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横山ミツエの演義(最終回)

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横山ミツエの演義(最終回)

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ガイア


 乙軍の兵力消耗は激しいが、やっと董卓城への突破口が開こうとしていた。
「俺達も行くぜ」
 と、足を早めた姫宮和希だったが、城壁付近にいたガイアが前進してきていることに気づき足を止める。その足元にはバイクのモヒカン勢が守るように待ち構えている。
 ガイアの両手には車両が握られていた。
「打ち止めじゃなかったのね!」
「ミツエ、しっかり隠れてろ。レールガンは俺とサレンで防ぐ!」
「まだまだ行けるっスよ!」
 ラヴピースのままのサレン・シルフィーユが気合を入れてぐるぐると腕を回した。
 そうして二人で飛んでくる列車を弾いたり打ち返したりしている間に、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)達が動き出した。
 パトリシア・ハーレック(ぱとりしあ・はーれっく)ネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)がガートルードにそれぞれ馬を並べて言った。
「わたくし達が守ります。ガートルード様とウィッカー様は離れずについてきてください」
「あのデカブツの足元の風通りを良くしてやるぜ」
 ガートルードに忠実な英霊とドラゴニュートは、二人を追い越してモヒカン勢に突進した。
 ドラゴンアーツで強化された力でライトブレードを振るい、突き、時にはチェインスマイトで一気に片を付けながら、ガートルードのために道を切り開くパトリシア。相手はバイクだし彼女が乗っているのも船ではないが、その戦いっぷりは古の勇猛さを充分に見せ付けた。
 魔法や物理攻撃への対処もしていたが、後ろのガートルードやシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)を守りつつ進んでいるせいか、どちらかと言えば攻撃的になっていたパトリシアが傷を負えば、敵後方の銃部隊を魔法で払っていたネヴィルがすかさずヒールで治療した。
 モヒカン勢に穴が穿たれ、パトリシアとネヴィルにしっかりガードされたガートルードとシルヴェスターが切り込んでいくのを、和希の肩の上で見ていた高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が下のポケットへ向かって叫んだ。
「おい、ひな! 今すぐでかくなって俺をつれていけ! レールガンを董卓城にぶつけてやる!」
 顔を出したひなは、列車をハンマーで打ち返す和希の動きによりポケットの中でミツエ達と共にもみくちゃにされ、髪はぼさぼさ顔色は真っ青という酷い有様だったが、何とか頷いてよろよろと這い出してきた。
 気づいたラヴピースが飛んできて、比較的安全なところにひなを下ろした。
「ありがとう、ございま、す……」
「凄い顔色っスけど、大丈夫っスか〜?」
「モタモタしてないで早くしろ。あのデカイのはまだ余裕だ。かき乱してやる」
 今まさにかき乱されているひなだが、見えていないような悠司を恨みがましい目で見上げるも、全く効果はなかった。もっとも、悠司に悪気はないのだが。
 深呼吸をしてわずかに気分を落ち着けたひなは、二人から少し離れるとみるみる巨大化していった。
 ひなの手に乗った悠司がガイアの後ろに回りこむよう指示する。
「目立ちますよ」
「それでいいんだ」
 移動するひなを警戒したガイアが牽制に放った列車はラヴピースが粉砕した。
 そうして大きく迂回しながらガイアの後ろへ進むひなの肩の上から、悠司が挑発の言葉を飛ばす。
「おいコラ、デカブツ! 何が生徒会のルールだ! そんなもん生徒会に入ってるヤツだけ従ってろや! 俺はパラ実生だが、パラ実生徒会になんざ入った覚えはねーよ!」
 ギロリと振り向いたガイアの目に鋭さが増した。
「デケーのは態度だけでいいんだよ! さっさと帰れ!」
「己の無力を知らぬ愚か者めが!」
 ガイアは悠司とひなへ列車砲を撃った。
「しゃがめっ」
 悠司の声に反射的に身を沈めるひな。
 一寸前まで頭があったところを列車は豪速で過ぎていった。
 そして、爆発するような激しい破壊音。
 悠司はそれを見てニヤッと笑った。
 狙い通り、列車は董卓城に突き刺さっていたからだ。
 顔を歪めて舌打ちしたガイアの巨体が、突然傾いだ。
 地響きと土煙を上げて片足を着くガイアの足首のあたりに血だまりができていた。
「もう片方ももらってやろうかのう、親分!」
 気迫あふれるシルヴェスターの呼びかけに、ガートルードは雅刀を構えることで答えた。
 ガイアが悠司の挑発に乗っていた隙についにモヒカン勢を突破し、ガートルードはブラインドナイブスを、シルヴェスターはソニックブレードでガイアの左足のアキレス腱を切ったのだ。
 しかし、この痛みによりガイアは冷静さを取り戻した。
 片方の手の列車を捨てると代わりに金属バットを握り締める。
「調子に乗ってんなよ、ガキ共が!」
 うなりを上げて振るわれたバットから繰り出された風圧に、ひなは飛ばされないように踏ん張り、ガートルード達四人組は頭を低くして急旋回した。
