校長室
【Tears of Fate】part1: Lost in Memories
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灰色の戦闘機械が、両腕の鞭を振り回す。 鞭には高い電流が流れており、これを巻き付けられれば、いや、打たれただけで、ショック状態を引き起こす。 しかしそのような敵、しかも集団を目にしても、カイラ・リファウド(かいら・りふぁうど)は何ら畏れるところがなかった。 大聖堂と呼ばれる大広間に猛速度で飛び込んでいる。 すでに量産型と契約者たちが戦闘に入っており、乱戦が繰り広げられていた。しかしカイラは量産型に目もくれなかった。 「ふん! 貴様等、ゴミに構ってるヒマはない!」 太いタイヤ。 爆音を上げるエンジン。 大聖堂といっても未整理の室内は悪路、だがホイールは回転を止めない。マフラーからも熱い排気ガスが、ごうごうと火炎のように噴き続けている。 カイラはバイクの背にあった。排気量、ボディ、いずれも規格外のモンスターマシン。並の人間であれば振り落とされるは必至のその背に脚二本だけでしかと跨り、両腕はすべて、クランジ量産型との闘いに集中している。 「愚か者が! 恐れよ! 讃えよ! そして跪け!」 敵が電気を使うのならば、こちらはそれを凌駕する雷術を。 機械であれば、その忌むところたる氷術を。 カイラはその両手から次々と繰り出すのだった。荒れ狂う鋼鉄の暴れ馬の背から。 「我が名はカイラ・リファウド……魔皇リファウドの末裔よ!!」 眩い雷光に照らされるカイラの横顔はたしかに、その名を継ぐにふさわしかろう。高貴にして暴虐、凶暴にして威風堂々、良い意味で他の追随を許さない。 「リファウドの名を識らぬ痴れ者は『王様と悪い魔法使い』という絵本を読むがよい。この図書室にもあるはず!」 バイクは長椅子に乗り上げ、これをジャンプ台のようにして跳躍した。 がしゃっ、という手応え。バイクの前輪は着地とともに、クランジ一体の頭部を轢き潰していた。 モンスターマシンのハンドルを握るは、スキンヘッドの無骨な男だ。彼はハリック・マクベニー(はりっく・まくべにー)、寡黙な彼はサングラスをかけ、丸太のような腕でバイクを縦横無尽に駆るのだ。ベテランのスタントマンでも尻込みしそうなハンドル捌きをカイラに要求されようと、ハリックは難なくそれをこなしていた。しかもその間、眉一つ動かさずに、だ。 バイクが巻き起こす風圧にマントを踊らせ、同じように青い髪も逆立てつつ、モーター音に負けない大声でカイラはクランジΘ(シータ)を指さす。 「悪党の元締めは貴様か! 成敗してやるから大人しくそこになおれ!」 ハリックがアクセルを全開にした。 鋼鉄のモンスターマシンのエンジンが唸る。バイクは野生の馬さながらにいなないた。 「私、ああいう熱くるしい手合いは苦手なんだよね……。パイくん」 シータはパイをけしかけ、超音波を吐かせる。パイの口から飛び出した音波に、バイクは飛ばされてしまった。転倒寸前のところで体勢を立て直したが、うかつに近づけない、とハリックは舵を切り、近づく量産型の殲滅に狙いを定めた。 割れたステンドグラスを慎重に避けつつ、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が聖堂内に到達した。 すぐに天津 麻羅(あまつ・まら)がパイの姿を認めている。 「ふっ、緋雨の天然記念物的方向音痴のお陰でなかなか手間取ったが、クライマックスには間に合ったようじゃ」 「誰が天然記念物的方向音痴よ!」 「おっと、天然危険物じゃったかな?」 緋雨の抗議をさらりと聞き流すと、麻羅は行く手を指した。 「ほれ見い、パイがおるぞ。迷いまくったが結果は上々、わしの上に幸運の星は輝く」 「きらっ☆」 「……なんじゃ、それは」 「いや、効果音がほしいのかなー、って思って」 「思うか! 緊張感の抜けることをいきなり言うでないわえ」 いくぞ、と魔羅は敵を避け、カイラのバイクが開けてくれた道を辿るようにしてパイに迫った。もちろん緋雨も一緒だ。 「おい、パイ! 小娘!」 挑発気味に麻羅は叫んだ。 「ちょっと、小娘なんて呼んだらパイさんが怒るでしょ。ただでさえ、あの悪そうなクランジ(※シータのこと)と一緒にいるって状況なのに」 緋雨が小声でたしなめると、「怒らせるのが狙いじゃ」と麻羅は小声で返した。 