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パラ実占領計画 第1回/全4回

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パラ実占領計画 第1回/全4回

リアクション

 四天王に味方し、ハスターを退けている連中がいる、という噂は四天王狩りを楽しんでいる蓮田レンの耳に届いていた。
「骨のある奴がいるってことか。放っておけばいいんじゃね? どうせそのうち会うだろ」
 その日が楽しみだ、と笑うレン。
 と、急に目つきを鋭くさせると上空へ移った。
 駆動音を響かせ、小型飛空艇ヘリファルテが猛然と突っ込んでくる。
 慌てて地に伏せるレン達。
 風を巻き上げて飛び去っていったヘリファルテは、だいぶ先で急旋回すると今度はゆっくりと近づいてきて、ある程度の距離を保ったところで着陸した。
「あれを避けるたぁ、たいしたもんだ」
 下りてきたのは、髪も目も真っ黒の目つきの悪い男だった。
「何だてめぇは!?」
「死にてぇのか!」
 飛び起きたハスターは殺気立ってそれぞれのエモノを構える。
 だが、その殺気にさらされた男はヘラヘラと笑っているだけだ。
 それがますますハスターの頭に血を上らせたが、スッとレンが前に出て今にも飛び掛りそうな舎弟達を止めた。
「何か用か?」
「ああ、その通りだ。てめぇが蓮田レンだな。とりあえず俺の質問に答えろや」
「答えられるものならな」
 レンが戦う姿勢を見せないためか、ハスターはいきなり現れた男──白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)を睨みつけたまま動くことができなかった。
 竜造も特に攻撃の意志を見せずに話しを続ける。
「六本木だか池袋だか知らねぇが、てめぇら……パラミタにいったい何しに来やがった? 巷じゃパラ実に代わってここを支配するようなこと言ってるみてぇだが、まさかそれで満足するなんて言わねぇよなァ?」
「さぁな。今んとこは四天王シメてパラ実もシメることが重要だな」
「今んとこは……ね。で、威勢良くやって来たはいいが、ちっとばかし手こずってるようじゃねぇか。全日本の不良束ねてるなんて噂もあるが、そんなもん契約者の前じゃ屑束同然よ」
「そうだろうな。アンタは知らねぇようだが、ここにいるのは契約者達だぜ。それに……ちょっとばかし手応えってもんがねぇとつまらんだろう。あっさり降参されたら拍子抜けだぜ」
「そうかい。ふぅん……俺はまた背後にどでかいバックでもついてんのかと思ったが……」
「想像にお任せするよ」
 終わりか、と目で問うレンに、竜造は短いやり取りを頭の中で反芻するとニヤッとして言った。
「よし、俺も協力してやろう」
「……は?」
 思いも寄らない台詞だったのだろう。ポカンとするレンに、竜造は豪快に笑う。
「何も不思議じゃねぇ。そのほうが、おもしろいからだ!」
 怪訝な顔で竜造の真意を量ろうとするレンだったが、急にざわついた舎弟達のどよめきに思考は中断された。
 舎弟達の間から姿を現したのは、小柄で綺麗な少女だった。
 しかし、その手には容姿に不似合いなものを引きずっている。
 その反対側には、少女よりは年上らしいやさしげな面立ちの女がいた。
 レンは、小柄な美少女が引きずっているものが自分の舎弟であることに気づき、瞳に冷えた色を乗せる。
 美少女は、意識のないハスターを無造作にレンの足元に投げた。
「私はE級とはいえ四天王の一人ですが……失礼ながらこのような配下より、私を味方につけたほうがパラ実制覇の近道になると思いますが?」
 レンは、特に舎弟を助け起こすこともせずに見下ろしていたが、冷えた色はそのままに坂上 来栖(さかがみ・くるす)を見据える。
「はいそうですか、と言うとでも思ったか? 何が目的だ?」
「私もパラ実は嫌いなので手伝わせてもらおうかと」
「俺は別に嫌っちゃいねぇよ。従わせたいだけだ。……ま、その程度の怪我でこいつを倒した実力は認めよう。負けたのは弱かったから。それだけだ。手伝いてぇって言うなら好きにすればいい。戦力が増えるのはいいことだからな。ただ、こいつにくっついてる奴もいるわけだから、背中から刺されないように注意することだな」
 脅すように言うと、レンの傍にいながらずっと黙っていたミゲル・デ・セルバンテスが、周りの数人に倒された仲間の手当てと来栖、それからジノ・クランテ(じの・くらんて)の手当てもするように言いつけた。
「あ、こちらはお構いなく〜」
 シスター服に身を包んだジノが来栖にぴったりとくっついて、やんわりと断る。
 そして、彼らの目の前でヒールを使って来栖の傷を癒していった。
 それを見届けたミゲルは、
「確かに大丈夫そうですね。では、彼を運んであげてください」
 と、改めて指示を出した。
 倒された男をハスターが数人で持ち上げた時、来栖に強烈な視線が送られた。
 もしかしたら、もとはその男の舎弟だったのかもしれない。
 その様子をレンはニヤニヤしながら、ミゲルは平然と眺めている。
「さて、四天王狩りの続きをやるぞ。お前らもついて来い。その力、見せろよ」
 新たに加わった竜造、来栖、ジノに言うとレンは適当な方向へ歩き始めた。
「パラ実にも賢い者はいるようですな」
「これがテコの原理ってやつだ」
 わけのわからない返答を得意気に言い切るレンに、ミゲルは特に何も言わなかった。きっとこれが普通なのだろう。

