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リアクション
「一体何をしているの?」
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、今目にしている光景が信じられないと言う意味がありありとこもったセリフを口にした。
いやもうほんと、いくら見直しても、さっぱり分からない。
「ピヨ風呂に入って、もふもふを極めてるのよ」
対するセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、至極当然といった顔で答え、カラフルなピヨで埋まった浴槽に、さらに身を沈める。
こぼれたピヨのうち、足元まで転がってきたピヨを、セレアナはつまんで持ち上げた。
「ピヨ、ねえ……」
目を細め、じーっと見つめる。
それは、どこをどう見ても、ピヨには見えなかった。
目は左右整っていないし、ゆがんでいるし、くちばしもいびつだ。体のラインも崩れている。ピヨはきれいな卵型をしているのに。
『ぼぉくわ、ぴぃよだ、よぉ〜』
おまけに鳴き声まで違う。
黄色いヒヨコ、というくくりで見ればピヨと同じ部類かもしれなかったが、更科太郎が描くピヨとは似ても似つかない、愛らしさもない、いびつな、変な生き物だった。
「あなた、これがピヨに見えるの?」
目が腐ってんじゃない?
「ひどーい、セレアナ。よく見てよ、こんなにぶさカワなのに!」
胸元にいた何匹かを両手ですくい、水のように下へ落とす。
「ぶさいくって認めたわね」
「うっ……。
で、でも、ピヨってこんなじゃなかった? ふわふわで、このくらいの大きさで、ピィって鳴いて」
「鳴いてないわよ」
『ぴぃ〜、ぴぃぃぃぃいい〜』
まだつまんでいた、言うなればピヨもどきが、必死にピィと鳴いていた。
しかしどう聞いても、それは耳にした者をのSAN値を削ろうとしている呪詛にしか聞こえない。
もう絶対これ、ピヨじゃない。
「あなた、どこでこんなの拾ってきたのよ。しかもこんな大量に」
ピヨもどきを放り出し、今度は強めに、肩をいからせて怒っている調子で言う。
そこでようやくセレンフィリティは真面目になって、そのときのことを思い出しつつ話した。
「えーとね、帰宅の途中いつもの角を曲がったら、ピヨがテンテンと道に落ちていたのよ」
「ピヨじゃないわ。これはピヨもどき」
「はいはい」
そこは争うところじゃない。セレンフィリティは肩をすくめて認め、話に戻る。
「ピヨもどきがパンくずみたいに道に落ちてるから、なんだろうと思ってあとを追ったの。そしたら男がいて、あーでもないこーでもないってぶつぶつつぶやきながら手を動かしていたのよ。何か描いてるみたいだなと思ったら、そこからぴょんぴょんこのピヨ――」
「もどき」
「ピヨもどきたちが飛び出して、こぼれ落ちてたってわけ。
で、その人、ピヨもどきを生み出すのに夢中になってて私に気づいてなかったし、ピヨもどきもどうでもいい様子だったから、連れ帰ってきたのよ」
そのあとはセレアナも知るとおり。
全身でピヨのもふもふ感を満喫しようと、こうしてピヨ風呂に入っているというわけだ。
「ピヨじゃないわ、ピヨもどき風呂よ」
「はいはい。じゃあ、もふもふ風呂でいい? この子たちがもふもふなのは間違いないんだから」
そう言ったあと、セレアナに聞こえないように小声でぶつぶつつぶやいた。
「まったくセレアナときたらいつもそうだけど、少し硬いところがあるのよね。そんなに硬いことばっかり言ってたら、あっという間に老化しちゃうっていうの、分からないのかしら?
頭の中身はいつだって柔軟にしとかなくちゃ。ねえ? ピヨちゃん」
『ぴいぃぃぃぃいいいぃ ♪ 』
すくい上げられたピヨもどきが、またあの奇怪な声で鳴いた。
機嫌は良さそうだが、やはり呪詛としか思えない声だ。
ぞっとしつつ見つめるセレアナの方を向いて、セレンフィリティが提案をする。
「ねっ? セレアナも入っておいでよ ♪
一緒に心ゆくまでもふもふを堪能しましょ?」
気持ちいいわよ〜っ。
セレンフィリティは浴槽のなかで伸びをして、ピヨシャワーという感じでまたもピヨもどきたちを高く掲げた手で持ち上げ、降らせている。
本当に気持ち良さそうだ。
あれはピヨもどきであって、断じて本物のピヨではない、というのは事実だが、あれがもふもふの生き物であるのは間違いないし、セレンフィリティの笑顔も本物だ。
と、いうことは。
本当に気持ちがいいのかもしれない。
もふもふ風呂……。
「……しかたないわね……」
感情的にもやもやとする部分はあるが、「気持ちいいもふもふ」を全身で感じるのには、ちょっぴり興味がある。
ほらやっぱりね、という感じにニヤニヤしているセレンフィリティの方は見ないようにして、セレアナは服を脱いで裸になると、もふもふ風呂に入った。
「あらやだ。本当に気持ちいい」
「ねっ? そうでしょ?」
それから2人、全身をピヨもどきのやわらかい毛触わりで心地よく刺激されるという、かつて味わったことのない快感を楽しんだ。
「いやーもうこれは、クセになりますなぁ〜」
刺激に赤味が刺した肌で、くったりと浴槽の縁に腕を預け、もたれかかるセレンフィリティはとても満足そうだ。
セレアナももふもふを満喫し、蒸気したほおで浴室の天井を仰ぎ――あらためて思った。
「それにしても……セレンの言ってた男って、何者かしら?」