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リアクション
トゥーレでの整備は順調に進み、いよいよシャンバラのイコンも最終調整に入ることになった。
間もなく、トゥーレは海京を出発することになる。
「あとはこれを……と」
荒井 雅香(あらい・もとか)はパイロット達がやってくる前に、自作のお守りをコックピットに乗せておいた。そこには「頑張って」と一言添えられている。
「それじゃ、最後の確認作業を始めるわよ」
ダークウィスパーのパイロット達も交え、細かい部分の微調整を行う。
第二世代機開発プロジェクトに関わっていた彼女は、プラントにおいてシステム周りのチェックをひと通りやっていた。また、その際に先の戦いに導入されたジェファルコンの機体ナンバーとパイロットデータを控えている。そのおかげで、出撃機体の照合がスムーズに進んだのだ。
「初期設定から行うのは一機、と。コックピットに乗り込んでもらっていいかしら?」
視線を霧積 ナギサ(きりづみ・なぎさ)と常磐城 静留(ときわぎ・しずる)へと向ける。
「了解」
カードキーによる認証を行ってもらう。自動調整機能も働くが、そのままだと旧世代機に乗ったときのデータだ。ジェファルコンの特性とパイロットの力量に合わせて変更する必要がある。そのままでも十分に乗りこなせる者もいるが、それは稀なケースだ。
(え、これは……)
パイロットデータを見て、雅香は気付いた。彼らはまだジェファルコンを乗りこなせる水準には達していない。このまま出撃しても「火力の上がったイーグリット」程度でしかないだろう。それでも、ナギサ達はこの機体の可能性に賭けあえて搭乗を希望したことは想像に難くない。
経緯を聞いたところ、クーデターの最中に天沼矛を通過してプラントに向かおうとしたが、イコンベースの一部崩壊によって空京側へ行くための通路が塞がってしまっていた。
現在も天沼矛の機能は戻っておらず、イコン運搬用の一基を除いて、未だエレベーターは動かせない状態だ。F.R.A.G.とシャンバラの会談が海京で行われたのも、そういう経緯があったためである。
しかし、プラントから空京まで第二世代機を搬送してきたホワイトスノー博士と会うことは出来た。そこでジェファルコンの仕様を彼女から聞き、搭乗希望の旨を申し出たのだ。
サトー科長からは一度断られたものの、ナギサが今度の戦いはこれまでで一番厳しくなるだろうことを強調し、どうにか許可を得たのである。彼らの場合、実機に乗って戦うことが少なかったがために、癖がない。そのため最低限度のサポートをする程度ならば、馴染めるだろうと判断されたらしい。
「照準補正は必要ね。あとは、レプンカムイとの連動とレーダーの範囲調整をしておかないと」
デフォルトの二つの装備の他に、長距離射程スナイパーライフルと銃剣付きアサルトライフルを追加している。そのため、彼らの装備に合わせた設定も入力していく。
データの書き換えを行っている彼女に、声をかけてきたのはカーリン・リンドホルム(かーりん・りんどほるむ)だ。
「【ジャック】の方にブレス・ノウを組み込んでみたんだけど、設定次第でレプンカムイと連携出来ないものかしら?」
それは、相手の動きを予測する装置だ。
ダークウィスパーは小隊間での連携を行いやすくするために、レプンカムイという自前のデータリンクシステムを部隊結成時から使い続けている。現在は最新バージョンとなっており、これの運用データはプラヴァーに搭載されているパイロットサポートにも生かされている。
「システム的には可能なはずよ。これまでは、過去の実戦データによる機体情報を元に相手の動きを予想してたけど、それがあればリアルタイムでの補正もかかるようになるわね」
もっともそれが適用されるのは、搭載している機体のレーダーの範囲内のみだ。それでも、得られたデータは他の小隊機とも共有出来るため、十分効果はある。
「機体のセンサー類とは同期してるから、それに付け加えれば……」
キーボードを打ち、連携させるためのプログラムを入力する。これまで熱心に取り組んできた甲斐もあってか、躯体の整備だけではなくコンピューター関係にもかなり強くなっていた。
「これで大丈夫」
それを終えると、ジェファルコンの作業の続きに戻った。
「こっちも完了、と。あとはいつも通りパイロットが乗り込んでの設定確認だよ」
クローディア・アッシュワース(くろーでぃあ・あっしゅわーす)が天王寺 沙耶(てんのうじ・さや)とアルマ・オルソン(あるま・おるそん)に言った。
「普段の場所とは違うからどうなるかと思ったけど、設備が整ってたおかげで助かったよね」
F.R.A.G.と協力体制を築くことになったのは、沙耶達にとっては感慨深いものがあった。
