リアクション
「どしたーピヨ?」
さっきから、あんまりピヨが足元でピーピーうるさく鳴いて走り回っているものだから、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)はひょいと両手ですくい上げた。
おわんにした両手の上で、もふん、と座るピヨ。
もうじき本格的な冬が来るということで冬毛に生え変わったピヨは、たんぽぽの綿毛のようにやわらかくてたっぷり空気を含んだふわもこ仕様になっている。
だから、ふわっふわだ。
もはや感動的だ。
「うおおおおっ、おまえ、いつも以上にもふいなー!!」
かわいーぞちくしょーめぃっ!
デレッデレの顔でほおをすりつけるアキラ。
「ピーッピーッピーッ」
いくらピヨが鳴いてもおかまいなしである。
もふもふもふ
もふもふもふ
もふもふも
「ちょっと待っテ、アキラ。ピヨが何か言ってるワヨ」
いつものようにアキラの頭を定位置にして、その様子を見下ろしていたアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が救いの手を差し出した。
「んん?」
言われてあらためて手のなかのピヨを見下ろすと、ピヨはちょっと怒った感じで「ピー!」と鳴く。
「あ、そーか。おまえ、おなか空いてんだな。待ってろ、今ごはん――」
「ピーーーーーッッ!!」
「……それも違うみたいヨ、アキラ」
「だな。
アリス、ちょっと通訳してくれ」
頭から湯気を出し、耳をつんざく声で鳴かれて、やっとアキラも真面目にピヨと向き合う気になったらしい。
そしてアリスの通訳で、ようやくアキラは更科太郎の盗難事件を知ったわけだが。
「更科先生の大切な何かねえー」
「何が盗まれたか、想像もつかないのネ?」
「ピイッ!」
アリスの言葉に真剣にうなずくピヨを手に乗せ、アキラは得意満面自信満々余裕綽々意気揚々ふっふと笑う。
「何がなくなったかなんて、そんなの決まってるじゃーないか」
「エッ!? アキラ分かるノ?」
「当ッ然!!
ネ タ が な く な っ た に 決 ま っ て い る !!」
それしかないと、ドヤ顔で力いっぱい叫んだアキラに、しかしアリスは懐疑的な眼差しを向ける。
「本当にそうカシラ?」
疑念を口にもしたが、アキラは全然耳に入っていない様子で、次の瞬間アキラはそのまま外へ飛び出して行った。
「ちょ、ちょっとアキラ! いきなりどうしたノ!?」
振り落とされまいと、アリスは必死に頭にしがみつく。
「ネタ探してきてやるんだよ! ネタがなければ魅力的なピヨは描けないからな!
まーったく、更科先生もしょーがねぇなあ。ま、更科先生にはピヨピヨエンブレム描いてもらった手前もあるし。俺もネタ探しにつき合ってやるかい」
アキラはニシシと笑った。
そんなこんなでアリスとピヨを連れて街へ繰り出したアキラだったが、しかし、いざハプニング! と思って周囲に目を配りながら歩いても、存外面白い出来事というのには遭遇しないものである。
「やばいぞ、このままだとなーんもなしに1日が終わっちまう」
ここに来るまでは自信たっぷりだったアキラにも、さすがにあせりが出てきた。
こんなはずじゃなかった、とぶつぶつつぶやきつつ、公園へ入る。
「うーん……ピヨをそこらで遊ばせて、それを撮影したやつ持ってったって、面白くもなんともないしなぁ」
「アラ、かわいいわヨ?」
「『きょうのぴよこ』とかほのぼのコーナー投稿ビデオじゃないんだから。俺がほしいのはかわいさじゃなくて面白さ――ちッ、しゃーない」
「アキラ?」
聞こえてきた舌打ちに、頭を逆さにして覗き込むアリスと視線を合わせ、アキラはニヤリと笑う。
「ないならこの手でつくるまで!
