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リアクション
パラ実の明日
パラ実生達は、目の前に起こったことをにわかには信じられずにいた。
彼らだけではない、姫宮和希も吉永竜司も国頭武尊もだ。
反対に蓮田レンやミゲル・デ・セルバンテスを始め、ハスターはニヤニヤとしている。
ミゲルはわずかに切られた頬から流れ落ちる血を適当に手の甲でぬぐうと、
「パラ実は私達のものですな」
と、静かに宣言した。
最初は、夢野久が押していた。
誰もが久がミゲルを倒すと思っただろう。
ハスターでさえ、不安を隠しきれずにいたのだから。レンだけは顔色一つ変えなかったが。
勝負を決めたのはミゲルのショットランサーの一撃だった。
彼の馬鹿でかいランスは内部が刃と鎖で繋がれていて、手元の操作でその部分を矢のように飛ばすことができたのだ。
かわせない、と判断した久は相打ち覚悟で幻槍モノケロスをミゲルへ投げた。
槍はミゲルの頬を裂き、久は倒されてしまった。
佐野豊実とルルール・ルルルルルはすぐに久を助け出そうとしたが、ミゲルはその二人も気絶させるとハスターに縛り付けて連れて行けと命じる。
和希は止めさせようとしたが、レンや他のハスターに邪魔されてかなわなった。
しかし、これであっさり諦めてしまう和希達でもなく、後でどう決めるにしろ今はここを脱しなくては、と身構える。
どこから切り抜けるか、店内のパラ実生達は隙をうかがった。
『……ミュー』
首領・鬼鳳帝の屋上で、下の様子を厳しい表情で見守るミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)に、カカオ・カフェイン(かかお・かふぇいん)からの電話が入る。
カカオはずっと和希について行っていた。
戦闘要員ではなく、ミューレリアへの連絡係としてだ。
ミューレリアは、この首領・鬼鳳帝は和希達生徒会長や総長をおびき寄せるためのエサではないかと疑っていた。
結果としてそれは違っていたのだが、和希達は追い詰められてしまった。
「今、助けてやるからな。──ミュー、今夜の天気は流れ星のち雷だ」
『了解にゃ!』
返事を聞いたミューレリアはギャザリングヘクスに顔をしかめつつ、精神を集中させるとシューティングスターを呼んだ。
突然空から固いものがハスターの集まる中に落ちてきて、彼らは大騒ぎとなった。
そしてそれを加速させるような落雷。
和希の足元でカカオが叫ぶ。
「今にゃ!」
「おうよ!」
和希はうろたえているハスターの集団に突撃する。
ハスターのことはミゲルに任せ、レンが立ちふさがった。
やはり総長の次は生徒会長と決めていたようだ。
しかし、ここで思わぬ邪魔が入った。
和希達にとっては頼もしい味方である。
レン達を虫の大軍が襲ったのだ。しかも毒を持っているらしく、襲われた者は抵抗する間もなく倒れていく。
「和希! こっちだ!」
外から呼ぶのは羽高 魅世瑠(はだか・みせる)の声。
彼女はミューレリアの奇襲に便乗して、店内に閉じ込められた和希達の突破口を作るべく特攻を仕掛けたのだ。
魅世瑠の栄光の刀がハスターに叩き込まれるたびに光が弾ける。
「おまえら邪魔だ!」
と、一閃すれば則天去私によるまばゆい光がハスターの目を焼いた。
混乱した集団ほどもろいものはない。
こうなってはミゲルやレンの言葉も届かないだろう。
毒虫をけしかけたラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)もすぐに肉弾戦に参加し、等活地獄でまとめて薙ぎ倒していた。
レンの危機に、どこからともなく黒スーツ達が現れる。
明らかにハスターのような不良とは違う気配を察した魅世瑠は、フローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)とアルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)に食い止めてくれるよう頼んだ。
アルダトが遠当てで牽制を試みたが、さほど効いている様子はない。
魅世瑠が二人に頼んだのは正解だったようだ。
アルダトはそのまま遠当てを繰り出し、フローレンスが進み出た。
様子見も兼ねて則天去私を放ってみたが、倒れるまでには至らなかった。
後ろのほうにいた者がフローレンスに殴りかかってくる。
彼女は攻撃の隙を突き、蹴りや拳を繰り出すが相手の反応も良かった。
勝負がつかない攻防は、ここから脱出したい彼女達に不利に働く。
黒スーツにフローレンスとアルダトが苦戦しているのを見たラズも、忘却の槍を振るって加勢にきた。
魅世瑠のいる入口のほうは、ミューレリアの頭上からの魔法攻撃もあり、だいぶ片が付いているようだ。
見れば、店内のパラ実生は全員脱出できたもよう。
「フル! ラズ! アルダト!」
激しい戦闘音の中でも、耳に馴染んだ者の声はよく響く。
名前を呼ばれただけだが、三人はそれが撤退の合図だとわかった。
もちろん、ただ逃げるのではない。
前を行く和希達を守りながら逃げるのだ。
魅世瑠は和希だけでも助けられればと考えていたが、幸い逃げられる者は全員こぼさずにすんだようだ。
ふと、背筋がゾクリとするような感覚に魅世瑠は振り向き、刀を突き出す。
命の危険を察知した本能のままに動いたのは正解だった。
刀は追いかけてきた黒スーツのドスを受け止めていた。
金属同士がぶつかり合う甲高い音と小さな火花が散る。
魅世瑠は表情を厳しいものにさせると、鬼眼を使った。
わずかながらも敵が息を飲んだところに、魅世瑠は相手からは捉えにくい角度から刀を払う。
手応えを感じたと同時に相手は呻き声をあげ、武器を取り落とした。
さらに追ってくる仲間の黒スーツやハスターには、レッサーワイバーンで追いついたミューレリアがサンダーブラストを落として足止めした。
魅世瑠はその隙に駆け出し、ミューレリアも下からの攻撃に注意しつつ続いた。
逃げられた、と報告を受けたレンはそれ以上の追撃はやめた。
逆らうならこれから徹底的に叩き潰していけばいい、と思ったからだ。
と、そこにパリポリと何かを食べる音とゆったりとした靴音が店内から聞こえてきた。
じゃがいものスナック菓子を食べながらそこにいたのは──客?
