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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

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chapter.7 あの日見た珍獣の名前を、僕達はまだ知らない(3) 


 珍獣たちの足音は、もちろん集団から外れた者だけに近づいていたのではない。
 集団の中にいる生徒たちも、次々と珍獣を目撃していた。
「シボラーはすごいよー、みかーいのっちー! ひっほうのちちんじゅー、とっきどきとんちー!」
 陽気に鼻歌を歌いながら歩いていたライカ・フィーニス(らいか・ふぃーにす)は、初めてのシボラに胸を躍らせていた。変な秘宝や面白い珍獣がいっぱい存在していると聞いた時から、彼女の心はシボラに惹かれていたのだ。そんな彼女が発見した珍獣は、さほど大きくない、一般的なサイズをした二匹の犬だった。目を引くところといえば、二足歩行で歩いている点と、やや派手目な衣装を着ている点、それと片方が頭にリボンをつけている点だろうか。どうやら二匹は雄と雌で、つがいになっているらしかった。
「こっ、これが珍獣……っ!?」
 二足歩行で歩く犬はそういないだろう、そう思ったライカは期待を膨らませ、その二匹に話しかけてみた。
「やぁやぁ、こんにちは、珍獣さん!」
 もしかしたら、直に接することでさらに面白い性質が見られるかもしれない。そう、ライカは、どこか物足りなかったのだ。他の生徒たちが様々な珍獣と出くわす中、自分の見つけたこの生物が二足歩行してお洒落をしているだけなんてことはないはず! きっともっと何かあるはず! そんな風にドキドキしながら声をかけたライカだったが、返事は返ってこない。
「……ありゃ? 聞いてないのかな?」
 どこか肩透かしを食らったような顔のライカ。もしかして、この生物は特にこれ以上変わったところがないのだろうか。ライカは少しがっかりしつつも、念のためもう少し観察してみることにした。すると、彼女はやがて異変に気付いた。
「ん……? なんか、さっきからずっとイチャイチャしてるような……」
 そう、この二匹の犬は「イチャウイチャウ」という生物で、いつ何時でも二匹セットで、どこであろうと構わず、四六時中イチャイチャしているというなんとも小憎らしい珍獣だったのだ。そのラブラブっぷりは、周囲がまったく見えず、自分たちの世界を築いてしまっているくらいに熱かった。
「なーんか、無視されっぱなしなんだけども。うーん、困ったなぁ……」
 当然、ライカとしては面白くない。絡む余地がないと感じた彼女は、ある実験をすることを思いつく。
「……えいっ」
 偶然持っていたバナナ。その皮を剥くと、ライカはそれをぽいっと、イチャウイチャウの進行方向へと置いた。すると彼女の思惑通り、片方の犬が見事その皮で滑って転んだ。
 これで何か、反応あるかな?
 そう期待し、わくわくした表情で見つめるライカ。が、直後に繰り広げられたやり取りは、彼女の想像を遥かに超えていた。
「う、うわあああっ!! 足が、足がっ!!!」
「ああ、ああっ……ポール! なんてことなのポール!」
「くっ……僕はもうこれ以上進めそうにない……エミリー、ここから先は君が、ひとりで……」
「イヤよ! 私を置いて逝かないでポール!」
「これだけは忘れないでくれエミリー、僕たちの愛は……永遠……だ……よ……」
「ポール……? ポールーーーーー!!!」
 なんと、二匹は寸劇を始めてしまったのだ。一応言っておくが、ポールはバナナで滑っただけで、特にどこも重傷を負ってはいない。とんだ茶番を見せられ、さぞかしライカは呆れているだろう……と思いきや、彼女はなんとその目から涙を流していた。
「ううう……いい最終回だったね……!」
 ぐい、と手で涙を拭いながら、ライカは自分で放ったバナナの皮にfin、と文字をつづった。きっと今彼女の頭の中では、エンドロールと共に壮大なエンディングテーマが流れているのだろう。ぜひとも彼女に誰か、「この世にはつっこみというものがある」ということを教えてやってほしいものである。