 その時に起こったかまいたちのような空気の刃に、ひなの腕や足、ガートルード達の髪などが切られた。
「立て直しましょう」
 ガートルードは素早く判断を下す。配下達もモヒカン勢相手にだいぶ疲れている様子だったし、今のガイアの一振りに吹き飛ばされてしまった者もいた。
「まだ小手調べだが……」
 凶暴な笑みを浮かべたガイアは、ミツエがいる和希に向けて列車砲を放った。
 それは今までにないスピードで、和希はウォーハンマーを構えるのが遅れた。
 体をもとに戻してというよりもくっついているミツエ達を守らなければ、と防御体勢を取った時、雷のような音……ではなく声が列車を弾き飛ばした。
 いや、ただの声ではなく歌声だった。しかも聞いたことのあるフレーズだ。
「この不協和音みたいな声は竜司か!?」
 耳を押さえて辺りを見回した和希の目に、思ったとおり同じパラ実生の吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)がいた。彼はガイアと同じくらいの巨体になっていた。その体で本人が言い張る『美声』を不意打ちされたのだからたまらない。現に和希にくっついているミツエ達は目を回していた。
 そんな和希達にも飛んで行った列車の行方にも目もくれず、竜司はガイアだけを見据えていた。
「てめぇがS級四天王か。このオレと勝負しろ!」
「きさま一人でか?」
「そうだ。おい、てめぇら手を出すんじゃねぇぞ。もし邪魔しやがったら、てめぇらからぶっ殺すからな!」
 無茶だ、と誰もが思ったが、一対一の勝負を望む者の邪魔をする気にはなれなかった。
 同じくその地位を狙っていたガートルード達も黙って遠巻きに見守る体勢に入る。
 それは敵のモヒカン勢も同じだった。
 素手で構える竜司にガイアもおもしろそうに口角を吊り上げ、金属バットと列車を捨てた。
「ちゃんと俺の相手になるんだろうな……!」
 言い終わるや否やうなりを上げて竜司へと振るわれる拳。
 竜司はわざとその一撃を頬に受けた。そしてニヤリとする。
「楽しませてくれそうじゃねぇか」
 仕返しにと同じ位置を殴りつける。
 竜司そっくりの笑い方をするガイア。
 殴り、かわし、蹴り上げ、頭突きをする。
 時折隙を見ては背負い投げをしようとする竜司だったが、ガイアは跳ね上げようとする彼の足を挟んでしのいだ。
「うぷ……車酔いの上に耳元でドラを鳴らされた気分だわ……」
 くらくらする頭を支えながらミツエがポケットから顔を出す。
 そしてガイアと戦っている竜司を見ると、とても嫌そうに顔をしかめた。
「もしかして、あいつを応援する立場なわけ? 冗談じゃないわ。いつもいつもあたしの邪魔をして! 和希、董卓のとこへ行くわよ!」
「え? え!? 見ていかないのか?」
「ガイアが倒される前に董卓をぶちのめして、槍の力を消し去ってやるのよ。S級四天王の座をくれてやるもんですかっ」
 物凄く子供っぽい理由に和希はポカンとした。
 国を守るのとはまた別の次元で、ミツエの中で竜司はライバルであるようだ。それを言ったら他にも挙げられる人物が出てきそうだが。
 二体の怪獣──いや、D級四天王とS級四天王の戦いは、けっこういい勝負だった。
 片足を負傷しているガイアだがそれをかばっていたにしても、さすがS級という強さであったし、D級と言えども数々の修羅場を潜ってきた竜司もよく相手の動きを見ていた。二人の拳がぶつかり合うたびに大気が震えた。
 とはいえ、エンデュアとチェインスマイトでさえ防御に回している竜司は、だいぶやられていた。急所を狙ってフェイントを混ぜての攻撃もほとんど読まれてしまっている。
 だが気持ちはまだまだやる気に満ちている。
「少し疲れたんじゃねぇのか?」
 挑発する竜司にガイアは口の中にたまった、血の混じった唾を吐き捨てた。
「きさま、野球はやらんのか?」
「何だ突然」
「向こうのいいスイングのガキはタイタンズのメンバーのようだが、きさまはどうだ?」
「だから何なんだ急に」
「単にここで潰すのが惜しくなっただけだ。俺達は行けなかったからな……甲子園」
 ガイアの中でかつての夢はまだ色褪せてはいなかった。同時に悔しさもこみ上げてくる。
「きさまもデカイ図体だが俺もそうだった。この体に改造される前から三メートルあった。故に、勉強したくとも教室に入ることはできなかった……」
 その悔しさと寂しさをガイアは野球に打ち込むことで癒した。
 そしてチームが結成され身体測定が行われた日、ガイアは公式戦には出られないことが判明した。
「女は甲子園に選手として出られないだと……! 俺はマネージャーをやれと言われたあの屈辱を忘れはしない!」
 勉強も野球も断念せざるを得なかった悔しさは、ガイアにこびりついて離れない。それでも野球が好きだった。
「オレは」
 竜司が口を開いた時、嫌な音と共にガイアの脇腹から槍のようなものが数本突き出してきた。
 ガイアの後ろから上がる狂気じみた声。
「ヒャハハハハ! 当たった当たった! 背中ががら空きだぜS級四天王さんよ! だが、これで俺がS級四天王だな!」
 その声の主は文化祭で人身売買をしていた残虐憲兵の青木だった。姿を消してどこへ行ったかと思ったら、このような形で現れた。
 ガイアの脇腹を貫いたのは青木のパイルバンカーから発射された杭だった。
 狂ったように笑いながら青木はバイクで去っていく。
 和希とひながすぐにガイアに駆け寄り、手当てに奮闘した。
 それ以外の者達は、目の前で起こったことが信じられず誰もが凍りついたように立ち尽くしていた。