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【ろくりんピック】小型飛空艇レース

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【ろくりんピック】小型飛空艇レース

リアクション


■ツアンダ2
 じきにスタートの合図が下される。
 各飛空艇は機晶エンジンを起動させ、キラキラと空中に浮かぶマーカーに合わせて、一反の布を広げたようにそれぞれのスタート位置についていた。
「重要なのはタイミングです」
「分かってる。上手くやるさ」
 棗 絃弥(なつめ・げんや)源 義経(みなもと・よしつね)に応えながら、自分の手に手を絡ませて軽く柔軟を行っていた。
 んっと、手を絡ませたまま一度前方へ伸ばしてから手を離し、
「よーし、やるかぁ」
 絃弥は片手の掌を義経の方へ向けた。
「全力で勝ちに行くぜ? 義経」
「ええ」
 パァン、と打ち合わされた掌。
 その心地良い痺れごと握り込む気持ちで、絃弥は飛空艇のハンドルを握った。

「いよいよですねぇ〜」
 天達 優雨(あまたつ・ゆう)佐々良 縁(ささら・よすが)の後ろで、周囲に展開した飛空艇たちを見やりながら零した。
「そうだねぇ。飛空艇の点検はばっちりしたしー、命綱も結んだしー。後は飛ぶだけだ」
 縁がンーッと両手を絡めた腕を伸ばしながら言う。
 ふと、優雨は気づいて、
(「走行中のやりとりは、こちらの方でやりましょぉ〜」)
「え?」
 縁が絡めていた手をパッと離しながら振り返ってくる。
(「精神感応ですぅ〜。舌を噛むといけませんしぃ〜」)
「うー……ん。なんだかちょっとだけ変な感じしてやだなぁ……」
「なんですかぁその反応はぁ〜」
 優雨は、ひーんと涙目になりつつ縁の背中に、意識なく胸を押し付けながらがぶり寄った。
「あ、ごめんごめん〜。わかったよぉー、優雨さん」
 なんかしら、にゃふんっと悦っぽい笑みを浮かべながら縁が言ってくる。
 表情の意味は分からなかったが、とにかく納得してもらえたので良かったなぁ、と優雨は思った。

「ブルーズ」
「うん? ……っと」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)が何かを放ってよこしたのを受け取ってみれば、それはバナナだった。黄色の中に、ふつりふつりと甘みを示す黒ぶちがある。
 辺りには機晶エンジンの音が溢れかえっていた。スタート前である。全ての小型飛空艇が空に展開して信号が替わる瞬間を慎重に待っている。
「なんだ、このバナナは」
「ん?」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の問いかけに、隣の飛空艇の天音が笑みを傾ける。
「単なるおやつだよ」
 言って、彼はスィと笑み目を細めた。
「いやらしく食べて見せようか?」
「何故ここで渡されたのが間食で、何故それがバナナなのか、そもそも何故スタート直前で我に渡したのかはひたすらに疑問であり議論の余地が溢れんばかりにありそうだが――取り敢えず、こんな場所で馬鹿な冗談は止せ」
「はいはい、分かったよ」
 天音が楽しそうに返して、くすりとこぼしながら独り言めいたものを続ける。
「さっきの発言は自分でも軽く反省してる」
 聞いて、ブルーズは薄めの頭痛を指先で抑えながら小さく息をついた。天音を咎めるような視線で見据え、
「浮かれている場合ではないぞ。チームに貢献するためにも、我らはこのレースで入賞を……」
「そのことで相談なんだけどね。ブルーズ」
「なんだ?」
「もうスタートみたいだよ」
「は?」
 刹那、無数の音が爆ぜて重なる。その場を一瞬だけ支配した轟音が去り……気づけば、その場に取り残されていたのは二人だけとなっていた。


