校長室
地球に帰らせていただきますっ!
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見えない明日 都会と言うには静か、けれど田舎というには騒がしい場所 そこにある木々になじんだ洋館が椎名 真(しいな・まこと)の実家だった。 毎日つけている日報は月1回実家に送付している。その上、3ヶ月に1度、真は報告の為に実家に帰っている。けれど、双葉 京子(ふたば・きょうこ)を伴って帰るのはこれがはじめてだ。 「ただいま戻りました」 実家の玄関でそう声をかけると、真の祖父の椎名 仁が笑顔で迎えてくれた。 「2人ともおかえりなさい」 「里帰り? 聞いてないんだが……」 父の椎名 巌は怪訝そうな顔になる。 「おじいちゃんには帰ること言ったんだけど」 真が顔を見ると、仁はああと何でもないように言う。 「言うと面倒くさがりそうだったので言いませんでした。さあ、長旅で疲れたでしょう。京子お嬢様はお茶をどうぞ。巌、京子お嬢様のお相手頼みましたよ。真はこっちで技能テストです」 「テストか……。京子ちゃんはゆっくりしててね」 真は京子に声をかけると、仁についていった。 残された巌は不本意そうではあるが、京子に向き直る。 「親父の決定は絶対だ。こっちに来て休め。完璧なティータイムを見せてあげよう」 「はい、ありがとうございます」 巌は京子を応接室に案内すると、薫り高い紅茶を淹れた。 真をそのまま成長させたような外見をしているのに、いつも眉間に皺を寄せている所為か、巌からは威圧感が漂っている。そしてその口から出る言葉も冷たかった。 「言っておくが、俺は君のことはあまり好きではない。真は半端すぎる。執事としているには優しすぎる。このままではくだらんことで自滅する。確実に、だ。そんな状態の真を執事として連れて行ったのだからな」 そんな巌を見ながら、京子は考える。 言葉こそ冷たいけれど、巌は決して悪い人ではないと思う。ただ……真を執事にしたくなかったような……未熟だからこそ怪我とかをさせたくないから、執事にはさせたくなかった。巌の言葉がそんな風に聞こえたのは、気のせいなのだろうか。 そんなことを思いながら飲んだ巌の紅茶は、香りも味も確かに完璧といって良いものだった――。 「さて、真……今回はどれだけ身につけたか、見せてもらいますよ」 真の前に銀器を並べると、仁はそうそう、と思いついたように尋ねてきた。 「技能確認の前に……。京子お嬢様とは上手くやっていますか? そしてこれからも、執事として京子お嬢様と付き合って生きますか?」 「え? どうしていきなりそんなことを……?」 学んだことを見せるぞとはりきっていた真は、不意をつかれて仁を見た。 「なに、深い意味はありませんよ。さあ、はじめて下さい」 「は、はい……」 真は気を取り直して銀器に向かったけれど、どうしても集中できない。 「どうしました? 調子が悪そうですね」 「すみません……」 基本のシルバー磨きさえ上手く出来ないなんて、と自己嫌悪に陥る真の手から、仁は銀器を取り上げた。 「今回は帰省だからこれくらいにしておきましょう。外に出て気分転換をしてきなさい。ついでに物置小屋の掃除もお願いしますよ」 帰るときには葡萄を持っていくから皆で食べるように、そして今度は皆で帰ってくるように、と次々に言う仁の言葉もしっかりと耳に入らぬまま、真はうなだれて部屋を出た。 「物置小屋か……懐かしいな」 久しぶりに小屋の戸を開け、真は京子と会った時のことを思い出す。巌に怒られ、物置小屋で1人で泣いていた時、携帯が鳴って……その音で京子は目覚めたのだ。 京子と出会えたという意味で、巌には感謝している。けれど自分は未熟で、答えは出ているのに言い出せない。 (心も強くならなきゃ……ん?) かたり、と物置小屋の中で音がした。そちらの方を見てみれば……人影? 「誰だ!」 「きゃっ!」 飛び掛ると人影は小さな悲鳴をあげた。 「って、京子ちゃん?」 真は慌てて京子から離れた。 「ど、どうしてこんな処に?」 「散歩していたら物置小屋があったから、懐かしいなって……。考え事してたら誰かが入ってきたから……」 「そ、そうなんだ。ごめん、驚かせて」 「ううん、大丈夫」 京子は微笑して首を振った。 1年前、2人はこの場所で出会った。 そして今もここにいる。 けれど来年は、その次は? 見えない明日を胸に、2人は見つめあうのだった――。