校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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当主への面会 地球に帰るのはあまり気が進まない。 「親子の縁を切っておいて、報告はよこせ、か……」 神薙家当主としての父親の立場は分かる。けれど、だからと言って感情面で納得できるというものでもない。 それでも手荷物をまとめると、夜薙 綾香(やなぎ・あやか)は地球行きの新幹線に乗った。 あの日まで……綾香は一族の期待を一身に背負っていた。 長い年月をかけて血統を操作し、造り出すように産まれた綾香は、一族の中でも秀でた魔力を持っていた。けれどそれ故、魔力の制御は難しく、幼い頃からそれをどう上手く使いこなすかが綾香の課題でもあった。 周囲の期待。それに沿えない自分。 2者の狭間で鬱屈していた感情は、あるとき爆発した。止めようとした姉の生命をも犠牲にして。 その事故以来、一族は綾香の魔術師としての能力を疑問視し、次期当主として相応しくないと判断した。そればかりでなく、一族は綾香を追放し、神薙の姓を名乗ることも禁じた。現当主、綾香の父でもある神薙 武臣の宣言を以って。 この一連の事件は綾香に大きなトラウマを残し、一時は魔法が使えなくなったほどだった。今でも無意識に、綾香が全力で魔法を行使することを抑えてしまうのは、この事件に因している――。 神薙家に到着し来意を伝えると、まずはゆっくりと身を休めろという返事がかえってきた。 その言葉に甘え、綾香は武家屋敷の一室でしばし休息を取る。 といってもくつろぐことは出来ない。 あくまでも綾香は外客。その態度を崩さないようにしないと、当主である武臣に迷惑をかけることになってしまう。それは綾香の本意ではなかった。 元は自分も住んでいた屋敷なのだけれど、里帰りという感覚は全くしない。当主へ配下が報告を行うための面会に参上した。そんな気の張る心地がする。 それでも、すぐに面会するのではなくこうして時間を取ってもらえたことは、ここまでの旅程の疲れを随分と癒してくれるのだった。 綾香が人心地ついた頃を見計らい、当主からの呼び出しがあった。 短く挨拶を述べると、綾香はすぐにパラミタの報告にうつる。他愛ない話などできるはずもない。親族に囲まれたこんな場で、親子として父と会話することは、家と縁を切られた綾香にできることではないのだ。 東西に分断されたシャンバラのこと、エリュシオンをはじめとする近隣国のこと。そして綾香が現在所属している空京大学、及び空京の現状について。 そこまでの報告はスムーズに出来たが、自分自身についての報告となると、綾香の口は重くなる。 魔術は一応使えはするが、魔力を全力で解放は出来ない、ということ。現状は感情に基づく魔術行使をしていること。我が身の未熟さを自嘲しながら綾香は報告を終えた。 武臣の目が綾香に注がれている。 何も言わない、言うことができない当主としての立場。それを越えた向こうから、視線だけが送られてくる。 ――がんばれよ。 パラミタで一人前になれば、親族も黙らせられよう。父としての武臣は、それを陰ながら応援することしかできない。 その視線に綾香も視線で応える。 綾香にも分かってはいる……父が家から自分を放逐したのは、綾香を守るためだということを。 事故後、綾香の魂を使い、反魂の法で姉を黄泉返らせようという動きがあった、とも聞いた。危うい位置にいる綾香を守るには、追放するしかなかったのだ。 そうして見詰め合ったのは、ほんの一時。 すぐに武臣は当主の顔でねぎらいの言葉を述べ、綾香も丁重にそれを受けると部屋から退出していったのだった。