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【戦国マホロバ】弐の巻 風雲!葦原城攻め

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【戦国マホロバ】弐の巻 風雲!葦原城攻め
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第二章 山路越え2

【マホロバ暦1187年(西暦527年) 6月2日 23時34分】
 山路――



 本之右寺での謀反は世間を騒然とさせた。
 今まで織由上総丞信那(おだ・かずさのすけ・のぶなが)を恐れていた野党やらが混乱に乗じて略奪などを行い、落ち武者狩りも横行した。
 農民たちは自衛に備え武装し、一方では不満を持つ領民が一揆を暴発するなど、危険極まりないものになっていた。
 さらに、山路には無法者の鬼が潜む。
 鬼城貞康(きじょう・さだやす)ら一行はほとんど飲まず食わずで山を駆けた。
 人目を避けながらの険しい山道では、イコンや乗り物、飛行物などは使用できない。
 自らの足で歩くしかないのだ。
 忍のものであるフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)らが先行し、急ぎ山越えを目指す。

 上空の月の光とわずかな松明の光だけを頼りに、暗闇の中を息を潜める、男女のひそやかな声がした。
「……女の足ではこの峠はこたえよう。意地を張らず、境(さかい)に戻るがよいぞ」
「いやです。貞康様の危機に、私ひとりがおめおめと戻れましょうか。飛行馬(ペガサス)オレステスを置いてきたのも、供に苦労したいため。聞き遂げてくださらないのでしたら、私はここで果ててもかまいませんわ」
「果てるだと?」
「ええ、私を愛人とお認めになってください」
「愛人とはなんだ?」
「側女(そばめ)のことです」
 貞康が足を滑らせて転んだ。
 ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)があわてて彼に手を貸す。
「そんなに驚かれなくても」
「随分と肝の据わった女子(おなご)のようじゃな。気に入ったぞ」
 ルディは微笑んだ。
「では、このままお供させてくださいますわね。必ず生きて鬼州国までお連れいたしますわ」
 貞康は忠臣の本打只勝(ほんだ・ただかつ)に何かあったらこの女を先に逃がすようにと言いつけた。
「貞康様! そのようなお心遣いは無用です。私は決して足手まといにはなりませんから。知っていて? 女は皆、夜叉ですわ。愛するもののためになら夜叉にだってなれる。そういう生き物なんですの」
「なぜそこまでわしに執心する。わしはそなたと会うのはまだ二度目だぞ」
「分かっております。でも私には、貞康様がまだご存知ではない時間をいただきましたの。ほんの……わずかな合間でしたけれど」
 一千五百年後、扶桑の噴花が起こる。
 マホロバを揺るがす危機、将軍家の危機――
 その危機を乗り越えるため、貞康は事前に用意してあった『記憶』を鬼城家の血を引くものの身体を貸りて、彼女の前に現われた。
 これはすでに語られた物語であるが、今の貞康が知る由はない。
「何が望みだ?」
「私の望みなど……ただ、ご無事であればと。貞康様のお心とお身体を癒すことができればと……」
 ルディは正面から貞康にそのように言われるとは思ってなかった。
 つい、「本当は手を繋ぎたいのだ」と口走ってしまった。
 ちっぽけな少女じみた感情だと恥ずかしくて後悔したが、貞康はそんな彼女の手を構わず握り、力強く歩き出した。
「なんだ、そんなことか。疲れているならそういえ」
「い、いいえ……はい!」
 ルディは貞康に手を引かれ、うつむいて歩く。



 そんな二人をテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)は、適度な距離を保って付きしたがっていた。
 すぐ後ろを歩く瀬名 千鶴(せな・ちづる)が気になる。
 が、テレジアに憑いている奈落人マーツェカ・ヴェーツ(まーつぇか・う゛ぇーつ)は、「これは逃げられねえ問題だ」と言った。
「ええ……お話してみようと、思う」
 千鶴はか細い声で言った。
「何かやバイことになったら呼びな。心配するな、千鶴と貞康は我らが護ってやるよ」
「うん」
 千鶴は夜番をかってでた。
 一行は足を止めて、ひと時の休息を試みる。
 このわずかな機会しか彼女にはなかった。

卍卍卍


「貞康様、今晩は私が寝ずの番をさせていただきます。お休みになっていても構いません。私のお話をさせてください」
 千鶴は横になっている貞康に向かって小さな声で語りかけた。
 もちろんすぐ傍には鬼城家の忠臣たちも控えている。
 だが、彼女には今しかなかった。
「私は貴方様とよく似た面影の方と夫婦でした。しかし、すべてを承知の上で夫から死を賜りました。夫を救う為に、運命として」
 千鶴はかつての夫と過ごした日々と、英霊となる前の最期の時を、目の前の貞康に重ね合わせていた。
「貴方様は夫と同じ道を歩み過ぎています……それ故に私は、不安なのです」
 千鶴は感情を抑えきれず、言葉を吐き出した。
 夫の前では決して言うことはできなかった台詞だ。
「天下とはいったい……妻を、愛した嫡子を不幸にし、殺してまで為す天下とは何なのですか?」
「そなたの名はなんと言う」
「え……」
 貞康が身を起こしたのを見て千鶴は我に返った。
 目にたまった涙を見られまいと必死にぬぐう。
「千鶴です」
「鶴(つる)か。良い名じゃの。高貴な――」
 千鶴は『鶴』と呼ばれて、まるで出会ったばかりのころの若かりし夫が目の前によみがえった気がした。
「鶴殿はご亭主にひどい仕打ちを受けたのだな」
「ええ……ええ! 我が子もろとも」
「ご亭主は戦国の男だったのだろう。そしてそなたは戦国の女。子は戦国の子」
 貞康は千鶴の顔を見つめた。
「事情は詳しくは聞かぬ。わしも同じようなことをしたかもしれんしな」
「貞康様、ではあなたも……!」
「泰平の世であれば夫婦(めおと)として最期まで連れ添い生きることも叶うただろう。呪うべきはこの乱世じゃ。わしは天下を取りたいのではない、泰平の世を築きたいのだ!」
 貞康の顔は苦渋に満ちていた。
「鶴殿のご亭主もそうであろう。泰平だ、正義だと口にしながら人を殺めるのが武将だ。そんな者が自分の愛におぼれ、妻子にだけ情けをかけるなど、それこそ罪業の塊ではないか」
 いつにない貞康の激しさに千鶴は口をつぐんだ。
 夫も同じようなことを考えていたのだろうか。
「お疲れのところ、このような話をして申し訳ございません。どうぞお休みくださいませ」
 貞康はごろりと横になった。
 しかしその肩は震えているようであった。
 千鶴は目を伏せながら、小さくつぶやく。
「でも私はそんな貴方様を……好いてしまってはいけないのでしょうか……」