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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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chapter.16 損と嘘 


 舞台に上がるべき人物が、糸を手繰り合いついに集った。
 講壇側にアクリトと護衛の生徒たち、講堂の後ろ側にある出入り口に愛美と彼女の友人たち、そしてその間にタガザが立っている。
「魔女? さっきの子と言い、色々な噂を立てられるのはモデルの宿命みたいね」
 タガザが愛美の言葉に反応するが、愛美がそれに惑わされることはない。彼女は、今この場において唯一の証言者だからだ。
「ネット越しじゃなく、こうして明かりの下で見てやっぱりって確信した。あの時アンデッドを操ってみんなを酷い目に遭わせたフードの女の人でしょ!」
 その愛美が過去を暴こうとしても、タガザは動じる様子を見せない。それは、彼女の立場に起因する。
 目の前で喚いている一般学生。対して、名声を得ている著名人。通常この状態ならば、どちらの主張が大衆に迎え入れられるかは明白である。故に、彼女は冷静に返答した。
「ファンもいればあなたみたいな子もいるのよね。私が何か、気に食わないことでもしたのかな?」
「したじゃない! あなたのせいで私は、私はこんなことに……っ!」
 髪に隠れていた愛美の肌が、衆目に晒される。それは、シミとしわだらけで、ガサガサと荒れ果てた老人のような肌だった。
「あぁ、そういうこと……困った子ね」
 美貌の差を嘆き、嫉妬した女性が見当違いの恨みを持っていちゃもんをつけている。タガザが描こうとした構図は、おおよそそのようなものであった。しかし、事態は彼女が思うコースに進みはしなかった。
「ベルってお店、知ってるでしょ」
 愛美が尋ねる。さらに彼女は、追いつめるようにタガザへ言葉をぶつけた。
「知らないなんて言わせないよ。だって、あなたのお店だもんね」
 言って、彼女は携帯を取り出した。そこには、ベルを脱した生徒の中のひとり、和希から来たメールがあった。文面は、店の地下に入りすべてを見てきた生徒たちの情報が統合されたものであった。
 被害者はアンデッドに連れ去られていたこと。失踪者が石化された状態で発見されたこと。その地下に、ネクロマンサー特有の罠が仕掛けてあったこと。店員が、地下の秘密を知っていてなお自分たちを手にかけようとしたこと。そしてタウン内で転がっている情報に、タガザがそこで目撃されるという噂があったこと。これらのことから、ベルを脱した生徒たちはある仮定を導き出していた。
 ――タガザは、その店で目撃されているのではなく、むしろ店の主なのではないか、ということを。
 店員はおそらくタガザの息がかかった者たちで、モデル活動に必要な外交は彼らが行っている。一方でタガザがネクロマンサーであれば、アンデッドを使役し女性をさらい、私物である店の地下スペースに石化させ押し込める。石化させた意図は、それがアンデッドを生成する条件だから。その仮定が正しければこう説明をつけることが出来るからだ。
「このくらい子たちは、推理ごっこがしたいお年頃なのかな?」
「とぼけたってダメだよ。私の友達が、そこに地下で全部見たんだから」
 愛美が言ったそれは、本当のことだった。だが、さっき彼女が口にした「ベルはタガザの店」ということはあくまで推論に過ぎない。そう、愛美は、カマをかけていた。
「私も、あなたに石化されて海に捨てられた。そして店の地下では、学校の女の子たちが石化させられてた。それでもまだ、言い逃れするの?」
 タガザは、一度軽く後ろを振り返った。そこには10名以上の生徒がアクリトを囲んでいる。前を向き直ると、愛美を守るように同じくらいの人数の生徒がいつでも動ける態勢を取っている。彼女は、少しの間沈黙をつくった。その様子から、タガザを追いつめたのだと確信した愛美は、尖っていた目を少し緩ませ、後ろを向いた。扉のそばに寄りかかるようにして、そこには緋山 政敏(ひやま・まさとし)が立っていた。愛美は声にこそ出さなかったが、軽く頭を下げ「ありがとう」の形に唇を動かした。
 愛美がこのタイミングで講堂に入り、タガザと接触できたのは彼の功績によるところが大きかったためだった。時間は少し遡る。



