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【ろくりんピック】小型飛空艇レース

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【ろくりんピック】小型飛空艇レース

リアクション


■ツアンダ
 青い空に黄色いポンポンが踊る。
「ふぁいと、ふぁいと! いーしゃん!」
 高原 瀬蓮(たかはら・せれん)と百合園女学院の生徒たちがチア衣装を身にまとい、会場に設けられた客席の前方で東シャンバラの生徒たちにエールを贈っていた。
 満杯の客席に囲まれた広い会場には、数機もの小型飛空艇が並んでおり、その間を何人ものスタッフや参加生徒たちが行き交っている。


「――のように、選手たちは飛空艇の整備等に余念がありません。まさに、気合充分、といったところでしょうか」
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)が構えるカメラを見据えながら言った。
 ふいに、グスタフがカメラを手にしたまま、若干、感極まったような様子で目元を抑える。
「っ……ヤバイ、”娘”の晴れ姿って結構クルものがあるんだなぁ――ッぅご!?」
 ゴギンッ、と。
 アリーセが、しごく冷静な様子で足元から拾い上げて投げ放ったスパナがグスタフの額へと直撃する。
「い……嫌なら嫌と、まず、口で言ってくれ……」
 呻き、グスタフは力尽きて地に倒れ伏した。その指先が地面に『家族愛』とか書きかけて、アリーセに何気なく踏まれる。
 アリーセは、パートナーの屍(?)からカメラを回収しながら、淡々とした調子でこぼした
「カメラマンもまともにこなせないなんて」
「今のは若干、不可抗力な気がしないでもないでありますな」
 グスタフに持ち運びされていたリリ マル(りり・まる)がボヤく。アリーセはカメラの調子をチェックしながら、
「そこの生ゴミは、お任せしますね。いつまでもそこにあっては皆さんの邪魔でしょうから、早めに灰にしておいてください。残りは、私一人で撮ります」
「思いやり皆無ですなー」
「では」
 そうして、アリーセは、パートナー二人を残してその場を後にしていった。


「みんながんばってねー」
 立川 るる(たちかわ・るる)は東側の選手たちへ声をかけながら、ふわふわと気ままに会場をうろついていた。
「お? あれって……」
 スタート前の準備でばたばたと忙しく行き交う人混みの向こうに、ふと、見知った顔を見つける。

 瀬蓮たちのチアガール姿に異様な盛り上がりを見せているパラ実生レーサー集団の端っこで。
「わかんないっす……なんで僕が呼ばれたんだろ? あんま飛空艇とか自信ないっすけど」
 御人 良雄(おひと・よしお)は、ううーん、と腕を組み組み考え込んでいた。
「自信ないのー?」
「いや、人並みに乗れるとは思うっすけど、なんでわざわざ僕を……って、へ?」
 ごくごく自然に問いかけてきていた声の方へと振り返る。
「る、るるさんっ!?」
「やほー」
「なななななんでここにっ!?」
「タシガン空狭の雲海、見てみたかったんだー」
「あ……う、雲海? そう、そうっすよね。雲海。あはははっ。いいっすよね、雲海。白いし。大きいし。雲で海っすもんね」
 一瞬だけ……『良雄くんを応援しに来たの』とか期待した自分にひっそりと涙しつつ、良雄は無意味やたらに笑ってみせ、
「あ、ということは選手ではないんすね?」
「うんー。応援。本当は、空狭観光用の大型飛空艇から応援出来ればいいなー、とか思ってたんだけど……やっぱり予約一杯だったからー」
 ざんねんー、と立川るるがのんびり笑う。
「そうだったっすか……」
 残念だったっすねー、と何だか自分の方が落ち込んでしまった良雄だったが、そこで、脳裏をパシーンと走るものが。
「るるさんっ!」
「なにー?」
「もし良かったら、オレの後ろに乗らないっすか!? 皆の近くで応援もできて、空狭も見れて、一石二鳥っすよ!」
(そして僕は雲海と大空を背景にるるさんに愛の告白をー!)
 青い妄想を全開にさせながら、良雄はパシパシと飛空艇の後部席を叩いた。
「いいのー?」
「もっちろんっすよ!」
 と――
「あ、居た居た」
 志位 大地(しい・だいち)が駆け寄ってくる。
「ちょっと来ていただけますか? 良雄さん」
「へ? オレっすか?」
「ええ」
「えっと」
 良雄がるるの方を見やる。るるは、「待ってるよー」と笑んで、あんぱんの袋を取り出した。
 大地が少し急かすように、良雄の背中を軽く叩く。
「さあ、もうスタートまで余り時間がありませんから」
「は、はぁ……?」
 良雄は首をかしげつつ、大地に言われるまま控え室の方へと向かっていった。

