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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

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chapter.13 スライドショー 


 無事珍獣たちの縄張りを抜けた一行は、遺跡の近くまで歩みを進めていた。あとはミイラを返せば、今回の探検は無事終了となる。
 ここで、何人かの生徒がその返却物に興味を示した。
「あのミイラ、返す前にちょっと調べられないかしら……」
 ぽつりとそう呟いたのは、リネン・エルフト(りねん・えるふと)だ。それに同調する形で、伏見 明子(ふしみ・めいこ)が賛成する。
「確かに、契約者ならではの調べ方が出来るかもね。サイコメトリとか使って。ねえ教授教授ー、ちょっとミイラ触らせてー」
 言って、明子がメジャーに許可を願い出る。牙竜の前例があるため、メジャーはもちろん拒否はしない。
「さっき他の人が試してダメだったから、あんまり意味はないと思うけど……」
 再び真が、手袋を持ってミイラと共に彼女らの前へとやってくる。白手袋を受け取ったリネン、そして明子は、牙竜の失敗を聞き、それなら、と話しだした。
「さっき、この人も言っていたけど、テレパシーじゃなく、サイコメトリなら……」
「なんだ、おんなじこと考えてたの? まあ私たち素人がちゃんと分析とか出来ないし、試せるとしたらやっぱそれよね」
 一見似たような響きのふたつのスキル。しかし、確かに違いはあった。
 テレパシーは、遠くにいる相手と面識がある場合、声を用いずに会話を行うことが出来る力。対してサイコメトリは物品に触れることで、その物品にこめられた思いや、その物品にまつわる過去の出来事を知ることができる力だ。彼女たちは、それを用いて返却物の過去を知ろうとしていた。
 ふたりの案にしかし、真は首を振る。
「でも、ミイラは何も反応しなかったよ……?」
 それはあの、牙竜のちょっぴり恥ずかしい独り言が立証済みだ。が、明子は笑って真に言葉を返した。
「サイコメトリで試すのは、ミイラの副葬品よ? まあ、ミイラを物品として認識するってのも発想としてはアリだけど、もうやった人がいて、しかもダメだったならやっぱり残るのはそれしかないよね」
「それに、もしダメでも、副葬品を細かく調べることで、紋章とか文字、絵柄で何か分かるかもしれないし……」
 明子の意見に付け足す形で、リネンが言った。真は「なるほど」と納得し、丁寧に扱うことを条件にミイラを彼女たちに預けた。
「財宝の手がかりとかがあれば……もし副葬品から何も読み取れなくても、ヘイリーならイギリス人だし、こういうの得意そうだからどうにか手がかりを見つけて……」
「なんで!? あたしは征服王の子孫とは違うのよ!? やったのはせいぜい修道院の焼き討ちくらいだし、分かんないわよ!」
 リネンの誤解に溢れた言葉に、パートナーのヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)が思わず突っ込んだ。
「シボラ関連の資料を大学から持ち出そうにもそもそもシボラの資料なんて世界樹が石になってるらしい、くらいの資料しかなかったし、スキルで手伝うことも出来なさそうだし」
 今回はやることなしね、と手をひらひらさせたヘイリーに、リネンが尋ねる。
「『石を肉に』でミイラを戻したりは?」
「まあ、出来たら愉快だけど、まずないでしょうね」
「じゃあ、フェイミィはどう?」
 話を振られたのは、もうひとりのパートナー、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)だった。
「ん―……」
 じっ、とフェイミィはミイラを見つめ、むむむ、と頭を悩ませる。何を考えているか分からないが、あまり期待できそうな雰囲気は残念ながらない。
「ああ、分かったぜ! このミイラの正体!」
「ほ、本当!?」
 まさかの発言に、リネンが先を促す。が、返ってきた答えは、とんでもない肩透かしな回答だった。
「歳は十代、Gカップボイン、オレ好みの巨乳美少女だ!」
「……」
「……」
 場を、なんとも言えない空気が流れる。
「それただの希望でしょ、エロ鴉……」
「いや、女体の専門家が言うんだから間違いねぇ!」
 熱く女体について語ろうとしたフェイミィだったが、「ちょっともう黙ってて」とリネンに殴り飛ばされ、フェイミィは強引に口を閉ざされた。
「……結局、何か情報を手に入れ次第、メジャーに逐一報告していくのが確実なのね」
「ま、大丈夫じゃない? この副葬品は思いっきり物品なんだし。これならほぼそのまま、ミイラがつくられた時のことが分かるはずよ。一緒に埋められるくらいだから、こめられた思いも残ってるはず」
 溜め息をつくリネンを励ますように、明子が言った。
「って言っても、時代が古すぎて何も残ってなかったらしょんぼりだけど、こればっかりはね。試してみなきゃわかんない。とにかく、まずはやってみることね!」
 話し合いを終えると、リネン、そして明子はそれぞれ副葬品に手をかざし始めた。
「あ、そうそうレイ、何か分かったらちゃんとソートグラフィーでデータとっといてね」
 呼ばれた明子のパートナー、レイ・レフテナン(れい・れふてなん)は小さく頷きいつでも念写できるよう準備を整えた。
「急に連れてこられて、何をするのかと思えば……まあ、何が起こるか分からないですから、フォローはちゃんとしますが」
 契約者ってのは本当に、と小言を漏らしながら、レイが明子のすぐ後ろに控える。さらに脇を固めるように、他のパートナー、九條 静佳(くじょう・しずか)レヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)も明子を守るように身を置いた。
 いや、正確に言えば護衛に精を出しているのは静佳だけで、レヴィは若干のんびりとくつろいでいるように見える。
「襲撃されそうな場所ではないといっても、しっかり守らないと」
「んー? ウチのやんちゃマスターなら今回ミイラにご執心のようだし、そんなに気ィ張らなくても大丈夫だろ」
 羽を伸ばす気満々のレヴィに少し呆れつつも、静佳はそれでも何かあってはいけないと、明子やメジャーを守れる立ち位置をキープしていた。
「さて、っと。じゃ、始めますか」
「……うん」
 明子とリネンが目で合図を送り合うと、ふたりは同時に目を閉じた。ふたりの指先が、ミイラの装飾品に触れる。
 と、目まぐるしく彼女たちの脳内を情報が入り乱れ、たくさんのノイズが流れた。
「……っ!!」
 緩い痛みを覚える中、リネンと明子の脳は、断片的にその映像を吸い込んだ。浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返すそれらの映像は、紙芝居のように次々と現れた。
 多くの人が、ぐるりと円を成して頭を下げひれ伏しているシーン。
 透き通るように美しい水。
 薄暗い洞穴。
 直径1メートルはあるであろう、丸みを帯びた綺麗な石。
 カラフルな衣装を身にまとった、個性溢れる格好の人々。
 
