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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

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ルペルカリア祭 恋人たちにユノの祝福を

リアクション

 緑豊かなザンスカールをモチーフとしたこのエリアでは、レイディスセシリアをモデルに挙式が行われる。彼らの希望がガーデン挙式で、それは沢山の式場の中でこのエリアが最も得意とする物だ。
 スタッフも予想外な小さなお客様に驚いたけれど、その可愛らしさと式場のイメージがぴったりはまって、模擬結婚式は大いに盛り上がるだろうと力一杯メイクアップしてくれている。
 そんな時間を利用して、大忙しの友人たち。邸宅内で執り行われると思っていたらガーデンだったので急遽仕掛けを変更する四条 輪廻(しじょう・りんね)アリス・ミゼル(ありす・みぜる)の姿や、エルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)ディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)は友人から預かったものをこのまま渡せるかと厨房の一角を借りてエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)らと一緒に4人仲良く作業しているようだ。
「クマラはもぅ……それは味見じゃなくツマミ食いですよ」
 そんな呆れたような声を出すディオロスの視線の先には、口いっぱいにフルーツを放り込んだクマラの姿。けれども、悪びれもせず口をモゴモゴとさせたまま次の標的を探しているようだ。
「オイラ厳選の甘いフルーツが甘くないワケないと思うけど、ちゃんと甘いか確認してるだけだよっ」
 えへへ、と先程まで真面目に手伝いをしていたおかげで溶けているチョコレートに指を浸し、幸せそうにそれを咥える。
「全く、そんなことをしていると材料が無くなるぞ」
 コツンと頭を叩かれて、邪魔するなと言いたげにボールをしっかりと抱えるクマラの後ろから、慌てた様子のエースがやってきた。
「こ、こら! つまみ食いばっかりやってると、おやつはないぞ!」
「えー! つまみ食いじゃないもん、立派な味見だもんっ!!」
 ギャーギャーと子供染みた喧嘩を繰り広げる2人に、ディオロスは少し違和感を抱く。簡単なフルーツのチョコかけを作ろうとしていたクマラとディオロスと違い、エルシュとエースはガトーショコラとクッキーを作っていたはず。恋人同士の2人を気遣って、邪魔する時間は少ない方が良いだろうと、手順もクマラにフルーツを洗わせている間にしっかり説明したのだ。だから、こちらが向こうの様子を伺うことはあっても、向こうがこちらを心配することは無いだろうと思っていたのだが、彼がクマラを叱りながら一生懸命に指を拭いていることに気付いた。
(あんなに必死に擦るほど汚れるような物でもあったでしょうか……)
 ふとエルシュのいる方へ顔を向ければ意味深な笑顔を浮かべており、もう1度エースの手を見れば怒られながらも果敢に2口目のチョコを掬おうとしているクマラの姿。
(……ああ、なるほど。そういうことですか)
 なんとなく状況を理解したディオロスは溜め息を1つつくと、2人を引き離す。
「そんなことをしていると、式が終わってしまいます。今は共に急ぎましょう」
 チョコが死守出来たと勘違いしているクマラをもう1度小突いて、2人は自分たちの作業に戻ってしまう。真面目に作業をされてしまえばエースも突っかかることが出来なくて、恥ずかしそうな顔をしながら渋々とエルシュの元へ戻って来た。
「お帰り兄さん。向こうのチョコ具合は味見させてくれないの?」
「しなくていいっ! それより、メレンゲは出来たのか」
 まだ許してないんだぞ、と言いたげにオーブンの方を向けば既に焼き始めているようで、やっと一段落付いたのかとエースは深い溜め息を吐いた。
「次はクッキーか。12製菓が特産品バンバン出してくれれば、贈り物にはピッタリだよな」
 それでも、手作りに勝るものは無いけれど、と1度作業台を片付け始めるエルシュにエースは一瞬何の話をしてるのかわからなかった。
