校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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今は亡き人への ドイツ ブランデンブルク国際空港。 実家に帰るために飛行機を降りたアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)は、そこで一旦エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)と別れた。 「ではまた実家で」 「ええ……」 俯きがちに歩いていくエヴァを見送ると、アルツールは実家のあるボンへと向かった。 けれどすぐに実家に行くのではない。 アルツールが真っ先に訪れたのは、ボン郊外の墓地だった。 緑の芝の中、咲き乱れる花々に囲まれた墓は……アルツールの妹のものだ。 本当なら、妹が一族代表としてソロモン著『レメゲトン』と契約し、パラミタに行くはずだった。けれどその妹は急死してしまい、代役としてアルツールがエヴァと契約を交わし、パラミタへ行くことになったのだ。 妹の墓を前に、アルツールは頭を垂れる。 「長らく来られなくてすまない。仕事が色々と忙しくてな……こちらは、何とかうまくやっている。最初はお前の代わりなぞ務まるのかと思っていたが、どうにかなるものだな」 話し出すと、言葉は後から後から溢れてくる。 「ギムナジウムで教員になれなかったのは残念だが、イルミンスールで魔術を教えるのもそれなりに性にあっていたよ」 今はアルツールはイルミンスールで儀式魔術を教えている。最初は戸惑うことも多かったけれど、今は生徒たちに魔術を教えるこの仕事を面白いと感じることが出来るようになった。 「レメゲトンは相変わらずだ。あまりのしつこさに根負けして契約したが、あれはやはりお前の方がうまく扱えたろうな、フフ……」 妹が予定通りにレメゲトンと契約していたら、アルツールの生活は今とは随分違っただろうが……もう、そうでなかったことを想像するのは難しくなってきている。 「そうそう、俺に娘ができた。結婚なぞする気のなかったこの俺に、しかも3人もだ。1人は、産まれてそう歳も重ねていないのに、なんと俺より大きくてなぁ……皆、とても良い子たちだ」 目を細めて報告するのは、聖少女たちのこと。 「今度写真を持ってきて見せてやろう……」 持って来られる状態ならば、とアルツールは口には出さずに呟いた。 「……また、こちに来られる機会があれば必ず寄る。できれば、生きたままで会いに来たいものだな」 シャンバラもきな臭くなってきた。いつ何が起きるか分からないし、起きればこうして帰って来られるものなのかどうか分からない。 そんなことを考える自分をアルツールは笑った。 「フッ、どうも弱気になっていかんな。では、また、な……」 妹にしばしの別れを告げると、アルツールは父母への報告の為、実家に向かうのだった。 一方、アルツールと別れたエヴァは、ベルリン市内のウィルヘルム通りにやって来ていた。 70年以上訪れていなかったその一角で、死んだ恋人との日々を思い出す。 大真面目で夢を語るあなたが好きだった。 あなたの傍で話を聞いているだけで楽しかった。 あなたの想いは、この国を立ち直らせたい、人々に昔のような誇りを取り戻させたい……最初はそれだけのことだったのに……。 それがどこで間違ってしまったのかと、エヴァは寂しく微笑んだ。 脳裏に浮かぶのは、理想に燃える魔術師の青年。彼にエヴァは『最初で最後』の恋をした。 けれど……。 夢破れた青年と一緒に死ぬ約束をしたのに、エヴァは死ねなかった。 (あの戦いの後、この国はここまで復興したわ。今のこの国を見て、あなたはどう思うのかしら……) 問いかけてももう答えてくれる人はいない。 人にあまり顔を見られないようにしつつ、エヴァはただただ……静かに涙を流し続けるのだった……。