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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第1回

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・極東新大陸研究所海京分所


「ここが、海京分所……」
 祠堂 朱音(しどう・あかね)はその門の前までやってきた。
 これまで、存在は知っていたが訪れる機会に恵まれなかった。
「ここの連絡先を入手するだけなら、それほど苦労はしなかったぜ」
 ジェラール・バリエ(じぇらーる・ばりえ)が口を開いた。ある程度顔が利くことを利用し、整備科の教官の伝手で連絡先を聞いたのである。
「お前と協力するのはすっきりしなかったがな。なんとか博士達が研究所にいる日程を掴んで、どうにかこの時間に面会をねじ込んだ」
 と、シャルル・メモワール(しゃるる・めもわーる)
 なんでも、今日は入所希望者、とりわけ博士に会おうという人が多いらしい。午後から第二世代機開発プロジェクトの会議もある関係で、今日は一日研究所にいる。そのため、時間の合間を縫って面会希望者と会うらしい。
 多くの学生から意見を聞きたいというのと、紹介状を携えてやってくる他校生を無下には出来ないという思いがあるのだろう。一人当たりの時間は長く取れないとのことらしいが。
「会うだけなら、天学生ということもあって申請書をちゃんと書きさえすれば大丈夫みたい。もちろん、ちゃんと偽りがないかチェックされるみたいだけど」
 須藤 香住(すどう・かすみ)が呟いた。
 学院の生徒の場合学籍と照合されるため、情報に齟齬があった場合はすぐに分かるという。
 受付で身分証と記入済みの申請書を提示し、チェックしてもらう。
「ここから先、僕達はあくまで朱音のサポートをするだけだからな。知識を得るためには、お前自身の力でないと」
「うん、分かってるよ」
 そわそわしながら朱音は待っている。
「どうしてそこまでイコンにかけるのか、ワタシには分からないけど……出来ることであれば力にあるわ」
 ワタシも知りたいことがあるし、と香住。
「……べ、別に僕も手伝わないってわけじゃないからな! 僕はお前の傍にいる。だから……安心しろ」
 シャルルもまた、朱音のことを見やる。
「お待たせしました。どうぞ」
「お、ようやく博士達とご対面だ」
 受付に案内され、一行は応接室へと足を踏み入れた。

「ホワイトスノー博士、罪の調律者、お願いです。ボクにイコンとは何かを教えて下さい」
 二人と顔を合わせるとすぐ、朱音は頭を懇願した。
「……強大な力を持つことによって生じるリスクも分かってます……でも、ボクは……ボクは、それでも知りたいんです。イコンとは何なのか、何のためにあるのか。
 そして……ボクにとってのイコンとは何なのかを……!」
 しばらく、沈黙が訪れる。
「実に曖昧で、抽象的な質問ね。ならばこちらからも、曖昧で抽象的な答えしか返せないわよ?」
 調律者が不敵に微笑む。
「代理の聖像とは何か? それは『カミサマ』ってやつを再現するための『器』よ。少なくとも、わたしにとってはね。今、『神』と呼ばれているものとは比べ物にならないほど強大な存在。
 何のためか? 二つの世界を繋ぐため。『契約』という形で結ばれたパラミタと地球の人々を『新世界』へ導くための力。あるいは絆の象徴。そんなところかしら」
 新世界、その言葉に朱音は強く反応した。
 イコンと共に、新しい世界をもっと見たい。そんな想いを彼女は抱いているからだ。
 天御柱学院に入学する以前、まだパイロット科が設立されていない頃……三年前だったか。当時は超能力関係で注目されていた学院へ見学に訪れたとき、朱音は立ち入り禁止になっている場所に間違って足を踏み入れてしまった。そこにあったのは、まだ調査研究の段階にあったイーグリット。
 それを一目見たときの衝撃は忘れられない。それからほどなくして、パイロット科創設の話を耳にした。
 そして今、こうしてイコンを造ったという調律者の一人と向かい合っている。
「……と言っても、わたしの意識は一万年近く眠ったままだったから、教えられることはあまりないのだけれどね。
 『記録』を辿りなさい。わたしにとってのサロゲート・エイコーンについてはさっき言った通りよ。他のパラミタの人々にとっては、また別の意味を持つものになる。それは争いの歴史が証明しているわ」
 答えは人から聞くものではなく、自分で見出すもの、だと彼女が告げる。
「ナイチンゲールに会いなさい。『匣』の秘密が明かされた今ならば、さっきの曖昧で抽象的な質問に、あの子なりの答えを示してくれるはずよ。もっともそれを知ることが、必ずしも貴女のためになるとは限らないわ。それだけは忘れないで」
 朱音にはサイコメトリーがある。もう一度プラントに行けば、新たな発見があるかもしれない。

