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横山ミツエの演義(最終回)

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横山ミツエの演義(最終回)

リアクション

 董卓城の数ある塔のてっぺんからヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)が楽しげに戦場を見下ろしていた。その手にはマイクが握られている。
 ヴェルチェは塀の上によじ登ると、マイク片手に色っぽい声で眼下で戦う者達に呼びかけた。
「はぁ〜い! 勇敢に戦う戦士さん達♪」
 殺伐とした場にそぐわない声に兵達の手が止まり、声の出所を探す。
 どこからかヴェルチェを見つけた者が「あそこだ!」と指差した。
 注目が集まってきたことがわかったヴェルチェは、ひらひらと手を振って愛想を振りまく。
「ぁん、ねぇ……あんた達、気持ちいいことしたくなぁい? したいわよねぇ? でもねぇ、それにはミツエちゃん達が邪魔なの……だから、ねぇ? 牙攻裏塞島なんて、ぶっ潰しちゃってぇ♪」
 今はがらあきよぉ、と煽るヴェルチェ。
 彼女の声の届く範囲──城に近い辺りにいた兵は、敵味方関係なく全員がとろんとした目になり、ヴェルチェの声に応えるように牙攻裏塞島の方角を向いた。
 うまくいったわ、と微笑むヴェルチェの後ろのほうではクレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)が腹を抱えて爆笑している。
「その辺にピンク色のオーラでも見えるようじゃな!」
「ちょっと、いつまでも笑ってないで、下に行くわよ。ミツエちゃんの困り顔を見に行くんだから」
「そなたも飽きないのぅ」
「当然よ。あの困った顔、カワイイじゃない♪」
 期待に満ちたヴェルチェに、クレオパトラは諦めたように肩を竦め、城内への扉を潜る契約者のあとを追った。
 城の脇の非常用扉から外へ出るとクリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)がバイクの準備をして待っていた。
「本当にやるのですか?」
「クリスまで? もういいから、早く行くわよ。ミツエちゃん、待っててね♪」
 クリスティを前に乗せ、自分はウキウキと後ろにまたがるヴェルチェに、クリスティは呆れながらも逆らうことはしなかった。
 激しく音を立てて走るスパイクバイクの後を、クレオパトラは白馬で追った。
 ミツエを探して走る間もヴェルチェはヒュプノボイスで兵達を催眠状態に陥らせ、牙攻裏塞島を攻撃するようにけしかけていった。
 牙攻裏塞島はまだ持ちこたえている。
「邪魔するヤツはガンガン殴っちゃうのよ♪ それと、火口敦ちゃんとか有名な人でミツエちゃんに味方する子達もボッコボコにしちゃってね♪」
 とても楽しそうなヴェルチェの前方に、ついに目当ての人の姿が現れた。

 味方の兵が突然そろって反旗を翻したことにミツエは焦っていた。
 姫宮和希と桐生ひなは、まだガイアの手当てをしている。
 そこに一台のスパイクバイクと白馬が向かってくるのが見え、敵襲かとミツエは身構える。両脇に伊達恭之郎と風祭優斗も緊張した面持ちで待ち受けた。
 到着したヴェルチェに渋い顔をしたミツエに、ヴェルチェはクスクス笑う。
「あなたの兵隊さん達をもとに戻してほしかったら、あたしとお風呂に入りましょうよ。四、五人で楽しく入るならいいでしょ」
「まだ諦めてなかったの!?」
「それは混浴か!?」
「あんたも何言ってんのよっ」
 ミツエとお風呂と聞いて反射的に言ってしまった恭之郎を蹴飛ばすミツエ。
「用が済んだなら立ち去ってください」
 一歩前に出る優斗に、ヴェルチェは妖艶な微笑みを浮かべてマイクを掲げた。
「ミツエちゃんが大切なあなた……でも、今からはこのあたしのために」
「無理ーっ!」
 ヴェルチェの声を掻き消すような大声で、秋月 葵(あきづき・あおい)が割り込んできた。
 瞬間、きょとんと目を丸くしたヴェルチェだが、すぐにとろんとした目になり焦点がぼやける。
 驚いたクリスティが振り返って名を呼ぶ。
「ヴェルチェ様!?」
「む。そなた、何かしたのか?」
「跳ね返したの! さあ、もうそのピンクの声はしばらく使えないよ」
 クレオパトラの問いかけに堂々と答える葵。
 セリフが言いかけだったせいか、ヴェルチェは中途半端に催眠状態になっていた。どんな世界の中にいるのか、頬を染めて恥らっている。時々「ミツエちゃんたらぁ」などと漏れ聞こえるところからすると、ミツエと風呂に入っているのかもしれない。
「クレオパトラ様、ひとまずヴェルチェ様の回復を待ちましょう」
「仕方ないな」
 クリスティはくねくねしているヴェルチェを自分に掴まっているよう言い聞かせると、バイクをターンさせてどこかへ去っていった。
 スパイクバイクと白馬の姿が見えなくなるのを確認すると、葵がミツエに言った。
「それじゃ、あたし達董卓さんのとこに行ってくるね。公瑾ちゃんのこと、よろしくね」
 葵はエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)と手を繋いだ。
 気をつけて、とミツエが言いかけた時、
「ちょっと待ってー!」
 と、女の声が割り込んできた。
「董卓様のとこに行くなら、あたいも連れてってよ」
 息切れしながらやって来たのは、弁天屋菊とガガ・ギギがそれなりに行方を心配していた親魏倭王 卑弥呼だった。
「董卓様を取り戻したいんだよ」
 目をうるませて頼み込む卑弥呼を、葵は拒否できなかった。

卍卍卍


 葵がエレンディラと卑弥呼の手を取ってテレポートした先は、確かに董卓のところだった。
 ただし、頭の上。正確には乗っていたのは葵だけで、エレンディラと卑弥呼は董卓の脇に落下していた。
 皇甫伽羅のマッサージも終わり、次は物語りなどさせながら誅殺槍を丁寧に磨いている時だった。
 思わず槍を放り出しそうになった董卓だったが、慌てて腕を伸ばして抱きしめた。
 葵は内心で残念がる。
「……なっ、何者だっ」
「董卓様っ」
 卑弥呼が董卓の膝にすがりついた。
「董卓様、正気に戻ってください。呂布に騙されています!」
 呂布とは、文化祭の時にメニエス・レインと共に董卓に接近した鏖殺寺院の男を指している。その男の名前ではないが、仮名としてそういうことになっていた。
「メニエスも危険です。火口様のもとへ帰りましょう」
「それはできん」
「何故です?」
「敦は俺様と共に行くからだ。悪いが……」
 声を落としたと思うと、董卓は扉の向こうへ声を張り上げた。
「曲者だー!」
 ハッとしたエレンディラが素早く扉を開けて葵と卑弥呼を促した。
 まだねばろうとする卑弥呼を葵が手を引いて無理矢理連れて行く。
「董卓さん、あなたは間違ってるよ!」
 葵はそれだけ言い残して、卑弥呼を引きずって出て行った。
 その時、外で番をしていたうんちょうタンはどうしていたかと言うと、
「それがしが守るのは伽羅でござる」
 と言って伽羅に害がないなら動く必要なし、と葵達を見逃したのだった。
 エレンディラが丁寧にお礼を言ってから葵の背を守るように走っていくのを、うんちょうは黙って見送っていた。