『さあッ、各機一斉にスタートしま――……あれ? ええと、黒崎天音とブルーズ・アッシュ……彼らは何をしてるんでしょうか? っと、ようやくスタートしました。何かのトラブルでしょうかね?』
『技術的なトラブルでは無かったようですが……あっと、バナナ。バナナを食べていますねぇ』
『ワ、ワケがわかりません……ええと、このツアンダコースの波乱を予感させてくれます!』
『ものは言いようですね』
『さて、まず先頭を切ったのは、リーズ、棗、ヒルデガルド、御人――そして、御人良雄の取り巻きと思われるパラ実生数人!』
『リーズはバーストダッシュとブーストの組み合わせで頭一つ分出てますねぇ』
『と、棗はブースト加速を抑えましたね』
『集団を避けるために、まず先頭へ抜けておいたということでしょう。良い読みです。スタートを抑えて集団を逃れようとした選手が多かったのか、先頭の方は…‥特に棗の位置はガラガラですからね。まさに、狙い通り、といったところでしょうか』
『なるほど。さて、先頭を行くのはリーズ、このまま逃げきって区間点を得るのでしょうかー!?』


「にははは!」
「あかん……案の定、性格が変わっとる」
 飛空艇を爆走させるリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)の後ろで、七枷 陣(ななかせ・じん)は嘆息した。
「おい、まだ先は長いんやからリーズあんま調子乗ってっと……」
「だいじょーーぶだよ、陣くん! このままぜーんぶの区間点をもらって、一位でゴーールするんだからあ!」
「……おー……分かりやすいほどに、脳天トップギアに入っとるな、こいつは」
「ボクらが道を抜けるんじゃないんだよ、道がボクらを避けるのだー!」
 にはははははは、とリーズの絶好調は留まることを知らないようだった。
 と――その声へ覆い被さるように、後方からけたたましいエンジン音と、リーズのそれに負けないようなブッ跳んだ笑い声が聞こえてくる。
「ヒィーーーーァアアッハァ!!」
 ざびうんっ、と弾丸のような突風。横を抜けていったのは、ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)。それは、あっという間に陣たちを通りすぎて、煩雑な住宅通りへと突っ込んで行った。
 陣は軽く口笛を鳴らし、
「頭っから飛ばしよんなぁ。機体がもたねぇだろ、ありゃ……。ここの区間点だけ、かっさらってくってつもりか?」
「…………」
 ふと、リーズの肩がぷるぷると震えていることに気づく。
「……おい?」
 陣が怪訝に思いながら、その肩に手を置くと、リーズが「うがー」と吠えるような勢いで顔を上げ、
「追い抜き返すよ! 陣くん!! 誰も、ボクの前は――走らせな〜い!!」
「お、ち、つ、け」
「うひぇああ〜〜!?」
 陣は、引っ張っていたリーズのもみ上げから手を離し、彼女の頭にぐっと掌を置いた。
「オレらの目的は、完走と上位入賞のはずだろ。違うか?」
「ち、ちがわなぁ〜い」
「あんな調子のヤツに引っ張られてったら、良くて街を出たとこでリタイアだ。分かるな?」
「ふぁーいー」
 なんとか少し冷静さを取り戻したらしいリーズの頭から手を退かして、陣は再び嘆息した。小さく小さく呻く。
「……スタートしたばっかでこれか」
 先は長い。


『ヒルデガルドが抜き返し、そのまま突っ走っていきます。
 リーズ、御人(と、その取り巻き)、棗に続いているのは影野、樹月、ファタの順。
 そして、葛葉。――葛葉は、ファタの後ろにピッタリくっつくように追っています』
『葛葉はファタを風除けに使っていますねぇ。いわゆるスリップストリームを狙っているのでしょう。ただ、今の直線では問題ありませんが、これからカーブが多くなってくると、巧く追いきれるのか、そこがポイントになっていくでしょうね。
 この速度にあって、設計上想定されている抵抗を受けていない状態ですから……大雑把に言うと、飛空艇の操作性が落ちているんです。また、どう動くか読めない相手の後ろをどこまでキープ出来るか。――いえ、まあしかし、そういったことを想定してのライト仕様、という選択なのかもしれません』
『なるほど。そういう狙いがあったんですね……。
 さて、その後ろにほぼ横並びとなっているのは、佐々良、瀬島、アレンの三機――』


