蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

リアクション公開中!

精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

リアクション

 
『どうやら他でも、キメラの研究をしている所があるみたいだね。……新しい生命の創造、それはある種の人間を惹きつけて止まない禁断の果実のようなものかもしれないね。僕も、この世界にいる全てのキメラを助けようなんてことは言えない。だけど、少なくとも僕の目の及ぶ所では、キメラを無闇に兵器利用するなんて真似はさせないし、もちろん僕もしない。今の僕だからこそ信頼して付いてきてくれる君たちに少しでも報いれるよう、こちらも出来る限りのことはする。イナテミスで起きていることについては、こうして激励することしか出来ないのが申し訳ないけど……何とかキメラと力を合わせて、乗り切ってほしい。君たちになら、きっと出来る』

 『イルミンスール鳥獣研究所』所長、ディル・ラートスンから送られてきたメールを読み返して、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)は傍にお座りの姿勢で待機していたキメラ、メッツェの首に腕を回す。
「ワタシも大それた事は言えない……だけど、ディルさんが頑張ってくれてるように、ワタシも自分に出来ることをしなくちゃ。……ごめんね、戦わせるつもりはなかったけど、街が大変な事になりそうだから……一緒に、来てくれる?」
 ミレイユの言葉に、メッツェは自ら頬を擦りつけるようにして、小さく鳴く。大丈夫、僕がいるよ、そう言いたげにも聞こえた。
「……ありがと。それじゃ、一緒に行こう」
 伏せの姿勢を取ったメッツェの背に、ミレイユとシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)が跨る。そこへ、駆け付けてきたサラ・ヴォルテール(さら・う゛ぉるてーる)と話し合いをしていたイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)が、自らに付き添うキメラ、ザップの背にサラと共に跨りやって来た。
「森は今も冷気の侵食を受けている。それに対して私達が持っている情報はあまりに少ない。よって、私達はキメラと共に現地に向かい、情報を集めながら冷気を食い止める策に出る。強行偵察といった具合だが、今の私達には十分可能だと思う。ミレイユ、デューイとの連絡は取れるな?」
「うん、もう現場についてるって!」
 問われたミレイユが、先程連絡のあったデューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)からの報告をかいつまんで説明する。冷気の侵食状況から鑑みて、あと数十分もすれば森は完全に冷気に侵食され、イナテミスに到達するだろうとのことであった。
「わ、全然時間ないじゃん! 急いで向かわなくちゃ!」
 同じくキメラのジップに跨ったカッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)が言う。
「皆で力を合わせて、イナテミスを守り抜きましょう! ルイ! スマイル!」
「今だけはルイと同じ気持ちだ、これ以上この街を壊させてなるものか!」
「セラも頑張るよ!」
 アルフの背にはルイ・フリード(るい・ふりーど)シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)が、プックルの背にはリア・リム(りあ・りむ)が跨り、出撃の準備を整えていた。
「……よし、出撃だ!」
 イレブンの号令で、人間、精霊、そしてキメラが手を取り合った一行が門を抜け、街中を反対側の門目指して駆け抜けていく。
「こうしてキメラの背に乗るのは二度目か。一度目は味わう余裕などなかったがな」
「乗り心地はどうだ?」
「悪くないな。友として私も迎えたいくらいだ!」
 イレブンとサラ率いる一行は、街には人の影が全くなかったのが幸いして、さしたる混乱もなく反対側の門を抜ける。
 森の奥で、爆炎が生じた。見上げた先に、デューイの姿が映る。
「……来たか。予想以上に冷気の侵攻が早い。先に一発撃たせてもらった」
 デューイの言うように、ここからでも凍りついた木々が見えるほど、冷気は直ぐ傍まで迫っていた。
「炎系の技の他、爆薬でも効果はあるようだ。向こうでも炎が生じた。そちらは多少余裕が生まれている。我等はここで冷気を食い止めるべきと進言する」
 デューイが報告を終えた直後、メッツェが警戒の咆哮をあげる。森の奥から、飛来する氷柱が見えた。
「はああっ!」
 ザップから飛び降りたサラが、燃え盛る炎を剣の形にして、飛んできた氷柱へ振るう。炎に触れた氷柱が、蒸発するように消える。
「ここは私が食い止める。あなた方は他を頼む!」
