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黄金色の散歩道

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是満天的星空下


 パラミタ内海の海岸を臨めるジャタの森──。

 董卓 仲穎(とうたく・ちゅうえい)との待ち合わせ時間に合わせて弁天屋 菊(べんてんや・きく)は料理に勤しんでいた。
 董卓とこの場所で会う約束をしたのは親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)で、彼女は菊の手伝いをしていたが董卓との妄想により、そのほとんどをぼーっとして費やしていた。
「董卓様、この場所は気に入ってくれるかな」
 少し小高いところにここは、とても景色が良い。
 左手にザンスカールの海岸線が伸び、右手は遠くにカナンの荒々しい断崖。そして内海はすべての青を集めたような神秘的な色をしている。
 今は昼前だが、夜は星空がさぞ美しいだろう。
 問題は食に多大な執着を見せる董卓が、これら景色を楽しんでくれるかだが……。
 その時、茂みがガサガサと鳴った。
 この場所を選ぶ際、危険な動物の出没地でないか念入りに調べたが、例外というのはいつだって起こりうる。
 調理で手が離せない菊に代わり、卑弥呼が身構えた。
 菊も一応動けるように茂みに注意を向けた。
 しかし、聞こえてきた大声に二人はすぐに警戒を解いた。
「うまそうな匂いだぁ〜。卑弥呼かぁ〜」
 茂みをかき分けるというより、薙ぎ払って姿を見せたのは待っていた董卓だった。
 彼の後ろには、火口 敦(ひぐち・あつし)がげんなりした顔でついてきている。
「董卓様、来てくれたんだね! 道に迷わなかった?」
「おいしそうな匂いがしたから、全然迷わなかったぞぉ〜」
「よかった! 喉渇いてない? 今、お茶淹れるね。ここに座って待ってて」
 卑弥呼は董卓を専用の広いテーブルに案内する。
 董卓は椅子に座ると、お茶を淹れに行こうとする卑弥呼を呼び止め、フルーツが大盛りにされたバスケットを差し出した。
「おみやげだぁ〜」
「あたいに? ありがとう董卓様! おいしそう!」
「だろ? キマクの市場で見つけてきたんだぁ〜」
 話を聞いていた菊は、これはきっと敦の提案だろうと思い彼を見た。
 菊の視線に気づいた敦が苦笑したことで、その推測は確信に変わった。
 あの董卓が、気が利いたことができるとは思えない。
 卑弥呼は董卓と敦にウーロン茶と骨煎餅を出した。
 料理用にさばいた魚の骨を捨てずに、カリカリに揚げたのだ。
「ねえ、董卓様。休憩したら森の散策に行かない? お弁当持ってさ」
「おお、いいな〜」
「やった!」
 そうして休憩が終わる頃、菊の料理も終わり大量の弁当が完成した。
 ちなみに、もし董卓が卑弥呼の誘いを断っていたら、これらの料理はテーブルに並び全員で昼食会となっていた。
 巨大なふろしきに包んだ弁当を担いだ董卓と並んで森を歩きながら、卑弥呼はこの大男への考えを改めていた。
 董卓ならおそらく森を歩くより菊の料理のほうを選ぶと思っていたからだ。あそこにいれば、おかわりだってあるのだから。
(嬉しい思い違いだったけどね)
 すると、董卓は何かを見つけたのか、
「おっ」
 と短く声を上げて駆けだした。
「董卓様、どうしたの?」
「いいもん見つけたぞぉ〜。ついてこぉ〜い」
 以外と身軽な動きで走る董卓を追って、卑弥呼も森の中を駆けた。
 これを見ろ、と示されたのはフェアリーリング。
「これって確か幸運を呼ぶとかいうやつだよね!」
「そうだ〜。これは幸先いいぞぉ〜。こいつをネタに敦にもっとがんばってもらわねぇとなぁ〜」
 董卓は敦に、一度は中原の覇者となった自分の後を継いでもらいたいという望みを、まだ諦めていなかったのだ。
「まあまあ、敦の修行は明日からにして、今日のところはご飯を食べて鋭気を養うことにしようよ」
「それもそうだなぁ〜。じゃあ、そろそろ弁当にするかぁ〜」
「向こうに少し開けたところがあるよ」
 今度は卑弥呼が先頭に立った。

