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リアクション
幕間
菩提樹駅。
前回の冒険の舞台となった奴隷都市アブディール地区にある駅である。
湿地帯にある辺鄙な駅だが、何を隠そうこの菩提樹はナラカの世界樹『アガスティア』なのだ。
ともすれば、拝みにくる死人も大層いそうなものだけれど、近付くものは基本的にいない。
奈落人も死人もここには恐怖を感じている。
原因はかつてここの管理者だったカーリー・ユーガにある。守護者だった彼女はアガスティアに近付く外敵を徹底的に滅ぼした。大昔は湿原にも都市があったようだが、トリシューラの一撃で灰燼に帰したと伝えられている。
しかしその挿話はまた別の機会に語ることにしよう。
今語るべきは、ほろびの森ではなくこっちに来てしまった人達の物語である。
『勝利ノ塔? ソレハ蒼空学園以外ノ生徒ガ何トカスルンデショ!?』
「もー、福ちゃんてばそんな言い方しちゃダメよぅ。そういうつもりじゃなかったんでしょうし」
筆者をチクチクさせながら、橘 カナ(たちばな・かな)と腹話術人形『福ちゃん』は駅に降り立つ。
先に列車を降りた兎野 ミミ(うさぎの・みみ)を探す。
すると、巫女巫女バカ一代坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)とノートパソコンに熱弁を振るってるのを見つけた。
「環菜様が死人の谷駅を超開発した今、我々はナラカのランドマークたりうる菩提樹を徹底開発するしかないッス!」
瞳の中に炎を燃やしてミミは語る。
「インド風はもう古いッス。時代は巫女装束というナラカ、となると次に求められるのは神社、これは明白ッス。菩提樹は線路も元々伸びていて行き易いし、ご神木にもぴったりッス。新たな観光スポットにするッスよ!」
「全面的に同意でござる。インド風だから問題が起こったのでござる。イメチェンは完璧に行うべきでござるよ!」
インド人に聞かれたら国交断絶ものの発言である。
「神社はインド仏教の流れも吸収してるから大丈夫でござる! 巫女さんの呪術効果で問題の根源も吸収でござる!」
『ははぁ、神社……』
画面に映ったトリニティは首を傾げた。
気のせいか、背景で激しい戦闘が繰り広げられてる気もするが、よそはよそ、うちはうちの精神で優雅にスルー。
『あの、それによってナラカエクスプレスに利益はもたらされるのでしょうか?』
「勿論でござる。神社の周辺では通常より若干高く商品を売っても許されるのでござるよ!」
それで儲かるのはテキ屋だろう。
「そ、それもあるッスけど、なにより駅の利用者が増えるッスよ。きっとナラカの利用者も増えるッス」
「うむ、度重なる拙者の活躍により、トリニティ殿も巫女装束の巫女☆巫女経済効果は実感して頂けたでござろう」
『なるほど。よくわかりました。弊社の利益となるのであればよろしくお願いします』
その言葉に二人はガッツポーズ。
『……ただ、それほどの設備となると資金や人手が必要なのではないのですか?』
「アブディールの死人さんにお手伝いをお願いしようと思ったッスけど……」
『あそこの死人はニコニコ労働センターの管理下あります。労役外労働を好んでやる死人は少ないと思いますので、ニコ働に正式な仕事として発注したほうがいいでしょう。現在の王たるガネーシャの了承を取り付ける必要がありますが』
「うーん、そうだったんスか」
「ところで、トリニティ殿……開発拡張案として、地上からも繋がる線路を利用して、ケーブルを引き地上直結ネットワークも構築しようと考えてるでござる。ナラカサーバを神社に設置すれば更に磐石、ナラカにもネット時代を到来させ世界に巫女☆巫女ナラカを発信できるでござるが、これももしかして……大変そうでござるか?」
『現世側の工事やナラカの設備を整える必要がありますから、巨額の資金が必要かと思われます』
鹿次郎は財布を確認し、そして見なかったことにした。
『そう言えば……』
ふと、トリニティは画面外にいる誰かをチラチラと見た。
『最近ツテが出来たのを思い出しました。スポンサーはなんとかできるかもしれません』
「本当でござるか!」
「マジッスか!」
なにやら驚喜する二人に、福ちゃんはポツリとこぼす。
『みみ……。地元ノ奈落人ダッテコンナニ張リ切ラナイワヨ』
「いったい何が彼女を突き動かすのかしら……?」
それは彼女だけが知っている。
「何度言ったらわかりますの! わたくしが説明する前にサンプルを食べるんじゃありません!」
