リアクション
「なかなか華やかだな」 ○ ○ ○ 「うん、綺麗綺麗」 花を飾り終えた桐生 円(きりゅう・まどか)は、淡い笑みを浮かべた。 それから顔を上げて、柱を見上げる。 彼女が花を飾ったのは、騎士の橋の中央近くの柱。ソフィア・フリークスの像の傍らだった。 飾った花はカサブランカ。 花言葉は知らないけれど、綺麗だったから。 冷艶な美しさを持つ、ソフィアに合う花だとも思った。 「ソフィアとは短い付き合いだったけれど……」 自分の考え方に多大な影響を与えた人だと思っていた。 「ただ、それで行いが変わったかと言われると……苦しいけど」 ちょっと目を逸らして苦笑して、考えていく。 「大人になりたいとは思えてきた、というか……うーん」 まぁ未だに大人になりきれて無くて 変わらなきゃいけない部分も変わってなくて。 特に出世とか認められている訳でもなくて。 我儘なままでもあるし……。 気持ちを押しつけるところもそう変わってない。 「はは、子供のままだねー。成長出来てないや」 自分ではそう思う円だけれど。 他人から見たらどうだろうか。 多分、彼女は百合園に入った頃と随分と変わった。 様々な経験、出会った人々と皆の想い、気づいた自分の想い。 側にいる大切な人も、大好きな友達も。――失ってしまった大切な人も。 円に大きな影響を及ぼしてきた。 「ここには何も眠ってないんだけどね……」 遺体は円が預かって、埋葬したから。 ハンカチを取り出して、像についた汚れをふき取って。 もう一度像を見上げて、ソフィアの顔に微笑みかけた後。 円は見回りに戻っていく。 彼女は今では正式な白百合団員だ。 ここにも、白百合団員としての見回りのついでに寄っただけで。 いや、ここに寄るために見回りに立候補したともいうけど。むしろ、白百合団の活動の方がついでだった気もするけど。 それは兎も角! きちんと、白百合団の一員として……一目置かれる、活動をしていた。 「ミルミむぎゅーぅぅっ☆ 次は何しよっか、何、手伝うー?」 ライトの調整を終えた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、パンフレット配りをしているミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)にぎゅーっと抱きついて、頬を摺り寄せる。 「ホントにいいのか、ホントにいいんだな、これで」 アルコリアの指示に従って、光源の配線の設置と点検を行ったシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)は僅かな不安を感じていた。 ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)と共に、迷彩塗装でコードを目立たないように塗装し、景観を損なわないように、道や像と同じ色に塗ったりして、配線に関しては完璧な出来だった。 だけどなんだか、ミルミが指定したライトの設置場所にいささか不安を覚えてしまうのだ。 「シーマちゃん、よくできました」 「シーマちゃん、えらい!」 アルコリアとミルミは笑顔でそんな返事を返してくる。 「まあ、いいならいいんだが……」 シーマは警備に戻ることにする。 催しの楽しさを理解できない性格なので、警備に携わって皆を見守り、楽しんでいる者達の笑顔でも糧にしようかと。 ミルミも、アルコリアも楽しそうだし。 (久しぶりにまともに働くアルが見られたな。ナコトやラズンが手伝っているのも驚きだが) 特に心配するようなことは、ないだろうと思いながらシーマは警備についた。 「きゃははっ☆ 奈落も水の都も変わらない、この世はどこだって変わらない」 ラズンは作業を終えた後、空飛ぶ箒で飛びながら、街や人を見ていた。 「変わらない、変わらない☆」 燎原も奈落も、等しく地獄で、等しく美しい。 ここだってそうさ――と、ラズンは笑みを浮かべている。 ふと、橋の傍でうろうろ、きょろきょろしている小さな女の子が目に留まった。 「困ったら呼べ」 下りて行って、ラズンはその女の子――ライナ・クラッキル(らいな・くらっきる)に、携帯電話の番号を書いた紙を渡す。 「え……。うん、ありがと」 ライナは純粋な笑みを浮かべる。 「私もみんなみたいに、やくにたちたいから、がんばるね……!」 「きゃはははっ☆ 頑張れ頑張れ」 ラズンは笑い声を上げると、ライナから離れて再び空へと浮かび上がっていく。 「マイロード。次なる指示をお与えください。全力でご命令果たしますわ!」 ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)は、事前にヴァイシャリーについて調べ上げており、配線等必要なものの手配から、街の人々の細かな質問にも、アルコリアをサポートして対応できるよう備えてきた。 「ナコちゃんはライナちゃんの補佐お願いねー。迷子見つけたみたいよ」 ミルミをむぎゅむぎゅしながら、アルコリアは答える。 「さて、ミルミちゃんのお仕事手伝っちゃうぞ〜」 一頻りなでなでむぎゅっとした後、アルコリアも段ボールの中からパンフレットを取り出して、訪れる人々に配っていく。 「ようこそ、ヴァイシャリーへ! 楽しんでいってくださいね」 にこっと微笑みかけると、大抵の人は喜んで受け取ってくれた。 品のある客や、貴族と思われる人物には、来賓への対応の知識を発揮して、やや上品にパンフレットを渡すアルコリア。 「ありがとう」 と、大抵の人は喜んで受け取ってくれた、けど。 「うおっ!?」 