* * *


「お願いします」
 朱音達の面会が終わる頃、月舘 冴璃(つきだて・さえり)東森 颯希(ひがしもり・さつき)は海京分所を訪れた。パイロット科長経由で手続き方法を聞いた後、今日なら博士に会えるということでやってきたのである。
 申請書を提出し、時間になるのを待つ。
「どうぞ」
 受付に案内され、朱音達と入れ替わりで応接室へと足を踏み入れる。
「ここに来るのは整備科の人間が多い。パイロット科からとは珍しいな」
 用件を伺おう、とホワイトスノー博士が目を合わせてきた。
「白銀のイコンのパイロットについてです。イコンはジズでパイロットの名はノヴァと言うらしいのですが、一体何者なのでしょうか?」
 ノヴァ、という名前に博士が反応する。
「海京襲撃時、覚醒状態の天御柱のイコンを全て止め、空を割って門を作り出しました。ジズの力も含まれているかもしれませんが、私はノヴァ本人の能力、かなり強力な超能力ではないかと推測してます。そして、ノヴァとあなたは何か関係がある。そう確信しています」
 そこへ、颯希が付け加える。
「確信の一つだけど……例のイコンとそのパイロットと博士と中尉。『はじまりの地』と何か関係あるでしょ?
 そこに行ったとき、建物内に博士と中尉の写った写真があったんだよ。しかも地下に何かを観察してたようなような所があって、超能力に関する資料があった。なにより『はじまりの地』なんて言われてるしね」
「……なるほどな」
「だからこそ聞きたいです。ノヴァの経歴とあと……これは誰でも明言出来ることではないかもしれませんが、ノヴァの目的が何なのか分かりませんか?」
 しばらく考えるような素振りを見せた後、博士が静かに語り出した。
「ノヴァは、当時の所長が『研究対象』として拾ってきた子供だ。能力開発を一切受けていない、先天的な超能力の持ち主。だが、生まれながらに強大な力を持っていたため、親から殺されかけたばかりか、孤児院をたらい回しにされていたという。八年、いや九年前か。その時点で超能力と呼ばれていたものは、全て備えていたほどだ」
 ただ、空間を割るような力はまだ持ってなかったらしい。
「最初は特に気に留めてはいなかったが、なぜか懐かれてしまってな。それからは情が移ったというか……面倒を見るようになった。『ノヴァ』と名付けたのも私だ」
 だが、と博士が目を伏せた。
「最後の日、私はアイツを拒絶してしまった。所長によって引き出されたノヴァの真の力に怖気づいてしまったんだ。ノヴァは失望し、全てを破壊して、ジズと共に去っていった。今でも思う。あのとき私がノヴァを受け入れてやれれば、こんなことにはならなかったのだろうと。
 ノヴァの目的は、私にも分からない。だが、これ以上何かしでかす前に、アイツを止めたい。私にも責任があるからな」
「そうですか……私はノヴァが羨ましいですね。私はまともに愛された記憶がないし、そういう誰かの目に留まる能力もなかったので」
 その言葉を横で聞いていた颯希が、無言で顔を背ける。何か思うところがあるのだろう。
 一度すれ違いになってしまったとはいえ、博士がノヴァを大切に思っていたのは確かなようだ。
「最後に一つ教えて下さい。博士、あなたがイコンを研究する理由は何なのですか?」
 なぜこの道を志したのか、問う。
「科学者が研究をするのは、それを知りたいからだ。突き詰めてしまえば、私は現代のテクノロジーをも凌駕するサロゲート・エイコーンというものを解明したいだけだよ」
 シャンバラのため、とか天御柱学院のため、というわけではない。
「二十年以上前になるが、私は日本のアニメーションに出てくる巨大ロボットに魅了された。それからというもの、自分の力で人間が乗り込む人型ロボットを造る、というのが私の目標になってな。他の同じ年頃の女子が色恋沙汰やファッションに興味を持つ頃、私はひたすらに工学分野の勉強に没頭した。それで、気付いたら十代で『新世紀の六人』の一人となり、ロボット工学の母とまで呼ばれるようになっていた。
 イコンがどういう原理で動いているかは分かる。素体さえあれば造ることだって出来る。だが、ゼロから造ることは出来ない。だから、その方法を探しているのだ」
 そして、今度は博士が問うてくる。
「お前はなぜ、天御柱学院にやってきた? パイロットになったのには理由があるのだろう?」
「私は目標を探すためにここに来ました。過去の日々では得られなかった目標を見つけるために」
「それは見つかったのか?」
 冴璃は、それには答えない。ただ、意志のこもった瞳で博士を見つめるだけだ。
「……なるほど」
 そして、席を立つ。
 深々と一礼し、応接室を後にした。