イライラと身を震わせる姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)、カナと福ちゃんは顔を見合わせる。
『ドウシタノヨ』
「どうしたもこうしたもありませんわ。てんで使えません。ダメです、ダメ人間です」
そう言って、ズラリ並んださるさるスーツの集団『スーパーモンキーズ』を指差した。
彼らの神社建立大作戦にほいほい付いて来ちまったのは実は彼らだけだったのだ。
なんでもボスのハヌマーンが修行のため行方をくらましてしまったため、彼らは基本仕事がなくてヒマとのこと。
「おやつが並んでるから食べただけウキよ?」
「何がいけないウキ?」
食べ物に関することなので食いしん坊の雪さんはピギピギと青筋をパンパンに膨らませた。
「……いいかしら。大いに盛りあがる神社の参道には膨大な数の屋台が立ち並び、ありとあらゆる味覚が集まるものなのです。ですから、皆さんには露店設営から販売までできるようになって、ここを盛り上げて頂かねばなりませんの」
「ふむふむ……」
適当に相づちを打ちつつ、モンキーズはサンプルのお饅頭やらたこ焼きやらをぱくぱく自らの口に移動させている。
「だから勝手に食べるんじゃありません! と言うか、食べるならわたくしに先に食べさせるのが当然でしょうが!」
つまるところ、争点はそこのようである。
「落ち着いてー、雪さん」
『ソウソウ。コノ人達モチャントコチラノ文化ヲ学ベバ協力シテクレルワ』
そう言うと、カナは観光地の絵葉書やデジカメの写真を見せ、神社がどういう場所なのか説明を始めた。
「神社ってね、鈴を鳴らしてお賽銭投げてお祈りすると、願いを叶えてくれるところなのよ」
『巫女ハソノ仲介人ッテトコロナノカシラ』
「巫女さんktkr!」
「最近、都市でよく見るウキ!」
興味を示しはじめたモンキーズに、巫女さんの写真を見せてあげる。
「ほらほら、巫女さんがこうやって竹箒でお掃除してるところとか素敵よね」
『タダシ美人ニ限ル』
すると、彼らはジッとカナを見た。
「お嬢ちゃんも巫女さんになるウキ」
「見たいウキ。早くなるウキ」
「え、やだ……」
ちらりと鹿次郎を見る。
「身の危険を感じるんだもん……」
それは正しい判断であると言いたい。
けれども、そんなことはおかまいなしに猿達はうるさく喚きはじめた。
「以蔵殿! この人達はあなたが連れて来たんでしょう! なんとかしてください!」
「そんなにカリカリしたらいかんぜよ……ヒック」
岡田 以蔵(おかだ・いぞう)はお猿のように赤い顔で答えた。
ベンチにごろり横になり、神酒として用意された樽酒をガブガブ飲んでる。
「こういう人よく駅で見かけるよね……」
『ネ、社会ノだにネ』
そんな言葉は馬耳東風、ふらふらと焦点のおぼつかない目で以蔵は語りはじめた。
「ええか、酒があれば労働者も集まる。酒があれば労働者も喜び働く。酒があればもしかしたら巫女装束を着たトリニティが酔って色っぽく色々何かあるかも知れない。酒に酔ってればナラカである限りうっかり辻斬っても許される。酒が美味ければ労働も捗る。酒があれば巫女さんがお神酒をついでくれる。酒があれば即宴会。酒があればわしがトリニティの姉ちゃんとうっかり結婚しても許される。酒があればガルーダも巫女装束姿になる、つまりルミーナとカンナも着る」
「ちょっと何言ってんのか、わかんないですけど……」
「ええと、つまり……ヒック……酒最高乾杯!」
へらへら笑いながらあおると、締まりのない口から酒がジャバジャバとこぼれた。
こんな大人にはなってはいけないと反面教師としておしえてくれた岡田以蔵に乾杯。
そんな混乱の様相を呈し続けるホームを、常識人山中 鹿之助(やまなか・しかのすけ)はグッタリとした顔で見回した。
まだ何もしてないのに疲労感タップリなのはナラカの穢れの所為だろう、と自分に言い聞かせる簡単なお仕事。
「とうとうそれがしも戦に出るのか……と意気込んで来たのが馬鹿であった……」
「神事でござるぞ?」と言う鹿次郎の言葉に真面目な彼は頭を抱えてしまった。
「たしかに神社を奉るのであれば神事……。安定した治世の為に神社仏閣を建造するのは間違いではないが……」
「神主は拙者がなるでござる! じっくり巫女さん達を吟味して……おっとなんでもござらん。はっはっは!」
この者を見てると……、なんか、なんか、なんか腑に落ちん!
ブツブツ言いながらも、真面目な彼は言われたとおり、菩提樹に簡易社やしめ縄を設置しにトボトボ向かっていった。
こうしてナラカ開発プロジェクトは第一歩を踏み出したのである。
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