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リアクション
第2章 立ち向かう為に
「さて、何か買ってくるわ。真奈、磁楠、買い出し付き合って」
七枷 陣(ななかせ・じん)はパートナーのリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)を寝かしつけ、小尾田 真奈(おびた・まな)と仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)と共に保健室を出た。
リーズの石化は解除され、他の生徒達のように操られる事もなく済んだ。
けれどそれは運が良かったというより、リーズ自身が必死で抗ったからだと、陣は思う。
証拠にリーズは酷く消耗しており、今もベッドに横になったままだ。
「……ハ、寺院の影使いが今回の元凶、か。ハ、ハハハ……」
反射的に壁を叩きそうになった陣は、その衝動を何とか押さえこんだ。
リーズに聞こえたら、心配させる。
これ以上、リーズに負担を掛けるわけにはいかなかった。
代わりに拳を強く、血が滲む程強く、握り締める。
「キレた。今回ばっかりはマジでキレたよ、ぼく。リーズをあんな目に遭わせやがって、許さん……絶対、許さへんぞ」
「はい。私も今回ばかりは、怒りを抑える事が出来ません」
真奈に陣を諌めるつもりはなかつた。
「リーズ様をあんな目に遭わせた方には相応の罰を与えるべきです。ナラカへ直送するのがベストかと」
いつも優しい光を湛えた瞳は、今は冴え冴えと冷たい輝きを放っている。
一人静かな磁楠だったが。
磁楠の脳裏に浮かぶ、炎が渦巻く風景。
最後まで自分の身を心配して逝った小さな少女と機械の少女。
絶望して叫び泣く自分。
回顧したそれは、ベッドに寝ていた小さな少女を見る磁楠に決意をさせるに十分だった。
(「私は……オレは、もうあんな思いをするのは二度とゴメンだ」)
例えそこに言葉はなくとも。
「行くぞ」
三人はそして、花壇に向かった。
夜魅の為でも学園の為でもなく……ただ自分たちの大切な存在の為に。
「サラマンダーにバジリスク……。自分たちを守るためだったとはいえ、俺たちは多くの命を散らしてしまった」
保健室にパートナーである悠久ノ カナタ(とわの・かなた)を迎えに来た緋桜 ケイ(ひおう・けい)もまた、激しい憤りを感じていた。
「命を奪ったのは俺たち自身だ、そこに罪も責任もないとは言わない。だが、これを全て仕組んだヤツがいたというのなら、俺はそいつを許さない」
自分でも不思議なほどの怒りを抱きながら。
「多くの命を、みんなの心を弄んでくれた落し前をつけさせてやる!」
凛々しく誓うケイの袖口を、カナタがそっと引いた。
「あたしとしたことが……無様ですわね」
花壇では、リネンのパートナーであるユーベルが、内心でだけ吐き捨てていた。
幸い意識は保っているものの、身体の自由が全く効かないのだ。
「こんなことで、リネンの邪魔をするわけにはいきませんわ」
雛子を守るリネン、おそらく悲痛な覚悟をしているだろうパートナー。
そんな道を選ばせるわけには、ましてやこの自分が足を引っ張るわけにはいかなかった。
「本当は自害したいところですけど……リネンに迷惑がかかりますからね。あたしも、覚悟を決めましょうか……」
呟く頭上で、蝶の群れが燃える。
それは恭司の放った【爆炎波】だ。
「お願い……私の手足を潰して下さらない?」
気付き、ユーベルはホッと息をつき、頼んだ。
「心配しないでくださいな。あたしはしょせん鞘……剣……光条兵器さえ無事なら、主のお役には……立てますわ」
「どいつもこいつも……俺は誰も犠牲になんかしない!」
艶然と覚悟の笑みを浮かべるユーベルを、一瞬だけ絶句した恭司は一喝した。
「本に入った方々を待つように説得され、それに応じてしまった結果がこれですか……」
ユーベルだけでない、操られた生徒達の胸中、そして、そのパートナー達の痛み。
ライ・アインロッド(らい・あいんろっど)はキツく唇を噛みしめた。
「ライ……」
「ヨツハは待機していて下さい。私は……扉開放を何としても阻止しますから」