俺たちでつくり出してやろうじゃないか! みごとなネタってやつを!」
と、ゆーわけで。
「ほら、ピヨはよ。新しいピヨはよ」
アキラはアリスをせっついて、追加でピヨを召喚してもらおうとする。
とりあえず数を増やせばワイワイにぎわってはなやぐし、画面に勢いも出ると考えたのだ。
「結局他人頼みじゃないノ」
アリスはなかば呆れつつも、アキラの頼みに従って、ジャングルジムのてっぺんにのぼり、すうっと息を吸い込んだ。
そして今度は力いっぱいそれを吹き出す。
フーーーーーッと息とともに口からキラキラの光が虹のようにこぼれて、次の瞬間その虹をすべって次々とピヨが降りてきた。
「ピッ!」
「ピッ!」
「ピッ!」
「ピッ!」
地面に着地するなりアキラに敬礼をとる総勢15匹のピヨたちを、アキラは満足げに見下ろした。
「よーっし、おまえら! 今からおまえらで面白おかしく撮影するぞ!」
「「「「「「「「「「 ピヨッ!! 」」」」」」」」」」」
「いい返事だ! それ行けーーーッ!!」
ピーーーーーーーーッ! と鳴きながら、さっそくこれはと思う公園のあちこちへ向かって走るピヨたち。
それを撮影しようとデジタルビデオカメラをかまえたアキラは、頭の上に戻ってきたアリスの重みに、ふとある考えが浮かんで視線をそちらへ向ける。
「ナニヨ?」
「んー……いや。(口から吐き出すなんて)その中身は一体どうなってるんだろうな? と思って」
「ダーメ。いくらアキラデモ、ゆる族の秘密については教えられないノ」
着ぐるみの内側がどうなっているか? は、永久不変のヒミツ、なのだった。
そしてピヨに公園の子どもたちとめいっぱい遊んでもらったり、街の人たちのお手伝いをしてもらったり。最後にはとうとうピヨ合体、巨大ピヨになってもらったりなどもして、その様子をデジタルカメラのデータ容量がいっぱいになるまで撮影したアキラは、
「これだけあれば十分ネタになるだろ!」
と、どやぁ!顔で更科家へ向かったのだった。
※ ※ ※
とまあ、ひとの反応は千差万別。
今度の事件発生に、さまざまな反応を見せ、行動に出る者たちがいたが、事件に対して真面目に向き合おうとする者がいないわけではなく。
ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)もそのうちの1人だった。
9匹のかわいいピヨ、その名もコシヒカール1号、2号、3号、4号、5号、6号、7号、8号、9号に囲まれて、彼らとともにパソコンの画面に見入る。
キーボードの横に飲み物の入ったマグカップ、封の切られたお菓子の袋、そして口にその1つをくわえている様子からして、長期戦覚悟でいるようだ。
カチカチ、カチカチ。キーを打ち、マウスを操る。
お菓子の袋から、さっきからコシヒカールたちがなかのお菓子を引っ張り出して食べ散らかしていることにも気づけないほどわき目も振らず、ディスプレイに見入っている。
その眉根が知らぬうち、寄った。
「ん〜、いろんな有名サイトを回ってみたけど、更科先生の名前やピヨで検索しても引っかからないってことは、やっぱりオークションには流出してないんだろうな。
ってことは、売買目的じゃないってことなのかな――あ、そうでもないか。最初から売り手が決まってたら、オークション出す必要ないし」
うーーーーーん……。
ネージュはほおづえをついて考え込む。
「……先生がなくしたものって、何なんだろうなぁ。
それが分かったら、もう少し絞り込みやすいのに」
「ピ?」
「ピピピッ?」
「ピイッ」
「ピッ」
ネージュが困っている様子なのを見て、周囲のコシヒカールたちがあわてだした。
わたわた、わたわた。
とにかくいつもの元気なネージュに戻ってもらおうとそわつきだす。
お菓子と飲み物、あと好物のカレー!
大至急!
「ピーッ!」
突然台所へ突撃し、そこで何やらばたばた騒いでいると思ったら、そういった物をひとそろい抱えて戻って来るコシヒカールたちの姿を見て、ネージュは彼らが何を考えたか理解して、とたん、ぷっと吹き出した。
「あはははははっ!
ごめんごめん。でも、ありがとう」
「ピィ?」
「うん、元気出たよ! 弱気になるのは早いよね! がんばる!」
ネージュの顔に笑顔が戻ったのを見て、コシヒカールたちもほっと胸を撫で下ろす。
そこで再びジャイアントビッグピヨからのテレパシーがきて、なくなった物がタブレットであることが分かった。
「タブレットかぁ。たしかにサラシナ先生のタブレットだったらほしいよね。ご利益ありそうだし。
あ。じゃあそっちの掲示板見てみたら何か分かるかな?」
パラミッターの掲示板を開くと、案の定、更科太郎の名前がヒットした。
書かれている内容は、どれも眉をひそめたくなるような、更科太郎に対する批判的なものばかりだ。
でも、よくよく読めば、それが嫉妬から出ているのが分かる内容だった。
ピヨなんてただの丸じゃないか。こんなのは一過性のもので、今はもてはやされてるけどすぐ飽きられて見向きもされなくなる――そんなふうに否定を書いているけど、実はこの投稿者はうらやましくてうらやましくて、しかたがないのだ。
「これって関係あるのかなあ?」
ネージュはキーボードを打つ手をとめて、ふむと考え込む。
そのとき、コシヒカールの1号だか2号だか9号だか分からないが、脇から画面を覗き込んでいたピヨが、ネージュを振り仰ぎ、
「ピヨッ!」
と鳴いた。
まんまるでくりくりした黒い目がネージュを見つめる。
「……うん。そうだね。あたしはとにかく探すだけ。
見つけた情報をどう判断するかは、みんなに任せちゃおう」
自分の口にした言葉に、うん、とうなずき。
ネージュは再びキーボードに指を乗せ、軽快にキーを打ち始めた。
ネージュが発見した掲示板の情報をまとめた内容が、町に出て探索している者たちのケータイへと転送される――。