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嘆きの邂逅~闇組織編~(第2回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第2回/全6回)

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第1章 前夜

 タバコの臭いが充満している黄ばんだ応接室だ。
 従業員の休憩場も兼ねているらしい。
 一度、正面から邪険に追い出されたナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は、すれ違った男に渡されたメモの指示通り、裏口からその店に入り、店長とそこで面会を果たしていた。
「話は分かった。だが、今のところ契約を結ぶほどの利得は感じられない。ま、何かの際にはまた話を聞かせてくれといったところか」
 店長の男はナガンの説明に対して、そう返答をした。
「仕切ることに興味はない。だがもっと楽に闇の取引が出来たらいいと思わないか? ここヴァイシャリーでも俺等パラ実の仕事がしやすくなりゃあいいよな」
 男は薄い笑みを浮かべる。
「それじゃ、何か進展あったらまた来るぜ」
 にやりと笑みを残して、ナガンはその店を後にする。
 油虫――。
 ナガンはあの闇組織のことをそう呼んでいる。
 奴らが闇市場を牛耳っているせいで、ヴァイシャリーに拠点を持つパラ実生やその他の犯罪組織は思うような取引ができていないらしい。
 そういった団体を集めて、味方に出来ないものかとナガンは考えた。
 今日だけで数件、ヴァイシャリーの歓楽街の外れにある廃れた店を回った。
 ただ、ただでさえ目立つ自分とパートナーが歩き回れば当然……。
「また斬られたじゃ〜ん」
 裏口に近づくナガンの元に、半開きのドアの前で待機していた機晶姫のクラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)が駆け寄ってくる。
 肩口がばっさりと切れおり、腕に傷がついている。
「しかも、仲間呼んだじゃ〜ん」
 おどけた口調だが、事態は決して良くはない。
 自分の首を狙い斬りかかってきた男を、火炎放射器で撃退したクラウンだが、男には仲間がいたらしく路地の両脇を塞がれてしまった。
 2人の方へパラ実生と思われる男達が駆け込んでくる。 
「手薄そう……いや、厚そうな右を突破しようぜ!」
 ナガンは右へと走り、クラウンもその後ろに続く。
「ヒャッハー! 派手に動き回ってるそうじゃねぇか。俺等にも分け前くれよー!」
 男達が武器を手に、ナガン達に襲い掛かる。
 ナガンが光術を発動する。直後に目を覆った男達にクラウンが火炎を浴びせる。
 そして、無理に倒すことはせず2人はその場から走り去った。

○    ○    ○    ○


 その組織の名は一般には知られていない。
 拠点の1つであったキマクの酒場のような場所に集まっている者達の中には、組織の名前さえ知るものはいない。
「差し出がましい話ですけど、共に行動させてもらえないでしょーかっ」
 その酒場のような建物の外で桐生 ひな(きりゅう・ひな)は、帽子を目深に被りマスクをして顔を隠している男にしきりに話しかけていた。
「最初の募集の時にも貴方のこと、見かけました〜。私達同期ですし、一緒に行動するの面白そうだと思いません? のし上がる切欠になる可能性も有るですっ」
「組むより単独で動いた方が動きやすいと思うけど」
 男が声色を変えた声で答えた。
「仕事によると思うんです〜。私はこう見えてもそれなりに力持ちさんですし、暗躍好きなのです〜。それに社交的な場でやりたい事が有れば、私が代打出来るのですよー」
「それじゃまあ、組めそうな時だけってことで」
「了解なのです〜。私は桐生ひなです〜。携帯電話の番号も教えますね。貴方の素性も教えて欲しいですー」
「……特に身分を証明できるものは持ってない。電話番号は教えるよ。名は……マスクとでも呼んでくれ。思いつきだけど」
 男はもう声色を変えていない。なんだか優しそうな柔らかな声の持ち主だった。
「そんじゃ仕事受ける奴で、協力してもいいって奴は集まるっすー!」
 建物の中から少年の声が響いてくる。
 数人の男女、それからひなとマスクも頷き合って、少年の元へと向った。

 訪れて仲間を募った少年――高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は、建物を出て近くの喫茶店で話し合いを始めることにした。
「それにしても、時間がないっすね」
 悠司はここに集まったメンバーの中で、唯一組織の名前を知っており、組織への連絡手段を持っている人物だった。
 ここに集まったメンバーは、組織からなんらかの薬を一袋ずつ受け取っている。その薬を『明日』キマクの外れに設立された『神楽崎分校』に集まる者に飲ませるように、と組織から依頼されている。
 ただ、その依頼は悠司は聞いてはおらず、彼は別の依頼――組織の真の目的である、その騒ぎに乗じて分校に訪れた『ハーフフェアリー』を『拉致』するように命じられていた。
 自分だけの力では難しいことから、悠司はあえてここに訪れ、使えそうな人材を求めたのだ。
 ただ、その組織の真の目的が決行前に外部に漏れてしまったのなら、悠司は信用を失うだろう。そのため知り合いなど、信頼が出来る人物以外には、真の目的については話さずにおいた。
「店に手を回して、先にスティックシュガーに混ぜとくなんて手もあるっすよ」
 集まった者達に意見を言いながら、悠司は怠けそうになる頭を働かせる。
 問題なのは、決行日が明日だということ。
 1人につき1袋しか渡されていないため、各自が依頼を成功させるためには、自分の持分を無駄には出来ないということ。
 それから彼らは「即効性ではない、効果が現れるのは数日後」「袋の中身はすべて同じ薬というわけではない」「1袋で1人分。少しでも減っていたら効果はない」と説明を受けているようだが……おそらく、その説明には嘘が含まれている。
 悠司は明日、騒ぎが起こると組織から説明を受けている。
 その数日後に現れる効果に何の意味があるのだろうか。
 『前日に薬を渡す』『数日後に効果が現れる』『薬の効果が複数である』『1袋きっかり1人分』であるのなら……。
 薬を試してみることが出来ない
 あの酒場に集まっている者達の中には認識の薄い者も多い。敵対者が潜りこむことも難しくはない場所だから。
 裏稼業バイト募集の時もそうだったが、彼らは囮であり、そこに気付くことを最低条件として、任務を成功させれば組織から直接報酬――お呼びがかかる可能性があるということだろう。
 悠司はため息1つついて、とりあえず黙っておく。
「で、俺と一緒に動く奴と詰めた話したいっすから、残ってくれっすな〜」
 話し合いという名の意気込みの語り合いを終えた後、悠司は兼ねてからの知り合いを中心とした信頼できそうな者との相談を始めることにする。