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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―
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リアクション

 そして、決戦の日。
 会談の結果は各所に伝わり、着々と準備が進められていた。
「イワンさーん! すっごく久し振り、元気だった? あのね、僕は元気だったよー!」
 ミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)は極東新大陸研究所海京分所にやってきた。出向いてきたイワン・モロゾフに抱きつく。
「はは、僕はこの通り、いつもと変わりありませんよ」
 クーデターがあった後ではあるが、研究所の面々は皆無事だったようだ。
「それで、用件は何ですか?」
「博士達にちょっと会いたいんだけど、いい?」
「今、ちょうど面会中なんですよ。同席でよければすぐ案内しますが」
 それでも構わない、とミルトは返し、博士達の元へ向かった。
(う……何か怖そうな人だなぁ)
 室内に足を踏み入れると、銀髪の青年の姿が目に入った。樹月 刀真(きづき・とうま)である。
「彼らはプラントの常駐者で、ナイチンゲールの友人だ」
 ホワイトスノー博士が彼と、パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)を紹介する。
「ナイチンゲール? ニュクスじゃなくて、プラントにいる方の?」
「そうよ。二人は、『私の知らない』ナイチンゲールを知ってるわ」
 人形の少女――罪の調律者が口を開いた。
 PASDとの繋がりもあり、十分信頼に足る人物とのことだ。
「これから戦いに向かうというときに来たということは、何か重要な話があるのだろう?」
 その通りだ。
 ここに来る前、ミルトは学院で館下 鈴蘭(たてした・すずらん)から衝撃の真実を告げられた。
 ――ニュクスが何度も同じ時間を繰り返している。
 彼女の主観では、この世界はループしているものだということになる。
「なるほど……つまり今度の戦いがループの終着点ということか」
 不思議と二人は驚く素振りを見せなかった。
「『回帰の剣』と『女神の祝福』が同時に起動したことで、時間が巻き戻っている。ならば【ジズ】と【ナイチンゲール】が接触しないようにすればいいのかしら。でも、あの子達が対面するのは、きっと避けられないと思うわ」
「どうして?」
 調律者が真剣な眼差しを向けてくる。
「パイロットが誰か、ということに関わらず【ジズ】と【ナイチンゲール】が敵対し、衝突する。それはつまり、事象として確定してしまっている、ということよ」
 ホワイトスノー博士が補足する。
「エヴェレット理論――一般的には他世界解釈として知られているものだが、それが真であることを前提として話す。コペンハーゲン解釈では観測によって波動関数の収縮が起こり、結果が確定する。だが、お前の話を例に取ると、あらかじめ結果までの過程が分かっていて、それを避けようとしても同じ結果に行き着いている、ということになる。彼女も最初は自分から結果を変えようと働きかけていたのかもしれないが、どこかで『いかなる過程を辿ろうと、最後に【ジズ】と【ナイチンゲール】がぶつかり合う』ことに気付いたのだろう。だがそこで起点に戻るため、二機が戦ってどうなったかは未確定のままだ。
 他世界解釈を取ると、どの世界にいようと起点から終着点までの彼女の行動は決定済みということになる。それで結果や各世界に極端に大きな変化がないということは、そのループ時間軸内の量子変動が一つの『結果』しか生み出せないことを意味している」
「つまり……どういうこと?」
「仮にニュクスが辿った平行世界が今も重ね合わせの状態で存在していたしても、私達の世界とそこまでのズレがない。量子の変動域は一定であり、量子がどう変動したとしても、少なくともニュクスがループしている時間の中では、個人はともかく、世界規模で見た場合ほとんど同じ歴史を辿っているということだ。大きな出来事を変えるほどの量子変動が起こらなければ、結果は変わらない。つまり、今のままではどうやっても【ジズ】と【ナイチンゲール】の衝突は避けられない」
 けれど、と今度は罪の調律者が声を発した。
「ループはしてるけど、戦いの結果が未確定ならばまだ諦めるのは早いわ。もし、ループから脱せる可能性を残しているとしたら、そのために必要なものはもう揃っているはずよ。彼女は『これまでに四度世界が変わっている』って言ったのよね? そして五つ目の世界も何度も繰り返している。さらに『今回は今までとは違う』とも口にした。ならば今いるこの世界に、必ず鍵があるはずよ」
 ニュクスに確認すれば分かるだろう、と。
「それと、他にループしている人がいるかもしれないとのことですが……心当たりがあります」
 刀真が罰の調律者――ローゼンクロイツについて話した。
「あの男自身なのか、それともループしている人間を知っているのか、それは分かりません。それと、もしかしたらナイチンゲールに掛けられたプロテクトが外れれば、手掛かりがあるかもしれません」
「S.E.R.A.のこと、聞いたのね」
 プラントの中にあるという、量子コンピューターS.E.R.A.それを知る者はごくわずかだと調律者が告げる。刀真は、その中の一人から教えてもらったらしい。
「ローゼンクロイツ、S.E.R.A.……」
 ミルトはそれらについての情報を得た。
「そろそろ出撃する者は、機体をトゥーレに搬入する時間だが大丈夫か?」
「あ、ほんとだ! ありがと、みんな!」
 思い出したかのようにして、ミルトは海京分所を後にした。

