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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●Keep On Keepin’ On

 ポーランド第三の都市、クラフク。
 かつてこの都市はポーランド王国の首都であった。その歴史は王国の成立より古く、伝承によればすでに8世紀には成立していたということである 
 昨日のどんよりした雲は晴れ、この日は太陽が顔を見せた。
 やや早めの昼食。
 フロリアンスカ通りに面したレストランにて、カーネリアン・パークスは同行のシリウスとリーブラを待っている。ふたりはパラミタと連絡を取りに出ている。明日にはこの、短いポーランド旅行も終わりを迎えるのだ。
 年代ものの木製テーブルに手を置き、紅玉のような瞳でカーネリアンは通りを見つめていた。結局、ルブリン郊外でのカーネリアンの足跡はつかめなかった。それでも彼女は、自分がかつてあの地にいたという可能性を疑ってはいない。いつか近いうち、【Русалочка】のスケジュールが空いているときにでも、また訪れるつもりだ。
 そのとき、
「カーネ……やはりカーネリアン・パークス!」
 その声は、自身に生じた驚きを隠そうとしていなかった。
緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)……か!」
 それはカーネとても同じこと、思わず彼女は立ち上がって、遙遠と紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)を迎えたのである。
「まさかこんなところでお目にかかれるとは思っていませんでしたよ」
 カーネリアンにとって遙遠は命の恩人だ。七割がたが破損した状態で死にかけていたところを、遙遠が回収し修理してくれたことが現在のカーネの人生を形作っている。
 しばらく、互いの近況情報を交換した。カーネリアンにしては饒舌に、現在の暮らしぶりを語ると、遥遠も話し始めた。
「パラミタに平和が訪れて以来、遙遠と静かに暮らしていましたが、世話になった人たち、縁のあった人達たちと会いたくなって、このところはずっと、遙遠とともに久々の諸国放浪の旅に出ていたんです」
「パラミタだけではなく、地球も渡り歩いています」
 という遙遠自身は大して変わっていないようだ。老け込んだりはしておらず、やはり落ち着いた物腰である。
「ポーランドという土地のせいでしょうか。ちょうど、あなたのことを考えていました。結局あのクランジΔ(デルタ)との最後の戦いの後、何も話せていないですからね……あなたなりに幸せに過ごせていればいい……と思っていました」
「その点なら心配はいらない」
「そのようです」
 にっこりと遙遠は笑った。あの無感情で無感動だったかつてのカーネが、いい方向に変化しているというのが、この短いやりとりだけで伝わってくる。偶然見かけたときは、「誰だ貴様は」とでも返されるのではないかと、内心びくびくしていたのだが。
 ――しばらく離れていたけれど。
 遙遠は思った。
 ――結局彼女も「身内」であり「家族」なのですよね……遙遠にとっては。
 だから親のように、大切に思うし心配もする。こんなことを口にすれば、カーネには嫌がられるかもしれないが。
 遥遠もまた、この旅行に来て良かったと改めて思っていた。
 なんだかんだで自分たちも三十路手前だ。遙遠が大がかりな旅行を決断したのも、まだ無理が利く年齢のうちに――という思いもあったに違いない。
「カーネさん、今もお一人で暮らしているんですか?」
 よければまた、一時期のように一緒に暮らしませんか?――そんな言葉を用意した上での遥遠の発言だったが、その言葉が出ることはなかった。
 カーネは話したのだ。自分が今、【Русалочка】のチームメイトたちと暮らしているということも。
「そうですか、それは良かった。今のカーネさんが幸せあればそれに越したことはありません」
「わずか数年で、カーネは色々なことに挑戦するようになったんですね」
 遥遠と遙遠は口々にそう告げた。
 喜ぶべきことだ。祝福したい。
 ただ、一抹の寂しさは否定できなかった。
「おめでとう、と言わせてください。そして、これからも頑張って、と」
 と述べてから、遙遠は少しだけためらったが、右手を差し出した。
 カーネに拒否されることは想定済みだ。それで構わない。こちらの好意を示したかっただけなのだから。
 ところが、
「感謝の意を、述べたい」
 その手をカーネはしっかりと握ったのだった。白くて小さいが、指の長い手で。
「ずっと……気にしていた。遙遠と遥遠たちのことは。自分は一度も、礼らしい礼を言わなかったような気がする。あのとき、遙遠たちが助けて、支えてくれなければ……今の自分はなかった。恩を忘れて……忘れて、いて」
 カーネリアンは深呼吸した。
 それから何度も、小刻みな呼吸を繰り返す。
 握ったままの手が震えていた。
 あきらかに過呼吸な様子であったが、ついに落ち着きを取り戻すと、
「……ごめんなさい。そして、ありがとう」
 カーネリアンは怒ったような表情で、しかし口元だけで微笑んだのである。
 それは小さな小さな、ともすれば見落としそうな笑みであったが。
 そして、現れると同時に消えてしまったが。
 
 レストランを後にして、遙遠と遥遠は肩を並べて歩く。
 遙遠にとって遥遠は半身であり、遥遠にとっても遙遠は半身だ。
 だからこれはふたりの人物が歩いているように見えて、その実、ひとりの完成された人間が歩いているともいえる。
「さて……この旅行自体、彼女だけが目的と言うわけではありませんからね」
 遥遠は、雲間からのぞく陽光に、まぶしそうな眼をして言った。
「次はどちらに向いましょうか、遙遠」