 街並みが自分たちを避けていくようだった。
 敷き詰められた石畳が激流の川のように足元を流れていた。両端に並べられた幾つもの街灯も、また迫っては風音となって過ぎ去っていく。
 ふいに、機体が傾いて急激なカーブを描く。
「ひゃぁっ!?」
 少しだけ風景に見惚れていた咲夜 由宇(さくや・ゆう)は、慌ててアレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす)の体にしがみついた。彼の体は機体の傾きに合わせて……いや、機体を傾かせるために、地面に重心を投げられている。
 カーブを経て、向かった先は舗装もされていない細い路地裏だった。両側に押し迫る壁で、速度を強く感じる。押し込められた音が耳元に大きくなる。
「これ、楽しいですねぇ」
 由宇はアレンの腰をきゅうっと強く抱きながら、どこかフワッとした気持ちで言った。
「悪くはないかもねぇ」
 アレンの声が風に紛れていく。その風が、バタバタと由宇のツインテールの髪先を後方へ散らしていく。
 と――壁と道が途切れた。
 パァン、と視界が開ける。
 めいっぱいの青空と、遠景に霞んだ山脈。
 眼下にあったのは、急な坂にそって下方へ広がっていく街並み。
 いきなり空へ放り込まれたような気持ちになって、由宇は軽く感嘆を漏らした。
「わあ……」
「沈むよ」
 アレンの一言が耳を掠め――機体が深く前方に沈み込む。
 再び、ザゥッと両側に現れる建物の壁々。

 確か、この先の路地は、ずずぃと道が狭まっているはずだった。
(「こりゃ、まずいかねぇ」)
 佐々良 縁(ささら・よすが)は、顔の片側を軽く崩した。
 後部席の天達 優雨(あまたつ・ゆう)が前方と後方を確認している気配。二人とも、念のための命綱ということでロープを用いて自分たちと飛空艇を結んでいる。
(「そうですねぇ、このままだと瀬島さんとアレンさんの機体と突入することになりますぅー」)
 優雨とは精神感応でやりとりをしている。身をよじった彼女の胸のアクションを背中で感じて、にゃはんっと至福の表情を浮かべながら、縁は続けた。
(「せじまんと、ここでやり合うのはちぃっと楽しそうだけどねぇ〜。でもまぁ、お楽しみは後にとっとく、とゆー手もある」)
(「というとぉ?」)
(「ここ、迂回できる道があったよねぇ?」)
(「えっとぉ、確かぁ……」)
 優雨が地図を取り出し、
(「あ、いけますぅ。ロスも〜少ないですねぇ。次の薬屋さんをぉ〜ひだ〜……りぃいいいいいいい!?」)
「ぃいいいいいいい!?」
 言われた通りの道を急カーブしたのだ。なんだか驚き過ぎて声のほうにもはみ出してしまったらしい。
(「も、もぉ〜! ひとこと、ゆってくださいぃ〜!」)
(「あはははぁ、ごめんねぇ。でも、優雨さんが、こんなに強烈に抱きついてくれるならもう一回くら……」)
(「縁さ〜ん〜」)
(「げふんげふん」)
(「その誤魔化し……テレパス使ってまで伝える必要ありますかぁ〜?」)
 佐々良は声に出して笑いながら、様々な洗濯物が空を彩る庶民的な街並みを抜けていった。

「縁さんたちの機体は迂回路をとったみたい」
 ミミ・マリー(みみ・まりー)が、飛空艇を繰っている瀬島 壮太(せじま・そうた)へ言う。
 壮太はゴーグル越しに進行方向を見据えたまま、軽く笑んで、
「序盤は慎重に攻めようってのは、誰も一緒か。――正直助かったかもな」
「僕たちはどうする? このままだと、この先の小路で競り合うことになりそうだけど」
「今、オレたちは大体真ん中ぐらいだろ? 順位。丁度良いぐらいだからな、あっちに前を行かせてもいい」
 そして、二機の飛空艇は二対のカーブを描きながら、次の路地へと機体をねじ込んでいった。ライト仕様のアレンが先行するものの、わずかに接触しかける。そこで、壮太が若干スピードを落とし道を譲る形となった。