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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

リアクション

   終章

 御前試合、即ちカタルの暴走から丸一日が経った。
「事情も知らずに疑ってごめんなさい!」
 布団に身を起こすオウェンに、深々頭を下げたのは木賊 練(とくさ・ねり)だ。彼女は、オウェンが何かを企んでいるに違いない、と睨んでいた。
 しかし、話を聞いてみればオウェンの行動は全てカタルを想ってのことだった。
「いや」
と、オウェンはかぶりを振った。「カタルの周囲から、人を排除してきたのは間違いない」
 里の人々は、あの事件以来、カタルに冷たい目を向けた。それを気づかせないためにも、また何があっても心を動かさぬようにと、厳しく接してきた。
 そんなオウェンに、ヤハルは時折、言ったものだった。
『あの子が笑うのを、見たことがあるかい?』
 笑顔など、命を失うことに比べればどれほどのことがあろうか。アカレは――妻は、カタルを我が子のように慈しんでいた。その妻の命を奪ったカタルを憎くないと言えば、嘘になる。だが、オウェンはその気持ちを抑え込んできた。
『気がついてるかい? オウェンも随分長いこと笑ってないよ』
 カタルとオウェンが表情を変えない分、ヤハルがよく笑った。彼もオウェンと同様、愛する姉を失ったはずなのに。
 ヤハルがいなくなって、表現方法が違うだけだったのだとオウェンは考えるようになった。オウェンは黙ることで悲しみを抑え込み、ヤハルは笑うことでそれを散らした。
「俺のしたことは、カタルのためと言いながら――実は復讐だったのかもしれん」
 彩里 秘色(あやさと・ひそく)はかぶりを振った。
「もしそうなら、カタル殿はもっと歪んだ性格になったでありましょう」
 おそらくは、オウェンやヤハルの心の底にある気持ちを察し、その期待に応えようとしたのだろう。また、そうでなければ生きることを許されなかった。
「ええと、それでですね、お詫びと言っては何ですが……」
 練は筆記用具を取り出し、畳と紙に額を擦りつけるほどの体勢で何かを描き始めた。
「腕、あの、オウェンさん、待ってて!」
 夢中になっているので、言葉が文章になっていない。
「木賊殿は、義手を作らせてほしいと言っているのです」
「義手? いや、俺は……」
 オウェンは失われた右腕を撫でた。不思議な気がした。つい先日まで、そこには手首や指があり、棒を握っていた。時折、手を伸ばしそうになって、「ああ、もうないのか」と思う。
「あった方がいいでしょう。漁火の仲間がまだ残っているはずですから」
 漁火の最期については、既にハイナへ報告がなされ、全員が知ることとなった。意味ありげな笑みと、残された欠片。漁火の正体も、結局のところ分からぬままだ。
 また、彼女が残した欠片は、何人かが手に入れている。それを聞いた高根沢 理子(たかねざわ・りこ)から、「真の王」とその周辺調査のための協力要請があった。さすがに仕事が早いとハイナは笑った。
「それにもう、総奉行様には、機晶姫の腕の手配をお願いしてあります」
 早ければ二〜三日で届くという。オウェンは逡巡し、お願いする、と答えた。
 秘色は微笑み、オウェンの腕のサイズを測り始めた。