 良雄と大地の背を見送りつつ、るるは、はむっとパンを齧った。
「あんパンおいしい……もぐもぐ」
 周囲で響き合っていた高原瀬蓮コールが、男臭さ留まることなくクライマックスを迎え始めていく。


「良い色ですね」
 アリーセのカメラにはブルーメタリックの機体を映っていた。
 そこからズームアウトして、機体の横に立った天海 総司(あまみ・そうじ)の姿が映る。
「綺麗だろ? ブルーフィッシュっていうんだ」
 総司の顔は少しニヤけていた。己の飛空艇の事を語れて嬉しいのだろう。あるいは、飛空艇とのツーショットであるのが嬉しいか。ともかく、彼はとてもこの飛空艇に愛着を持っているようだった。
「意気込みは?」
 アリーセの声が問いかける。
 総司の手が、たんっと軽くブルーフィッシュのなめらかな曲線を描くフレームに置かれて。
「こいつと…‥それから、ローラと一緒にとにかく楽しく完走できればいいなって思ってるぜ」
 彼の顔は、これから始まるレースを本当に楽しみにしている……少年のような笑顔を浮かべていた。
 カメラが隣のローラ・アディソン(ろーら・あでぃそん)とシルバーカラーの飛空艇を映し出す。
「私も一緒です。総司さんと、このシルバーバッファローちゃんと一緒に思う存分飛べたら――」
 そう言ったローラは、静かな微笑を浮かべていた。


 カメラに映し出されたのは、妙な機体だった。右半分と左半分で全く違う模様をしている。
「なぜこんな配色に?」
 アリーセの問いかけに、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が得意げに「ふっふっふ」ともらし、
「このレースの鍵は目立たない事だからね! だから、右半分は森林迷彩、左半分は街の石畳に紛れる色合いにしたんだ!」
 おおー、と淡々とした調子の感嘆をもらしたアリーセの声に、カレンは少しばかり胸を張った。
「ちなみに、タシガン空狭の雲海での対策もバッチリで――」
「カレン。既に目立ってどうする」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)がカレンの口に、ぎゅっとツアンダ饅頭を押し込みながら言う。
「もごもごもご……もぎゅっ!? むー、むー、うー!!」
 カレンが饅頭を喉に詰まらせて、ジュレールがペットボトルの茶を彼女へ渡す。それをごっくごっくん飲んでいるカレンと嘆息しているジュレールを映しながら、アリーセは続けた。
「意気込みは?」
「――っくはぁ!!」
 ようやく喉の饅頭を飲み下せたらしいカレンは、すぐにカメラに向かって、ぐっと親指を立てた。
「もっちろん、東シャンバラのために絶対一位を目指すよ!」


 アリーセのカメラに映っていたのは、瀬島 壮太(せじま・そうた)の横顔ドアップ。
 その顔が、ふと、カメラに気づいて、
「もしかして、これ、撮ってるのか?」
「え、マジか!?」
 七枷 陣(ななかせ・じん)の少し慌てた声。
 佐々良 縁(ささら・よすが)の声が、のんびりとしたテンポで。
「おー? 陣くん、途端に顔つくったねぇ〜。はーやわざー」
「言いがかり! 普通、普通!」
「そちらの機体は?」
 アリーセが問いかけながら、カメラを三人のそばにあった機体を映し出す。メタリックネイビーの機体。
「オレのだ」
 壮太が言って、うーん、と誰かを探すようにして、
「パートナーと二人で乗るんだけど……ミミの奴、どこ行ったんだ?」
 独り言めく。
 アリーセは、ズームアウトして三人をフレームに収める。壮太と陣は西のユニフォーム、縁は東のユニフォームを着ている。
「西と東の別々のチームなんですね」
「そうなんだよぉ。私はこうして、せじまん達のとこに堂々と敵情視察にねぇ〜」
 ふくふくと縁が笑う。
「今回のレースの意気込みを聞かせて頂けますか?」
「まあ、とりあえず『完走』かねぇ〜」
 言って、縁は「あー、でも」と一つ置いてから、
「この悪ガキどもっくらいには勝ちたいかもねぇ」
 にっこりと笑った。