校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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パパを殴りに帰りますっ 新宿一等地のホテル。 VIPルームの重厚な扉を前に、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は指をぽきぽきと鳴らした。 「パパ……分かってるよね?」 一度殴らないと気がすまない。その気持ちを胸に、ミルディアは不意打ちに地球に戻って来た。会社の人に聞いたら、ミルディアの父、ローフル・アルフレッド・ディスティンはここに滞在していると教えてくれた。 ローフルは質素な温泉宿を好んでいたはずなのに、といぶかしく思いながらも、このチャンスは逃せない。 こっそりノブに触れてみると、鍵はかかっていなくてドアは音もなく開いた。 「あれ……?」 そっと覗いた室内には、人影はない。 なおも警戒しながら中に入ってみたが、やはりローフルの姿は見当たらなかった。 なぁんだ、と力を抜いたところに背後から声がかかる。 「まだまだだな」 「え?」 振り向くとそこには、短髪に短いひげをたくわえた貫禄ある男性……ローフルが得意げな顔をして立っていた。 「注意してたのに何で!?」 「ミルディ、貴族たるもの己の身体は守れないとな」 もっともらしく注意してくる父に、ミルディアは心の中でぼやく。 (単なる貿易商人なのによく言うよ) ミルディアにとっては単なる、になってしまうけれど、ローフルは大航海時代から続く貿易会社の社長だ。合法非合法含めて様々な物資を輸送している。パラミタとの貿易もプッシュを続けているのだが、こちらはかなり厳しいらしいと、ミルディアは父の様子から推し量っていた。 「むこうでのことは色々と報告をもらってるぞ。だいぶ活躍してるそうじゃないか」 朗らかな口調の父だけれど、ミルディアはひやりとする。どうやら、好き勝手やってることは父親に筒抜けになっているようだ。 「ご、ごめんなさい……」 男手ひとつでミルディアを育ててくれたこともあって、父には頭が上がらない。素直に詫びると、ローフルは苦笑した。 「パパは怒ってるわけじゃないんだぞ。少しはおしとやかになって欲しかったのは確かだが、まぁそれは仕方ない」 その為に百合園女学院に入れたのに、というローフルにミルディアは心の中で手を合わせた。 「報告を聞く限りじゃ、今のパラミタは相当大変なようだな。辛かったら無理せずに、お友達と一緒でもいいから戻ってきなさい」 そう言ってからローフルは、とは言っても聞かんだろうがな、と付け加える。逃げるのが何より嫌いなミルディアのことを分かっているのだろう。 「ただ、勇気は大事だが、無謀と混同すると痛い目を見るぞ。って俺も親に言い聞かされたクチだが」 ローフルはバツが悪そうに笑った。こういうところ、ミルディアとローフルはよく似ている。 「冗談でなく、困ったことがあれば連絡しなさい。俺にとってミルディは唯一の家族なんだから」 自分のしていることをやめろと言わず受け止めてくれる父親を嬉しく思いながら、ミルディアは肯いた。 「うん。ありがとう。あたしがんばるね」 支えてくれる人がいると思えば力も湧いてくる。 パラミタではまだまだやりたいことも出来ることもある。もうちょっと思いきりよくやらないと、とミルディアは自分にはっぱをかけるのだった。 ……結局、今回も父親のペースに巻きこまれ、殴り損ねてしまったことに気づいたのは、ミルディアが帰省の新幹線に乗りこむ時だった。 「次こそは!」 こちらもがんばるぞと、ミルディアは次にローフルと会う日を楽しみに、空京行きの新幹線のシートに身を預けたのだった。