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リアクション
chapter.9 教えてメジャー
ヨサークなら後で合流できると信じたメジャーたちは、一先ず先へ進むべく、ぞろぞろと森の中を進み続けていた。その道中、メジャーは数人の生徒に話しかけられていた。
「メジャー様、ちょっとお話をよろしいでしょうか」
妙に改まった口調でメジャーに近寄ってきたのは、秋葉 つかさ(あきば・つかさ)だった。何やらあまり人に聞かれたくないことでも話すのか、集団から少しずつ逸れるようにつかさはメジャーを引き離していった。
「どうしたんだい? 何か、大事な話かい?」
メジャーもそれを察したのか、若干トーンを落として聞き返す。こくり、と頷いたつかさが口を開いた。
「世界樹のことについて、メジャー様にお尋ねしたいのです」
「世界樹?」
「はい、ここシボラの世界樹『アウタナ』は、石になっているというお話を聞きました。そういった珍しいものの話なら、メジャー様が詳しいのではと思った次第です」
そこまでを言うと、つかさは服の胸元を緩め、体を押し付けるように密着させてさらに続けた。
「どんな些細なことでも構いません。知っていることを教えていだだけませんか?」
理由は分からないが、つかさはどうやら世界樹の情報をどうにかして得たいと思っているようだ。色仕掛けも、そのための手段のひとつなのだろう。
が、メジャーの答えは、つかさの期待に応えるものではなかった。
「……すまないね。僕は確かに珍しいものが好きだけど、シボラについてはまだ僕もよく知らないんだ。だから、君に教えられるようなこともないんだよ」
「そう、ですか」
残念そうに、つかさが呟く。メジャーが嘘をついているとは考えにくい。つまり、彼は本当にシボラについて知っていることがあまりないのだろう。そう判断したつかさは、それ以上深く追求はしなかった。
つかさと共に再び集団へと戻るメジャー。それを待っていたかのように、夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)が彼に話しかけた。
「メジャー教授!」
「ん? おお、君はこないだの探検の時、医療チームにいた子だね?」
「憶えていてくれて恐縮です」
彩蓮がそっと微笑む。その手には、見覚えのあるノートがあった。
「それは……こないだの探索日誌かい?」
「はい、今回も健康記録と併せて、探索日誌をつけようと思いまして」
「相変わらず熱心だね、君は。どれ、また僕に見せてくれないか?」
メジャーが手を差し出す。が、彩蓮はどこか渡すのを躊躇しているように見えた。「ん?」と不思議そうに見つめるメジャーに、彩蓮は心の内を晒した。
「あ、あのですねメジャー教授! 私、前回の探索が終わってから、ずっと考え悩んでいたことがあったんです」
「ど、どうしたんだい急に」
「それは……メジャー教授の日記と、私が書いた探索日誌の筆力の差です」
そう、彼女は、以前メジャーの日記を見てからというもの、その実力に感服していたのだ。その明るく、読んだ者を思わず吹き出させる魔性の文字群。筆者の心を鮮明に表現している文章能力。教授というプロフェッショナルと学生というアマチュアの存在は果てしない差があるのだと、痛感させられていた。
「そんなことない、君の文章も、とても着眼点が良く、面白かったよ!」
「ありがとうございます、教授。でもやはり私は、もっと精進すべきだと実感しました。なので今回は、根底から文章を見直してみました!」
そう言うと彩蓮は、意を決したようにノートを差し出した。
「つまり、文体を変えてみたということかい? どれどれ……」
メジャーは以前見た、割とかっちりとした彼女の文体を思い起こしながら、ページを開いた。
「シボラの遺跡調査 2回目
ハロハロー、シボラ〜!
今回で二度目だから、ハローは2回にしてみたよ。えへへ。
この前とはなんだか違う場所に来ちゃったみたいだけど、シボラはシボラだから、おんなじだよね!
あっ、こんなこと言ったら全国にあるチェーン店のみんなに怒られちゃうかな? メンゴメンゴだよっ。
メディカルメディカル☆
アグリのおじーちゃんが森林伐採(ブイイン!!! ブイイン!!!)しちゃってゴメンね。
代わりに種もみ植えておくから許してネ(はーと)
メディカルメディカル☆
デュララが膝下程度の段差から落ちて昇天しちゃったよ〜!?