「リーン、ひとつ頼まれてくれないか」
 それは、朝方の話だった。政敏は大学で行われる講演会の話を耳にするとすぐに、パートナーのリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)に言った。
「何? 改まっちゃって」
「ちょっと根回しをしてほしくてね。ほら、タガザに会いたい人がいても、一般人だとなかなか会えないだろうからさ」
 政敏はすべてを口にはしなかったが、リーンは充分理解していた。政敏がこの数日、誰を気にかけ、誰と共に動いていたかを知っていたからだ。
「ちょっと待ってて、今山葉校長に連絡してみるから」
 そうしてリーンは、涼司にあることを告げた。愛美が今回の事件の被害者となっていることなどをネタにして、学園の新聞部がアポイントメントをどうしても取りたいということを。警察に届け出ても愛美の立場ではタガザの描いたようにただのアンチファンで片付けられてしまう。しかし、涼司なら生徒のことを思いアクリトに取り次いでくれることを期待して。
昼前にアクリトから電話があった時、涼司が「さっきこっちの生徒から電話があって……」と伝えたのは、政敏たちのことであったのだ。当然、アクリトもタガザに何かしらのにおいを感じていたため、無下にはしなかった。
 だがアクリトが答えたのは、講演会中ではなく講演会後に講堂へと来ることだった。講演中は仕切りが壇上にあったため接触は不可能であったし、このタイミングであれば護衛に紛れ講堂に入るのは比較的容易かったからだ。
 愛美は、講演が終わるまで講堂から漏れてくる音を聞きながら、じっと待っていたのだ。最も彼女を追いつめられる機会を。

「会って、元に戻す方法を聞き出さないと」
 講堂そばのロビーにある椅子に腰掛けて、愛美が言う。講堂からはタガザの歌が聞こえてきた頃だった。
「ふと思ったけど、石化した箇所を少し削って、元に戻したらどうなるんだろうな。ほら、皮膚置換とか裂傷受けた時の治療法として割と一般的……」
 彼女を和ませようと半ば冗談のつもりで言ったのだろうが、その話は石化されたことのある彼女に若干苦々しい顔をさせてしまった。
「じゃ、ないよね。すいません」
 政敏が冷や汗をごまかし立ち上がったと同時に、講堂から流れていた歌が止んだ。



 愛美が生徒たちからもらった情報を次々と突きつけ、タガザはまだ沈黙を続けたままである。
「私は、あの石にされた時から肌がおかしくなったの。きっと、石化に何か意味があるんでしょ? 教えてよ。あなたが本当は誰なのか。私が元通りになるには、どうしたら良いのか!」
 彼女の大きな声が響いた後、しん、と講堂が静まる。
 被害者である愛美が来ると聞いた時点で、アクリトもある程度予想をしていた。彼女が、何かしらの情報を携えてくるのだろうということは。しかしそれでも、彼は内側に驚嘆の思いを抱かずにはいられなかった。一生徒が、ここまで場を煮詰まらせるとは、と。
 彼のその考えに間違いがひとつ紛れていたことがその原因だろう。愛美ひとりでは、ここまで証拠を突きつけることは出来なかったはずである。この状態を生んだのは一生徒ではなく、事件を解決しようと動いてくれた生徒たちすべてなのだ。
「ネットを中心に大人気のモデル、タガザ・ネヴェスタ……」
 静寂を破り、噛み締めるように口に出したのはタガザ本人だった。
「少しでも多くの人に、私のことをそう思っていてもらいたかったんだけどね」
 アクリトたちとの会話の中で漏れた、「パルメーラについての知識の所有」。地下室に突入した生徒たちが手に入れた、「ベルの秘密」。そして愛美と彼女を行動を共にした者たちが辿り着いた、「幽霊船の魔女と石化の連鎖」。
 そこに愛美自身の証言も加わり、そのすべてをもって彼らはついにタガザの別の顔を晒すに至った。
「仕方ないから、ここにいる子たちを全員脳の神経まで腐らせて、明日からまたタガザ・ネヴェスタを名乗らせてもらうわね」
 肩にかけたショールから細く、小さい棒を取り出すタガザ。彼女がそれをくるりと一回転させ縦に振ると、仕込みか魔術か、あっという間に棒は長く、ゴツゴツした杖へと姿を変えた。
「その明日に、あなたたちはいないけど」
 コツ、とヒールの音が一度鳴った。同時にタガザは、アクリトに杖の先を向けながら距離を詰めていた。
「待って、あなたは一体、誰なの!?」
 そう叫び、愛美も前方へと駆け出した。タガザはちらりと愛美の方に視線を流すと、「どうせ知ったところで今日限りの命だ」とでも言わんばかりの不敵な笑みを浮かべながら、初めてその名を聞かせた。
「魔女ニムフォ。もう呼ぶことも、呼ばれることもない名前よ」