっくりと顔をあげたアゾートに、弾の顔がじょじょに近づき──。

ゴスッ

 弾は突然何か鋭いものに後頭部を襲撃された。
 初めて触れ合うはずだった唇は、ゴチンッ、とおでこ同士の衝突に変わる。
「おおっと、手が滑って夜目の白鳩さん達が!」
「ノエル……!」
 弾とアゾートを掠めて、バタバタと白鳩が夜空に飛んでいく。
 今の今まで弾はノエルがいたことをすっかり忘れていた。
 おほほとわざとらしく笑うパートナーが恨めしい。
「キミ、けっこう石頭……」
「わあっ、ごめんアゾートさん! もうっ、ノエルも謝って!」
「不可抗力だったのですよ……ふふっ」
「ボクは平気。それより、弾の頭のほうが心配だよ」
「アゾートさん、その言い方は……」
「あ、ごめん。変な意味じゃなくてね」
 アゾートが慌てたとたん、弾は笑いが込み上げてきて吹き出してしまった。
 つられてアゾートもノエルも笑う。
 今日はこれでいいや。
 そう思い、
「ジュースで冷やそう」
 弾はそう言ってアゾートにまだ冷たい缶ジュースを手渡した。