校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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お土産はカエルパイ 「やっぱり京都の夏は暑いですね」 盆地である京都の夏は殊の外厳しい。 ハンカチで軽く汗を押さえると、でも、と橘 舞(たちばな・まい)は一緒に来たブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)に微笑みかけた。 「この暑さがいいんですよ」 そう感じられるようになったのも、パラミタに行くことが出来たから。そう思うと、反対する父親を説得してパラミタに送り出してくれた母への感謝がいや増す。 実家に帰ってくるのは、本場の雛祭りが見たいと言ったブリジットを連れて来た以来だから、半年弱ぶりか。季節はすっかり夏真っ盛りに変わっている。 「それにしても大きな家ね。ヴァイシャリーにあるパウエル家の屋敷が小さく見えるわ」 ブリジットは感心した様子で周囲を見渡した。何度か来たことがあるれど、舞の実家は旧家で名の知れた名門というだけあって、規模が大きい。建物自体は洋風だけど、広々とした日本庭園は観光ガイドにでも出てきそうだ。 「もっぱら接客用ですけどね」 地下にプライベート劇場が設けられているのも接客の為、と舞はこの家で暮らしていた頃の自分を思い出す。 旧家ともなると、その付き合いも大変だ。父母に恥をかかせまいと、才色兼備の名門橘家の娘、を演じていた舞はそのことに心が疲れきり、半年近く屋敷で療養することとなった。もしあの時、パラミタに行かせてもらえていなければ、もしかしたら舞はまだこの屋敷にこもっていたのかも知れない……。 「ただ今帰りました」 帰宅の挨拶をする舞を、母の橘 千鶴は和服姿で迎えた。 少し見なかっただけなのに、成長したような気がする我が娘。その成長の過程を自分の目で見られなかったことは残念だけれど、それよりも嬉しさの方が強い。 「おかえりなさい舞。元気そうでなによりです」 「ええ、おかげさまで元気に過ごしています。悲しいこともありましたけれど、素敵なお友達にも恵まれて、とても幸せです。本当に……ありがとうございます」 暑い外を歩いてきた名残が舞の頬に赤みを与え、一層健康そうに見せている。昔の舞とはほど遠い様子だけれど、舞が元気であればそれで良い。正直、一人娘の舞をパラミタに行かせるのは心配だったけれど、行かせて良かったと、千鶴は思う。 「お父様はお部屋でしょうか?」 父親にも挨拶を、という舞に千鶴は残念そうに答えた。 「それが……急用でヨーロッパに行くことになってしまったのです。あんなに舞に会いたがっていましたのに」 「そうですか……お会いできなくて残念です」 「ええ本当に」 この舞をあの人にも見せてあげたかった、と千鶴は心から思った。 「ブリジットさんもようこそいらっしゃいました。どうかくつろいで行って下さいね」 対面を邪魔しないようにと舞の後ろにいたブリジットも、千鶴はゆったりと微笑みかける。 「お世話になります。今日は、お土産を持って参りました」 「まあそれはご丁寧にありがとうございます」 「私の実家、パウエル商会で作っているお菓子、ケロッPカエルパイです。ヴァイシャリーで獲れたいきのいいカエルのエキスを粉末にして加えたパイ菓子です。どうぞお納め下さい」 「ブリジット……カエルパイ持ってきたんですか?」 舞が驚いた声を出し、不安そうに千鶴を窺った。 差し出しかけた手がこわばったが、それでも千鶴はなんとかそれを受け取った。実は、蛇や蛙等、ぬめっとした見た目の生き物が千鶴は苦手だ。そのエキスの入ったお菓子だと思うだけで、箱を持っている手がむずがゆくなってくる。 「……カエルですか……舞も食べたのですよね?」 「え、ええ。見た目も味もウナギパイと変わらないです」 普通に答える舞に、娘との距離をひしひしと感じてしまう千鶴なのだった――。