ぜーんぶ金属で出来てるのに、そんなヤワだなんて、信じらんな〜い(ぷんぷん!)」
パタ、とメジャーがノートを閉じた。彼よりも先に口を開いたのは、横でそれを読んでいた彼女のパートナー、デュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)だった。
「……最早何も言うまい。いや、私は何も見ていない。何も……」
デュランダルは、見てはいけないものを見てしまったかのようなリアクションで、首を横に振った。
「そもそもデュララとは何だ。普段はさん付けで呼んでいるはずだろう。確かに最近なぜか体が重く、段差で躓きはしたが……」
探索記録を取るのに人手が足りないということで、撮影係としてついてきたデュランダルだったが、謎の体調不良により段差で足を踏み外し、足を少々くじいてしまっていたのだ。だがデュランダルも、まさかそれを日誌に書かれるとは思わなかっただろう。すっかり呆れ顔のデュランダルの横ではしかし、メジャーが目を丸くし手を上げていた。
「素晴らしい! この若々しさに溢れた文章、底知れないポップさ……君の文からは、そういったものを感じるよ!」
「……何?」
メジャーが褒めたたえているのを、デュランダルは怪訝な顔で見た。
このふたり、どうかしてる。そう思わずにはいられないデュランダルであった。
「メジャー教授、ところで今回も日記を書いているのでしょうか?」
デュランダルとは反対に、想像以上の評価を得てすっかりご機嫌な彩蓮は、メジャーに尋ねた。メジャーが頷くと、彼女は「後学のため拝見したい」と言い、彼からメモ帳を拝借した。相変わらずの文体で書かれた彼の日記を、彩蓮が読む。
「ハロー、シボラ!
まさかこんなにすぐ君にまた会えるとは思っていなかったから、嬉しいよ。
今回も最初からトラブルの連続で、驚いてるよ。
本当に君は、僕の好みをよく知っているんだね。予想外の事態が好きっていう、僕のことを。
ああ、一歩進む度に、次は何が起こるのか、僕は楽しみで仕方ないよ。
今日来たのは珍獣の森だけど、もしかしたら君の目には僕が珍獣に映っていたりするのかな?
だとしたらいっそ僕はここに住み着きたいな、なんてね。
もちろんそれは出来ないけれど、僕はまたここに来るからね、シボラ!」
「ふふ、やっぱり教授の日記は面白いですね」
読み終えた彩蓮が感想を口にする。デュランダルは「やっぱりこのふたり、何かがおかしい」と何度も首を捻っていた。
◇
つかさや彩蓮と話し終えたメジャーに、もうひとり、話しかける者がいた。
「メジャー教授?」
「ん? 今度は誰だい?」
メジャーが振り返ると、そこに立っていたのは武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)だった。
「あのミイラについてだが……ちょっと、話しかけてみていいかな?」
「はなし……かける?」
不思議そうな表情で聞き返すメジャー。牙竜は、近くにありながら今まで誰もそれに触れていないことに注目し、どうにかコミュニケーションをとれないかと考えていたのだった。死体と意思疎通は出来ない。そんな常識を捨て、何かしらの手順を踏むことで復活させられるのでは、と睨んだのだ。
「そ、それはさすがに無理だと……」
「無理だと思うだって? 物事、馬鹿らしいと思うことを実行してみて発見できることもある。無理を叩き潰すのが俺の冒険スピリットだ!」
威勢良く言う牙竜の言葉に、メジャーも心を動かされたのか「よし、じゃあ思う存分やってみてくれ!」とあっさり許可を出した。が、そこに割って入ったのは椎名 真(しいな・まこと)だった。
「ごめんね、前回と同じように、俺は秘宝の管理をさせてもらってるんだ。ミイラを無事戻すまで、出来るだけ元の状態でいさせてあげたいから、これをしてもらってもいいかな?」
言って、真は牙竜に白手袋を渡した。常時執事服の彼にとって、それは必携のアイテムだったようで、替えもいくつか持っていたようだ。
「綺麗に返すのが第一だからね」
「確かに、その通りだ」
牙竜は同意し、頷くとその手袋をはめて、改めてミイラの顔に目を向けた。見れば見るほど整った顔立ちで、神々しさを感じさせる。美しい。自然とそんな言葉が出てきそうだった。牙竜はす、と目を閉じると、テレパシーを用い、ミイラに語りかける。
「聞こえてるかどうか知らんが、俺は武神牙竜と言う。君の名前を教えてくれないか?」
小さく囁いたその問いに、返事はない。しかし彼は、めげずに話し続ける。
「俺は地球人で、パラミタの人と契約してここにいるんだ。今じゃ、この大陸に結構な数の地球人が活動してるんだぜ」
やはり、反応はない。テレパシーでコミュニケーションをとろうという意図を知っているメジャーと真はそれを真剣な様子で見ていたが、他の事情を知らない生徒たちは、若干青ざめた表情で彼を見ていた。
なんかあの人、やばくない? と。
そう、端から見たら牙竜のそれは、ひとりでぶつぶつ呟くちょっと怖い人にしか見えていなかったのだ。しかし周囲の視線など気にせず、彼は言葉を放つ。
「少し、君のことを聞かせてくれるか? 君の好きな食べ物は辛い物? 甘い物? 好きな花とかあるかな……あれば、摘んでこよう。その花を君に送りたいと思う」
ざわ、とより周囲がどよめきたった。本来ならとても紳士的な、かっこいいセリフなのだが、この場面では逆にそれが怖さを助長させていた。
「どうやら、テレパシーは効果がないみたいだね……」
真が「引き上げ時だよ」とばかりに牙竜を止めようとするが、彼はそれでも食い下がった。
「なあ、世界樹アウタナのことだが……!」
その後牙竜は周囲の人から、やたらと「この病院のお医者さん、名医らしいよ」と言われることが多くなったという。もちろん、彼はなぜそんなことを言われているのかまったく分からなかった。
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