卍卍卍


 キマクの荒野をパラ実新入生の熾月瑛菜アテナ・リネアがハスターに追いかけられていた。
「女の四天王だァ! 剥いちまうかァ? ヒャハハハハ!」
「ほらほら、早く逃げねぇと怖い目にあうぜ!」
 下品な笑い声を上げながら追いかけてくるハスターに、とうとう瑛菜も逃げるのをやめて腰に下げていた鞭を解いた。
 向かい来るハスターの足元に鞭が鋭く打ちつけられる。
「瑛菜おねーちゃん! ……よーし、アテナもやっちゃうよ!」
 アテナはぐるぐると肩を回す。
 その様子をハスターはまた揶揄するように笑った。
「お嬢ちゃんは何をするつもりなんでちゅか〜」
「ギャハハハハ! バッカじゃねぇのお前! キモッ」
 アテナを馬鹿にされた瑛菜は、ギュッと唇を噛み締める。
「この腐れ野郎!」
 瑛菜の鞭の一振りが数人のハスターの目元を打つ。
 ギャッと悲鳴をあげて顔を覆った彼らの腹に、アテナの拳や蹴りが打ち込まれくず折れていった。
 色めき立つハスター。
 油断しすぎていたことに気づいたのだろう。
 それでもまだ圧倒的な人数差に慢心があった。
 じわじわと囲むように距離を詰める。
 瑛菜とアテナは一人ずつでも確実に倒していこうと、息を合わせる。
 しかし、ハスターの中にも油断なく攻撃を仕掛けてくる者がいた。
 男達の隙間から飛んでくるリターニングダガー。
 これが、瑛菜とアテナの動きを牽制していた。
 いったい誰が投げているのか、いまだに掴めない。
 飛んできた方向を見ても、それらしき人物は見当たらないのだ。うまく人の陰に隠れているのだろう。
 今も、アテナがダガーを弾いたが、瑛菜はその持ち主を特定できなかった。
「隠れてないで出て来い!」
 戻っていくダガーを追うように、苛立った瑛菜の鞭が飛んだが、それは別のハスターに掴まれてしまった。
 アッ、と小さく声をあげた時、ハスターの足元をすり抜けるようにして小さな影が飛び出してきた。手にブロードソードを持って。
 凶刃が瑛菜の胴体を真っ二つにするかと思われたが、アテナがタックルをしてそれを防ぐ。
「子供!?」
 先ほどから瑛菜達を悩ませていたのは、小学校に入る年齢くらいの少女だった。
「気安く触れるなっ」
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)はアテナを突き飛ばしてハスターの元へ戻っていく。
「あんた達、そんな小さな子に何させてんだよ!」
 憤る瑛菜だったが、答えたのは刹那で、その声は年齢には不釣合いなひどく冷めたものだった。
「勘違いするなよ。これはわらわの仕事じゃ」
「仕事……?」
「ハスターから四天王狩りの依頼を受けたのじゃよ」
「……そういうこと。騙されてるんでも何でもないってわけだ」
「理解できたか?」
 暗く笑む刹那に、瑛菜は顔をしかめた。
 それはそうと、鞭を掴まれたままでは戦いにならない。
 早いところどうにかしないとなぶり殺しにされそうだ。
 その時、双方の間に立て続けに数発の銃弾が撃ち込まれて来た。
 瑛菜の鞭を掴んでいた手は離され、対峙していた刹那とアテナはとっさに飛び退く。
 ハスターも驚いて後ずさりした。
 そのスペースに何十人ものパラ実生達が割り込み、瑛菜達を守るように立ちふさがった。
 突然の出来事に呆気に取られている瑛菜の横に、スパイクバイクが滑り込んでくる。
「あっ、あんたはC級のへ」
「まあその辺は後で正しましょう。行きますよ」
 朱 黎明(しゅ・れいめい)はバイクの後ろに瑛菜とアテナを乗せると、後は舎弟に任せてその場から離脱した。