「っはぁ!」
 あまりに勢い良く記憶が流れ込んだためか、そこまでを読み取るのが精一杯だったリネンと明子は大きく意気を吐き、目を開いた。
「今のが……このミイラの周りであった記憶?」
 忘れないように、記憶が抜け落ちないように、明子は急ぎレイに見たものを伝え、念写させる。一方でリネンは、見たものをすべてをメジャーに伝えていた。
「一体、何を暗示しているのかさっぱり……」
 話し終えたリネンが言う。それは当然、メジャーも同じだった。
「洞穴、水、石……カラフルな衣装……うーん、なんだろうね……」
 顎に手を当て、メジャーは考え込む。が、やはり答えはそうすぐには出なかった。その様子を見ていた黒崎 天音(くろさき・あまね)は装飾品から引き出した記憶の情報をさりげなく耳に入れつつ、頭では出発前に交わしたアクリトとの会話を思い出していた。

「……以上が、ナラカで僕が交わした会話だよ」
「そうか、またパートナーに、と……」
 アクリトが気になっていたであろうことを彼に届けたあと、ついで、とでもいうように天音はその話題を切り出した。
「そういえば、メジャー教授のシボラ行きにこれから同行するんだけど……」
 天音の口から発せられたのは、その土地に関する内容だった。
「世界樹は化石になっているんだよね? なら、国家神がミイラだとしてもおかしくないような気がするけれど……どうだろうね?」
 アクリトはミイラという単語を耳にし、一瞬眉を動かした。それを、彼は見逃さなかった。
「どうしたんだい?」
「……いや、そういえば、原住民とミイラの話を彼から聞いた時、違和感があったのでな」
「原住民の話なら、僕も聞いてるよ。肌が黒く、何もまとわない姿で、相手を女性だと認識したら襲ってきたことくらいだけれどね。そこに、どんな違和感が?」
「……」
 アクリトは少し黙った後、天音にその推論を話した。
「身分が相当に高貴なのだと考えれば不自然ではないのかもしれないが、どうも服装に関することが気になっていた」
「服装?」
「仮にそのミイラが原住民にとって大事な存在……それこそ神のようなものであるなら、なぜ原住民は一糸まとわぬ姿なのだろう、とな」
 それは、天音が引っかかっていた部分とは違うところだった。彼は、ミイラが女性であることを気に留めていたが、アクリトは性別ではなく、服装に違和感を持っていた。
「ミイラは、派手に着飾っていた。聞き及んだ原住民とは、まったくの真逆だ。いくら神聖視していたとしても、そこまで対となる格好をするだろうか?」
「……なるほど、これは、もうちょっと掘り下げてみる必要があるかもね」

「どうした、ぼうっとして」
 パートナー、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)のそんな声で天音は現実に引き戻された。
「ちょっと、考え事をね」
「大体いつも、何かを考えている癖にか?」
「考えるのは、悪いことじゃないよ」
 考察魔を少しだけ皮肉ったつもりだったが、それは天音に軽く流された。
「……ところで、さっき何かを受け取っていたな。あれはなんだ?」
 ここに来る前、ある者から資料らしきものを貰っていたころを思い出し、ブルーズが尋ねた。
「ん? ああ、シボラの資料とメジャー教授のパーソナルデータだよ。シボラの方は、僕が知ってる情報しかなかったけどね」
「まあシボラは分かるが……なぜあの男のデータが必要なのだ」
 若干機嫌の悪そうな顔でブルーズが再度質問を投げかける。天音は、薄く笑ってそれに答えるのだった。
「さあ……もしかしたら、面白く使えるかもしれないと思ってるだけだよ」
 天音が前に向き直り、集団の先頭を行くメジャーの背中を見た。さらにその先には、ようやくと言うべきか、見覚えのある遺跡が木々の間からその姿を見せていた。