* * *


 ミルトと入れ替わるようにして、黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が海京分所を訪れた。
「こんにちは。先日はきちんと挨拶出来なかったので、改めまして、ジール・ホワイトスノー博士。『新世紀の六人』の話はかねがね……」
 恭しく一礼する天音。
「天音、寝坊か? アレからまた夜更かししたんだろう……ホラ寝癖が、直してやるから大人しくしろ」
 椅子に腰を下ろし、刀真が天音の髪の手入れをする。
「ここ数日空京大学の図書館に籠もっていたものだから……まぁ、『司城・ノーツ予想』とか面白いものも見つけたけどね」
「随分懐かしいものを見つけたものだ」
 やはりホワイトスノー博士は詳しく知ってそうだ。
「それはともかく、ローゼンクロイツが一万年前の人物で、彼が、古代都市の超文明の産物を意のままに操れるとして……魔法ではなく、今ではオーバーテクノロジー、いや、ロストテクノロジーの方が正しいのか。あの力は科学的な能力である可能性も高いな。エメが言っていたS.E.R.A.のことだけど、完全に実用化された量子コンピューターなんて存在自体……」
 そこまで口に出したところで、天音が思いついたように月夜へと視線を向けた。
「シュレンディンガーの猫」
 ぼそりと呟く月夜。
「観測によって波動関数が収束する前の『重ね合わせ』を説明するための実験……観測者によって重ね合わせの状態から収束が起き、状態がいずれかに決定するっていうのがコペンハーゲン解釈だよね。さっきは多世界解釈の話をちょっとだけしてたんだけど記号…そう言えば、以前『灰色の花嫁』って人がリヴァルトを助けるために世界の認識から外れることで、崩壊する『アーク』っていう飛空戦艦から脱出出来たことがあった……おそらく、世界の認識から外れることで、本来ならば干渉出来ないはずの『確定事象』に干渉出来るようになったんだと思う。量子コンピューターを実用化するほどの技術力があるし、似たこと、最悪『波動関数操作、あるいは干渉性を喪失させないことによる事象干渉』なんてことも可能なのかもしれないけど……天音、どうかな?」
 髪を整えられながら、天音が微かに頷く。
「僕は詳しくはその事件に関わっていないのだけれど、【ニ十世紀最後の天才】アントウォールト・ノーツの著作『物質の原理』、少し読ませて貰ったことがあるよ。確かノーツ博士の主たる研究分野は、量子論だったよね。量子力学なんて、寝起きで考えるのには向いてない概念なんだけど……こういうのは蒼空学園が専門じゃない?」
 あくびを一つし、月夜に返す。
「さっき博士が説明してくれたことも合わせて考えると、ひょっとしたらローゼンクロイツの力は『決まっている結果を持ってくる』ことなのかも」
 ホワイトスノー博士は多世界解釈が正しいことを前提に説明していたが、それならば一つのループ内の出来事は起点に立っている時点で確定しており、他の世界と比べミクロレベルでの結果は変動するが、マクロレベルでの結果はそう簡単に変わらない、となる。
 瞬間移動のようなことが出来たのは、その座標がループ時間内の終着点においても存在しているからであり、武器を奪うような芸当が出来たという話は、その時間内の終着点までに彼が真正面から戦ったとしても、同じことが出来る相手だったからだと考えれば分かる。
 ただし、その力にはかなり制約があるようにも見受けられる。終着点においても生存している人間は殺せないのだろう。人の「寿命」は簡単に変えられない結果のようだ。
 ただし、あくまで「ループしていることが事実」だとしての考えだ。
 天音達には世界のループから博士による理論までを残さず伝える。
「ウロボロスとメビウスの輪……なるほど、あのカードはやっぱりそういうことだったのか」
 それらを知った上で、納得する。
「それにしても、仮にローゼンクロイツの能力がそういうものだったとして……その持ってこれる『結果』はどこまでなんだろうね。世界が何度か大きく変わった、けれど『今この時点における文明水準』が変わっていないことを考えると、終着点に近づくほど持ってこれる『結果』は限定されていくのかな。量子変動の話を聞く限り、歴史に関わる大きな出来事の結果は簡単に変わらないみたいだし。要は、2021年に白金と白銀が対峙するという結果のために、パラミタが出現しイコンが発掘され、それが実用化されて二つの勢力が敵対するという状況が確定しさえすればいいということなんだろうね」
 一息つく。
「それにしても、一万年前から存在する、影の錬金術師か。彼がそれぞれの時代の科学者、あるいは魔術師達に何らかの影響を与えた可能性はあるかな? そう、まるで錬金術師ファウストに忠誠を誓いながら操つろうとした、メフィスト・フェレスのように」
「多少はあると思うわ。ポータラカで、『ここでイレギュラーを増やすわけにはいかない』って言ってから。彼自身が意識的に何かを変えることは出来ないみたいだけど、予期せぬイレギュラーはきっと何度も起こってるんだと思う。それを上手く利用することで、あなたが言うように陰から後の偉人達を支え、変えることが困難な歴史を変えてきた、ってところかしら」
 それを幾度となく繰り返して世界を変えてきたのなら、もしかしたら彼はループから脱出する方法を知っているのではないか。ある目的が達成されるまで、自動的に世界が繰り返されるような仕組みを造ったのではないか。
「ふむ。しかしその情報が確かとして、ローゼンクロイツはともかく、なぜそのニュクスと言う少女だけが、ループが起こっているという認識を持っているんだ? それは、意識……もしくは心が、影響を受けない所にある。という事だろうか?」
 ブルーズが疑問を投げかける。
「話に聞いた限りだと、彼女自身なぜ記憶を持ち続けているのか分からないみたいだわ。ニュクスの大元であるS.E.R.A.の設計を手掛けたのは彼よ。彼の真の目的と、ニュクスが認識を持ち続けていることは、きっと無関係ではないわ」
「夜明けのための夜(ニュクス)なのか。ならば、夜明けと共に現れるのは……」
 そのとき、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「大佐、そろそろ例の機体の最終調整の時間です」
「分かった。地上部隊用の輸送機の手配は?」
「全て完了しました」
 どうやら時間がきてしまったようだ。
「まだまだ話すべきことはあるが、私は一度試作機の調整に行かなければならない。だが、私もあの古代都市へ行く」
「では、護衛は俺達が」
 おそらくノヴァと決着をつけるつもりだろう。だが、いくら罪の調律者と契約を結び契約者となったとはいえ、彼女は非戦闘員だ。
「では頼もう。北地区がまだ復旧していないため、地上部隊の輸送機は天御柱学院の滑走路から出ることになっている。そこで合流しよう。それまでに準備を済ませてくれ」