「なぁ、それってまさか……十二星華、じゃないか?」
「え、製菓じゃない? ……やだなあロス、冗談に決まってるじゃん」
 わざとらしく逸らされた視線に頭を抱えたくなるけれど、パラミタのことよりも今は目の前にいる大切な人を守るためにしなければならないことがある。
「……絶対、家の古い慣習とか変えていくから。それまでは離れて暮らすことになるかもしれないけど――」
「でも、まだその時じゃないだろ? ま、俺はこっちにずっといてもいいけどね」
 いつかはそんなとくが来ることはわかってる。エースなら当主としての責務もこなせるだろうし、慣習も変えてくれると信じてる。けれど、何をどう変えたって、家にいる限り制約は付きまとう。
 急に振り返ったエルシュに飛びつかれるように抱きしめられて、そのまま鼻の頭にキスを落とされる。何が起こったのかと目を瞬かせるエースにむかって、にっこりと微笑んでやった。
「……こんなことも出来るしね?」
「――エルシュッ!!」
 悪戯を咎めるように怒っても、説得力のなさそうな顔では怯んでもらえるわけもなく。4人は少し厨房を騒がしくしながら、仲良くプレゼントを作るのだった。
 そして、橘 恭司(たちばな・きょうじ)は冷やかすつもりで、フィアナ・アルバート(ふぃあな・あるばーと)は女の子らしい野望を抱えて式場へ来たが、その美しい様子にふと足を止める。
「……ここで、お2人は式を挙げられるのですね」
 穏やかなフィアナの横顔に、恭司ももう1度庭園を見る。ひっそりと森の奥にある教会のような、小さな十字架と自然に馴染むちょっとした祭壇。2人が歩くための白い布も敷かれ、木陰からも動物が様子を伺うように覗いていて。まだ2月なのに温かく感じてしまうのは、溢れんばかりの緑と色とりどりの花のおかげだろうか。見学に来ているカップルからも、可愛らしい式場にどんなモデルが参加するのだろうかと楽しげな声が聞こえて来る。
「これは、冷やかすわけにもいかないか」
「マスター、今日はお祝いに来たのですから程ほどになさって下さいね?」
 さすがに本当の結婚式ならば冷やかすことも無いだろうが、友人の模擬結婚式ともなればからかいたくもなるのだろう。その気持ちはわからなくもないが、式の雰囲気は壊さないようにと優しく咎めるフィアナに言われて恭司は苦笑を浮かべる。
 そうしてどんどん集まってきた参列者を、レイディスは2階に作られた待機室で緊張した面持ちで窓から見下ろしていた。着々と準備も整い、そろそろセシリアを迎えに行かなければと思うのに、あれだけの人数に見守られるのかと思うと恥ずかしくもなってくる。
(いや、ちゃんと手順も勉強したし失敗はしない……はずだ。うん、セシーを立派にエスコートしてみせる!)
 汗ばむ手のひらを握りしめ、意を決して部屋から出て行く。すると、勢いよく開けてしまったドアの向こうで小さな悲鳴が聞こえた。
「れ、レイっ! もう少し静かに開けぬか、危うくぶつかるところ……で、その……」
 スタッフに準備が整ったと連絡を貰っても、中々迎えに来る様子のないレイディスを心配して尋ねてきた。けれど、きっと自分より背丈もあってちょっぴり大人な彼は格好良くタキシードを着こなしているのではないかと思うと、大人が着るウエディングドレスを着こなしている自信がなくてセシリアはドアの前で声をかけようかとずっと悩んでいたのだ。
「あ……ごめん。つか……ん、ま、馬子にも衣装……だな。……似合ってるぜ、っと」
 屋外での挙式なので、動きやすく引きずらないものを希望したセシリア。オフホワイトのAラインドレスはミディアム丈の物を選んでみたが、やはり彼女の背丈では少し長くなってしまう。けれども、スタッフが機転を利かして緩いヒダが付いた裾を少し持ち上げてリボンをあしらい、ビーズがふんだんに使われた胸元を隠さない程度の大きなリボンを左下の腰元につけ、彼女のためのアレンジを手早く施してくれた。上品な中にも可愛らしい仕上がりに、レイディスも喜んでくれたようだ。
「じゃが、馬子にも衣装とは失礼な……ま、まぁレイも意外と様になっておるのう?」
 恥ずかしいことを誤魔化すようにレイディスを見て笑ってみるが、こうしてウエディングドレスとタキシードで並べば嫌でも意識してしまう。もうすぐ、模擬とは言え自分たちの結婚式があることを。
(ま、まずい緊張してきたのじゃ……!)
