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【ろくりんピック】小型飛空艇レース

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【ろくりんピック】小型飛空艇レース

リアクション


■ツアンダ3
「――……西の風強し、か」
 影野 陽太(かげの・ようた)はハンドル付近に固定した銃型HCを弄りながらつぶやいた。接続している先は気象情報。次々と仔細な情報が流れるその隣にはツアンダの街の地図が展開されていた。その中に走る赤い線は今日のコースに合わせて、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と考えた最適と思えるライン取り。
「漆原さん――」
 耳元にはめたイヤフォンマイクに指先をあてながら言う。『……なに?』と、向こうで反応。月夜を乗せた樹月 刀真(きづき・とうま)の飛空艇は自分の後方を追従している。街中は自分がそちらを先導する手はずになっていた。きついものではないにしろ、この辺りはカーブが多い。ヘビー仕様である刀真たちの機体では、ノーマル仕様の陽太の動きを普通に追うことはできない。後方で時折り聞こえているのは、アウトに逸れ過ぎた機体を刀真が壁蹴りで壁から引き剥がしている音。
 続ける。
「おおむね予定通りに行きますが……古書店通りを抜ける時は、下方にラインを取ります。店頭日除けより下を通る気持ちで」
『了解。……でも、なぜ?』
「配送屋の飛空艇が予定より遅れていて……配送待ちのカゴが建物上部に、まだ集積されて吊り下げられている可能性があります。だから真ん中のラインは少し狭くなっているはずです」
『上を抜けるのは?』
「今日の午前中は西風が強く吹いていると。あの場所は西からの風が突風になることがあるので、下を抜けて、次の十二番通りで中域に持ち直します」
『わかった、了解』
『了解しました』
 増えたのは刀真の声。
「足の方は?」
『結構、痺れて来てます――なんて、冗談です。手加減してくれているでしょう?』
「え?」
『大丈夫ですよ、こちらに気は使わなくても。もっと攻めてもらっても構いませんから』
「あ、は、はい、了解しました」
 向こうで少し笑った気配がして、
『よろしくお願いしますね、相棒』
 言われて、陽太は少し笑みを浮かべた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。相棒」
 返し、二つの機体の舵取りへと集中を戻す。


『中盤から後ろを作っているのは、久世、藍玉、アルメリア、天城、カレン』
『この辺り、巧い具合にバラけましたね。
 久世、藍玉は、スタートは良かったんですが、早めに集団を避けて後方に下がりました。これは良い判断だったかもしれません。この二機があのまま突っ込んでいれば、中盤が少し混乱していた可能性があります。
 えー、また、逆にアルメリアはスタートを抑えていましたが、若干上げてきましたね』
『アルメリアは、先程まで藍玉の後ろに寄せようとしていたようですが……』
『おそらく、葛葉と同じ効果を狙ったのでしょう。
 アルメリアはヘビー仕様の機体を使っていますね。打ち合わせ無しで動きを揃えて行くのはかなり難しいですし、スリップストリームから抜ける時の操作性への影響もヘビー仕様だと問題が大きいですからね。そのため、早めに見切りを付けたのだと思います』


 建物から建物へと、無節操な電線のように張り巡らされた洗濯綱には様々な洗濯物が干されていた。
 誰かのでっかい男物パンツを、ぱっしーーんっと顔面に受け止め、それを意図無く強奪していく。
 ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)は顔面にびったりと張り付いたパンツを、むんずと掴んで虚空に放った。
「ハッハァー!! マヂでトんじまいそうっすよォ!!」
 パンツのせいで火元が落ちた煙草をプッと吐き捨てて、通りの上空に張り出した数々の看板の間を大胆なハンドルさばきで、すり抜けていく。その内の一つに、スッカーーンと額を持って行かれても、
「ヒィーーーァッハッハッハハァ!!」
『んふ、ご機嫌だのう?』
 繋ぎっぱなしの携帯電話に通じたファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)の声が、イヤフォンマイクを通して聞こえる。
「ごきげェン?」
 ヒッヒ、と笑みを垂れて、ヒルデガルドは額を看板に打たれたまま反っていた上半身を、バネ人形よろしく跳ね上げた。ビゥ、と頭上すれすれを洗濯紐が掠める。
「ご機嫌だってンですよ。エ? この、スピード!! ハッ、びりびりしてェ、耳ぃヒットする風だけでイッちゃうかも……!」
 進行方向を見据える目玉をトロンとさせて、唇を震わせる。と、気づいてキョロキョロと顔を動かして、
「んが? あーれー? ボス、どこ行っちまったんすかぁ?」
『とうに後方に置いてけぼりを食らっておるわ。まったく、無茶な飛ばし方をしおって』
 声の調子は楽しげで、ニヤリとした笑みを浮かべた顔が容易に想像できた。
『んふ、良いか? おぬしのそのすっ飛ばし具合から考えて、もう完走は無理と見て間違いなかろう』
「無理ィ? んなことないっすよ。ね? あたしは何処までイッちゃえますっての。ねぇッ? なにせ、この、最高ォの風! ぶっ飛ぶ風景ッ! なんもかんも追い越して放り捨ててくこの感じッ! たッまんねぇ、ヒィーーァッハッハァ!!」
『だあほぅめ。まあ、ともあれ――少しでもその最高の風とやらを維持したければ、わしの先導に従っておくがいい』
「ってーと?」
『事前に下見してある。とっておきのコースを教えてやろう――ただ、下見に使ったのは空飛ぶ箒であるから……少々狭いやもしれぬがのう?』
 んふ、という挑発的な笑みが聞こえる。
「なァんすかソレ。楽しそ」
 ヒルデガルドは伊達眼鏡の位置を片手で直しながら、唇を傾けた。


