校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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瑠璃菊の夏 太陽は中天近く。 東京の多摩にあるカソリックの霊園にも陽の光は惜しげもなく降り注ぎ、現実味がなくなるほどに明るい風景を作りだしている。 その中の1つの墓の前で佐々良 縁(ささら・よすが)は足を止めた。 「……お久しぶり。今日は優雨さんと来たんだ」 パラミタに行ってからも毎年夏には1人でお参りに来ていたのだけれど、天達の家にそれを知らせたことはない。 今日ははじめて一緒に墓参にやってきた天達 優雨(あまたつ・ゆう)の存在にどこか緊張しながらも、縁はいつもと同じように墓にストケシアの花を供えた。それは、食べられる植物しか育てない縁が、唯一育てている食用の為ではない花だ。花壇や鉢植えにされることの多い花だから、切り花として花屋さんで売られているのはあまり見ない。その為、縁は自分で育てているのだ。 (千夏さん……) 白や紫のストケシアの花を供えると、縁は墓に向かって手をあわせた。優雨も同様にお参りをし終えると、まだ墓にじっと目を注ぎ続けている縁に言った。 「縁さんだったんですねぇ、ちなちゃんに会いに来てくれてたのは」 「ええ……そうです。私などが来ていいものかと悩んでいましたけれど」 優雨の顔を見られなくて、縁は目を伏せる。けれど優雨の声は穏やかだった。 「どうして? ちなちゃん、喜んでくれていると思いますよぉ」 ちゃんとこの花のこと覚えていてくれたから、と優雨はストケシアの花に指を触れる。追想、追憶、清らかな乙女……そんな花言葉を持つストケシアは、縁の親友にして初恋の人、そして優雨の妹でもある天達 千夏が好きな花だった……。 あれは7歳の夏。 こんな風に暑い日だった。 縁と千夏は涼を求め、川で水遊びをしていた。 乳白色の長い髪、垂れ目がちの緑の目をした可愛らしい千夏のことが、縁は大好きだった。 「縁ちゃん、こっちだよぉ」 のんびりおっとりとした千夏の声が耳に心地良い。 すべすべした川底の石を踏んで、水をかけあいっこして遊んだ。 きらきらと太陽を受けて輝く水しぶき。 川のせせらぎに重なる笑い声。 けれどその楽しい時間は、一瞬にしてひっくり返った。 突然の増水。 上流で降った雨は鉄砲水となり、縁と千夏を押し流した。 2人の明暗を分けたのはその立っていた場所。千夏より少し川岸に使い場所にいた縁の身体は川岸に張り出していた木の根に引っかかり、命を取りとめた。けれど千夏は……何日もの捜索の後、信じられないほどの下流で遺体となって発見されたのだった。 「私は……私よりずっと愛されて、私も芯から好きになれた千夏さんが、何故死ななきゃならなかったんだと、ずっと思っていました」 押しつぶされそうな悲しみ。それよりも大きな不条理への憤り。 「……自分が死なせたと思っていました」 やっと言えたその想いを優雨は、そんなことありませんよぉと優しく受け止めた。 「でも私は……何もできない子供の癖に、千夏さんが死んでしまったことが悲しくて、悔しかったんです。それと、優雨さんに申し訳なく思っていたんです……」 千夏と優雨に言わなくてはいけないと思っていた。けれどこれまで怖くて言えなかったこと。今日こそは明かそうと縁は息を吸いこみ、一気に言った。 「……千夏さんの手をちゃんと握れてなくてごめんなさい……っ……」 もし自分が千夏の手を握れていたら。 そんな風に悔やんでいたのに、優雨は本来千夏が受けるはずだったロザリオまで縁に渡してくれた。それ以来、そのロザリオは縁の右手首に離れずにある。 左手でロザリオを手首ごと握りこむ縁の目から涙がこぼれた。泣くつもりなんかないのに、止まらない……。 「あれは、誰もが責任あったことなんですよぉ。誰か1人が悪いわけではありません」 静かに泣きはじめた縁を、優雨はぎゅっと抱きしめた。 「ありがとう……縁さんまでなくさなくて、よかったぁ」 「優雨さん……?」 思いがけない一言に、縁はその時ようやく悟った。 優雨は自分まで大切にしてくれたんだ、ということに。 とんとんと優しく背中を叩かれながら、縁は涙を流し続けた。 これまでずっと抱え込んできたものをすべて吐き出し、新たな想いで身体中を満たすために――。