「分かった、武運を祈る! 皆、今の情報を元に、冷気に当たってくれ! 散開!」
 イレブンの号令で、ミレイユとルイがそれぞれパートナーと共に冷気への対処に当たる。
「リア、冷気の侵攻が早い箇所から優先していってください。ですが生徒は狙い撃っちゃ駄目ですよ?」
「分かっているさ。狙い撃つのはルイ、君だけにしておくよ」
 ルイの言葉に微笑んで、リアが電磁投射砲のチャージを開始する。
「アルフ、セラを貴方に預けます。セラ、アルフと仲良くしてあげてくださいね」
「ああ、もちろんだ。アルフ、一緒に戦おう」
 セラが言葉で、アルフが咆哮で答えるのに満足して、ルイがアルフから飛び降り、地響きを響かせて着地する。
「さあ冷気よ! ワタシのあつーい拳でお相手いたしましょう!」
 両手に炎の闘気をたぎらせたルイが、振り抜いた拳から炎を吹き上げさせ、冷気の侵攻を食い止める。
「この一撃で、劣勢を覆す! シュート!」
 リアが照準を定めやすいよう、前足を踏ん張って備えたプックルの上で、リアがチャージを完了した電磁投射砲を発射する。炎熱属性を付与された弾丸が、這い寄る冷気を森の奥へと押し戻していく。
「炎術、セット完了! ルイ、今援護するよ!」
 セラの両手に炎が浮かび、一つに合わさって炎弾と化したそれを、アルフが吐き出した炎の塊を追いかけるようにして放つ。炸裂した炎が冷気を阻む壁となり、侵攻が一時的に抑えられる。
 だが、冷気も黙ってはいなかった。再び侵攻を開始するべく、それを阻む障害を駆除せんと、奥から次々と氷柱を飛ばす。その内のいくつかが、大きく腕を広げたルイの身体に突き刺さり、鮮血が迸る。衝撃に身体を震わせるルイ、しかしその表情に苦痛の感情はなく、ただ笑みだけがあった。
「ぬうぅぅん!!」
 筋肉が躍動し、突き刺さっていた氷柱が弾ける。流れ出す鮮血は、地に落ちる前に乾いてしまった。
「今のワタシは炎! この肉も流れる血さえも炎! これしきの冷気ごときで、ワタシを凍り付かせることはできません!」
 自らが炎であるかの如く、ルイが冷気へ立ち向かっていく。
「ミレイユ、この辺りが冷気の勢いが凄まじい。ここへ攻撃を加えます」
 メッツェから飛び降りたシェイドが、心と身体を調和させ、流れる気を一点に集中して一撃を繰り出す。波のように迫り来る冷気はその防波堤のような一撃を受けて弾け、細かな粒を周囲に撒き散らして押し戻されていった。
「ここからは危ないから、後ろから雷で援護してね?」
 一声鳴いたメッツェを置いて、魔法の射程内に踏み込んだミレイユが、絵本のような表紙の禁忌の書を手にしてそっと口を開く。
「……封じられし想いを、一つに」
 高められた魔力を行使し、ミレイユが目の前の冷気へ炎の嵐を発現させる。同時にメッツェの口から電撃が放たれ、炎を後押しするように広がり、森を包み込もうとした冷気を逆に包み込み、無力化する。
「じゃじゃーん。至れり尽くせり〜」
 どこか見覚えのあるような仕草と声で、ポケットから発火剤を取り出したカッティが、ジップと共に修理で出た廃材などを利用してバリケードを作り、そこへ発火剤をかける。
「どこまで効果あるか分からないけど、やってみれば分かるはず! ……うん、こんなもんかな。よし、ジップ、炎をお願いっ!」
 カッティの命令を受けて、ジップが口から炎を吐く。その場で大きく燃え盛る炎は、迫る冷気をそれ以上先へ行かせないように阻む……かに見えたが、しかし奥から飛んでくる氷柱の攻撃に、幾度は耐えたもののやがて炎を消され、破壊されてしまう。
「あっちゃー、ダメだったかー。動かないと的にされちゃうんだなー。氷柱撃ち放題なんてズルイんじゃないかな?」
 何も言わない冷気に文句を垂れつつ、今の経験で得られた情報を他の生徒たちにも伝えるべく、カッティがジップを駆って向かっていく。
(冷気自身の侵食に加え、氷柱による遠距離からの反撃。炎による攻撃が有効、火力の大小よりも攻撃ポイントの選定の方が重要……か)
 イレブンが、これまでの戦いぶりから想像された情報を整理してまとめる。ルイやサラのような手数重視の攻撃も、ミレイユの大火力広範囲の攻撃も、的外れなポイントに撃ち込んでは結局のところ意味がない。加えて冷気というまるで未知の存在の侵攻に、生徒たちが最初から的確に対応出来るか知れない。何人かは、状況を睥睨し戦力の過不足を防ぐ役割を担う人物が必要であるように思われた。
(よし、私達はそれを行おう。幸い機動力も、情報収集能力も未だ保持している)
 イレブンの手元には、キメラという機動力に長けた存在、デューイという情報収集能力に長けた存在がいる。自らが向かわずとも彼らが足となり目となり、状況の推移に対応してくれるはずだ。
(もうすぐ他の生徒たちも到着するはずだ。その時に即座に動けるよう、私は手を尽くそう)
 イレブンがザップを駆り、戦場を駆ける。彼らの行動によって冷気の侵攻はひとまず防がれ、防衛のための礎が築かれたのであった。