 もうハスターも追いつけないあたりまで走ったところで、黎明はスパイクバイクのスピードを緩めた。
 点在する木々の中、身を休めるのに充分な木陰を作っている木の下にバイクを停める。
「ありがとう。助かったよ。あいつらけっこう強くて……あっ、あんたの舎弟は大丈夫?」
 バイクから降りながら黎明の舎弟を気にかける瑛菜に、
「適当なところで逃げるように言ってありますから、今頃うまくやっているでしょう」
 と、余裕のある微笑で彼は答えた。
 瑛菜はホッとしたように肩の力を抜く。
 ふと、黎明は真顔になって提案を口にした。
「このままではハスターに蹂躙されるだけでしょう。各地の四天王達に呼びかけて、まとまった勢力を作って対抗するのが良いと思います。……私の予想ですが、渋谷と首領・鬼鳳帝は繋がっていると思われます」
「……」
 瑛菜とアテナは真剣な表情で黎明の話しを聞いている。
「そういえば、邪癌教ってのが現れたんだってね。ねっ、瑛菜おねーちゃん」
「うん。噂だとハスターと戦ってるって。もしかしたら、四天王の何人かは協力してるかもしれないね」
 ふむ、と黎明が頷いた時。
 何かを感じ取ったように、アテナが荒野の向こうをじっと見つめた。
「アテナ?」
「何か来るよ」
 思考を止めた黎明もそちらへ目を向けると、パラ実生のものと思われる改造バイクの一団が声を上げながら一直線に向かってきている。
「あいつ、C級じゃねぇかー?」
 といった声がかすかに届いた。
 味方ではなさそうな雰囲気だ。
「乗ってください」
 黎明に素早く促され、瑛菜とアテナが後ろに乗るか乗らないかのうちに、スパイクバイクは急発進した。
「きっとパラ実生から奪ったバイクだよ!」
 許せない、と鼻息荒く怒りを露わにする瑛菜。
 ハスターは恐怖を煽るような奇声を発しながら追いかけてくる。
「前からも何か来た!」
 黎明の肩越しに瑛菜は前方から突進してくる虎に乗った何者かに気づいた。
 その何者かはこちらに向けて飛び道具を構えているようだ。
 黎明が警戒の色を見せた時、耳元で瑛菜が叫ぶ。
「菊だ! 上杉菊だよ! 味方だよ!」
 喜ぶ瑛菜だが、その声は大きすぎた。思わず黎明は首を竦めてしまう。
 ごめん、と瑛菜が謝った時、彼らをかすめて矢が飛んでいった。
 後方で衝突音が響く。
 さらに、二本、三本と上杉 菊(うえすぎ・きく)のリカーブボウから矢が放たれ、ハスターのバイクを転ばせていく。
 虎はすぐ間近に迫っていた。
「向こうへ!」
 すれ違い様、菊は自分達が駆けてきたほうを指差し、彼女の後ろに乗っていたエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)はニッコリしてアテナに手を振った。
 無理しないで、という瑛菜の声が風に流れて菊とエリシュカの耳に届く。
 菊は小さく微笑むとハスターとつかず離れずの距離を保っては矢を放ち、また、エリシュカはサイコキネシスで転がったバイクを投げつけたり、ハスターの一人を宙に持ち上げて関節を無理な方向に捻じ曲げて戦意を削っていった。
 しかし、ハスターの中にも飛び道具を持っている者はいて、改造されたエアガンで二人を狙ってきた。
「虎だ、虎を殺せ!」
 誰かが怒鳴る。
 いけない、と察した菊はエリシュカを一瞬振り向き、退却態勢に入る。
 菊の意図を読み取ったエリシュカは、宙に浮かせていた男を放り投げると、弾丸の軌道を潰すように次々とバイクを投げていった。
 立て続けのサイコキネシスにエリシュカが息切れを始めた頃には、もう追われても逃げ切れるくらいに彼らとの距離は開いていた。
 瑛菜達は岩陰で二人を待っていた。ここならしばらく休めそうだ。
 追いつくなり瑛菜とアテナは駆け寄ってきて、ケガはないかと心配する。
「わたくし達は大丈夫です。瑛菜様、お方様よりの伝言です。『Yo Buddy,Still Alive? So,We go now!』」
 一瞬の後、理解した瑛菜はパッと顔をほころばせた。
「あたぼーよ! みんなのおかげで安心して待っていられるね」
「うゅ……ね、ね、瑛菜、軽音部は今も募集中?」
 コテンと首を傾げて聞くエリシュカ。
 瑛菜は大きく頷く。
 するとエリシュカは、ほわっと微笑んで言った。
「うゅっ♪ バンドには、ドラマーと……」
「キーボードが入用ではございませんか?」
「え? ……え!?」
 唐突な入部希望に戸惑う瑛菜。
「でも二人はローザと組んでたよね? 解散したの?」
「いえいえ。そちらはそちらですが……掛け持ちはお断りでしたでしょうか?」
「そんなことないけど……。ん、それじゃ、よろしくねっ」
 瑛菜と菊が握手した上に、エリシュカとアテナが手を重ねた。
 それから、瑛菜は菊とエリシュカを救援に向けてくれた人物のことを思った。
「……で、ローザはどこで何してんの?」
「お方様は……」

