リアクション
卍卍卍 店長室でこっそりと捜索が行われている頃、店長のミゲルとパートナーのレンは温泉神殿の管理人である聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)と商談の最中だった。 ろくりんピック聖火リレーでスタッフのために温泉宿を提供した時に、ご当地キャンティちゃんグッズも売り出した。 その後、もっと大きく宣伝しようと計画を練っていたところに、首領・鬼鳳帝ができたのである。 行った、というパラ実生に話を聞いてみればキャンティちゃんグッズは置いてなかったというではないか。 「全然イケてませんわ〜」 と、キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)の首領・鬼鳳帝の評価は一気に下がった。 そこで聖はミゲルに面会を申し込み、約束の時間にキャンティを連れて訪れたというわけだ。 テーブルの上に並べられたキャンティちゃんグッズのサンプルを一通り確認したミゲルは、ふぅむと唸って考える仕草をする。 「『ちょいパラ』、ですか」 「そうですぅ! パラ実ギャルやモテカワを意識した男子向けの『ちょいパラ』ですぅ」 グッズの種類は様々で、Tシャツ、シルバーアクセサリー、バッグを中心に小物類がある。眼帯キャンティちゃんに傷のあるちょっとワイルドなキャンティちゃん、骸骨をモチーフにしたユニークなものやパンク風キャンティちゃんなど、どれもキャンティ自らがデザインしたものだ。 「ろくりんピックも終わりましたし、温泉宿も手に入りました。グッズの売り上げも上々ですぅ。これからはパラミタにキャンティちゃん旋風を巻き起こすチャンスですぅ! ──起こしてやりますわ〜! 首領・鬼鳳帝からキャンティのビッグウェーブ!」 両手を大きく広げて熱弁を振るうキャンティに、ミゲルはひょいと目を丸くした。 堂々と野望を語る姿に珍しさを覚えたのか。 ところが、そこに黙って話を聞いていたレンが水を差すようなことを口にした。 「売れるの? それ」 生き生きとしていたキャンティの表情が凍りつく。 そして表情と同じような冷え冷えとした目でレンを見た。 「キャンティは店長とお話ししてるんですぅ」 ただのパートナーは黙ってろと言いたげな雰囲気に、レンは苦笑してそれ以上は言ってこなかった。ハスターが見たら「命知らずな」と震え上がったことだろう。 その店長の判断はというと。 「……まぁ、いいでしょう。委託販売ということでよろしいですな? 場所代等で売り上げの5パーセントをこちらに払ってもらっても?」 「いいでしょう」 答えたのは聖だった。 タダで置かせろと言い出す前にキャンティをがっちりホールドして口をふさいでいる。 「お邪魔でなければ私が事務などを承りますが?」 「給料は出せませんよ」 「かまいません」 「モガッ……ムグッ……!」 こちらがずいぶんな負担を払っているような取り引きにキャンティは不満をもらそうともがいたが、その分、聖にますます締め付けられるだけだった。 キャンティちゃんグッズを売り込むのもここに来た目的だが、聖は聖で別の目的があったのだ。それを果たせるなら多少の労働は受け入れられた。 今日のミゲルは忙しい。面会申し込みの予定でいっぱいだった。 聖とキャンティが帰って十分後には樹月 刀真(きづき・とうま)と漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の二人を応接室に通していた。 ミゲルとの面会の予約を取り付けたのは月夜で、彼女はドン・キホーテの大ファンだった。 ミゲルはたいそうな悪人面だが、それにも関わらず感激もあらわに顔を輝かせて丁寧に礼を言う。 「突然の連絡にも関わらず、お話を受けていただきありがとうございます」 「いえ、お気になさらず。どうぞ、お掛けください、レディ」 などと、ミゲルも気取った対応をした。 横でレンがクスクス笑っているのも目に入らない様子だ。 月夜は小説を読んで感じたことを熱心に話した。 「私達読者は本の中に込められた想いを読み取ることでしか作者と会話をすることができないの。それが直接会って話しができるなんて夢みたい!」 「私もかの有名な遍歴の騎士達の記録を残した語り手方には感服するばかりで……。後世のいつか、私の冒険も語り継がれたら本望ですな。そしてそれを麗しのドゥルシネーア姫に……」 夢見るように話し出したミゲルに、ふと月夜と刀真は違和感を覚えた。 黙り込んだ二人をよそに、ミゲルは滔々とドゥルシネーア姫の美しさや慎ましさを語る。 