 ライカのように珍獣を発見できた者もいれば、やはり中にはそうでない者もいる。
「なんかさっき、鼻歌が聞こえてきた気がする。るるもお歌うたおうかな」
 立川 るる(たちかわ・るる)は、ライカが先程歌っていた鼻歌を耳にし、自分も歌いたくなったのか、即興で作詞作曲を始めた。
「シボ シボ シボラー しぼられるー 世界樹アウタナ しぼられたー」
 軽快なメロディとは裏腹に何やら物騒な歌詞だが、気にせずるるは歌い続けた。
「樹液をちゅるちゅる しぼられてー 干からび 化石に なっちゃったー」
 周りにいた生徒たちが、「この子どうしたの……?」というような目線を向ける。るるはその視線を、若干勘違いしてしまった。
「うん? みんなこっち見てる……そっか! 珍獣ハンターは、こんなに眉毛が薄くちゃいけないよね!」
 言って、がさごそとメイク道具を取り出したるるは、眉墨で自分の眉を何重にも塗りたくった。どこかの芸能人の影響だろうか。ますます周囲の視線は集まる一方だったが、るるはすっかり満足しきっているようだった。
「あっ、さっそくヒトデ型の珍獣発見!」
 さらに、このタイミングで彼女が珍獣らしきものを見つけたことも手伝って、一切他の視線は気にならなくなっていた。
「なにっ、珍獣? どこどこ!?」
 るるの斜め前にいた生物が、慌て気味にそう声を発した。声の主は、星型のゆる族……に一見見える悪魔、五芒星侯爵 デカラビア(ごぼうせいこうしゃく・でからびあ)だ。
「よーし、ぶっ倒してハントするよ!」
 エコバッグをぶんぶん振り回し、るるがその生物――デカラビアのところへ駆け寄る。そこで初めて、彼はるるが自分を珍獣と勘違いしていることに気付いた。
「え、俺!? 何だよ、俺は珍獣じゃ……」
「えいっ! それっ! やぁっ! ヒトデめ、覚悟ー!」
「やめろよぉ、殴るなよぉ……! あと、ヒトデじゃねーから」
 バシバシ叩かれながら、どうにかるるの横暴な振る舞いを止めさせようとするデカラビア。何を隠そう、彼は立派なるるのパートナーなのだ。とは言え、るるの方は契約をなかったことにしようとしているらしかったが。
「つーか何だよその眉毛」
 いつまで経っても叩くのを止めないなこいつ、と判断したのか、デカラビアはそう言って流れを変えようとする。
「珍獣ハンターって言ったら、こうなんだもん」
「どうせならセーラー服も着ろよ。ただでさえ貧相な体なんだから」
 ぴく、とるるのこめかみが音を立てる。調子に乗って、触れてはいけない部分に触れてしまったようだ。
「このエロヒトデ! セーラー服とか、どの口が言うか!」
「あ、スイマセンでした……調子に乗りすぎました……」
「しかも貧相な体って! もう、お星様になっちゃえー!!」
 強力な念力――カタクリズムを発動させたるるが、ぐぐぐ、と力を込める。
「いや、ほんと悪かったごめんなさいすみませ……」
 デカラビアの謝罪は、ぼひゅっ、という音に掻き消された。るるが、フルパワーで彼を空の彼方に飛ばしたのだ。文字通り、姿通りお星様になったデカラビアを見上げ、るるは目を細めながら言った。
「ジョーンズ先生ゴメン……るる、珍獣捕まえられなかったよ。でも次は頑張るからね! あの星に誓うよ」
 何やら綺麗にまとめた風のるるだったが、ギャラリーはある疑惑を抱かずにはいられなかった。
 この子、相手が珍獣じゃないって間違いなく気付いてたよね? と。



 順調に遺跡に向かって進んでいた一同だったが、先程のるるの一言で彼らはあることを思い出していた。
「そういえば、メジャー教授ってどこ行ったんだろう……」
 崖から落ちて以来、特に問題も起きていなかったので気にも留めていなかったが、さすがにそろそろ安否を確認するべきでは、と生徒たちも思い始めていたのだ。とは言え、この広い森で人ひとりを見つけるのはかなりの難易度だ。さらに、姿が見えないのは彼だけではなかった。ヨサーク、そして何人かの生徒もまた、集団からはぐれてしまっていた。
 リタ・アルジェント(りた・あるじぇんと)も、身内がいなくなってしまった中のひとりだった。彼女は、どこかに行ったまま戻ってこない契約者への愚痴を漏らしながら歩いていた。
「むー、遅いですぅ。戻ってくる前に珍獣を見つけてしまっても、知らないのですぅ」
 メジャーを探そうと進みを止めた一行の中、リタもまた探し物をしていた。ただし、それはメジャーではなく、契約者、あるいは珍獣を、である。そして幸か不幸か、彼女はメジャーが見つかるより早く、契約者と合流するより早く、目的のものを発見してしまった。
「こ、これが珍獣ですかぁ」
 リタが目にした珍獣、それは「コスぴよ」と呼ばれる生物であった。一見ただのひよこだが、コスプレが大好きという性質を持ち、真似る者の髪色と同じ色に体を染めるのだという。さらに、髪型も特徴を捉え、真似することが可能らしい。
「緑色に銀色、黒……こっちにはわらわの髪と同じピンク色もあるですぅ」
 リタは感激のあまり、そのコスぴよをこっそり懐に入れようとした。持ち帰って、一緒にコスプレでも楽しむつもりなのだろうか。が、コスぴよはちょこまかと動き回り、なかなか言うことを聞かない。野性の動物としてはまあ、当然の反応と言える。
「捕まえられないですぅ……」
 リタは追いかけっこに疲れ、ふう、と顔を上げる。その時だった。生徒の何人かが、大きな声を上げたのが聞こえた。
「きょ、教授!!」
「本当だ、メジャー教授だ!」
「え?」
 リタがざわめきに目を向けると、そこには確かにメジャーの姿があった。メジャーは小型飛空艇に乗り、こちらへと近づいてくる。よく見ると、メジャーは誰かをおぶっているように見えた。やがてシルエットがはっきりとしてくると、リタはその人物を見て驚いた。
「あ、あれ?」
 メジャーにおぶられていたのは、彼女の契約者、葉月 ショウ(はづき・しょう)だったのだ。よく見れば、飛空艇もショウが乗っていたヘリファルテだ。
「や、やっぱ無理だって! これひとり乗り用なんだから……!」
 元々複数人で乗るよう設計されていないヘリファルテに、強引に乗っているためその動きはひどくふらついたものとなっていた。しかしメジャーは明るく笑い飛ばす。
「なあに、フライトに危険はつきものだよ!」
「だから、ひとり乗りなら危険じゃないんだって!」
 互いに言い合いながらも、飛空艇は確実に高度を下げ、着陸へと向かっている。
「……これはどういうことですかぁ?」
 ハテナを浮かべたまま、首を傾げるリタ。当然それは、他の生徒たちも同様に感じていた疑問であった。なぜ、メジャーが飛空艇で生徒と共に?
 話は、数十分前に遡る。

