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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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・1月29日(土) 14:00〜


 目が覚めると、一年半の月日が経過していた。
 夕条 媛花(せきじょう・ひめか)はつい先日目を覚ますまで、ずっと意識を失っていたのだ。パートナーの夕条 アイオン(せきじょう・あいおん)からは、「交通事故に遭い昏睡状態で眠り続けていた」と告げられたが、事実はそうでないと気付くのに時間はかからなかった。
 進級単位は満たして高等部二年になっていたのだから、記憶がない一年半のうち、一年は活動していたということになる。しかも、超能力科に転科していた。パイロット科で入学したはずなのに。
 そこで、改めてアイオンに問い質した。しかし、真実はより受け入れ難い、否、理解し難いものだった。
 天御柱学院風紀委員長、強化人間エキスパート部隊統轄。学院の治安を守るためにずっと戦っていたのだという。そして6月事件の最中、倒れた。何が原因でかは、未だに判明していない。あの事件の全てを知る者は、学院の中にもほとんどいないのだ。
 驚くべきことに、半年に渡って眠ってたにも関わらず、体力が衰えていなかった。身体強化を施されていたのが理由らしい。それだけでなく鍛錬の成果か筋肉も付いて身体が引き締まっており、その状態も維持されていた。見に覚えのない怪我や手術の後が、死線を潜り抜けてきたことを物語っている。
 しかし、頭の中には何も残っていない。自分は入学して間もない一年生のままだ。だが、現実はそうではない。自分は二年生であり、同級生は「戦争」を経験して様変わりしていた。
「初めまして、じゃないんだよね?」
「そうだ。無事、目が覚めたようでよかった」
 学院の正門前で、待ち合わせていたルージュと合流した。風紀委員のテストもひと段落し、今日は休みだ。ただ、服装は風紀委員の反転黒制服であり、セーラー服のようにアレンジされたものだ。本人曰く、その格好が一番落ち着くらしい。
「ルージュさん、教えて。私の空白の時間に、何があったのかを」
「クロの奴……やってくれたな」
 ルージュがギリ、と悔しげに歯をかみ締めた。
「俺が知る限りのことは話す。だが、それを知ることが、必ずしもいいとは限らない。それでもいいか?」
「うん……」
 前に進むためには、聞かなければならない。エキスパート部隊として行動していた場所を、二人で巡りながら、話を続けた。
「全ての始まりは、2020年9月。当時、君は憔悴しきっていた。どうしてか、それは私には分からない。耐え切れなくなった君は、当時の強化人間管理課の風間に、記憶操作と人格矯正を依頼した」
 そこからは、風間直属で暗部の仕事を請け負っていたという。
「そして2020年12月。海京決戦で、瀕死の重症を負った。おそらくそのタイミングで、風間はエキスパート部隊の統轄役の話を持ちかけた」
 媛花が鍛錬を強化したのは、それが理由だったらしい。その後、彼女はそれを承諾。ランクSに分類される学院トップクラスの強化人間達と共に、表向きは風紀委員として治安維持活動を始めた。ルージュとはその時に出会ったらしい。それから、サイオドロップ捜索、アイスキャンディ事件、サイコイーター事件と海京の裏に潜む悪意と戦っていった。
「だが、それは全て風間のシナリオ通りの展開だった」
 彼は予定通り、様々な要因を絡ませることで役員会を潰すことに成功した。その上で、6月事件――クーデターを起こしたのである。
「風間は、『全ては君達強化人間の未来のため』と言っていた。だから、俺達各地区の管区長は自由意志を持ったまま、あの男の下についた。利用されているだけだとも気付かずに」
 そして強化人間の全てを掌握した風間に挑んだのが、媛花だという。ルージュ達を助けるために。
「その先のことは、俺には分からない。ただ、君は風間に負けた。それだけは言える。そして、風間のバックアップであるクロ――黒川に記憶を消された」
「その黒川って人は?」
「死んだ。生き残ってるのは、俺と設楽 カノンだけだ」
 抜け落ちた記憶を取り戻す術は、もうないらしい。
「……私は、まだ風紀委員長なの?」
「書面上はな。だが、『お帰り、待ってたよ』と簡単にそのポジションを渡すほど俺は甘くはない。死んでいった仲間のためにも、この学院と街を守ると決めたからな」
 新体制になり、委員長も選定し直す。そういうことだった。
「ここだ」
 辿り着いたのは、海京沿岸の墓所だった。
「我らが統轄の帰還だ」
 直後、ルージュから回し蹴りが飛んできた。が、それを瞬時に捌き、拳を突き出す。無意識のうちに、身体が反応したのだ。
「記憶はなくとも、身体は覚えている」
 ルージュが、微笑んだ。
 何も覚えてはいない。しかし、涙が止まらなかった。
「リンリン。欲を言えば、俺も一度見たかったな。お前と統轄の、本気の格闘戦は」
 今は亡き親友に、ルージュが語りかけた。
 ごめんなさい。
 助けられなくて。媛花には、謝るだけで精一杯だった。