「ああいう手合いは、ちょっと感情を揺さぶっておいたほうが説得に向く」 ところがやや予想外、パイは腹を立てた様子もなく、 「……何?」 暗い目で振り向いたのである。この点だけは予想が外れたと言わざるを得ない。 だがめげず、麻羅はパイに向き直って告げた。 「聞くがいい。ローラ……つまり、クランジΡ(ロー)は図書室の入口付近まで来ておるぞ」 緋雨も言い加える。 「そうよ。私のパートナー櫛名田 姫神(くしなだ・ひめ)が連れてきているの。パイさんを迎えるためにね」 それは事実だった。ローラは姫神に伴われ、図書室外の安全な場所で待機しているのだ。 ただ一つ計算違いがあるとしたら、魔法の干渉が強すぎて、図書室内では図書室の外の姫神とテレパシー交信ができないということだった。 (「もちろん通信機も使えない……アナログとデジタルの両方が断たれるというのは結構辛いね……」) だがそれは認めながらも緋雨は言った。 「聞いて、パイさん。あなたのパートナーはローラさんでしょう? ここを出て、彼女のところに戻りましょうよ」 「それは……」 口ごもるパイを下がらせるようにして、 「できないよ。パイ」 シータが応えた。 「お初かな? 私はシータ。まあ予想は付いていると思うがクランジさ」 なんか感じ悪い、あの人……という第一印象を緋雨は抱いた。 紫のスーツ姿、高慢な雰囲気、シータは自分の身体でパイを隠しながら告げた。 「ここでパイくんが諸君の軍門に下れば、それはきっと不幸な結果になる……それはパイくんだって知っている。だから、惑わすようなことを言うのはやめてくれ」 「なにを馬鹿なことを……!」 緋雨は抗議しようとするのだが、それを遮ったのはほかならぬパイだった。 「ごめん……。ローには『いつか必ず迎えに行くから』って言っておいて。正直、シータのことは私も好きじゃない。けど、今はシータに従うことが正しいと思っている。私たちはもう塵殺寺院じゃない。塵殺寺院のためのクランジじゃなくて、私たち自身のために活動することにしたの……」 言葉少ないながらパイは、シータが混沌をもたらした後には、クランジが幸せに暮らせる世界が待っていると告げた。 「そう。私は塵殺寺院を見限ったのだよ」 シータは眼鏡を直しながら言った。 「我々クランジはいつか、領土を得て独立する。我々を戦闘機械扱いしない国を作るつもりさ」 だがこのとき、 「黙って聞いてりゃ……」 がしゃりと音がして、破壊された量産型クランジ、その鉄屑の山から声がした。 「デタラメばかり抜かしやがってッ!」 そこから這い出してきたのは伏見 明子(ふしみ・めいこ)、彼女は指先をシータに向けた。吼えるように言う。 「ここはパラミタだ! 神も悪魔も普通の人もごったまぜの何でもアリの大地でしょうが! それがクランジということだけを理由に、新天地を作るだのなんだのッ! 現状から逃げているだけじゃないッ!!」 明子は本当は、意思のない機械とされている量産型がこのように壊され放置され、敵味方に顧みられないことにすら心が痛んでいるのだ。量産型はただの機械として割り切って考えたとしても、シータの発言には断じて納得できなかった。 「共存して生きていくのがこのパラミタだろ! シータとやら、その考えは、クランジだから殺してもいい、あるいは殺されてもいい、って考え方の連中と同じよ!」 雪山で戦ったクランジΛ(ラムダ)、その死に、明子は激しい責任を感じていた。 彼女の命を救う、そう約したはずなのに、ラムダは散った。 明子のせいではない、そう言ってくれる者もあるだろう。いや、大多数がそう言うだろう。 しかし明子自身がそれを認めていなかった。あのとき、もっと自分に力があれば、覚悟があればラムダを救い、改心させることができたのではないだろうか。そう思っている。 シータは、明子の目を正面から見つめた。 「言葉は激しいが、きみの分析は冷静だね。……哀しいかな、きみの言う通りだよ。しかし、我々を認めない人間がいる以上、我々は自分たちだけの世界を作らなければならないんだ。そのために、多少の犠牲があっても仕方がないとは思っている。大きな目的、つまり大義を達成するための駒のようなものなんだよ……私自身を含めてもね」 シータの手にはチェスの駒……ナイトが握られていた。彼女はこれに口づけた。 「そんな腐った思想、私が粉砕してやる!」 