 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、とんでもない現場を目撃していた。
 少しでも瑛菜に伸びる手を減らせれば、と彼女に変装したローザマリア。
 その作戦はうまくいったのか、ハスターは”瑛菜”を狙って襲撃してきた。
 グロリアーナの先導で、挟み撃ちにされないよう進路を取りながら走り、迎え撃つのに適した地形を探す。
 そうして見つけた場所へハスターを引き込み、彼らから情報を吐かせようとしたのだが、敵は思ったより強かった。
 こちらが有利になるような地形のおかげで、何とか一気に畳み掛けられずにすんでいるといった状態だ。
「ローザ、引くぞ」
「そうね……瑛菜達が心配だわ」
「それもそうだが、このままではわらわ達が危険だ」
 グロリアーナはそう言うと、突っ込んでくるハスターの一人に幻覚を見せた。何を見ているかは技をかけられた本人しかわからないが、突然頭を抱えて叫びだした姿を見る限り、とても恐ろしいものが見えているのだろう。
 仲間のいきなりの変化に足を止めるハスターへ、ローザマリアがしびれ粉を撒く。
 風下にいた彼らはたちまち体の自由を奪われ、うずくまった。
 その隙にローザマリアとグロリアーナはその場を脱出した。
 そんなことがあって、今ここにいるわけだが。
 崖っぷちに集まっているハスターに気づいた二人は、とっさに岩陰に隠れて彼らの様子を見守った。
 その中に一際大きな人物。
 ガイアだ。
 さらにその集団をまとめているらしいのは、蓮田レンか。
 彼は勝ち誇ったように笑う。
「ハッハッハー! 捕まえたぜ四天王! これでパラ実の戦力はほとんど潰れたな! 残りは生徒会だけか?」
 その台詞に違和感を覚えるローザマリア。
 レンの足元には、ロープで縛り付けられた四天王らが転がされているが、その中に瑛菜の姿はない。
「あやつら、四天王は四人だけだと思っているのではないか?」
 グロリアーナの指摘は当たっていた。
 レンもミゲル・デ・セルバンテスも当然ハスターも、四天王が何人もいるというパラ実のおおらかさを知らなかったのだ。
 だが、次に彼らがとった行動は信じられないものだった。
 レンに指示されたハスターは、四天王らを持ち上げると、
「四天王の不法投棄じゃー! ギャハハハハハハ!」
「投げろ投げろー!」
 四人をあっという間に崖の向こうへ放り投げたのだ。
 この下は太平洋である。
 飛び出そうとするローザマリアの腕を引いて止めるグロリアーナ。
「気持ちはわかるが待て。あれを見よ」
 グロリアーナが示す先には、ハスターとは違った空気をまとった黒スーツの集団。
「あれは……ジャパニーズマフィア?」
 ヤクザである。
 ローザマリアはすぐにその危険性に気づくと、グロリアーナに目で合図してそっとその場から離れた。
 そして、周囲に誰もいないことを確認すると、今見たことを知らせるために瑛菜の携帯に繋げた。