アルコリアの姿を見て、何故か後ろに飛び退く人とか。 「え……まさかあれ、アル……まさかね」 奇異な目でみる知り合いの姿を見かけた気もしたが気のせいだろう。 「暗くなってきたね。……あれ? ライナちゃんがいない!?」 「ライナちゃんならナコちゃん達に任せといて大丈夫。自分で迷子を案内でいるよう、成長を促すの! そして、ミルミちゃん。ミルミちゃんは甘やかすのっ!」 ぎゅうっとアルコリアはまたミルミを抱きしめる。 「甘やかされてダメな娘になっちゃっていいからねっ! ぎゅぅぎゅぅー」 「うん、そしてミルミがダメな娘になたったら、責任もってアルちゃんに一生面倒みてもらう〜っ」 言ってミルミもぎゅっとアルコリアに抱き着いた……その時。 「史跡に悪戯をしたのは誰だァーー!」 響き渡る怒声に顔を上げたミルミは、像の目から放たれるビームに照らされた、怒りの形相のご先祖だった。 「お前かーッ!」 空から一人のヴァルキリー……ミルミの祖先であるジュリオ・ルリマーレン(じゅりお・るりまーれん)がすっごい勢いで舞い降りてきた。 「ギャーーーーーッ」 叫び声をあげて腰を抜かすミルミを、アルコリアは抱きしめて庇いながら、地獄の天使でばさっと黒い翼を出した。 「ミルミちゃんを甘やかす邪魔をするというのなら、相手が先祖だろうが、イコンだろうが、国家神だろうが、私の持てる力、全力を持ってして……」 アルコリアの表情と体勢は戦闘モードへと移行していく。 お祭りとはいえ、パンフレットの配布♪手伝いとはいえ、イコンを倒すくらいの準備はしてあるのだ。 「シーマちゃん、槍」 「だ、ダメだこれは渡さんぞ」 シーマは対イコン用の武器、蒼炎槍を抱え込んだ。 これを渡したら、何もかもが終わる。この辺り一帯、焦土と化すに決まっている。そんな気がしてならない。 「お前は、まさか……」 近づいたジュリオはミルミを見て唖然とする。 「ご、ご、ごめんなさい……で、でも目からビーム、カッコイイでしょ? えへっ?」 「ば……っ、馬鹿者ーッ!」 ズガガーンと、ジュリオの雷が落ちる。 「ぎゃーーーーーっ。アルちゃーーん」 ミルミはひしっとアルコリアに抱きつく。 「仕方ありませんね、ここは……」 アルコリアは意を決してミルミを抱き上げ。 「全力を持ってして、逃げるまでです。さ〜よ〜な〜ら。ご先祖さま〜」 どぴゅーんと、ミルミを抱えて飛んでいった。 「ったく……」 ジュリオは、橋に下りて大きくため息をついた。 「女の子を頭ごなしに怒鳴っちゃだめだよ」 リュミエールが淡く笑みを浮かべながら、近づいてくる。 「取り外したにゃう!」 アレクスがジュリオの像の目と額に括り付けられていたライトを外して、持ってきた。 「ええっと、それは、夜道を安全に歩けるよう、そして道に迷ったりしないようにと、ミルミなりに考えて設置したものらしいぞ?」 設置を手伝ったシーマがそうフォローをする。 「ならばなぜ、1つの像の『顔』だけにつける?」 「一番弄ると面白そうな像だったからに決まってる☆ きゃははっ」 ジュリオにそう答えて、ラズンは笑い声をあげる。 「弄りやすい、一番厳めしい顔ですからね。それにしてもマイロードを独り占めとは、ミルミ……やはり、侮れません」 ナコトは悔しげに空を見上げている。 「兄さん……許してあげましょう。それしかないです」 穏やかな表情ながら、エメは諦めをにじませて言う。 ジュリオはエメを見て我に返り、周りの状況に気付く。 なんだかくすくすと笑われている、ような気がする。 人々が立ち止まっている。 子供達はショーの開始をまだかまだかと待っているような様子、だ。 「……見世物と思われています」 「……」 「ライトがないにゃ!」 リュミエールの頭に戻ったアレクスが、光るカチューシャが外されて無くなっていることに気付く。 「あ、落しちゃったみたい?」 「酷いにゃうー! あれボクのお小遣いで買ったにゃう!」 「ごめん、代わりにこれつけようか」 リュミエールが自分の頭と耳に、像から外したライトを括りつけた。 「眩しすぎるにゃう。そうだこれで探すにゃうよ! 道路を照らしてカチューシャを見つけるにゃう!」 そんな風に騒ぎ出したアレクスに任せて、ジュリオはいそいそとエメと共にその場を離れた。 「正月には子供になり、万博では仔猫になり、今度は像が愉快な事に……。なんだかちょっと目頭が熱くなってきたんですが」 「一度、ルリマーレン家当主と話をつけねばならんな」 「しかし、子供と仔猫化はルリマーレン家関係ありませんよね」 「……」 「でも、御屋敷には顔を出した方がよさそうですね」 くすりとエメが微笑むと、ジュリオは観念したかのように息をついた。 すっかり日が暮れた頃に。 そうとは言わずに人々の目を引いていた、リュミエール、アレクスと合流を果たして。 夜のヴァイシャリーの街を見物しながら、エメ達は執事・メイド喫茶に向うことにした。 リュミエールの頭には、なくしたはずのカチューシャがあった。 「ぴかぴかにゃう。明るいにゃう!」 アレクスが楽しそうにじゃれている。 ジュリオの像に設置されていたライトは、ナコト達とジュリオの逆鱗に触れない位置につけなおしてきたけれど、2人は自分達からそれをジュリオに話すことはなかった。 賑やかな街を歩きながら、ジュリオが騎士の橋の方へと目を向ける。 もう、怒ってはおらず、その表情はエメ同様に穏やかったっだ。 「行きましょうか」 とエメが微笑みかけると「ああ」と、僅かな笑みを浮かべて、ジュリオは返事をして共に歩き出す。 |
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