 そんなことを言って、今さら取りやめてもらうわけにも行かない。何でもないように廊下を歩き始めたが、その様子にレイディスが慌てて駆け寄る。
「セシーッ!!」
「え――っ?」
 黙々と歩いていたセシリアは階段に気付かず、危うく足を踏み外すところだった。間一髪でレイディスが抱き留めたものの、まだ目の前に広がる階段の高さに血の気が引くような気分だ。
「す、すまぬなレイ。少し手を貸してもらえぬか……」
 安全な場所に立たせてもらい、彼の手をぎゅっと握って深呼吸。すると、クスクスとした笑い声が上から聞こえてきた。
「強がらずにちゃんと言えよ、手ぐらいいつでもかしてやるんだからさ。それに――」
 繋がれた手はそのままに先に2段ほど下りて足を止める。
「……緊張してるのは、俺も一緒だ。だから、そこまで身構えることないって」
 な、と笑う顔は確かに赤くなっていて、自分だけじゃないんだとセシリアも笑う。そのまま手を引いてもらい、ゆっくり階段を下りる。外に繋がる扉の前で、2人揃って深呼吸。
 腹をくくって飛び出せば温かい拍手に迎えられて、少しばかりぎこちない笑顔を浮かべながら堂々とスタート地点となる所まで歩いた。料理をしていたエースやエルシュもなんとか間に合い、友人として参列者席の前の方で入場を待った。
 すると、リングボーイの代わりを務める小鳥が6匹ほどでリングピローを邸宅から運び出し、司祭の元へと届ける。その演出に驚く参列者の声を合図にしたように、真っ白なバージンロードに花びらが舞う。フラワーガールの代わりを務める2匹の白ウサギが、たくさんの花びらが入った籐の籠を背中に乗せて駆けていき、花で清められた道を2人で歩いて行く。結婚式といえば厳かな物もあるけれど、エリアの魅力を十分に活かす可愛らしいモデルたちに憧れの声も聞こえてくる。
 賛美歌に聖書朗読と何事も無く進んで行く様子に、輪廻はそろそろアレの出番だと笑みを隠せなくなってきていた。
「くくく……この俺の仕掛けに驚き慌てふためくがいい……」
 この怪しげな呟きが聞こえないほど見入ってしまっているのか、アリスは何か褒め言葉を言ったのだと思いコクコクと頷いたままセシリアを見つめている。
「本当にきれいですねー、ボクもいつかステキな人と素敵な結婚式を挙げたいです」
 その素敵な結婚式を、トラッパーを駆使した罠の実験に使おうという恐ろしい男が隣に立っていることも気付かず、幸せそうな夢を見ている。よもや、急遽慌ただしくガーデンに似合うアーチを作る輪廻に駆り出されたことが、トラップのお手伝いになっているとも思わないのだろう。
 2人がどんな驚いた顔をするか。そんな考えに耽っていた輪廻はすっかり結婚式の様子が頭に入っておらず、もう退場するだけとなった。
(さあ! ショータイムの始まりだ……!)
