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リアクション
「……来たか」
研ぎ澄ませた感覚で、魔族の侵攻を察知した白砂 司(しらすな・つかさ)が、低い唸り声を上げるポチに跨り、森の間を縫って駆ける。
(……誰が正しいのかなんてのは、俺には分からない。
だが、奴等が火を持って森に入り、森の性質をザナドゥのものへ変化させようとするならば、それは今現在森に住まう者たちの縄張りを侵したということ。
……“縄張りを侵すものとは戦う”。摂理に忠実な獣の論理、俺はそれを信じよう)
決意を固める間にも、敵との距離はどんどん縮まっていく。敵は隊列よりも速度重視で、まさに火のごとく進軍を続けているようだ。
(知っているか? 木々は火に弱いというが、それは枯れ木の話だ。
夏の生木はそうそう燃えるものではない。早急に熱源を消せば、延焼を防げる。
……つまり、俺たちが優先すべきことは、木々の生命力を信じて魔族を追い払うことだ!)
敵の先頭が、自身を横切ろうとしたその瞬間、司はポチに命じて飛び出し、槍の一閃で目の前の魔族――軽装、手足が獣のそれ、伸びた鋭い爪――を仕留める。敵の出現に驚いた魔族の足が止まった直後、さらに一人、二人と魔族が一撃を受け、地に伏せる。木陰から忍び寄るように、魔族を仕留めたサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が今度は枝の上に乗り、敵が反応する前に接近、爪の一閃を喉元に叩き込む。
(邪な気持ちで森に入ったこと、後悔しなさい!)
ジャタの森の獣人族として、恐怖を与える魔族に逆に“森の魔獣の恐怖”を植えつけんばかりに、サクラコが無駄のない洗練された動きで魔族を狩っていく。二人が計画した『潜伏と襲撃の繰り返しによる各個撃破と混乱』、いわゆるゲリラ戦法は、この段階では成功していると言っていい。
(決して深追いはしない。だが、この先へは行かせない。
お前たちには忘れることのない恐怖を教えてやる)
目の前であたふたと辺りに視線を向ける魔族、その無防備な背中へ、飛び出した司が迷いなく槍を突き出し、一撃のもとに打ち伏せる。
快調に進軍を続けていた魔族は混乱に陥り、そこに続々と契約者たちがなだれ込んでいった――。
「はあっ!」
神野 永太(じんの・えいた)の掛け声が響いた直後、集団で襲いかかろうとしていた魔族が、聖騎士の駿馬に跨った永太の突撃で跳ね飛ばされる。中世の騎士を思わせる重装備で敵を引きつけ、集まった所を人馬一体となった突撃で蹴散らす戦法は、司たちが用いているものと根底では一緒である。
(一回の突撃で蹴散らせるだけの敵を引きつける……少なくてはいずれ馬が疲労した時に不利になる。かといって引きつけ過ぎては突撃を止められてしまう。足の止まった馬ほど、無力なものはない)
引きつける敵の数が肝心なのだと自らに言い聞かせ、永太は敵の出方を伺う。その時上空では、フライトユニットを装備した燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)が空から永太のサポートを行っていた。
(この地でまた、森の木々と、動物と共に歌を歌うことが出来るのでしょうか……。
……いいえ、今はそのようなことを考えている場合ではありませんね。魔族に突破されてしまえば、それも叶わぬ夢物語。
……行かせはしません)
決意を胸に、ザイエンデが急降下し、おそらく敵の軍勢が集まっているであろう場所目掛けて、爆撃のように毒虫の群れを放つ。やがて敵勢が、あぶり出されるようにあちこちから出現し、放たれた毒虫と戦いを繰り広げ始める。
「いたぞ! かかれーっ!」
どこからか声がかかり、契約者の集団が姿を見せた魔族へ切り込む。不利を悟った魔族の群れは散り散りになって森へ隠れるが、上空に佇むザイエンデに、それらは全てお見通しであった。
(皆様がご退場なされるまで、わたくしはお付き合いいたしますよ?)