伝説と謳われたかつてのF.R.A.G.のメンバー、グエナ・ダールトンやエヴァン・ロッテンマイヤー達との戦い。敵である彼らから学んだことは多く、今でも彼女達の中には大きな存在として残っている。今の「新生F.R.A.G.」にも、そんなグエナ達の想いは受け継がれているように思えた。
「共闘するのはウクライナ以来だよね。あのときはお互い探り合いながらだったけど、今はこの世界のために、一緒になって戦う。このままいい関係が続けばいいな」
アルマはどことなく嬉しそうだ。
ジェファルコンが完成したことで機体性能ではこちらが勝ったものの、どうしても純粋なパイロットの技量ではF.R.A.G.には及ばない。前の戦いでは機体を相手が知らなかったことや、武器の相性が良かったから圧倒できた部分があったようなものだ。もう一度戦うとなれば、厳しいだろう。彼女達にとっては、今でも超えるべき目標なのだ。
「しかし、F.R.A.G.の皆さんは整備の手際もいいですよね。機体がクルキアータで統一されているというのもあるのかもしれませんが、それ以上に整備士とパイロットの信頼関係が強いようにも思えます」
シャーリー・アーミテージ(しゃーりー・あーみてーじ)が声を発した。
F.R.A.G.はそれほど人数が多いわけではない。そのため、サブパイロットが整備士を兼任しているらしい。イコンの運用においてはパートナーとの信頼関係が大事になってくるが、それを考えるとパートナーへの不信は機体への不信にもなり得る。そういった状況が、結びつきを強くしているのだろう。
「こうやって実際に『生』で見ないと分からないことは多いですよね」
シャーリーが呟いた。
彼女は整備を手伝いながら、このトゥーレの運用状況を記録していた。
イコン空母の建造計画はレイヴンが公開される前から始まっており、整備科の一部では
噂になっていたほどだ。
パラミタの地理を考慮し「飛行空母」とするものだったが、そのために必要な飛空艦を一から造る技術は失われており、遺跡で発掘されたものを解析することで何とか復元出来ないかと試行錯誤が重ねられている。その間に第二世代イコンの開発が行われることになり、それも踏まえた上で設計し直さなくてはいけなくなった。
それらの事情は生徒達には知らされておらず、ホワイトスノー博士の管轄外でもあったために詳しいことを聞かされている者は少ない。
そのため、シャーリーはあくまで「いつか天学が空母を持ったときのこと」を想定して、ここでの運用法を参考にしようと考えているようだ。
飛行のことは置いておくとしても、実際にイコン用の空母がこうして存在していることを踏まえれば、このトゥーレを元に天学の機体に合った仕様に変更することで、早い段階で安定した運用が可能な艦を造ることが出来るかもしれない。
「そのうちシャンバラでも、こういう艦を持てればいいですよね」
* * *
「『僕達を止めに来なよ』ですって? 出来た世界が失敗したからやり直すって……まるでゲーね」
自機の最終調整を行いながら、
コンクリート モモ(こんくりーと・もも)は呟く。
しかしそれは、そう宣言することによって自分を止めて欲しいようにも思えた。
(本当は自分も今の世界の先を見てみたいんじゃないの?)
あの声の主の本当の考えは分からない。あくまでモモの推測だ。
「……どうしたのよ?」
どこか苦い顔をした
ハロー ギルティ(はろー・ぎるてぃ)を見る。
「いやー、サイオドロップってうちらのOB、しかも教師だっていたみたいだし……」
きょろきょろと周囲を見渡す。
どうやらギルティはアイスキャンディ事件が起こる前に、都市伝説として知られていた彼らと、何度か海京の地下で遭遇したことがあるらしい。
自分を知ってそうな人がいないか気になっている様子だ。
「いや、悪いのは黒幕の強化人間管理課……まさにギルティ!」
そのクーデターの中心にあった強化人間管理課は解体される方向になったらしい。カリキュラムは超能力科で統一し、強化人間特有の精神上の問題に関しては、学内に専用のカウンセリングセンターを開設することで対応するという。
「ほんとよ。ただでさえ、あたしら学校が壊されて頭きてんだから」
しかし、出撃するのはあくまでもずっと乗ってきた【コームラントカスタム】――第一世代機だ。
火力はジェファルコンの方が上になってしまったが、射程ではまだコームラントの方に分がある。それに、現行イコン最大の機動力を生かす戦闘スタイルは、彼女の性に合わない。
「大丈夫よ、一人一人は弱くても、小隊が……いや、『みんな』が力を合わせれば――」
自分に言い聞かせ、モモは最後の仕上げに入った。
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