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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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chapter.10 「ベル」救出戦(2)・TRUTH IN MY ARMS 


 裏口は、比較的早く発見することが出来た。店舗の従業員用出入り口と思われるドアが、正面入口の逆側にあったのだ。しかし、当然ながらそこには鍵がかかっていて開けることは出来ない。
「この非常事態だ、ちょっと使わせてもらうぜ」
 隠れ身でここまでやってきた壮太がピッキングを駆使し開錠に成功すると、そのまま手で合図し、他の生徒たちを中へと入れた。
「情報だと、地下に捕えられてるんだろ? てことは、板とかで階段が隠されてる可能性もあるよな。足元に注意して探すしかねえか」
 言うと、壮太は大きな音を立てないよう、細心の注意を払いつつ足で床の感触を確かめながら歩を進める。周りは何も見えないほど真っ暗というわけではないが、狭い通路に点々と灯っている照明は、表のキラキラした店の内装と激しくギャップがあった。
 通路がそう広く、長くないこともあったためか、生徒たちはすぐに目的のものへと辿り着いた。壮太の予想通り、やはり板でカバーをされた地下通路への入口が。
「こっからは明かりがないかもしれねえから、とりあえずこれで視界を確保しとくか」
 壮太はダークビジョンを発動させ、先頭を切って地下への階段を降りていった。
 数名の生徒が彼に続いて降りていく。少人数とはいえ、壮太たちが起こしたこれらの行動が誰にも見つかることがなかったのは、店内で店員を気をそらすことに力を注いでいた周とミミのお陰でもあるだろう。

「ねえ、この店に、ゆったりしたラインのワンピースってあるかな?」
 壮太たちが地下へと侵入を始めていた頃、ミミはひっきりなしに店員へと話題を振っていた。もちろんその目的は、店員を自分の近くに縛り付けておくことにある。
「もし良かったら、何着か見立ててほしいな。色々見比べたくて」
「はい、少々お待ちください」
 店員がバタバタと店内を回り、ミミの背丈に合うサイズの服を何着か持ち出す。その傍らでは、周が女性店員を片っ端から口説いていた。
「やっぱりこういうところで働いてる子って、おしゃれで可愛い子が多いんだなー! なあなあ、ここにある可愛い服着て、今度俺とデートしようぜ!」
 おそらく周なりに、自分が出来ることをやっているつもりなのだとは思うが、その様子はどこか楽しそうでもあった。
 ふたりが多くの店員をフロアに居続けさせたこの行動が、結果として裏口にいた彼らを助けることとなったのだ。

 そして、その裏口から侵入した生徒たちは、無事全員が地下室へと移動を終えていた。通路より何倍も暗いその部屋の様子から、何かを感じることは出来ない。しかし、暗闇でも視界が働くよう準備をしていた壮太は、闇の中にその姿を見つけ出す。
「夜魅っ!」
 思わず声が漏れ出た壮太。その夜魅は、疲れきってぐったりしていたが、壮太、そしてコトノハやルオシンの姿を見つけると、ぱあっと表情を一変させた。その笑顔を見て、コトノハたちも安堵する。
「パパ! ママ! 壮太おにーちゃん!」
「夜魅っ……! 無事で、無事で良かったっ……!!」
 四肢の動かない夜魅だったが、コトノハは構わず抱きしめる。冷たい手足とは真逆に、温かい肌の温度が夜魅に伝わる。これが、家族の温もりなんだ。夜魅は頬を赤くして、頭をコトノハの胸へ寄せた。
 そして、他にも拉致された者たちは続々と救出者との再会を喜んでいた。
「つかさ、よく無事でいてくれた。もうあの時のような光景を見るのは勘弁だったからな」
「俺は、こんなことじゃくたばんねえと思ってたけどな。おいつかさ、ご褒美は後でたっぷりもらうからな」
「ふたりとも、私なんかを助けてそんなに喜んでくださるなんて……」
 ヴァレリーとバイアセートがつかさが生きていた喜びを分かち合っているその横では、アズミラの契約者、弥涼 総司(いすず・そうじ)が石となった彼女の手を触りながら、眉をひそめていた。
「助けが遅れて済まなかったな、アズミラさん」
「待ってる間歌いすぎて、もうちょっとで喉が枯れるとこだったのよ」
 皮肉混じりに答えたアズミラだったが、悲しそうな顔をのぞかせる総司を見て、「でも、ありがとう」と優しい声で付けたした。
 彼女たち以外にも捕えられていた数名の女性も、残る生徒たちが発見し、保護をする。ここにいる被害者の命が無事だったことを確認した壮太は、階段の方を見て言った。
「石化の解除もしてえけど、まずここを脱出するのが先決だな」
 まずは安全な場所まで連れ出さなければならない。それは、禁猟区で警戒をしていたコトノハも同じ思いだった。迫り来る得体の知れない危機を、皮膚が感じていたのだ。
「さあ、早く……」
 協力し、被害者たちを運ぼうと彼らが動き出したその時だった。突然、彼らを重苦しい吐き気と頭痛が襲った。
「っ!?」
 下からこみ上げてくる不快感と、頭部を締め付けられているような痛みで、全員が膝をつく。内部で暴れ回るこの痛みは、彼らに立ち続けることすら許さなかった。
「なんだ、これは……?」
 壮太が鈍い痛みの中、周囲を見る。別段敵の姿も見えなければ、異変もない。何かの攻撃を受けたであろうことは想像できたが、その正体が分からない以上、ここに留まるのは危険だと思われた。
「このままじゃまずい、この場を……」
 壮太がそう言いかけた時、恐れていた事態が起きた。たまたま出勤時間の近かった店員のひとりが、裏口から入り、その異変に気付いてしまったのだ。
 といっても、鍵はかけ直し、板も直した彼らは形跡を隠したはずであった。ではなぜ、異変に気付いたのか?