 カタルとオウェンが里に戻ることになったのは、それから一週間後だ。穏やかな風が吹き、小鳥たちはくるくると飛び回り、楽しげに囀っている。そんな日だった。
 オウェンのために、不眠不休で彼に相応しい機晶姫の腕をデザインし調整した練は、真新しい腕が棒を掴み、器用に振り回すのを見ていたく満足した。
 カタルは、右目を呪の綴られた布で覆い、左目には穏やかな色を湛えている。
「誰にも言わずに、いいんでありんすか?」
 見送るのはハイナただ一人だ。
「お別れは、言いましたから」
「眼」に生命エネルギーを吸い取られた者たちは、個人差はあるものの、三日ほどで全員目覚めた。ただし、今も動くことが出来ず、病院で絶対安静を言い渡されている。
 カタルは二日前に、一人一人を回り、頭を下げ、礼を述べた。年相応に柔らかい表情を見せる彼に、契約者たちは一様に胸を撫で下ろした。
「今日帰る、とは言ってないんでありんしょう?」
「止められますから……」
「眼」の力こそ失わなかったものの、カタルは全てを思い出した。里に帰り、罪を償いたいと考えていた。それに、ヤハルの弔いもしなければならない。墓は、アカレの隣にしようとオウェンは言った。
「四歳の幼子に、どれほどの責があると……」
「それでも、私は思い出しました。平気な顔をして生きていくことも、背を向けて逃げ出すこともしたくありません。もう、子供ではないのですから」
 それがどういうことになるか、ハイナにもオウェンにも、カタル自身にも分からない。
 ひょっとしたら、想像以上に辛い目に遭うかもしれない――そう考える契約者たちは、遠回しにだが、ここに残るよう勧めた。だから、カタルは微笑んで見せた。
 自分の未来は、償いの先にある。
 初めて自分が選んだ道だ。どんな結果になろうと、後悔はない。
「俺もいる。俺も共に背負おう」
 オウェンは、新しい右腕でカタルの肩を抱いた。「お前の罪は、俺の罪でもある」
 少年は、父代わりの男を見上げた。あらんかぎりの信頼が、その瞳にはあった。
「でも――『風靡』はわっちが預かっておくでありんすよ」
 ミシャグジの復活は阻止できた。だが、滅ぼしたわけではない。また、葦原島がミシャグジの上にある以上、殺していいかも分からない。結局、共存していくしかないのかもしれない。そのためにも、「風靡」と「梟の一族」は必要だ。たとえそれが、彼らを利用することになろうとも。
「分かっています」
とカタルは頷いた。
 次に来るときは「眼」の力を抑えるため、また感情を殺しているかもしれない。だが、それでも今は――、
「戻ってきます。必ず。約束します」
 カタルは、晴れやかな、突き抜ける青空のような笑顔を浮かべたのだった。


* * *



 四月。
 新入生たちが葦原明倫館にやってきた。
「早く着きすぎたかな……」
 暇潰しにあちこち見て回った。少し前に、葦原島を揺るがす大事件があったことは、知っていた。しかし、ミシャグジが封じられている洞窟がどこにあるかまでは分からなかった。どうやら、見事に擬装したらしい。
 ふと、足元に光る物を見つけた。拾い上げると、小さな欠片だった。
「石……水晶……?」
 自分を呼ぶ声に、振り返る。
「今、行く」
 欠片をポケットに放り込み、その生徒は歩き出した。
 明倫館を舞台に、新たな物語が始まろうとしていた。

担当マスターより

▼担当マスター

泉 楽

▼マスターコメント

泉 楽です。「葦原島に巣食うモノ 第三回」をお届けします。今回で「梟の一族」及びカタルたちの話は終わりとなります。
全三回に渡る話にお付き合いくださった方、また途中からという不利な状況で参加くださった方、皆さんにお礼を申し上げます。
少しでも楽しんでいただけたなら、幸いです。

以下、ネタバレになりますのでお気を付け下さい。

▽今回、それぞれに分岐点のようなものがありました。
第一回:一回目ということでハードルは低めですが、ミシャグジを封印できるか否か。最悪、二回目の御前試合は三回目に移行か中止でした。
第二回:カタルの過去が明らかになり、暴走するかどうか。漁火があれこれ仕掛けていましたが、実のところPCさんたちの仕掛けの方が有効でした。暴走しなかった場合、漁火は別の手でミシャグジを復活させようと動く予定でした。
第三回:第二回で「風靡」が漁火サイドに渡ったときは、どうなることかと思いました。アクション次第では、カタルが死ぬ、カタルが眼を失うといった選択もあったのですが、うまい具合にアクションが噛み合って、幸いにして落ち着くところに落ち着きました。

▽登場人物の名前について
他の登場人物は音で決めましたが、カタルはオランダ語やドイツ語でとある病気を意味する単語です。あまりいい意味ではありませんが(笑) 目にした瞬間に、ぴったりだと思いました。
漁火に関しては、多分、ご想像の通りです。


カタル編は終了ということで、再登場するかは分かりません。しかし、「真の王」についてはまだ謎が多く残っています。いずれどこかで、漁火の正体についても触れることがあるかもしれません。

それではまた、次のシナリオでお会いしましょう。