 翼が大きく空気を叩き、ピンッと張って風を切る。
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)を背中に乗せたレッサーワイバーンは、レースの邪魔にならない程度の上空を飛んで、街中を疾走する選手たちを追っていた。
 眼下に連なる屋根の上をワイバーンの影が、滑らかに走っていく。アリーセは、通りを抜けていく選手たちへとカメラを向けていた。この映像は、直接会場のスクリーンとお茶の間に届けられている。
「こちら追い撮り実況のアリーセです。現在、先頭はヒルデガルド。その後にリーズ、ハンス、棗と続いています」
 先頭を走るヒルデガルドを追って、ワイバーンは滑空した。アリーセのカメラは彼女らの少し前へと位置取り、共に街中を抜けながらスピード感溢れる映像を会場のスクリーンに映し出していく。
 通りの脇に並ぶ屋根の上から手を振る子供の方へ、軽く手を振り返して、アリーセはワイバーンを再び上昇させた。
 下方――
 ワイバーンの影をくぐり抜けて行ったヒルデガルドが、その先にあった民家の中へと突っ込んでいく。

『ヒ、ヒルデガルド、ものすごい場所を抜けていきました!』
『……これは、すごい。夏だから出来た芸当というか、なんというか……両端の大窓が開け放たれていることに、良く気づきましたねぇ。下見でもしてたのかな……』
『ええと、さて、現在、後方を形成しているのは、天海、志位、黒崎、ブルーズ、エイミー、クレア、アイン、本郷、ローラとなっています』
『天海は直線を利用して、それなりに良い位置を確保していますね。そして、黒崎とブルーズ。スタートで出遅れていたものの、何気に上がってきていましたね。彼らより後方は、かなり慎重に進めているといった様子でしょうか。全体的に、後半戦を見越し、じっくりとしたレース展開になっているという印象ですね』
『そんな中で1名、そんなレース展開など知らぬ存ぜぬですっ飛ばしているのがヒルデガルド! さあ、このままチェックポイントを1位通過するのかー!』


 向こうの方の道で、ヒルデガルドが民家の中を突っ切り、引っ掛けた家財道具もろとも窓から飛び出していくのが見えた。
「む、無茶なことするなぁ、もう……」
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は、コースの側道に小型飛空艇ヘリファルテを走らせながら、とほり、とつぶやいた。
(でも、一応、伝えておこうかな……)
「アイン、聞こえる?」
 イヤフォンマイクを通して、常時繋ぎっぱなしの携帯の向こうに居るアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)を呼ぶ。朱里は先回りしながら、コース外よりアインをサポートしようとしていた。
『ああ、聞こえている。どうした? 朱里』
「先頭を独走している人が少し変わったラインを取ってて、それが有利な攻略法だったみたいだから、一応、報せておこうかと思ったんだけど……」
『そうか。助かる』
「あのね……それが……」
『ああ』
「民家の中を突っ切る、っていう方法なんだけど」
『正気か?』
「ばっちり生で目撃しちゃった」
『…………』
 マイクの向こうでアインが渋面を浮かべているのが、ありありと分かった。次に言うだろう言葉も。
『僕向きではないな』
「だよね」
 朱里は、たは、と力の抜けた笑みをこぼした。アイン・ブラウは騎士道を重んずる。とても真面目。例え、最下位になろうともリタイアになろうとも街や住民に少しでも被害が及ぶような行為はしないだろう。
『報告は感謝する。ありがとう、朱里。この調子で頼む』
「了解。頑張ってね、アイン」
『ああ、了解した。大丈夫、俺には朱里のサポートがある。百人力というヤツだ』
 そんな言葉を大真面目に言う。
 ぽりぽりと頬を掻いていた朱里は、はた、と自分の役目に戻らねばならないことを思い出して、
「わわわ」
 ばたばたと、また飛空艇を走らせた。