* * *


 一方、S.E.R.Aのことを刀真と天音に伝えたエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は、モーリオン・ナインを呼び出していた。
「リオン、これからあの古代都市に行くのですが、一緒に来てもらえませんか?」
 『ワーズワースの娘』である彼女ならば、『調律者達の娘』であるナイチンゲールの代弁者になれるかもしれない。
 どことなく、二人は似ているように感じたのだ。
「もちろん全力で護りますが、安全だとは言い切れません。それでもいいと思ってくれるなら来て欲しいです」
「……うん。一緒に行く」
 多くの言葉は要らなかった。彼女の強い瞳の光が、その意志を示している。
 あの暗闇にいた小さな女の子が、ここまで大きくなったことが、感慨深かった。
「ありがとうございます。では、これまでに私が知ったことをお伝えしましょう」
 エメは、これまでに得たナイチンゲールや調律者達にまつわる情報を全て彼女に話した。
「おそらく、罰の調律者はあの都市の中枢にいることでしょう。彼に会ったとき、リオンがナイチンゲールの立場だったら思うことを語って頂ければと思います」
 罰の調律者がナイチンゲールを思ってプロテクトを掛けたのは間違いないだろう。だが、それはナイチンゲールの同意を得てのものだったのか。今のナイチンゲールにそれを確認することは出来ない。
 真実を知りナイチンゲールを解放するため、エメは罰の調律者――ローゼンクロイツと対峙することを決意した。