 それは、彼らの突然の体調不良と関係があった。
 エンドレス・ナイトメア。
 ネクロマンサーが使うというその術は、浴びた者に強い吐き気や不安感、頭痛などを与える。その術の効力が込められた瓶が、地下室にセットされていたのである。おそらく、拉致されていた者が動かされると発動する仕組みなのだろう。そしてそれが発動した際に生じた臭いが、階段をのぼり裏口にいた店員に異変を気付かせてしまったのだ。
 通常の使い手ならば、技の効力をこれほどまで容器に保存するなど困難であると思われることから、そのトラップを仕掛けたのが相当な魔力の持ち主であることが想像できた。もっとも、今の彼らはそれどころではなかったが。
「おい、何をしてる」
 階段を下り、店員がやってくる。その様子から、店員もその仕組みを知っていたものと思われる。術にかからないのも、それが理由だろう。
「まずいかもな……」
 壮太が現状を見て呟く。守らなければならない者がそばにあるにも関わらず、自分たちは自由に体を動かすことが困難な状況。そして、脱出経路である階段は部屋の奥。自分たちのその階段の間には、ひとりの男。この絶体絶命ともいえる事態に、気力を振り絞り立ち上がったのは姫宮 和希(ひめみや・かずき)だった。さらわれた女性たちを思うと自然と体が動き、救出組に同行していたのだ。
 彼女は口を開くことも危ぶまれる嘔吐感の中、目の前の男に話しかける。
「なあ、俺はロイヤルガードの一員なんだけど、ここにいる女の子たちはさらわれてしまった被害者なんだ。そして俺たちはそれを取り戻しにきた。どうか、このまま彼女たちを返してくれないか?」
 それは、駄目もとの交渉だった。この状況を見て、この地下室で店員が敵意を見せているということの意味を和希は分かっていた。その想像通りの答えが、目の前の男から返ってくる。
「駄目だ。ここは大事な場所で、そこの女たちは大事な材料だ」
 男が、一歩前に進み和希に近づいた。和希は手を膝に置き息を乱しながらも男を睨みつける。それが今和希に出来る、「龍の波動」による精一杯の威圧だった。当然、弱っている彼女の威圧に男は屈しない。それどころか、和希を始末するべく、彼女との距離を縮めていく。
「くっ……しょうがない、ここは何があっても、俺が守ってみせるぜ!」
 先の先で先手を取ることを目論んだ和希は、ふらつく足で壁のある方角へダッシュすると、胃の逆流を恐れず、軽身功で壁を駆け上がった。そのまま空中で一回転した和希は、勢いをつけ握った拳を真下――男のいるところへと振り下ろす。が、その手は男を捉えることなく、地面に空しく叩き付けられただけだった。勢いが仇となったのか、和希の手の甲からはダラダラと血が流れていた。
「つっ……」
 左手を添え、出血を抑えようとする和希。そうしている間にも、内側からの鈍痛が彼女を蝕む。
「この部屋の中じゃろくに動けないだろうに、よくやるな」
 膝を地面につけた和希を見下ろして、男が言う。その手に何かを持っているらしく、暗闇の中でそれが光った。刃渡り15センチほどのナイフだ。
「危ない!」
 周りが声を上げたのと同時に、男がそれを和希に突き立てようとした。
「っ!」
 和希が、咄嗟に体をひねる。しかし、完全に避けきることは出来なかったらしく、その右腕には痛々しい裂傷が見えた。右の拳は潰れ、腕自体もナイフで斬りつけられ、頭痛と吐き気は増す一方。和希の体力は、限界に来つつあった。それでも、彼女は立ち上がる。
「こんなとこで、倒れてられないんだ……困ってる子が、いっぱいいるんだ!」
 和希はここ数日のことを思い返す。肌の荒みが酷く、引きこもってしまった女の子のことや、恐い目に遭って暗い部屋で閉じ込められていた女の子たちのこと。それらを思うと、和希は流れている血など気にしていられなかった。
「はあっ!」