心配顔のヨツハ・イーリゥ(よつは・いーりぅ)に、ライは静かに、そう告げた。
「ユア!?」
新川 涼(しんかわ・りょう)は介抱していたパートナー、ユア・トリーティア(ゆあ・とりーてぃあ)が突然フラフラと歩き出したのを追って、この場所へとやってきた。
空中に縫いとめられたような夜魅と、その背後の扉。
そこから放たれる黒き風と、蝶の群れ。
黒いシルエットと、そして。
それらを守るような動きをする、ユア達。
「一体どうしたんです?!」
「ユアさん達は操られているんです」
雛子やリネンから事情を聞いた涼は即座に協力を申し出た。
「待ってて下さい、必ず助けますから」
ユアは答えない。
ただ、その青い瞳がキラ、と光を放った気がした。
そしてそれだけで涼には確信出来る。
ユアもまた、戦っているのだと。
「ユーベルもいいな! 絶対、諦めるなよ!」
「……分かりましたわ」
恭司に攻撃をしかけつつ、ユーベルは答えた。
必死で抗う。
身体の束縛がホンの少し、薄れた気がした。
「あの子達も心配だけど、今は先を急がなくちゃ」
【真心を君に】……ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はパートナーであるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)・カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)・夏侯 淵(かこう・えん)と、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)・クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)とチームを組み、空から夜魅に近づこうと試みていた。
「空からなら、燐粉も届き難いし、生徒とムダに戦わずにすむわ」
だがしかし、そんなルカルカの作戦に対抗するように、突然蝶の群れが旋回し高度を上げてきた。
「……くっ!?」
「うわっ、ととと……カニ、サンキュ」
ダリルの小型飛空艇の後ろに乗せて貰っているクマラは、眼前の蝶を倒してくれたカルキノスに礼を言うが、返ってきたのは憮然とした顔だった。
「俺の名はそんな無粋なものではないと何度言えば分かる」
「だってカニじゃん」
可愛らしく唇を尖らせる、クマラ。
「舌を噛みたくなければ口を閉じていろ……突破口を開く」
ダリルは警告してから、蝶の群れに突っ込んだ。
「今回の騒動の一因は、夜魅がずっと『自分はひとりで寂しい』と思っていた事もあるんじゃないかな」
ルカルカに相乗りしながら、エースはポツリと呟いた。
夜魅の視点からみたら、確かにずっと1人で誰とも関われず、誰にも笑顔を向けられなかったのだから。
その孤独は夜魅にとって揺るぎない事実だろう。
「でもその孤独を抱きしめたまま、贄として費やされてしまっては、夜魅が生れてきた事はなんだったのという事になってしまう」
それに今までの事情などを鑑みると、母親や姉の白花達は夜魅をとても愛していて、夜魅の生存を切望していたというのだ。
「夜魅に知らされなかったお母さんやお姉さんの真心の一端でも彼女に伝えられれば……」
「ええ、伝えましょう」
ダリルの背中を追いながら、ルカルカは確りと頷いた。
「夜魅の悲しむ顔も、独りになるのも見たくない」
緋山 政敏(ひやま・まさとし)はカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)とリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)、二人のパートナーに声なき声で問いかけた。
それでも一緒に行くか?、と。
「俺自身から出た『願い』。全く、『人殺し』が随分と手前勝手な願いだ。……だが、譲るつもりない。俺は『幸せ』になりに来たんだ」
「今更ですね。分の悪い賭けは嫌いじゃありませんから」
「当然! 今回は一緒に行くわよ」
カチェアはそっと、リーンは嬉しそうに微笑んだ。
