リアクション
四枚の翼がはためいた。
しかし翼は羽毛ではない。氷だ。現実にはあり得ない氷の翼を、魔力が現実化しているのだ。
冷たい四枚の翼は緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)の背に輝く。
真冬の早朝、それをもっと冷たくしたような風を翼は起こしていた。
大聖堂、多くの量産型が暴れ混乱が極まる中、遙遠はあるクランジを探している。
「邪魔をしないでくださいね」
遙遠の背で、翼が四枚ともぱっと開いた。その先端までぴんと張りつめている。
同時に、視界が白で覆い尽くされるほどの氷結の嵐(ブリザード)が荒れ狂った。かくて彼は、妨害するべく立ちふさがった量産型たちを一気に足止めした。
「……!」
翼は閉じなかった。彼は翼で、風に乗るようにして走った。
量産型の一つに追いついた。そのマネキンは、ブリザードを受けても凍らず、しかも逃走を開始したのだ。おかしい、氷の嵐を凌いだだけならまだしも、逃げるというのは。
「あなたでしょう」
遙遠は呼びかけていた。
「クランジΚ。こんなことができるのはあなたしかいません……」
その量産機は聖堂から飛びだし、書棚に肩をぶつけ、どさどさと本を落としつつも逃げた。
量産型クランジはたたらを踏んだ。
行き止まりだ。
「もう一度言います。Κさん、正体を現して下さい」
量産型は目に黄金の半仮面を押し当てた。
クランジΚに復して、ダガーを抜いた。
「降伏して下さい」
遙遠は言った。
「余計なお世話といわれればそれまでですが、ただ少なくとも……駒のまま、何も選択できないまま死ぬことだけはないはずです。
せっかく、意思を持って生まれてきたのだから、色々と知ってっほしいのです。この世界を」
クランジΚは首を振った。
「自分は任務を果たしに来ただけだ。任務は終わった。撤退する」
「どうしても、そうしたいのですか」
「そうだ」
「ならば……」
遙遠は一歩下がって道を開けた。
「どうぞ。契約者の誰かにでも姿を変えれば、騒ぎに乗じて出られるでしょう」
「貴様……」
「さあ、早くしないと遙遠は気が変わるかもしれませんよ」
「…………感謝はせんぞ」
遙遠は黙ったままΚを通した。
「結構です。貸し一つだと思っておきます。いつか、遙遠ともう少し長くお話しませんか? それで貸し借りなしとしましょう」
Κは返事をしなかった。
そして、他ならぬ遙遠に姿を変えて駆け抜けていった。