ロケットシューズが火を噴いた。明子は剛速球のように飛ぶ。シータに拳を向けて。 「私は策士だとか見なされることが多いね。だから、直接戦闘は苦手だと思われがちだ」 シータは逃げなかった。片手を上げて、 「けれどその考え自体が間違いさ。予想できる攻撃なら十分対応できる。今のようなね……!」 ぱしっ、と明子の腕を捕らえた。そして自らの肩の関節を外し、明子を掴んだままぐるりと腕を回転させて投げ捨てた。 「さて……これでもまだやる気かい?」 「……ったり前だッ!」 諦めてたまるか、明子は毅然とした表情で立ち上がった。 やれやれ、と明子を冷ややかなめで見つめ、あきれたような口調でシータは告げた。 「きみにはもう興味がない。量産型に相手してもらうんだね」 シータは手招きのような動作を見せた。数体のクランジ量産型が、痙攣したような動作とともに集まってくる。 されど明子は量産型には目を向けない。さっきのは、自分の勢いを利用して投げられただけだ。今度は絶対に……。 直後、 シータの薄笑みが消えた。 明子も、足を止めていた。 量産型クランジΧのひとつが、シータの背に身を寄せていた。ぴったりと、くっつくくらいに。 いつの間にシータがそれほどの接近を許したのか、そも、なんのために灰色のマネキン人形がシータに近づいたのか、その瞬間はわからなかった。誰にも。 量産型の手に鋭い刃物――鍔のない剣、アサシンダガーが握られているとわかるまでは。 ダガーは深く、シータの心臓部に突き刺されている。貫通して先端が、シータの胸から飛び出していた。 「策士策に溺れる」 ダガーを引き抜くと量産型クランジは顔に黄金の半仮面をつけた。 半仮面のみ残し、その姿は黒髪、身体にぴったりしたライダースーツを着た暗殺者、クランジΚの姿に復していた。 どっ、とシータは身を崩した。驚愕の表情を浮かべたまま、口をぱくぱくとさせる。 「こいつ……!」 パイが気づいて止めようとするも、Κはすぐに足払いして彼女を転倒させた。 虫けらでも見るような目をしてΚはダガーを振り上げ、シータの頭部を狙いとどめを刺そうとする。 「待て! 手を貸すとは言ったが、殺生までは認めてはおらんぞ! 生殺与奪の権は魔王にのみ有り!」 Κは単身で訪れていたのではなかった。大聖堂への進入に手を貸した者がいる。ジークフリート・ベルンハルトもその一人だ。 「ふふっ、同族殺しみたいな無粋はやめて、その子は国軍にでも委ねましょう。そしてラーメン! 某油ギトギトラーメンを食べに行きましょうよ!」 メフィストも呼びかけている。口調は軽いが、表情は真剣だ。同じくシュリュズベリィ著・セラエノ断章も姿を見せていた。 それでもΚはダガーを振り下ろした。 しかしその切っ先は、アキュート・クリッパーの鱗によって弾かれている。 「ったく、勝負はついたろ。お前にこれ以上許したらリュシュトマ爺さん……いや、少佐か、に怒られちまう」 「納得されるされないはこの際関係なく……」 拘束をさせて頂きましょう、と宣言してルイ・フリードがΚに飛びかかる。 「Kさん申し訳有りませんが、少々失礼します。ムゥゥン!」 気合いとともにルイはΚの身をベアハッグの体勢で掴んだ。 「よし!」 見事なコンビネーションで、その身をジークが石化させる。 ルイは石像となった。これでΚはもう、なにをやっても抜け出せない。 なお、石像ルイは大変によい笑顔をしていることをここに付記しておく。話せる状態であれば彼は言っただろう。 「おっと、石像のまま放置されたら私、筋肉の神様として崇められちゃうかもしれませんね♪」 と。 「ええい!」 パイはジーク、アキュートらに超音波を浴びせて吹き飛ばす。 「Κ! あんただけは許さない!」 だがすでにΚはルイの拘束から抜け出していた。ルイにひとつ抜かりがあったとすれば、それはΚの変身能力を失念していたことだろう。 Κは幼児の姿に変化し石の拘束から抜け出していたのである。 同時に、怒濤の如く押し寄せる量産型に入り交じり、再び量産型に化けて姿を眩ませている。 それでもセラエノは、姿を隠したΚに呼びかけた。どれがどれかわからないが、きっと彼女は聞いている……そう思ったから。 「ねぇΚ。セラはしつこいよ? Κみたいな面白そうな子放って置く訳ないじゃない。騒動治まったら遊ぼうね! 一緒に遊んでお互いを少しずつ知って、一緒に自分の世界の見聞を広げよう♪」