校長室
地球に帰らせていただきますっ!
リアクション公開中!
そしてまた、震える足で踏み出そう 目立たないように、見つからないように。 全身にぴりぴりと緊張を走らせて歩いて来たから、家に入るとほっと息が漏れた。 パラミタの百合園女学院に入る時に本格的に外見を女の子にしたから、かつて自分を苛めた学校の子供たちには、自分が誰だか分からないだろう。痴漢だって契約者の力を得た真口 悠希(まぐち・ゆき)にとっては、どうという相手ではない。今思えば、そうなる様にと姉は悠希にパラミタの百合園女学院に入ることを勧めてくれたのだろう。 そう分かってはいても、怖い思いをした記憶が身をすくませる。身を隠せる家の中に入るとやっと安心できた。 「ただいま……」 声は掛けたけれど、返事をする人はいない。 両親は悠希が幼い頃に自動車事故でこの世を去っており、親代わりだった姉も悠希が百合園女学院に入る直前、航空機事故に遭い、行方不明となってしまったのだから。 無人の家には埃が積もっている。 「さすがにお掃除しないとね」 実家に帰って最初の仕事は掃除だと、悠希は掃除道具を取りに行った。 きれいに掃除をしてしまうと、悠希はリビングのソファに腰を下ろした。 「我が家ってこんなに落ち着くものだったんだ……」 慣れ親しんだ空気に満ちた空間。 誰の目も恐れなくても済む安心できる場所。 「もう、このまま……」 百合園女学院に帰らないでおこうか。そんな気持ちがよぎったけれど。 「いけない、お墓参りに行かなくちゃ」 もう外に薄暮が迫っているのに気づいて、悠希は慌てて立ち上がった。 両親の眠る墓。姉は生死不明なのだけれど、数年が経っても見つかっていないこともあり、悠希は姉も死んでしまったのだと思っている。だから花を供えて手を合わせ、家族みんなに語りかけた。 「ほとんど覚えていないけど、お父さんとお母さん。そしておねえちゃん……ただいま。ボク、百合園で元気にやってる……って言いたいけれど……」 合わせていた手が力を失って、ぱたりと落ちる。 「ごめんね、もうダメかもしれない……」 このまま百合園に帰らない方がいいのかも。 向き合うのも辛い大切な人からの言葉を何度も心に反芻しながら、悠希は墓石に身を寄せた。 「……ここに住むって言ったら皆、歓迎してくれる……?」 夕日を照り返す墓石は、何も答えてはくれない。 悶々と悩むうち、悠希はいつしか眠りこんでいた。 気がついたら姉が側にいた。 「……あ、お姉ちゃん……? ただいま……それともおかえり……になるのかな。あのね……ボク、これからお姉ちゃんと一緒にいて、いい?」 姉はにっこり微笑んで……。 バキッ! 悠希を殴り倒した。 「痛っ! うう……お姉ちゃん、相変わらず無茶苦茶なんだから……」 「ふふっ。これが私だって思い出した?」 姉は笑って悠希に尋ねる。 「ねえ、悠希は私と静香さん、どっちが好き?」 「そ、それは……ごめんね。静香さまが……今は好き」 「ふふ、正直ね。なら悠希の帰る場所は1つ。分かるよね?」 「だけど……ダメなんだ。気がついたら静香さまのことばかり考えて、依存しちゃっていたみたいでボク……静香さま本人にも一度距離を取るように言われちゃった……」 こんな自分がいても、桜井静香や他の皆の迷惑になってしまうだけだという悠希に、姉は表情を引き締めた。 「……だからって、今度は私に依存するわけ?」 「……! そ、それは……」 「それじゃ一生悠希は変われない。……分かるわね?」 姉の言うことは分かる。けれど、でも、と悠希は力なく抵抗する。 「もうボク、どうしたらいいか分からないんだよ……」 「ううん。悠希にはちゃんと分かるはずよ。考えることから逃げなければね。依存するなって言っても、大切に想う気持ちまで捨てろってことじゃないでしょ? だったら……っと、時間切れかな」 姉は瞬間目を伏せると口早に言う。 「悠希、帰る場所は分かったわよね? 早くしないと、本当にこっちに来ちゃうわよ」 言葉と共にどん、と悠希は突き飛ばされた。 「……あれ? 夢……?」 悠希は目を開けた。もうすっかり周囲は真っ暗だ。 「寒っ……」 悠希は自分の身を抱いて、ぶるっと震えた。どのくらい眠っていたのだろう。身体はすっかり冷え切っている。気づかず眠っていたら危険だったかも知れない。 「お姉ちゃんありがとう」 悠希は墓石に触れると、身を起こした。 帰らないと。 そう思った脳裏に浮かぶ場所は1つ。 「……ボク帰るね……百合園へ」 帰ろう。 自分のいるべき場所に。自分の大切な人のいる場所に。