「私は、政敏の『願い』を守りたい。それが私自身の『夢』へと通じるから。身勝手かも知れないけれど……この想いは貫き通します」
カチェアに頷きながら、リーンはどうしてこんなに自分が嬉しいのか、思い当った。
(「政敏は、誰かの笑顔を見た時、一瞬だけ哀しそうな目をする時がある……そんな彼が自身の願いを願ってくれた。だから嬉しいし、彼の夢の手助けをしたいんだね、私は」)
「まったく、物好きが多いぜ……じゃあ、行くか」
そうして政敏は、ちょっと近所のコンビニにでも行きますか、といった風に動き出した。
一方。
「母親の願い、白花さんの思い。ちゃんと愛されているんですね」
御凪 真人(みなぎ・まこと)とセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)、セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)とミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)とレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)、鈴虫 翔子(すずむし・しょうこ)と八神 ミコト(やがみ・みこと)……【大団円】を目指す者達もまた、合流し手早く情報交換を行っていた。
「夜魅の心を光で満す。光とは何でしょう?」
呟く真人、だが答えは直ぐに出た。
「彼女に希望を示せば良い、そういう事でしょうね」
ただ、言うは容易いが行うは難し、といった所であるのもまた事実。
「なんだ。簡単な事じゃない」
なのにセルファはサラリと言ってのけた。
「あそこで泣いている夜魅を泣き止ませて、笑顔にするだけ……あの子を助けるだけで世界が救える。楽勝よね♪」
でしょ?、というセルファに真人は「確かに」と笑んだ。
気楽に言っている様に見える。
だが、セルファが真剣に考えて、固くなってる周りの気持ちを和らげるために言っているのがパートナーである真人には良く分かるから。
指摘したら多分、怒られるのだろうけれども。
「ごめんねー、しばらくそこで大人しくしててねー」
早速というか案の定というか、真人達を阻むべく襲ってきた生徒たち。
翔子は操られた者達の顔にペイント弾を打ち込んで、目潰しを狙う。
「珍しく頭を使っているようですね」
「とーぜん! 絶対負けられない戦いだもんね!」
コトに胸を張り、翔子は直ぐに表情を引き締めた。
予想外に敵の反応が早い。
「色々と妨害はあるとは思ってたけど……」
一番大事なのは、真人達を夜魅の元に送り届ける事。
「とにかく蝶を何とかしないと、だよね。うん、ここはボクが引き受けるよ」
カラリと笑って、翔子は蝶の群れに突っ込んだ。
「私も……私も手伝うよ!」
翔子の行動に気付いた久世 沙幸(くぜ・さゆき)も、その後を追う。
「蝶を誘導して出来るだけ集めて、光条兵器で倒すよ」
「分かったわ。私はセシリアさん達から翔子さんの方に、蝶を追いこむね」
そうすれば真人達だけでなく、上空のダリル達へのアシストにもなる筈だ。
「よぉし、行っくぞぉぉぉぉぉ!」
びゅぅぅぅぅん、スピードを上げて走る翔子。
「学園と世界の平和も大事ですが、何より花壇の平和も守りたいのですよ、私は」
そんな本音をもらしつつ、ミコトは翔子のサポートにつく。
放っておいたらどんだけ暴走するか分からない。
「ココはボクたちに任せろー。男見せてこーい!」
「早く先に行って! そして、夜魅を……!」
蝶の群れにやはり突っ込みつつ、翔子と沙幸は真人達に道を示した。
「本当は私も夜魅のところに行きたいけど……今はみんなが夜魅の下へたどり着くための道を作るんだもん」
真人達を先に導きながら、沙幸はその背に願い事を託した。
「……だから、後で一緒に遊びに行こうって伝えてあげてね」
返される頷きに、沙幸は少しだけ微笑んだ。
そして、誓う。
道を守る……夜魅への道を繋ぐ、と。
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