 しかし、ゆっくり幸せそうな顔をして歩く2人を想像していた輪廻は会場が予想外だったことに続いてまたも驚かされる。レイディスは全てが終わるとセシリアを抱えて逃げるように退場していく。小さな花嫁をお姫様抱っこして走る花婿の姿は、まるで彼女は誰にも渡さないと言わんばかりで微笑ましく、そして女の子達の羨望を集めているようにも見えた。
 そうして颯爽とアーチをくぐり抜ける。急いでいたレイディスは、それが入ってきたときとは別の物になっていることなど気付かずに通り抜けようとしたとき、アーチに咲く桃色の花が一斉に花びらを舞上げて2人を包みこむ。まるで彼らの頬色のようなそれは白い衣装に栄えて、見事な演出となった。それを合図に、参列者からもフラワーシャワーが撒かれ、中でも銀髪の男性はさらに盛り上げるべく陽気に撒き散らしていた。
 そして、その花びらに混ざってポンッと投げ放たれたブルーローズのブーケ。レイディスの腕の中で揺られながらも、今ここで投げなければ渡し損なってしまうとセシリアが投げたのだ。花びらに紛れて見えにくかったものの、それを狙っていたフィアナは真っ先に駆け出し、それに気付いて見学者も次々とブーケの下に集まってくる。真剣に空を見上げてタイミングを見計らっているフィアナに恭司は思わず苦笑を浮かべ、引っ張られて来たがいいものが見れたと健闘ぶりを見守るのだった。
 この一連の流れが式場側が用意した演出だと思われているだろうことが些か不服だが、参列者も、そして主役の2人も驚かすことが出来た輪廻は満足そうに眼鏡をかけ直す。
「帰るぞ、あと今日の晩飯は白飯のみだ、金がない」
「えへへー、四条さん、連れてきてくれてありがとうございまし……えぇぇっ!? ……晩御飯」
 仕掛けを見届けて同時に呟いた輪廻とアリスは、方やもうここにいる理由は無いとばかりに歩き出し、方や嘘だと言って欲しいというような目で去る背中を見つめることしか出来ない。
 装置に使った花などは全て自腹、ここまで派手にしたのだから当然懐事情は芳しくない。アリスはせめて、披露宴に参加して昼食だけでも豪華にしたいと願うが、頭を掠める白飯だけの食卓に涙を流すのだった。
 贈り物を渡そうと思っていたエースたちは、勢いよく走っていった主役たちに手の中の物をいつ渡せばと顔を見合わせていた。
「……ま、幸せそうだったし邪魔するわけにはいかないか」
 着替えもあるだろうし、このエリアに居れば会えるだろう。そう思って、4人は仲良くお茶をしながら待つことにした。
 そして、そんな頃2人はというと、人気が少ない建物裏まで逃げてきたレイディスがやっと足を止めたところだった。
「れ、レイ。何故逃げるのじゃ? エルシュたちも来とるのじゃし、もっとゆっくりしても良かったのではないかの」
「え、あ……その、女の子の浪漫だとかって聞いて……あれ?」
 騙された。そう思ったのはいやに注目されていたことを思い出してからで、レイディスは顔を赤くしてセシリアから顔を逸らす。
「……レイ」
 腕から下ろされる前に、伝えたいことがある。今ならレイディスの顔も近いし、きっと小さな声でも届くはず。セシリアはきゅっとタキシードの襟を掴んでレイディスを振り向かせた。
「いつか私が大きくなって、今より綺麗になって、大人のウェディングドレスが似合うようになったら……そしたら」
 大切な言葉は、もうそこまで出てきている。恥ずかしくって、人魚姫になったんじゃないかと思うくらい次の言葉を紡ぐのが難しい。けれど、ちゃんと言わなければ。模擬結婚式だからと言って、誓いの言葉は嘘じゃない。結婚する前もいつかした後も共にいることを思い描いて「誓います」と言ったのだから。
「私を、本当のお嫁さんにしてなのじゃ!」
 恥ずかしそうに笑う顔は無邪気な子供のようだけれど、心に響くその言葉に込められた想いは本物だとわかる。
「会える時は有限だけど、セシーを想う気持ちは……永遠だからな」
 はっきりと聞こえる声で伝えれば、幸せそうに笑ってくれる。2人は微笑みあって、そのまま口づけをかわすのだった。