どこか意地悪くもある笑みを一瞬だけ浮かべて、再び無表情に戻したザイエンデの爆撃ならぬ毒虫散布が、魔族を混乱へと陥れていく――。
「駿真、生木はな、短時間の炎を浴びせられた程度じゃ燃えねぇんだ。表面が炭化して、それ以上の燃焼を防いでくれる。
もちろん、連続して炎を食らえば、その内水分が抜けて枯れ木みてぇになって、燃えやすくなっちまう。損傷が激しい木々の近くにいる敵から狙え!」
「サンキューキィル、よし、俺たちで森を守るんだ!」
キィル・ヴォルテール(きぃる・う゛ぉるてーる)から助言をもらった森崎 駿真(もりさき・しゅんま)が、襲いかかって来た軽装の魔族を槍の一撃で退けながら、周囲の木々の内、炎を受けて損傷が激しそうなものをチェックする。魔族はまだ混乱から抜けきっておらず、目の前の敵を倒すことに精一杯の様子で、周りに火を吐いて混乱を誘う、という行動には出ていないようであったが、油断は出来ない。生木が燃えにくいとはいえ、傷ついた所に炎を浴びせられればそれだけ燃えやすくなる。
(ファイアプロテクトは、森の木に対しても有効なのか……? やってみてダメだったら、その時は……!)
発生させた光で魔族を退けた駿真が、高熱や暑さに抵抗を得る祈りを木々に捧げる。ぼんやりと淡い光が木々に纏わりつくのを見、少なくとも効果が全くないわけではないようだが、これを流石に森の全ての木々にかけることは、負担が大き過ぎた。
「おおっと、炎を出そうったって、そうはいかねぇぜ!」
横を見れば、キィルが息を吸った魔族に踏み込み、剣の一撃を与える。炎を吐く直前には予備動作があり、キィルはその瞬間を狙って踏み込み、一撃を与えたのだ。
(炎を吐かれる前に倒す、あるいは吐きそうになった敵を素早く見つけて倒す、これで行くか!)
方針を決めた駿真が、自身に炎への抵抗を得る祈りをかけ、さらに体力を増強させる加護の力を宿らせる。
(行くぞ! イルミンスールで帰りを待ってるネラの所へ、必ず帰るんだ!)
(森が傷つけば、セリシアも悲しむ! そんなことはさせねぇ!)
大切な者を気遣い、そして皆の居場所を守るため、駿真とキィルはそれぞれ力を振るう――。
(あーあやっぱり、ガチガチに対策されてるじゃないですか。
ま、当然ですけど。それじゃ軽く、これで掃討と行きましょうか)
先頭の集団が、契約者の襲撃によって進軍を止められたことで、やや後方を進んでいたアルコリアが必然、軍勢の先頭に躍り出ることになる。
「お、おまえは! 魔神の一人と戦ったって聞いたけど、まさかザナドゥに降りやがったとはな!
敵だっつうんなら容赦しねぇ、ここから先には行かせねぇぞ!」
「えっ、で、でも、相手はその、契約者、だよ? いくら向かってくるからって、その、倒すとかしちゃっていいのかなぁ……」
一行の前に、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)とケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)が立ちはだかる。
(相手がたとえ知り合いだとしても、その相手が戦って死んだとしても、それは災害や事故で死ぬのと変わらないですよ。
……ま、私ごときが高説を垂れるなんておこがましいですが)
微笑を浮かべて佇むアルコリアに、ウィルネストが先手必勝とばかりに飛びかかる。
(……ああ、そうです。ナベちゃんズがくれたと言っていた力を、試してみましょう。これから死に行く彼らの、せめてものはなむけにもなるでしょうし)
振るわれた一撃を、アルコリアは抵抗せず受ける。肩から腹にかけて斬撃が走り、血肉が噴き出す。
「なっ……!?」
攻撃を振るった当の本人も、まさかストレートに当たるとは思っていなかったのか、驚愕の表情を浮かべる。
……しかし、驚くのはそれだけではなかった。先程攻撃を確かに与えた場所が、みるみるうちに塞がれ、僅かに割かれた服だけが名残を残していた。
「うーん、服までは戻らないんですねー。この服結構お気に入りだったんですけど。
でもなるほど、力のほどは理解しました。……では、今度はこちらの番ですね?」
言うが早いか、アルコリアが魔力を掌に集め、属性を乗せない純粋魔法として二人に見舞う。何が起きたか分からないまま、二人は魔法の直撃を受けて大きく吹き飛ばされ、姿が見えなくなった。
「あったらしいじょーしは ばたーなわんわん ようじょなわんわん
わんわん ぺろぺろ わんわん わん
さんにんいるから よにんぷれいだ よんぴーだ すごいぞわんわん
わたしはかわいい あるこりにゃーん にゃーん」
自作の歌を口ずさみながら、アルコリア一行がまるで魔族を率いるように、ジャタの森を真っ直ぐ突き進んでいく――。