それにしては、この騒動を前に落ち着きすぎている。
「何者だ?」
レンは少し警戒した雰囲気を見せて尋ねる。
すると彼女は、明るく笑いながら答えた。
「俺はトライブ。敵じゃねぇからそんな怖い顔すんなって」
「ただの客には見えねぇが……まあいい。何か用か?」
警戒心が解かれたとわかったトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、中身のなくなったお菓子袋を丸めてゴミ袋に突っ込むと、つぎのお菓子袋を開けた。目の前で起こる喧嘩に手は出さず、ずっと隠れて見物していたのだ。今のところ、どちらかにつこうとは考えていなかった。
「用っていうか……あれだ、ずいぶん派手にやってっけど、ドージェが戻ってきたらどうするんだ?」
レンはフンと軽く笑う。
「ドージェは自ら進んでパラ実を支配していたわけじゃないらしいな。周りが勝手にそうしていたとか。俺達がここで何をしていようと、関係ないだろうよ」
「ふーん。まあいい。で、本当にあんたに用があるのは俺じゃなくてジョウなんだ。ちなみにミゲルにね」
トライブが言い終わるか終わらないかのうちに、赤い髪の少女が足早に進み出て自己紹介を始めた。
「ボク、ジョウって言います。ドン・キホーテ、好きなんです。あの、サインもらえますか?」
「これは可憐なお嬢さんで。ごきげんよう。私でよければサインいたしましょう」
ミゲルの快諾にジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)は目を輝かせて色紙とサインペンを差し出す。
わくわくしながら待っていたジョウは、戻ってきた色紙を見て、目をぱちくりとさせた。
ミゲルの横でレンが忍び笑いをもらしている。
「まさか一日に二度も同じものを見るとは……クックッ」
「何がおかしいんだ?」
ジョウの色紙を覗き込んだトライブは、うおっ、と奇妙な声をあげてしまった。
「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャかよ」
「外向きの名前はミゲルだけど、自分はドン・キホーテだと思ってるから」
簡単すぎるレンの説明に、トライブとジョウは気の抜けた返事をしてミゲルを見るのだった。
生前のミゲルは元々は貴族で海軍の軍人だったから、不良のイメージからはほど遠いと思っていたジョウ。
投獄の経験もあり裕福な生活でもなかったそうだから、そのせいでスレちゃって英霊としてよみがえった時には不良になってたんだろうか、とも考えた。
まさか、自分が書いた小説の主人公だと思い込んでいるとは。
じっと見つめるジョウに気づいたミゲルは、芝居がかった動作でお辞儀をした。
卍卍卍
もう誰も追ってこないことを確認したところで、ようやく和希達の足は止まった。
しかし、安堵などすることなく和希は悔しげに地面を叩く。
「久達を置いてくるなんて……!」
「悪ィ、和希……助けられなかった」
「いや……ミューのせいじゃねぇよ」
みんなが足を止めた時点でレッサーワイバーンを降り、和希のもとへ駆けつけたミューレリアは、悔しがる姿を見てうなだれた。
殿を務めていた魅世瑠の表情も晴れない。
そんな彼女にそっと気遣うような声がかけられた。
「手当てをするから、座って」
救急箱を抱えた
九条 イチル(くじょう・いちる)だった。
いつからいたのか知らないが、衣服の裾などがほつれている。
「応急手当くらいしかできないけどね……」
「いや……悪いな」
いつやられたのか、腫れ上がっている手の甲に、イチルは消毒液を染み込ませた脱脂綿で表面を綺麗にし、膏薬を塗ったガーゼをあてると包帯を巻いていった。
フローレンス、ラズ、アルダトにも手当てをした後、イチルは良雄の様子を見に向かう。
彼はずいぶんと不安そうにしていた。
竜司が自分をかばって背中をひどく打たれたからだ。
良雄に灯りを持ってもらって、竜司の背中を見れば赤黒い大きなアザがあった。
頼りない灯りの下でも、いかに強い打撃を受けたかがわかる。
「りゅ、竜司せんぱ〜い……」
泣きそうな良雄の声に、同じく涙が出そうだったイチルはグッと堪える。ここで二人して泣いても意味はない。
その代わり、言葉がこぼれた。
「誰にも傷ついてほしくないのになぁ……。どうしたら丸く収まるんだろう」
答えは期待していない。
が、全然違う反応はあった。
一人のパラ実生がイチルに声をかけたのだ。
「なぁ、もしかしてこの包帯、お前か?」
と、彼は包帯の巻かれた腕を突き出す。
それは首領・鬼鳳帝の中に光学迷彩を使って救出組にくっついていった時のことだ。
無事、良雄を助け出して一階で久とミゲルの一騎打ちの時、イチルは傷の手当てをしていっていたのだ。
勝負を見るのに夢中になっている彼らは気づいていないようだったが。
小さく頷いたイチルに、パラ実生は破顔して礼を言った。
堪えていたものが再びせり上がってくるのを感じた。
翌日、パラ実に衝撃が走った。
総長の夢野久とその契約者の二人が太平洋に落とされた、という──。
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