 和希が、もう一度、今度は左手でストレートを放つ。それを難なくかわし、隙だらけの背中にナイフを突き立てようとする男。が、和希の狙いはそこだった。
「こっちが、本命だぜ!」
 前方に殴りかかった勢いをあえて殺さず、そのまま前傾姿勢になった自分の体。つんのめったような格好になった彼女の体は、片足を自然を上方へと移させた。その左足に、ドラゴンアーツで強化された筋力が宿る。そのまま和希の踵は、男の顎に直撃した。悲鳴すら上げる間もなく、男は白目を剥き、意識を失ってその場に倒れる。同時に、和希もばたりと力尽きた。一斉に生徒たちが駆け寄るが、和希の怪我は想像以上に重かった。
「どけっ、といてくれっ!」
 和希の周りに座り込む生徒たちをかき分け、総司が和希の前で膝をつく。
「和希さん……くそっ、なんで、なんでオレはいつもこう……!」
 総司が力強く和希の手を握る。彼は、エンドレス・ナイトメアによる自身の肉体の負荷よりも、心の底から湧いてくる無力感に襲われていた。
 オレは、いつもこうだ。
 失踪者を探していた時もそうだった。部の仲間や、自分のパートナーすら守りきれなかった。そして今も、怪我を負った友を前にして何も出来ない。総司は、祈るように両手で和希の血まみれの手を掴んだ。
「どうか、なんだっていい、力を……!」
 目を瞑って、総司が願ったその時だった。彼の背後から、人とも精霊ともつかない、あえて言うなら幽霊に近いものが現れた。姿形は人間のそれに似ているが、雰囲気はまったくの別物だ。
「な、なんだ!?」
 突如自分の背後に出現したそれを見て、総司が驚く。しかしもっと驚いたのは、総司の周りの者だ。他の生徒の目には、総司が虚空を見つめ驚いているようにしか見えないからだ。その存在は、彼にしか見えていないようである。幽霊に似たそのひとがたは、総司の意思を感じ取ったように彼の手をなぞり、和希へと手を伸ばした。そこから光が発せられ、暗闇を一瞬照らした。
「……え?」
 次にその場にいた者たちが目にしたのは、不思議な光景だった。今の今まで右腕と右手に大怪我を負っていた和希が、まるで夢の中の出来事だったかのように傷を完治させていたのだ。赤黒く染まっていた部分には、傷跡すら残っていない。
「これは……まさか、さっきのアレが?」
 総司が振り返る口にする。しかし、もうその幽霊は見えなくなっていた。
「よく分からねえけど、動けんのか?」
 壮太が尋ねると、和希は自分でも不思議なのか、戸惑い気味に頷いた。まだ体を覆う不快感は残っていたが、新たな敵が現れる前にここを去らなければならない。彼らは残った体力で、どうにか被害者たちを運び出し階段を上がると、裏口から外へと脱出することに成功した。裏口で彼らを待っていたのは、店内にいた周とミミだった。
「僕の子守唄が効いたみたいで、良かった」
 どうやら、壮太から脱出の連絡を受け、ミミがタイミングを計って店内で子守唄を歌い、店員たちを眠らせていたようだ。地下で騒ぎがあったにも関わらず追っ手が現れなかったのは、そのせいだろう。
 そして、総司が見せた謎の力。もちろんお化けなどではない。その力の名は、フラワシと呼ばれている。コンジュラーのみが呼び出せる、霊体である。自分でも気付かぬうちにフラワシに憑かれていた総司は、そのフラワシの治癒の力を無意識のうちに使って和希を治療したのだ。総司がその存在、能力に気付くのはもう少し先の話なのだが。

 いずれにせよ、彼らは無事ベルからの被害者級救出、及び脱出というミッションをクリアした。後は、保護した女性たちの石化を解き、事件の真相を暴けばすべてが解決に向かうに違いない。そう信じた彼らは、その足で蒼空学園へと戻っていった。治療と報告、事件の解決のために。
 しかし、彼らが帰ろうとしたその場所は、未だ戦場のままであった。