 その頃、菊と敦も昼食をとっていた。
 テーブルの真ん中にパンを盛ったバスケットを置き、良い魚がたくさん釣れたので菊はブイヤベースを作った。
「ところで、普段二人の食事はどうなってるんだい? おまえが作ってるのか?」
 あの董卓を抱えてどうしているのか、菊は気になっていた。
「簡単なもんなら作れるッスよ。でも自分の分だけッス。董卓の分までなんて無理」
 敦はきっぱり言い切った。
「それじゃあ、董卓は……?」
「さぁ? あの巨体を維持し続けてるんだから自分で何とかしてるんじゃねぇッスか。あいつ、何でも食うし」
 董卓の食事事情についてはパートナーの敦でさえわからない、ということがわかった。
「なあ、このブイヤベースのレシピ教えてくれないッスか? 鍋一個で作れるんスよね?」
「ああ。お安い御用だ」
 その後も、できるだけ調理器具を使わず簡単な手順で作れる料理について、菊は敦に何品か教えたのだった。

 董卓は森で食べられるものを見つけるのがうまかった。
 何でも、おいしそうな匂いがするから、と言っては空になったふろしきに詰めていった。
 夕暮れ前に菊のところに戻った時には、ふろしきの中にはきのこや木の実、食べられる草でいっぱいになっていた。
 夕食は豪勢で、菊お手製の生簀の中の魚介類や前日に狩りをしてさばいた獣肉、それに董卓が持ち帰った森の恵みでテーブルの上には和洋中すべての料理がそろった。
 菊にも意地がある。
 頭の中にある限りのレシピを思い出し、作れる限り作ってみせた。
 そのほとんどが董卓の胃袋に吸い込まれていったわけだが。
 ところで、
「もう食えない」
 などという言葉は董卓には存在しないようで、彼は今、きゅうりといくらを挟んだちくわの燻製を右手に、左手には酒の杯を持って卑弥呼と夜の海と星空を眺めている。
 隣に座っている卑弥呼は、杯の中身がなくなるたびに徳利から注いでいた。
「おつまみは、あたいが作ったんだよ。おいしい?」
「うまいぞぉ〜。きゅうりは瑞々しいし、いくらはプリプリだぁ〜」
「ちくわも厳選したんだ」
「うん、燻製にしたことでよりうまみが増したなぁ〜。敦はちっとも作ってくれねぇ〜。自分の分だけだぁ〜」
 ぼやく董卓にすかさず敦が返す。
「おまえのも作ってたら俺が食う暇ねぇッス」
「ドケチだぁ〜」
「董卓が遠慮を覚えたら考えてやるッスよ」
「そんな小さな器じゃあ、覇者にはなれねぇぞぉ〜」
「その分、他は大きいから問題なしッス」
「そうかぁ〜。なら、いいかなぁ〜」
 董卓はあっさり丸め込まれていた。
 辺りを照らすのはタイマツの明かりだけだ。
 夜空は圧迫感さえ覚えそうな星空だった。
 少し手を伸ばせば、その輝きを手の中に収められそうな気さえする。
「こんな素敵な星空の下で董卓様といられるなんて、贅沢だなぁ」
「ああ、こういうところで飲む酒は格別だぁ〜。卑弥呼も飲め〜」
 董卓は卑弥呼に杯を持たせると、酒を注いだ。
「いただきます」
 董卓はやはり色気より食い気だが、それでも好きな人から注いでもらった酒の味は格別だった。
「おつまみはまだあるよ。これも、あたいが作ったんだ。たらこと長ネギの醤油和え! ごま油がポイントだよ」
「卑弥呼は器用だなぁ〜」
 董卓に感心されて卑弥呼は照れた。
 ちくわの燻製のおつまみもそうだが、誰でも簡単にできるものを菊が何品か教えたのだ。
「この前の糠漬けもあるからね」
「わははははは! 宴だぁ〜! ほれ卑弥呼、もっと飲め〜」
 ご機嫌な董卓は、卑弥呼に持たせた杯に再び酒を注ぐ。
「董卓様、また次もこういう機会がほしいね」
「今度は俺が食いモンのうまいとこ見つけて連れてってやるからなぁ〜」
 卑弥呼は嬉しくてにっこり笑うと、董卓にそっと寄り添った。