 バタコとの接触中、光に突き飛ばされるという不慮の事故により崖から落ちたメジャーは、少しの間気を失っていた。幸いにも大怪我はなかったものの、一行からはぐれ、あわや遭難という事態になる手前であった。さらに追い打ちをかけるべく、彼には命の危険が迫っていた。
「ん……」
 目を覚ましたメジャー。と、彼は日差しが遮られていることに気付く。遮っていたのは、人影だ。目の前にそれがあることで、影がもたらされているのだ。
「誰だい……?」
 その人物に話しかけるメジャー。が、言葉は返ってこない。代わりに返ってきたのは、強烈な勢いで放たれた拳である。
「っ!?」
 ギリギリでそれを回避したメジャーは驚き、逆光で見えなかったその人物の正体を確かめるべく慌てて立ち上がった。
「君は……誰だい?」
 改めてその姿を認めたメジャーが問う。少なくとも生徒ではない。同行していた中に、このような人物はいなかった。目の前のその男は、黒い肌を露にしていた。何もまとわず、潔い姿で。有無を言わさず二撃目を放ってくるその男から逃れるべく、メジャーは近くにあった大きめの石の陰に慌てて逃げ込んだ。
「え……?」
 するとどうだろうか、その男はこれまでの凶暴さはどこへやら、急に戸惑った反応を見せ始めた。石は確かに横幅があるものの、メジャーの身長を隠すほどには高くない。つまり、見失ったことによる困惑ではない。明らかにその男は、石自体にたいして近づくのを躊躇していた。
「よ、よく分からないけど、今のうちに……!」
 どうにかこの場から離れようとしたメジャー。と、ちょうど運良く、飛空艇の音が聞こえてきた。この飛空艇に乗り、偶然通りかかったのがショウだった。彼は、飛空艇を飛ばし何やら急いで生徒たちのところへ追いつこうとしているように見えた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! それに、僕も乗せてくれないか?」
「え? でもこれひとり乗り……」
「大丈夫! そういうのは大抵、ちょっと限度より少なめに設定されているのさ!」
「いや、ちゃんと説明にも書いてあって……ってもう乗り込んでる!」
「心配いらないよ。スペースの問題なら、僕が君をおぶれば解決さ!」
「解決するか! ほら、もうふらふらじゃん!」
「ん? それはなんだい? 秘宝かい?」
「あ! これはちがっ」
 抵抗するショウの小脇に、数冊の本が抱えられているのをメジャーが見つけた。慌てて隠そうとするショウだが、メジャーは秘宝か古文書かと興味津々だ。
「なになに……『週刊少年シャンバラ』『快楽典』『週刊ゴリラ』……」
「……」
「……」
 2021年、葉月ショウ、22歳。気まずい空気がほのかに薫る一幕だった。
「でもきっと、君にとってはこれもかけがえのない秘宝だよね!」
 あながち間違いではないところが、逆に切なかった。
 ともあれ、こうしてかなり強引に、メジャーはショウの飛空艇に乗せてもらったのだった。
「それにしても、さっきのは何だったんだろうか……」
 突然の襲撃を思い起こし、メジャーが呟く。しかし結果的に助かったのだから深くは考えまいと、彼はそれ以上推測はしなかった。

 すと、とショウの飛空艇から下りたメジャーは、地面に足をつけると生徒たちに告げた。
「やっと合流できたね! お、アグリくんも無事だったのか! ようし、じゃあこれで心置きなく、珍獣と触れ合いつつ遺跡を目指せるね! さあ行くよみんな!」
 どれだけ危険な目に遭っても、この人に懲りるという概念はないようだ。「おー」と適当に答える生徒たちだが、彼らはもうひとつ、大事なことを忘れていた。それはすぐに、メジャーの口から疑問という形で投げかけられる。
「あれ、そういえばヨサークくんは……?」