◇ 
(もうすぐチェックポイント、か)
 葛葉 翔(くずのは・しょう)はブースト加速を使って、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)を抜き去った。
 前方にあるのは、結構な数の選手と、トップとの距離。
(……あわよくば、と思ったが――)
 スリップストリームが成功した分の蓄えが少しはあるとしても、今からトップ通過を狙うのは無謀なことのように思えた。実際、無謀だっただろう。
 とりあえず、刀真と陽太を抜き去り、葛葉はハンスの後ろについたところでブーストを止めた。再び、前を行く飛空艇の動きにピッタリ合わせるように舵を取っていく。
 自分を取り巻いていた音が変わる。共に変化した風の感触と操作性。
(溜められるだけ溜めていこう)
 細く息を抜きながら神経を尖らせていく。
 

 いつの間にか膝と腹の間には、逆さまになった仔豚のぬいぐるみが挟まっていた。民家を突っ切った時にでも転がり込んできたものだろう。その他にも飛空艇のそこここに様々なご家庭用品が引っかかっていて、後ろの方ではヤカンがガッコンガッコンと風に揺らされて喧しく鳴っている。――が、そんなことはヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)にとって、どうでも良いことだった。
「もっと、もっと、もっとォ!!」
 直線で重ねたのはバーストダッシュ。そのわずかな推進力が瞬間的な限界スピードを少しだけ押し上げる。
 上半身を飛空艇のシェードの方へと深くねじ込んで、尻を上げた格好で暴力的に打ち付ける風の中を、ただひたすらに突き進んでいく。
 ガタガタと飛空艇が妙な振動を始めてきて――その内に、チェックポイントのリングを抜けた。
 ほぼ同時ぐらいのタイミングで、ボンッと機体が大きく揺れ、やばそうな煙が装甲の隙間という隙間から噴出した。
「お?」
 次の瞬間、機体は内部で連鎖的な小爆発を起こしながら、
「お? お?」
 かっくんかっくんと空中を無軌道に踊って、
「おー?」
 墜落した。


『第一チェックポイントを、ぶっちぎりもぶっちぎりで制したのはヒルデガルドーー!! が、やはり機体は限界に来ていた! すぐにリタイア! 続いてリーズ、御人、棗、ハンス、葛葉がチェックポイントを抜け、森林を目指していきます!』

■現在の順位 

1位: 【東】ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)(ライト)
2位: 【西】七枷 陣(ななかせ・じん)リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)(ライト)
3位: 【東】御人 良雄(おひと・よしお)(ヘビー)
4位: 【西】棗 絃弥(なつめ・げんや)源 義経(みなもと・よしつね)(ノーマル)
5位: 【西】ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)(ノーマル)
6位: 【西】葛葉 翔(くずのは・しょう)(ライト)
7位: 【西】影野 陽太(かげの・ようた)(ノーマル)
8位: 【西】樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)(ヘビー)
9位: 【東】ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)(ノーマル)
10位: 【西】天城 一輝(あまぎ・いっき)ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)(ノーマル)
11位: 【東】咲夜 由宇(さくや・ゆう)アレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす)(ライト)
12位: 【西】瀬島 壮太(せじま・そうた)ミミ・マリー(みみ・まりー)(ノーマル)
13位: 【東】佐々良 縁(ささら・よすが)天達 優雨(あまたつ・ゆう)(ノーマル仕様)
14位: 【西】久世 沙幸(くぜ・さゆき)(ノーマル)
15位: 【西】藍玉 美海(あいだま・みうみ)(ノーマル)
16位: 【西】天海 総司(あまみ・そうじ)(ノーマル)
17位: 【西】アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)(ヘビー)
18位: 【東】カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)(ノーマル)
19位: 【東】志位 大地(しい・だいち)(ヘビー)
20位: 【東】黒崎 天音(くろさき・あまね)(ノーマル)
21位: 【東】ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)(ヘビー)
22位: 【西】クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)(ノーマル)
23位: 【西】アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)(ノーマル)
24位: 【西】本郷 翔(ほんごう・かける)(ヘビー)
25位: 【西】エイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)パティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)(ヘビー)
26位: 【西】ローラ・アディソン(ろーら・あでぃそん)(ヘビー)