それこそ、ドン・キホーテのように。 顔を見合わせる月夜と刀真に、レンが教えた。 「こいつ、自分をドン・キホーテだと思ってるから」 留まるところを知らず、いまだにしゃべり続けているミゲルをポカンと見やる二人に、レンが吹き出す。 まさかの事実だった。 月夜が戸惑いながら尋ねる。 「どうして、そんなことに?」 「頭でも打ったんじゃねぇの? 俺が会ったのはネンショーだったし。こいつ、原発と魔物を勘違いして突っ込んでったところをケーサツに捕まったんだってさ」 アホだよな、と笑うレンだが、月夜と刀真は唖然とするばかりだった。 こんな奴でも店長としての手腕を発揮しているのだ。 このままでは馬鹿みたいに口を開けたまま日が暮れてしまう、と気づいた刀真は、軽く咳払いして気持ちを立て直すと、自分の用件に移ることにした。 「この店のことでお聞きしたいことがあるのですが、いいですか?」 「答えられることなら」 想い姫への心を語りきったミゲルは鷹揚に構えて言った。 「今回のキマク進出は、地球にいた頃から考えていたのですか?」 「もちろんです」 「そうですか……では、東シャンバラに属するキマクに店を出したのは何故です? 地球との窓口である空京に店を出したほうが、人を呼び寄せる時も楽ですし、人口の多さからも顧客も多く見込めると思うんですよ」 小さく頷きながら刀真の疑問に耳を傾けるミゲル。 レンはわりとどうでもよさそうだ。 「確かにその通りですが、空京にはすでに多くの店があります。それよりも、この地のほうがこれからの市場として有望だと考えたのです」 「なるほど。実は、もしかしたらこれが一番の疑問かもしれませんが……商品の仕入先や店舗を建てる時の業者とは、どうやってコンタクトを取ったのですか? これらのことは地球に滞在している時や、パラミタに来て間もない頃だと難しいと思うのですが?」 「それがそうでもないのです。天沼矛のおかげでね」 天沼矛できてから地球とパラミタの流通環境は大きく変わった。 以前とは比べ物にならないほど地球の物資が送られてくるようになったのだ。 だから首領・鬼鳳帝のような大量商品販売店を構えることも可能になった。 「天沼矛……そうでしたか。ありがとうございます。ところで話は変わりますが、店内の様子を撮影してもかまいませんか?」 「それはどうかご勘弁を」 「……あなたの連絡先をいただくことは?」 「どうぞ。こちらです」 刀真はまだ呆けている月夜を肘で軽く突く。 我に返った月夜は急いで携帯を取り出し、ミゲルと連絡先を交換した。 応接室を出た刀真は、売り場のどこかにいる玉藻 前(たまもの・まえ)に連絡をとり、月夜の銃型HCでの撮影は許可されなかったことを告げた。 それを受けた玉藻は、店内をまわりながら覚えておいた防犯カメラの位置に注意しながら警備ハスターの一人に接近する。 「少々お尋ねしたいのだが……」 玉藻が必要以上に身を寄せると、ハスターは驚いて距離を置こうとする。そこを腕を掴んで引き止めたかと思うと、体を密着させるように防犯カメラから見られない箇所へ一気に押し込んだ。 「え? 何……?」 焦るハスターに玉藻は妖しく微笑むと、抱えた腕に形よく張り出した胸を押し付けるようにして『お願い』をする。 「店内の撮影をしたいのだが、内緒にしておいてもらえないか?」 「いや、それは……」 腕に感じるやわらかな弾力と、そのために形を変えた玉藻の胸を思わず食い入るように見つめてしまいながらも、ハスターは頷かない。 玉藻はもう少し迫る。 着物の合わせ目から白い太ももを露わにし、色気あふれる吐息混じりに「二人だけの秘密に」と強調して頼んでみた。 その太ももに伸びてきた手をさりげなくそらす。 「秘密……」 「そうだ。それに、今後も我の頼みを聞いてくれるなら……」 一瞬後。 「ぬあーッ! ダメだーッ! あの人は裏切れん!」 彼は玉藻を突き飛ばすようにして飛び退いた。 思った以上にレンへの忠誠心は高かったようだ。 そして、いったん拒絶すると今度は玉藻を敵のスパイと見なして攻撃姿勢をとる。 玉藻は仲間が集まってくる前に身を翻し、店から脱出した。 外で玉藻を待っていた刀真はこのことを聞くと、自分が得た情報と共に国頭武尊へ知らせた。 「残念ながら店内の映像は撮れなくて……」 「ああ、それなら大丈夫だ。他に店にいた奴らが教えてくれた。キミ達が無事で良かったよ」 「それならいいんです。お気をつけて」 他にも協力者がいたことにホッとつつ刀真は携帯を切った。 |
||